ヒナ「お腹空いた…」   作:ひよりん

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第12話

「お久しぶりです」

「…久しぶり…そうね、いつ以来かしら、確か…」

「ちゃんとお会いするのは、以前のお茶会以来ですね、条約の際はお話しする暇もありませんでしたから」

「そうだったわね、ご無沙汰してるわ、桐藤ナギサ」

エデン条約、あれは私にとっては苦い思い出だ…

「条約は残念なことになりましたが、今日来ていただけたことは嬉しいです」

「こちらもご招待に預かり光栄よ」

礼儀的な挨拶と手土産の菓子を渡し、面倒ごとはさっさと済ませる

周りには正義実現委員会にティーパーティーの生徒、これほど警戒されていてはこちらも困る

「申し訳ありません、通常、他校の方を招待する場ではありませんので」

「そう、ならば、剣先ツルギを呼んだらどう?彼女なら十分私を抑え込めるでしょう?」

どよっ、周りの生徒達が動揺を露わにする

こちらはただ楽しむために来たのに、こうも監視されては気が緩まない

銃まで預けているのにこの対応には流石に不満だ

「そうですね、では、誰か」

暫くして、周りの生徒が下がり、剣先ツルギ1人だけがテラスに残る

「……」

こちらを睨みつける様な視線だが、害意は無い、これでようやく一息つける

それで、と桐藤ナギサとエデン条約についての話をする、しかし、やはり…

「そうですか、万魔殿がそのつもりでは…」

「そうね、こちらとしては…」

しばらく会話を続け、頭をひねる…ふと、気がついた

(…お腹が、空いているわね…)

「難しいところですが、ここは両校の…」

桐藤ナギサは真剣に条約の話をしている、私としてもそれは真剣に頭を悩ませる内容だ

だが、今の私の思考は…気づいてしまったせいで空腹に染まりつつある

(…はぁ……この話、いつまで続くかしら…)

生返事にならない様に、悟られない様に振る舞う、どうしたものか…

「こればかりは、どうしようもないところね」

「…ええ」

(……はあ…お腹が、空いた…)

ふと桐藤ナギサの方を見る、やはり真剣に考え込んでいる

これほどの熱量を持って条約のことを考えている相手の前で私は…と、恥ずかしさもあるが…脳が働かない…

すぐ目の前の相手はこんなにも真剣なのに

(せっかく、準備したのですから…どうにかして、お茶会を…ですが、ヒナさんはこんなにも条約のことを…)

「「う〜ん……」」

2人でそれぞれ頭を悩ませる

「…あの」

ふと、幽霊の様に立ち尽くしていた剣先ツルギが口を開く

「…第一回公会議は、和解のための茶話会だったと言います、煮詰まっているのでしたら…」

なるほど、これはちょうどいい言い訳になる

「でしたら、ツルギさん、お茶会の準備を頼んでいただけますか」

「…わかりました」

思わず心の中でガッツポーズをした、これは嬉しい流れだ

先ほどの発言で頭の中で組み上げられた最高のパターンを綺麗になぞった様な感覚

「…いいの?いただいても」

「ええ、私も美味しく食べてくださる方が好きですから」

「そう、なら」

ああ…と安堵して、一瞬天を仰ぐ

これは楽しみだ、楽しみで仕方ない

暫くしてティーパーティーのセットが並べられていく間も涎を何度も飲み込んだ

(…あ……あのケーキ美味しそうね…あっちは、シュークリーム…あ、これも食べたい…)

(…良かった、好みから外れたものはなさそうですね…)

暫くしてお茶会の準備が終わり、給仕の生徒達が下がる

「…私は扉の向こうに居りますので」

「ええ」

…剣先ツルギまで下がった、となると…

(ようやく肩の力を抜けるわね)

トポポポ…ふわりと香る香ばしい匂いで気づいた

「それは、コーヒー?」

「ええ、こちらの方がおなじみかと思いまして、食事もそちらに合う様な物を」

「…ありがたいわ」

コーヒーを受け取り、そして皿には半分に切られたホットドッグ

「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

…これは、手で食べていいのだろうか…ナイフとフォークもある、だけど…

(…ど、どうすれば…そうだ)

