ヒナ「お腹空いた…」 作:ひよりん
「…あっつい……」
「イオリ、少し静かにして」
ゲヘナの夏は他の自治区より少し暑い、ジリジリと焼かれる様なこの部屋には反省文を書いているイオリと私だけ
「……委員長、せめてそのコート脱がない…?」
「…もう直ぐ終わるから待って、今は手を止めたくないの」
「……全く、早く空調が直らないかな…このままじゃ蒸し焼きだ…」
空調が壊れたの1週間前、万魔殿は3日で直すと言ったが着工すらしていない
「イオリ、書類に汗を垂らさないで」
「えっうわっ!?」
…正直、イオリの言い分もわかる、このままでは暑さでおかしくなる…だけど
「……そろそろ、ね」
「え?」
(…お腹、減ったわ……)
そして、この飢え以外の感覚、それはもちろん…
(……喉も、乾いた…)
そう、空腹を満たすのが楽しいのなら、この乾き切った喉を潤す事も、きっと…
「イオリ、進捗は?」
「ちょうど、半分くらいだけど……」
「そう、キリがいいところで手を止めて、お昼はまだでしょ?」
「…了解」
そうして少し、その待ち遠しい少しの後、イオリと一緒に食堂に向かう
今日は、特別を予約してあるのだ、この暑い1週間を過ごしたからこその“お楽しみ”を…
道中、自販機の前に立ち止まる
「イオリ、何か飲む?」
「…じゃあ、これ」
イオリが選んだのはスポーツ飲料…
(良い選択ね)
二本買い、イオリに手渡す
「ありがとう委員長!く〜!これこれ、あー冷たい!」
「…なんて事をしているの」
首にあて、動脈を冷やしているのだろう、満面の笑みでその冷たさを享受しているイオリを一睨みする
「わっ、ご、ごめん、確かにはしたないか…」
(……)
私が危惧したのは、そこじゃない、でも所詮は他人のこと
自身のペットボトルの蓋を開け、体温が移る前に、喉に流し込む
ゴク…ゴクッゴクッ…
「……ふぅ…」
(…これは、堪らないわね…)
体が求めている物を摂取する、するとそれは最高の味に感じるという
温度、栄養素、そして水分、全てが求めていたベスト…不味いはずがない、最高に感じないはずがない…
「はー!美味い!ご馳走様!」
「良かったわね」
半分ほど飲み、ペットボトルのキャップを閉じてコートのポケットに放り込む
ジリジリとした暑さを楽しみながら食堂に向かう
ガチャッ
「来たわよ」
「あ!ヒナ!…に、イオリ?」
クーラーが入り口まで届いている、涼しくて気分がいい…
「委員長、ほんとに給食部で食べるの?やめとこうよ、出してもらえないって、それに外ならもっと…」
「文句があるなら1人で行きなさい」
「うぐ…」
キッチンに程よく近い席に座り、対面にイオリを座らせる
「…委員長、普段お弁当だから知らないと思うけど…私はここで…!」
「……はぁ…」
食前にする話ではない、私もイオリがどんな目にあったかくらい、聞いている、でも態々連れてきたのには理由がある
「イオリ、貴方に書かせてる反省文、なんだったかしら?」
「……給食部の畑を踏み荒らした事に対する物…で、でも…!」
「わかってるわ、あの戦闘は仕方ないもの、不良生徒を追いかけて畑に入り、そこで戦闘したことまでは理解できる」
「じゃ、じゃあ…!」
「でも、イオリ、あなたがそのあとした行動はとても誉められないわ、確かに委員会としての正当な活動、だけど…」
イオリは不良生徒を確保した、だが…
「その時に野菜を守ろうとしたジュリも巻き込んで、謝罪もしないのは、筋が通らないでしょう?」
「そ、れは…」
「あなたのプライドはわかる、でも、アビドスの時の様な真似はやめて」
「ぐ……」
苦い顔をしたイオリの肩越しに深く頷くフウカの姿が見えた
食事前にこんな話をしたくは無かったし、イオリも素直に謝ればジュリは許してくれる
なのにこんな事で私達は頭を悩ませなくてはならない
「お待たせ!」
フウカがドンと桶を机に置く
「これは……そうめん?」
「そうね」
「そうだけど?」
「早く食べましょう!」
「……こんな物のために…?わざわざ食堂に…!?」
…イオリの気持ちもわからなくはない、だけど、この素麺は最高の食事だと言いたい
ここでこれ以上時間を浪費したくない、私のお腹はもう限界、真っ白な素麺を前にして涎が口から溢れそうになる
「いただきます」「あ、ずるい、いただきます!」「いただきます!」
つゆを椀に注ぎ、素麺を箸で掴み上げる
美しく水滴を滴らせる素麺をつゆに浸して…
「ずるるっ!」
豪快に啜り、もむもむと咀嚼する、つゆの鰹出汁の香り、醤油の旨み、味醂の甘み…
「……良いわね」
暑さに弱った胃に素麺が優しく落ちていく…
「うん、やっぱり夏はそうめんよね!」
「イオリもいただきなさい、午前は暑かったし、体も弱ってるはずよ」
「…いただきます…ちゅる…」
渋々食べ始めたイオリも少しすると次々に麺を啜り始める、やはりそうめんは夏の弱った体を癒してくれる
「……これ、つゆはフウカの手作りね」
「わかる?拘ってみたの!」
「え!?…普通に売ってるやつくらい美味しい…」
「そうね、でも何か……」
そうめんの水分で薄まったつゆを一口含む…
美味しい、これだけでこんなにも美味しいなんて…
(…香りが良い、だけど、甘み、塩味…これは、酸味…?どこか、爽やかでフルーティな…)
「これは、トマト?」
「え!?わかるの!?」
隠し味を当てられた、これは嬉しい、それに意識するとトマトの味がよくわかる
「じゃあそろそろ、ね?」
「はい!」
ジュリが冷蔵庫からトッピングを持ってくる、ネギ、生姜、大葉、それ以外にも…
(これは、何?…ひき肉の炒め物?それを冷やすなんて…?)
