ヒナ「お腹空いた…」   作:ひよりん

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第2話

「……はあ」

深夜の業務、ため息が小さく響く、今日は夕飯を給食部で食べた、だと言うのに…先日の件で期待値が上がりすぎていた

大量調理なのだから仕方ない、クオリティは下がっても仕方ないのに…

(あんまり美味しく無かったな、晩御飯…)

今なら美食研究会の気持ちもわかる、あの腕前でアレは、フウカを知らなければ手抜きとすら考えてしまう

(……お腹すいた…)

もうこうなっては頭が働かない、何か食べなくては、何かを食べたいのだ、私は気が進まないながらに食堂へと向かった

鍵を開けて中に入る、誰の気配もしない

(まあ、うん…)

微かな期待を噛み殺し、大人しく食材を漁る

「あれ……」

一つ、メモ付きの冷蔵庫のドアがあるのに気づく、開く

[温めて食べて]

ラップのかけられた丼…

「これ、フウカが…?」

もはや疑い様がない、さっさとレンジに押し込み、温める

それを待つ間にお礼のメッセージを打つ

『ありがとう、今からいただくわ』

まるでわかっていたかの様にすぐに返信が来る

『良かった、召し上がれ』

温まったどんぶりから優しい匂いが漂ってくる、ラップを外すと…

「あ、親子丼…」

普段は箸で食べるが、今日はなんだかスプーンで食べたくなった

卵と米を一緒に救い、息を吹きかけて冷ます

「ふーっ、ふーっ……はぐ…あふっ…うん…」

おいしい、甘めの味付けなのに醤油の香りが香ばしくて、鶏肉を噛み締めるたびにじわりと別の旨みが出てくる

「…美味しい……」

カツカツカツと丼とスプーンが奏でる音は、すぐに止んで、あとは器を洗うだけ

(…美味しかった…)

満腹感に満足し、ゆっくりと休もうと思ったが最後、腰掛けた椅子でそのまま眠ってしまった

 

……

 

「……長…!…風……員長!……起きて!」

「…んっ…?」

半ば怒鳴り声の様な声、揺り動かされる体で脳が少し働く

重たい瞼を開き、辺りを見渡す

「なんでここで寝てるの!?風紀委員長!」

「…フウカ?…あれ…」

辺りを見渡してようやく気づく、昨日の食事の後、寝てしまったのだ

「ご、ごめんなさい…!こんなはずじゃ…」

「…それよりも、風紀委員長、時間、大丈夫?」

「え?」

バッと時計を見る、朝の5時…まさか、こんな時間になるまで寝ていたなんて

「…仕方ないか、これから進めれば、なんとか…」

「……そうじゃなくて、今時間あるかって聞いたつもりなんだけど」

「え?」

フウカの方を向くと、明らかに不満を前面に出した様子…そういう事か

「…手伝えって事?」

フウカは小さく頷く

「ジュリは昨日から熱を出して休みなの、7時半には食堂を開けるために来たけど…」

「……」

考え込む、こんなところで油を売る時間はない、自分の仕事だって碌に終わらないのだから

「手伝ってくれるなら、今日の3食、いや、4食は特別に用意するから」

(パンッ)

差し出された手を勢いよく取り握手する、その手を打ち合わせた乾いた音が食堂に響いた

(…風紀委員長って、意外と食いしん坊…?)

「何をすれば良いの?」

「とりあえず、そこの野菜切れる?」

指さされたのはキャベツ、水菜、ニンジン、プチトマト、それからキュウリ

「サラダにしたいんだけど、どうすればいいかわかる?」

なんとも回りくどい言い方…と思ったけど、とりあえず考える、全てがサラダの材料なら…

「水洗いしてキャベツ、にんじんは千切り、水菜はサイズを揃えて切って…トマトと胡瓜は…別に処理して添えるだけでも良いのかしら」

「…よし!採用!」

「え?」

「それだけわかってるなら任せても大丈夫かな、じゃあ風紀委員長、そっちはお願い、時間ならあるから気をつけてやってね!」

「……ああ、そういう…」

要するに今の質問は私への指示をどれくらい具体的に出すかを決める為だったのだろう

言われた通りキャベツを千切りにするため、スライサーを探す

……探す、探したが……

「ねえ、もしかして…」

「うん、スライサーなんてないわよ」

「……早く教えて欲しかったわ」

やむを得ず、水洗いしたキャベツをある程度剥き、その向いた葉を重ねて丸める

そして端から千切りにしていく、本体はそのまま千切りにする…

(……太い、もっと薄く切らないと)