ふと桐藤ナギサを見る、視線に気づいた桐藤ナギサは手でホットドッグをつかんだ

「…悪いわね」

「いいえ、こちらこそ気が効かず申し訳ありません、ですがプライベートな場です、マナーよりも楽しむ事を優先してください」

「…ありがとう」

ホットドッグを手に取り、一口

「はむ…」

パリッ、ウインナーの皮を噛み破る、この食感が良い…肉汁も旨みが強く、美味しい

そしてマスタードとケチャップ、これも決して多くも少なくも無い量で、パンの味もはっきりと感じられる

(…ケチャップも市販品じゃ無いわね、酸味でサッパリしてるのに、まったりとしたコクを感じる)

でもそれ以上に秀逸なのはウインナーの下に隠されたこのコールスローキャベツ

甘酸っぱく、しかし刺激を感じさせないまろやかさ、脇役に徹して主役をウインナーに譲っている…

「これも、あなたが?」

「はい、この場に出てきたものは全て私が、温め直したりはしていただきましたが」

「そう……ふぅ…」

コーヒーで口の中を洗い流す、そしてやはり、この相性だ

(紅茶ならこうはいかないわね、コーヒーだから一緒に食べるのがいい…)

パリッ…もきゅ…しゃくしゃく…口の中で音が変化していく過程もいい、あっという間に半切れ食べてしまった

だけどまだ半分残っている、早速と口に運ぶ

「あむ……?」

この、慣れ親しんだ様な香りは…カレー?

「……なるほど、これは…面白いわね」

こちらはコールスローキャベツでは無い、火を通したキャベツをカレー粉で味付けしてあるのか

ケチャップやマスタードに刺激的なスパイスカレーの香り、これは美味しい…コーヒーにも合う

「気に入っていただけた様で何よりです」

「…このくらいの量で飽きたりはしないけど、嬉しい気遣いね」

「そう言っていただけて嬉しいです」

先ほどはキャベツは脇役に徹していた、だけど、先程は緩やかに全体の調和をとっていた

だがこちらはどうだろう?キャベツが主役になってもおかしく無いほど主張する

決して嫌では無いのだが、この変化は正直驚いた、それにしても…

(…少し小さいかしら)

あっという間に食べ終わってしまった、こんなに美味しいから仕方ないのだが

もっと食べたい…そう思っていると、次はフィッシュ&チップス

(トリニティの名物とは聞いたけど、あまり美味しく無いことでも有名な物ね…食べたことはないけれど)

魚のフライを口に運ぶ…ザクッ…いい音が鳴った、そして…中から温かいソースが溢れ出る、これは、想定外だ…

もっと油でデロデロの料理のイメージだったのに、カラリと軽い食感、その上ふわふわと柔らかい白身魚

滲み出てきたソースは…香草とレモンが強く香るが、卵の旨みもある、タルタルソースだろうか

「…美味しい…!」

これは美味しい、たまらない…

「それは良かったです、お飲み物はどうしましょうか、ガス入りのフルーツジュースもありますが…」

「…貰うわ」

上品だとか、下品だとか、今の私にはそんなのどうでもいい、これはとにかく、炭酸が欲しいのだ

ポテトと魚のフライを頬張り、差し出されたオレンジジュースを飲む

「……ふぅ…」

このジュースもいい、甘味が薄く酸味が強いお陰で口の中が一気にサッパリした

サクサク、ザクッ…ゴクゴクゴク…止まらない、フライの中のソースがすごく良い

(…本当に美味しそうに食べてくださいますね……)

「とても美味しいわ…」

「ええ、よかったです」

炭酸のガスで少し胃が膨れただろうか、さて、次に出てくるのは…

「まだ塩気のあるものの方が良いでしょうか?それとも、甘い物を挟みますか?」

(…確かに、まだサンドイッチが置いてあるみたいだけど…そうね)