とりあえず、とネギをつゆに散らしてそうめんをすする
「うん」
これは普通に美味しい、もむもむと噛んでいたそうめんにシャキシャキが加わる
今度はそこにおろし生姜、勢いのまま刻み大葉も入れてしまおう
「ずるるっ……ふぅ」
やはり、これは美味しい…大葉の香りは落ち着いていて、その上、生姜の刺激のある風味…
トッピングが多いせいでじゃくじゃくとした食感になったけど、それもまた味変としてはいい…
(…はぁ……でも、これは、単調になって来たわね)
そうめんを頼んだ以上、この未来はわかっていた、文句はない、だけどそろそろ単なる味変では限界だ
「ヒナ、そろそろ、コレじゃない?」
「…そうね、フウカ、ちょうだい」
「少し多いと思うけど、コレくらいがちょうどいいと思うから、よくかき混ぜてね」
差し出された炒めた挽肉らしい小鉢を受け取る、白く固まった脂が少し見える…
やはりコレは冷やすものではないのではないか?そう思いながらも、私はフウカを信じている
ポチャリ、つゆに落とし、かき混ぜる、もはやメインは挽肉、ひき肉でつゆがひたひたになっているような量…
「……」
かき混ぜているとふわりと香る、この匂いは…
「ラー油を頂戴」
「ここにあるわよ」
ラー油を2滴、さらに混ぜてそうめんを浸す…そしてひと息ですする
「……なるほど、流石ね、フウカ」
「え?何、それそんなに美味しいの?」
「試してみなさい」
イオリが同じ様に挽肉とラー油を入れ、そうめんをすする
「…これ、メチャクチャ美味しい!挽肉と…ナス?」
「そうね、よく炒められてトロリとしたナスがひき肉の油を吸っている…塩気も効かせてあって、刺激的…」
気になったのは白い脂、コレはいわゆる接着剤の役割
バラバラの挽肉をまとめ、そうめんを食べているのに小さなハンバーグのような塊がでてくる
これがいい、コレのおかげで飽きが消える
だが、白く固まった脂は悪く言えば肉の臭みとも取れる匂いを発する、だけどすでにつゆに入ってるのは…
生姜、ネギ、大葉、どれも合わせるとその臭みを消してくれる食材、口の中に残ったのは香ばしい香りと旨みを味わえる
(その上このナス、トロトロになった茄子がそうめんへまとわりつく力を強めている…ラー油の香りもいいわ)
先日食べた中華を思わせる、だが、それほどの刺激ではない、胃にもそれほどキツくはない
(…これ、豆乳で溶いて、担々麺みたいにしたら美味しいでしょうね…)
そう思いながらも、今からそれを食べる余裕はお腹にない…もっと早く食べるべきだった
「…ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
…大きくため息を吐く、鰹出汁の香りがした、それが心地良い
「…どうだった?イオリ」
「……その、美味しかった、ありがとう…それと、ごめんなさい」
「いえ!あれは仕方なかったですし…!」
「いいのよジュリ、言ってやっても」
「そうよ、遠慮はいらないわ」
「委員長!?」
「……大丈夫です、その…お野菜は、あんまり無駄になりませんでしたから」
「そうなの?」
それは初耳だった
「え、でも、私結構…」
「たくさんのトマトが落ちてしまいましたし、収穫にはまだ早い子達が根ごとダメになってしまいましたけど…」
「でも、ジュリが育てた野菜はおいしかったでしょ?」
「…そういうこと…」
「はい、今回そうめんのお供にお出しした野菜は、その時の子たちです」
「…そっか……その、美味しかったよ、ほんとに、ごめん」
イオリが素直に頭を下げた
ジュリは困ったように笑いながら改めてイオリを許し、コレで事件は解決した
(……おかげで私もコレにありつけたわけだし、悪くなかったわね)
それはそれとして、後日給食を食べたイオリの評価は「不味い…なんで?」だった