ヒナ「お腹空いた…」 作:ひよりん
シャーレの当番、それはある種の戦場、何故ならば
「あら、これはこれは…風紀委員長」
「今日は1人なのね、片付ける手間が少なくていいわ」
“ま、まあまあ、2人とも…”
先生を目当てに寄りつく不良生徒が後を経たないからである…
今日きたのは、美食研究会の黒舘ハルナ
日々問題を起こしては風紀委員会に制圧される生徒たちの筆頭である
「…さて、ですが、今日は捕まるつもりはありません、何せ、悪いことはしませんから」
“…じゃあ、何かあったの?手伝って欲しいこととか…”
「先生、甘い顔をしないで、要件は何?」
「要件ですか、要件と言えばそれは確かに要件ですが、そのように回りくどい言い方をする必要はありません」
「くどい、さっさと本題を話しなさい」
「では…お昼ご飯を一緒に食べませんか?もちろん、ヒナさんも」
「……何?」
“いいね、そろそろお昼時だし、願ってもない話だよ、ね?”
「……」
ふと、自身の腹部に手を当てる
(……お腹、減ったわね)
「何を食べるの?」
「今日食べるのは…中華、それも山海経の本格中華のテイクアウトです!」
(……悪くない、箱が出てきた途端この刺激的な匂い…)
遠くの自治区に食事に行く余裕なんてない、だからこそ、コレは願ってもないチャンス…
“お、それは…玄武商会のものだね、ヒナ、絶対美味しいよ!”
「…いいわ、なんでも」
最早、食べない選択肢はなかったのだ
「では、早速いただきましょう、当番の方もと思い3人分買ってきましたので」
まさかヒナさんがいるとは思いませんでしたが、などと宣うハルナを横目に、差し出されたチャーハンの入った容器を手に取る
(これは…)
チャーハンと一緒に入ってるのは、麻婆豆腐?汁気のある料理と一緒にチャーハンを…
「それは大人気の麻婆チャーハンセットですね、それからメインにこのカニ玉甘酢餡とエビチリ、春巻きを…」
(…なるほど、良いラインナップ…)
自身の容器をカパッと蓋を開ける、するとツンとコショウの香り、そして香ばしさを感じさせる
「いただきます」
プラスチックのレンゲでチャーハンだけを掬い上げ、口に運ぶ
「……ふぅん…」
悪くはない、塩気の程よく聞いたチャーハン、全体を覆う油もラードを使っている、だが特有のクセがない…
チャーシューも卵も、それぞれが別々の味を持っていて、噛み締める度に違った旨みがある
特に気になるのは玉ねぎが入っていること、コレとお米が甘味を演出している…
食べて1番強く感じるのは甘みだ、だけど嫌ではない、でもどこかチャーハンらしくない気もする
「如何ですか?」
「美味しいわ、良いお店ね」
「それは当然です、私たちが認めたお店ですから」
「……爆破せずに終わることなんてあるのね」
“…い、嫌な説得力があるね…”
次は、と麻婆豆腐を一口…
「っ…!?」
辛い…!山椒と唐辛子の刺激で口の中だけでなく、唇までがヒリつくほど辛い…!
「先生、コレ、食べられるの…?」
“え?私のは餃子と唐揚げだから…”
「え…?」
ハルナの方を見ると、先生と同じものを食べていた
(…やってくれるわね)
3人分買ってきてこんな陰湿な嫌がらせをするなんて…美食研究会
(うーん、この唐揚げも美味しいですが、やはりあの麻婆豆腐も気になりますね、でも一つしか買えませんでしたし…)
「……」
どうすれば良いのだろう、コレを食べ切るには…流石に残すわけにも行かない
(そういえば)
メインディッシュとして買ってきた品に手をつけていない
エビチリを掬い、口に運ぶ
「っ…!」
コレも辛い、だが、辛さの奥にある甘味、奥深い味わいと、プチプチとしたエビの食感
ほのかな甘みが辛味をまろやかにしつつ、でも刺激は全く容赦がない、だが…
(これは、ご飯が欲しく……?)
