ヒナ「お腹空いた…」 作:ひよりん
「はぁ……ようやく着いた」
「随分と長旅でしたね、万魔殿も使うだけあって、バスの乗り心地は悪くありませんでしたが」
…ここは百鬼夜行連合学院、今回ここに来たのは…
「はー…着いた着いた、ここが百鬼夜行か…」
「楽しみですね、修学旅行」
…そう、修学旅行、と言っても、私たち風紀委員は百花繚乱紛争調停委員会との意見交流会がメインの目的
(…結局ここまで来ても仕事か…ゲヘナの方は大丈夫かな)
ため息を殺しつつ、周囲を眺める
どうやらお祭りの時期に合わせた修学旅行ということもあって、中々に賑わっている
(…回る時間、あるかな)
少しでも祭りの空気を味わいたい
とはいえ、目的を忘れるわけにも…
(…仕事優先ね)
「ここが、百花繚乱の…」
「お待ちしておりましたの!ゲヘナ風紀委員会の皆様!」
青い陣羽織、確かこれが百花繚乱のトレードマーク…この生徒も百花繚乱の部員か
「…あなたは?」
「百花繚乱紛争調停委員会のユカリですの、どうぞこちらに」
「ありがとう」
木製の廊下を歩く、木の軋む音もどこか心地いい
遠くに見える修練場の様な場所には使い込まれた標的…やはり、荒事は絶えないのだろう
(…どこも、苦労は絶えないのね……?)
「…あれ」
「何か、声が…」
「喧嘩してるみたいですね」
そう、遠くから声がする、怒鳴り声の様な…
「…ちょ、ちょっとお待ちくださいまし!身共が様子を…」
「だから!いい加減にしろ!!」
…特大の怒鳴り声がここまで響いてくる
一体何事だろうか
「はぁ…よりによってこんな日まで…」
「…その口振り、もしかして毎日こんな感じなのか?」
「いえ…普段はここまでは……」
「とりあえず、様子を見に行きませんか?怪我をしていたら大変ですし…」
「……はい」
ユカリの案内に従い、声の方に向かうと…
「…ええと…左の赤い髪の方が、レンゲ先輩、右の黒髪の方がキキョウ先輩…奥の座って眺めてる方が、ナグサ先輩ですの…」
「…なるほど」
手前の2人も相当強い、だけど奥のは…かなり強い気がする
この2人がこんなに激しく喧嘩しているのに眉一つ動かさずに眺めている、いつでも制圧できるのだろう
「で、喧嘩の原因は…」
「多分、見ていればすぐに…」
「?」
改めて2人の方を向く、すると…
「だーかーら!!芋煮は豚肉に味噌なんだって!」
「それじゃ豚汁と変わらない、牛肉に醤油だって何回言えばわかるの?」
「…もしかして…食べ物の話で喧嘩してるのか?」
「嘘でしょ…」
これが、交流会の相手…そう思うと途端に頭が痛くなってきた
「大体レンゲ、アンタは元々センスがないと思ってたの、きのこの山を食べるしポッキーを食べるし」
「それを言い出したらそっちこそ!たけのこの里にトッポにオマケに味噌汁に目玉焼き入れてただろ!!」
「美味しいからいいの、それにトッポは最後までチョコたっぷりなの」
「レンゲ先輩!キキョウ先輩!やめてください!お客様が…!」
ユカリが近づいた途端、2人がユカリの方を睨む
「ユカリ、アンタもアンタだよ、どっちも好きとか、そんなので誤魔化すのはもうやめて、早くたけのこの里が好きって言いなよ」
「ユカリはきのこの山が好きなんだよ!無理矢理そんなこと言わせようとすんな!」
「芋煮の話はどこに行ったんですの!?」
(…何、この喧嘩…それはそれとして…)
「…きのことたけのこ、どっち派?」
「たけのこ、ですかね…」
「え、アコちゃんそっちなんだ…きのこの方が美味しくない?」
「私もきのこですね…」
「そう…私どっちも食べたことないわ」
…ここまではっきり派閥が分かれるお菓子というのも気になる、今度つまんでみよう
そう思っていると、視線に気づく
「そうだ、客人にこういう事を頼むのはヘンかもしれないけど…ゲヘナの人たちに決めてもらおうか」
「そりゃあいい、でも勝つのは豚肉と味噌の芋煮だけどな!」
「……え?」
「もうユカリが紹介してくれたみたいだけど、私は百花繚乱の参謀、桐生キキョウ」
「アタシはレンゲだ!よろしくな!」
「…ゲヘナ風紀委員会、委員長、空崎ヒナよ」
(…別に普段からいがみ合うほど仲が悪いわけじゃないみたいだけど…)
…そう言えば、さっきの奥にいた白髪が消えている
「…ナグサ先輩は?」
「さあ?」
…どこへ行ったかは知らないけど、気にはしておこう、それよりも今は…
「…それで、さっきの話の続きを聞かせてもらえる?」
