ヒナ「お腹空いた…」 作:ひよりん
「…ふ…!くっ…!」
深夜の食堂に響く荒い息遣い
もうかれこれ1時間は続いているだろう…今日は長期戦だ
「はぁ……もう嫌…無理…」
「…諦めないで、ここで弱音を吐いてたら努力が水の泡になる…」
「だけど…」
泣き言をいうフウカを無視し、手を動かす、力を込めて、強く、しっかりと、何度も何度も何度も押しつぶすように…
(本当なら、私のセリフなのに)
「だけど…4000人分のハンバーグなんて機械もなしに作ってられないわよ!」
「……そうね…はぁ…」
ならば最初から作ろうとしなければよかったのに、そう思っても言わない
なぜなら私が食べられなくなるから、ここまでの私の苦労が全て無駄になるから
(…腕が疲れた)
2時間前、塩を入れた挽肉を粘りが出るまで混ぜ始め、粘りが出たら全卵、それと牛乳でふやかしたパン粉
そして並行してフウカが作った飴色になるまで火を通した玉ねぎのみじん切り…
とは言っても、フードプロセッサーで細かくした玉ねぎを砂糖水で煮詰めた簡易版、それをスプーンでひと匙掬い、口に含む
(…甘い……大丈夫なの? これ)
香ばしい香りはするけど、甘すぎる…
ぎゅっ、にちゃっ…しっかりとこね、良く混ぜ、馴染ませて、ある程度混ざったら冷蔵庫に入れる
この行程を4000人分のために何度も何度も繰り返す
(手が、冷たい……)
「大丈夫?」
「給食に冷凍じゃないハンバーグが出ない理由がわかったわ…」
「…美味しいんだけどね、ハンバーグ」
この手間を考えると作ってくれとは言い難い…
そして、1時間経過してようやく一通りこね終わった…最後のボウルを冷蔵庫に入れて、出てきたのは最初のボウル…
(ここから形づくりなんて気が滅入るわね…)
「はい、じゃあもう少し混ぜて、後一周したら成形しましょ」
「え?」
「あ、言ってなかったわね、ひき肉に手の熱が伝わっちゃダメだから、何度か冷蔵庫で休ませるの、だからまだコネ足りないし…」
「嘘でしょ…?」
「嘘だと良かったのにね」
(……帰ろうかな)
「ほら、よろしく!」
「はぁ……」
フウカ曰く、私が手伝うようになってから給食の味が良くなったという
それで本当に変わるのかという疑問は置いておいて、味が悪いと言って給食部が倒壊するような事案はかなり減っている
(治安がいいところはご飯も美味しいと聞いたことがあるけど、逆もそうなのかしら)
美味しい給食が出るようになれば、騒ぎも…
少なくとも、一つはおとなしくなりそうな部活があるので否定できない…
「なら、フウカもやって」
「えっ」
「……まさか私1人にやらせるつもりなの?」
「…いや、ま、まさか…」
「なら早く」
2人でこねて、成形した方が早い
そして現在
「あとは、4000個作れば完成……」
「4000と2個よ」
「…そうだったわね、いや、それを言えば検食とか…」
ブツブツと言い始めたフウカを横目にひき肉を掌に乗せ、俵型に形を作る
そして左右交互に手に叩きつけ、空気を抜く
「これも、たくさん…ね」
「ジュリにも手伝って貰えば良かったのに」
「ええと…そうね、次はそうするかも」
とはいえ、たとえ3人になってもこれは…
(気が遠くなるわね…)
無言でひたすら、ひき肉を手に打ち付け、空気を抜く作業…
ひき肉と手がぶつかる音だけが響くのが延々と続くのは気が狂いそうになる
「…ハンバーグ〜ハンバーグ〜ハ〜ンバーグ♪ 名前〜の〜由来〜は〜ハ〜ンブルグ♪」
「フウカ、何? その歌」
急に歌い始めるから本当に気でも狂ったのかと思ってビックリした…
「ハルナが先生に教えてもらったハンバーグの歌だって」
「…じゃあ…ハンブルグって何?」
「外の世界の地名らしいわ」
「へえ…」
先生が今のを歌うのか…
「どういうシチュエーションなの?」
「……さあ…」
変な歌のおかげで話題もできて、つまらない話をしているうちに成形も終わった…
(手が冷たい、痛い…)
あとは焼き上げるだけ、油を引いたフライパンを中火にかけ、両面を焼いてから弱火に落として蓋をする
しばらく弱火で火を通し、最後に両面を香ばしく焼き目をつけたら完成
「…付け合わせは?」
「……これ、めんどくさくて」
出てきたのは業務用ポテトサラダ…まあ、要するに山盛りのポテトサラダのパック
「最高じゃない…」
「……そう?…まあいいけど」
ポテトサラダはサラダで1番好き…でも…
(これ、サラダって言っていいのかしら…)
「さっさと用意して食べましょ」
粉末スープ、ごはん、それからメインの皿に気持ち程度のレタスと惣菜のポテトサラダ、そしてハンバーグ…
「ソースは?」
「…給食には出せないけど」
フウカ手作りのソース、赤くてケチャップがベースみたいだけど…いい香り、香ばしい…醤油の匂い?
「…ようやく、完成…ね」
「そうね…」
(疲れた…すごく、疲れた)
「いただきます」
「いただきます」
箸をハンバーグに差し込む
透明な汁が溢れてきて、いい香りが漂う…
(ああ…このために頑張ったのね)
一口分を口に含む
「……ふふっ…」
「どう?」
「最高ね」
「ならよかった」
お肉だけのハンバーグみたいな、ギュッとしたあの食感とは違う
ふわふわで柔らかいし、じんわりと甘い…
「美味しい…」
これはご飯を口に詰め込みたくなる
「そんなに焦らなくても」
「むぐ……ごくん…焦ってないわ、ただ、勿体無くて、これはご飯がよく合う」
「…はむ……うん…まあ、確かにそうかも」
ハンバーグのソースが特に秀逸、香りには出てこなかったけど口に運ぶと胡椒が効いてる
そして何より濃い、醤油とケチャップを溶いたみたいなソースなのに、まろやかで、ハンバーグと合わせるとご飯が欲しくなる
(ハンバーグも塩気はあるけど、ソースのほうがきついわね、でも…嫌じゃない)
ハンバーグをソースの量を調整しながら食べる、ご飯と食べる、そしてたまにポテトサラダ…
「…このソースがちょっと染みてるのがね、いいのよ」
「そう?」
ソースがやや染み込んで、まだらになったポテトサラダを口に運ぶ
やや変な味だけど、これが楽しいし、美味しいから好き
粉末スープもいい感じに口をリセットしてくれて、またハンバーグを食べたくなる…
でも、もうほとんど残ってない
「…ねえ、もう一つ食べていい?」
「ダメに決まってるでしょ」
「……本当に?」
「当たり前でしょ」
(…ペース間違えたわね)
ご飯をスープで誤魔化しながら完食した
翌日のハンバーグは大盛況だったらしいけど、おかわりがないという理由で食堂は崩壊した
私は我慢したのに