チャーハンを口に含む、するとどうだろう、甘味の強いお米と玉ねぎたちが辛さをマイルドにする
(……そういうことなのね)
ようやく理解できた、このチャーハンは単品で食べても確かに上等
でも、おかずと合わせることでその真価を発揮する…
麻婆豆腐を掬い、そして炒飯を掬い、口に運ぶ
「かぷ………っ…う…辛い、けど、美味しい…」
刺激的な味わいを噛み締め続ける、すると甘みが顔を出し、口の中でマイルドになる…
そこから、そこからなのだ、ようやく麻婆豆腐の中に旨味をしっかりと感じられる
「…あむ…あら、このエビチリは少し辛いですね」
“うん、少し辛めだね…でも美味しい”
「先生、こちらの春巻きも美味しいですよ」
(春巻き…)
箸でとる、全体が綺麗に色づいたそれを…
パリッ…ジワッ…滲み出て来るのは肉汁とは違う、これは…
(椎茸の香り?…うん、椎茸ね)
噛み締めると口に広がる椎茸の美味しい香り、食感も皮のパリパリ、春雨のプチプチ、そして筍がポリポリと
それぞれの音が心地よい、味付けも優しく、まろやかで、まとまりがある
「……」
何を思ったか、これをチャーハンの上に置き、エビチリのソースをレンゲで掬う
そしてソースを春雨にかけて口に…
「……ふふっ」
大当たり、この味わいは想像以上だ、エビを食べてないのに強烈にエビが香る
ソースに溶け出したさまざまな旨みが春巻きをさらに具沢山にした様に強烈に存在を主張する
なのに、メインは春巻きだ、食感が楽しい、そしてソースの辛味を分散させる
(この方、こんな顔をするのですね…)
“……私も………あ、これは美味しい!”
「ほんとですね…春巻きとエビチリソースがこんなに合うなんて…」
まだ終わりじゃない、まだ手をつけていないのが隠れている
カニ玉の甘酢餡かけ、ぱっと見は厚みのある薄焼き卵に餡をかけただけの物
それを箸で切り分けて口に運ぶ…
「…はぁ……」
これは、そう、箸休めという立ち位置なのだろう
食感も柔らかく、歯切れ良い、そして甘味のある餡…カニの風味も主張が強くない
マイルドな味わいが刺激に疲れた口を癒す…思わずため息が漏れるほど優しくて美味しい
「これも上等ですね、チャーハンの辛味に疲れた口に嬉しいです」
“うん、高菜チャーハンも美味しいんだけど、こういう口を休めてくれる存在はありがたいね”
「…高菜チャーハン?…チャーハンが違うの?」
「あら、どうやらその様ですね、サイドに合わせて炒飯を変えている様です」
“へえ…確かに唐揚げと餃子の脂っこいところにこの高菜チャーハンはサッパリ食べられたかも”
「ただの高菜チャーハンというわけではない様ですね、ラードではなくひまわり油を使う事で…」
(……なるほどね…)
どうやら、この麻婆豆腐にはなんの陰謀もないらしいことに気づき、やや恥ずかしさを感じながら、3人で中華を食べた
「ヒナさん、良ければ今度一緒に食事に行きませんか?」
「…どういうつもり?」
「いえ、ただ…私の知っている風紀委員長は冷徹、冷酷、冷淡、食事に興味などない人でしたから」
「……」
否定はできない、だがそれをハルナに言われるのは納得できない
「ですが、今日、食事を食べる姿…いえ、美食を楽しむ姿は、一緒に食事をしていて気持ちの良い方だと教えてくれました」
「…だから、誘うって?」
「ええ」
「…お断りよ、風紀委員長が美食研究会に入るわけないでしょう?」
「そうですか、残念です…では、これを」
「何、このメモは…ちょっと」
その日、美食研究会のSNSにフォロワーが1人増えた