「ああ、芋煮の話だったっけ芋煮ってのは、まあ…簡単に言えばでかい鍋で大量の具材を煮込んで作る鍋みたいな感じで…百鬼夜行の名物の一つだ」
「名前の通り主役は芋、それも里芋をふんだんに使う、そして味付けは醤油を使う」
「オイ、キキョウ、公平に紹介しろよ」
「…醤油と味噌、2種類があって、お肉も牛肉と豚肉がある」
「まあ、この芋煮をみんなで食べる芋煮会ってのがあるんだけど、百鬼夜行でも豚肉派と牛肉派で結構分かれてて」
「どっちが美味しいかってだけ、今日は丁度芋煮会の日だから」
「なるほど、そういう話……」
「それで、今ユカリが芋煮を分けてもらってきてるところだから」
「え?」
「それを食べて、判定してくれ」
「「どっちが美味しいか」」
「……ふむ」
すごい剣幕だ、それはそれとして…
(名物を食べられるのなら、これは…むしろありがたいわね)
「…と、は…思っていたけど」
「…まさか、リヤカーでどでかい寸胴鍋に入れて持ってくるとは…委員長、アレ、食べ物なんだよな?」
人が入れるサイズの寸胴が二つ
確かにさっき、「芋煮を分けてもらって」と言っていた、でもまるで全て持ってきたかの様な…
「お待たせしましたの!」
「…他の参加者の人たちの分は大丈夫なの?」
「ああ、心配要らないよ、向こうでは重機を使って作るくらいデカい鍋で煮てるんだ」
「……?」
「料理の話よね?」
「そうだけど」
何を言っているのかよくわからない、だけど、まあ、今はいい
鍋の蓋から漏れ出しているこの匂い……
(…いい匂い)
「早速食べてもらおうか」
「よしきた!」
テキパキと人数分の2つの器が配膳される
「…これが、芋煮」
ゴロゴロとたくさんの具と汁、大きな里芋がたくさん入っていて、これは…
「いただきます」
まずは一口汁を…
「ずず……うん、美味しい」
コクのある味噌の風味、さまざまな具材の旨みが溶け出していて、複雑な味わいだけど、シンプルに美味しい
この汁だけでも絶品なほどに美味しい、だが主役ではない
(さて、と…)
箸で芋を拾い上げて口に運ぶ…
ホクホクで、ねっとり、よく汁の旨味を含んでいる、そしてこの滑らかな食感…
(…うん、この具材も考えられてる)
こんにゃくの相性はもちろん、ごぼうやしめじ、そして豚肉との相性も完璧だ
「はぐ…ほふ……うん…」
これは、芋は主食として味わいながら他の具材を食べるのがいいのかもしれない…
(これ…カレールーとか入れて、カレーにしたら美味しいかも…)
「…ふぅ…美味しかった…けど」
次がある、今度は醤油味…
「ずず…うん、これも良い」
醤油の味わいが良い、味噌よりも確かに塩気があって、まとまりもある感じがする
(…出汁や具材も違う?…なるほど)
芋への染み込み方も少し違うらしい、こちらの方が若干味を含んでいる気がする
(うん…牛の脂がいい)
脂のコク深い香り、でありながら、醤油のさっぱりとした後味がいい
(うん、薄揚げも入ってるのが良い…この味ならもっと汁が多くても良いかも…)
「はぐ…あむ……うん…」
(七味が欲しい…)
若干の具材の差はあれど、味噌と醤油、豚肉と牛肉、それだけの違いでここまで変わるものか
(…これに茹でたうどんと卵を落として、けんちんうどんみたいにして食べたい…)
「……ふぅ……ごちそうさまでした」
…これは、甲乙つけ難い
どちらも美味しい、非常に美味しい…
「…で、どうだった?」
「どっちも美味しいけど…」
「けど?」
…本当にどちらも美味しい、でもこれは結局好みの問題で優劣をつけるものではない気がする
「…私の好みは醤油かしら」
「だあぁぁっ!!くっそー!」
「ふふん、さすがに風気委員長ともなれば見る目は確かだね」
「醤油かぁ、確かに美味しかったな…」
「茹でたうどんと溶き卵を入れたいんだけど」
「なら、水溶き片栗粉も入れた方がいい、でもそれなら里芋が邪魔になるから、先に食べちゃった方がいいね」
「…なるほど、それから…七味はある?」
「とっておきのがあるよ」
「はぁ…そっちの方は?みんな醤油…とか?」
「…私は味噌が好みですね…でも、うどんは…」
「ならカレーライスにするのも最高だから試してみるかい?」
「カレー…?やっぱり、相性がいいのね」
「おっ、キキョウ、まだ決着はついてないみたいだな!」
「ふん、アレンジでも醤油と牛肉が勝つに決まってる」
…結局、私はお腹がはち切れるほど芋煮を味わうことになった
……悪くなかった