そうは思いつつもうまくいかない、4000人分のキャベツの千切りだ、こんなにゆっくりとやっていては、いくら時間があっても…

「……いつも大変ね、給食部は」

「風紀委員会ほどじゃないから、平気」

チラリとフウカを見ればこちらの倍以上の速さで卵を焼いたり、パンを切り分けてトースターに突っ込んだりと

これでは向こうが完成するまでに終わらない

ザクザクザク…

切れども切れども終わらない、私がキャベツは少し太く、自分の仕事が雑になり始めているのが気になった

だけどそれを修正する余裕はない…

(…早くしないと…!)

「終わった!風紀委員長、そっちはどう!?」

「え、あ…」

…全く終わっていない、そう答えるのがつい怖くなって、言葉が出なかった

任せられた仕事が終わらないなんて、いつ以来だろうか…

「…やっぱり、そんなに焦らなくて良いのに」

「…?」

「言ったでしょ?私元々1人でやるつもりでここに来たんだから」

そう言ってフウカは隣にまな板と包丁を置き、キャベツを切り始める

「……ごめんなさい、結局役に立てそうにないわね」

「…ううん、1人でやってたら、きっと泣き言を言いながらやってたから…だから、風紀委員長がいてくれて良かった」

「そう…」

…昨日の夕飯が美味しくないなんて言った自分が恥ずかしい、フウカはいつもこんなに頑張っていたのに、ジュリもそうだ

「……ヒナでいいわ」

「え?」

「風紀委員長がこんなところで包丁を握ってるわけにはいかないから」

自分でも意味不明な言い訳をしたと思う、でも、3年生で、風紀委員長になって以来、こんな経験はなかったから、少し恥ずかしくなった

「わかった、じゃあヒナ、手が止まってる」

「あ、ごめん…」

そうして私たちは4000人と2人分の朝食を作った

「さて、ヒナの朝ごはんを…」

「必要ないわ、私もこれを食べるから」

「でもそれじゃあ約束が…」

そう言いかけたフウカを制して自分の分と、フウカの分の食事を用意する

「私達が作ったご飯が、特別じゃないの?」

「…ううん、特別!」

そういってまだ食堂の開く前、静まり返ったこの部屋で、2人で食事をとることにした

目玉焼き、パンとサラダ、それからスープ、簡単な食事ではある

「パンや目玉焼きを任せてくれたら、もう少し早く終わった気がしたけど」

「そっちは数が限られてて、失敗したら間に合わないから」

「…サラダの方は?」

「お昼はお好み焼きにするから、多少分厚くても問題ないの」

思わず「なるほど」と声が出てしまった、あの短時間で私が失敗しても問題ないメニューまで考えていた

「…はむ」

パンを口に含む、至って普通のボソボソとした安いパン、スープを飲んで流し込む

「…うん」

「やっぱり別の物、用意したほうがいい?」

「…必要ないわ」

サラダも、普通の野菜を切ってドレッシングをかけただけ

特別おいしくもない

「……あれ、このトマトときゅうりは美味しいかも」

「ホント!?良かった!」

「…特別な物なの?」

「そう!ジュリが育ててくれたの!」

「へえ、あの子が…」

しばらく話しながら、食事を楽しんだ、仕事に戻ることを考えると憂鬱だったけど

(……悪くなかったかも)

お昼休みのお好み焼きは、なんとなく美味しく感じた気がする

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