ヒナ「お腹空いた…」 作:ひよりん
「…だいぶんあったかくなってきたわね」
「そうね…」
「…そうですね…」
「……嫌そうね?」
ジュリとフウカが顔を見合わせて、大きなため息をひとつ
「…もう鍋、出せないから…」
「はい…」
「……鍋?」
鍋…確かにそろそろ鍋の美味しい時期が終わる、まあ、確かに残念だけど
「そんなにショックなの?」
明らかに意気消沈した様子の2人に声をかけるも、帰ってくるのはため息ばかり
「…はぁ……あのね、ヒナ…給食でお鍋が出せるとね、ほんとに楽なのよ」
「…切って味のついたスープで煮込めば、ほとんど完成ですからね…」
「普段のご飯とどれくらい差があるの?」
「お味噌汁をメインのおかずとして出してるような物だから…楽だと思わない?」
「……確かにそう言われたら楽なのかも」
「大鍋で煮込むだけで済むから、空いた時間で次の日の仕込みもできるし…」
「掃除も楽ですから帰りも早くなりますし……」
「…ほんと、いつもお疲れ様」
「…ところで、なんで今日は私を呼んだの、何を手伝えばいいの」
「…それは、これ」
ドン、と机に置かれたのは…
(牛肉…?)
「消費、手伝って!」
ニコニコのフウカとジュリ、それにしても…差し出された牛肉をよく見ると
(…あれ、これちょっといいお肉じゃ…?)
…すき焼き用のいいお肉、明らかに給食で使うような安物とは違う…
「…ねえ、これって」
「予算で取ったお肉の余剰分、でももう直ぐ期限も近いし、そろそろ処分しないといけなくって」
「なので、私たちで食べてしまおうかと…どうですか?」
「どうですか、って…これ、横りょ──「ジュリ、ヒナ帰るって」──食べるわ」
「あ、そう?でも今何か…」
「たまにはこういうご褒美がないとやってられないわよねって」
ジュリとフウカが力強く頷く
(…今度、委員会のみんなにも何か差し入れないと、悪いわよね…)
「で、何するの?」
「そりゃあ、牛肉の1番美味しい食べ方といえばすき焼きでしょ」
「はい、もう仕込みもできてるので、早速!」
カセットコンロの上に浅いすき焼き鍋をおき、火にかける
温まったら牛脂を軽く塗り…フウカが取り出したのは
「砂糖?甘くならない?」
「少しだけね、でもこの砂糖が香ばしさを演出するの」
「へえ…そもそも、こうやって焼くすき焼き自体初めてかも」
砂糖を鍋全体に振る、それが少し溶けたら牛肉を投入して…牛肉の上から割り下をかけて、まとわせるように焼く
そしてやや赤みが残ったままのお肉を卵にダイブさせ、口に…
「いただきます…はぐ……あ、美味しい」
「ふふっ、すごく美味しいですね…!」
フウカの言う通り、下品な甘さは無く、香ばしい香りが強い…
卵の味わいもあるのに、それ以上にお肉の質感が感じられて、そして…火が通り切ってない柔らかなお肉が、口の中で溶けて消えていく…
「…いいお肉って、美味しいわね…」
「そうね、じゃああとは野菜を入れて普通のすき焼きね」
長ネギ、椎茸、焼き豆腐、しらたき、春菊、玉ねぎ、所狭しと詰め込まれた野菜がジワジワと音を鳴らしながら焼かれていく
そして野菜から滲み出た水分と割り下でお肉を煮込む
(こんな贅沢、いいのかしら…)
割り下で甘辛く煮詰められた椎茸を卵にくぐらせ、ご飯に乗せてから食べる…
「はぁ…」
椎茸を噛むほどに、染み込んだ牛肉の旨みや甘辛い煮汁の風味が広がって…ご飯が進む
「はぐ…はふ…」
お肉ももちろん最高だけど、しっかりと煮込まれて味の染みた長ネギや豆腐を食べる度、異様にご飯が欲しくなる
「春菊って、すき焼きのためにあるような野菜よね」
「そうね…いい箸休めになるわ」
他の野菜のように煮込まず、サッと火を通した春菊を卵に軽くつけて食べる
ほろ苦く、口の中をサッパリさせる味わい…
この後に食べるお肉が嫌に美味しい…たまらない
「ふふっ…はぁ…最高…」
「じゃあ、そろそろ、コレ、いっとく?」
「…うどん?」
「すき焼きといえば、うどんでしょ」
(…すき焼きは雑炊やラーメンのイメージもないけど、うどん…確かに、悪くないかも)
色がすっかり変わるまで煮込まれたうどんを卵によく絡め、すする
「ずずず……!…これ、1番美味しいかも」
「そんなに?」
「味はお肉や野菜を食べてるのと殆ど変わらないけど…この、ツルッといけるのがいいわ、美味しい」
よく味を吸ったうどんはやや味が濃過ぎるけど、卵でマイルドにすると完璧…
「…はぁ、美味しかった、ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「…じゃ、食べた分働いてもらうわね」
「えっ…」
(やられた…)
食堂の仕込みを手伝った