「甘い物をいただくわ」

すると差し出されたのはパウンドケーキ、バナナの香りもする…

「この紅茶がよく合いますよ」

「へえ……」

ケーキをナイフで小さくカットし、口に運ぶ、バナナの強い香り、そしてねっとりとした食味

口の中でその味わいを楽しみ、紅茶を口に含む、甘い香りに反して鋭い渋み

「…いいわね、バナナの強さに負けてない」

「……♪」

あっという間に一切れ食べ切り、次に出てきたのはクッキー

(これは、かわいい…)

ジャムで模様をつけられたモノやシンプルなモノ、いろんなクッキーを目で楽しみながら口に運ぶ

カリッ…ほろり…最初の一口は少し固い、だけど一度歯を立てると口の中で湿って崩れてゆく

甘味は強く無いがバターやジャムの香りがとても良い

(…美味しい、でも紅茶の渋みに負けてる…)

紅茶にミルクを少し垂らし、口に含む、やはりこれが正解か、実に良い…

(一口でそうするとは…流石ですね…)

暫くクッキーを楽しみ、胃が落ち着いて来るともう塩気よりも甘味に興味が移り始める

(……でも、あのサンドイッチも美味しいはず…)

「もし、よければ、サンドイッチはお包みしましょうか?」

「お願い」

予想外の申し出なのに即答してしまった、恥ずかしい

さて、何を食べようかと思案しているとシュークリームに目が止まる

普通のシュークリームと違い、シュー生地を切ってクリームを挟んであるタイプのシュークリーム…

(このタイプでハズレは見たことがないわね)

その直感のままにシュークリームを手元に寄せる、シュー生地の蓋を手に取り、それでクリームを掬って一口、さくり

「……ふふっ…」

ああ、美味しい、甘い、カスタードクリームの優しい甘さとバニラの香りがいい…

シュー生地も贅沢にバターを香らせている

これならミルクはいらない、紅茶を飲み干し、新しく注いだ物をそのまま飲む

「…うん、やっぱりこっちの方が合う」

(…はぁ……そうです、やはりわかってくださるのですね…)

サク、サク…シュークリームを食べる手が止まらない、甘さを渋い紅茶で洗い流すのがやめられない

「…ふう……」

良い…満足感が湧き上がってきて、どこか充実した感覚…

「ヒナさん、そろそろ満腹かと思いますが、最後にこちらはどうでしょうか?」

「…ロールケーキ?」

「はい、私の自信作です」

「自信作…」

ごくり、これは、それほどに美味しいのだろうか…

「いただくわ」

一切れを皿にもらい、倒してフォークで切り崩す、特に何か仕掛けがある様子はないが…

ふわりと香るこの香りはバニラの香り

(……タイミングが悪かったわ、シュークリームの前に食べたかった)

「はむ…」

…間違いだ、順番が悪い、そう思ったのだが、それは撤回する

どうしてこんなにも美味しいのか、バニラの香りの生地は雲みたいに柔らかくて、口の中でクリームと一緒に淡く消える

食べては消え、食べては消え、紅茶で休むとまた食べる、そして消える

食べ勧めてから気づいたが、甘さが弱い、だというのに、こんなにも美味しい…

口に運ぶと卵の香り、ミルクの香り、そしてバニラの香り…

巻き込んであるクリームも、さっきとまるで違う、生クリームをメインに僅かにカスタードが香る

口の中で泡の様に消えてしまうのが惜しい、こんなに香り高くて儚いケーキは食べたことがない

カツン

「あっ…」

次の一口を求めたのに、フォークは虚しく皿を撫でるだけ…

(…もう終わりなんて)

「よければ、もう一切れいかがですか?」

「…お願い」

そうして私はもう一度、ケーキを消す作業に入り、同じやり取りを繰り返すのだった

 

「…ごちそうさま、おいしかったわ」

「それは良かったです」

どれも美味しかったのに、あのロールケーキが頭に残って仕方ない

「…あんなに美味しいケーキは初めて」

「本当ですか?すごく嬉しいです」

(…また、来たいけど…)

(また、お誘いしたいですが……)

((…ちょうど良い理由が、無い…))

「「はぁ……」」

それぞれがそれぞれの想いを胸にその日は解散した、包んでもらったサンドイッチはすごく美味しかった…

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