クトゥルフ世界に飛ばされる一般PL君 作:冷たくて美味しい紅茶
廊下に出て向かいにある扉のノブに手をかける。扉には鍵がかかっていないようで開けることができた。
扉を開くと視界に巨大な本棚が飛び込んでくる。扉のある壁以外の壁には本棚が置かれておりその全てに本が詰められている。特筆すべきはその高さで高さは10mほどあるだろうか、ジャンプしても1番上には到底届く気がせず近くに脚立が置かれているがその脚立も巨大なため持ち運ぶのにはなかなか苦労しそうだ。図書室、いや図書館という割には不思議なことに本特有の匂いはせず部屋全体も清潔にされている。扉を閉めるとこの空間での空気の流れが消滅し無音が空間を支配する。無音の空間というのは不思議なもので自身の正気を刈り取るかのように意識が遠のき自分の呼吸音さえも聞こえなくなる。足元がふらつき思わず倒れそうになるが壁にもたれかかることで倒れることを防ぐ。
とりあえず何か調べようと本棚に近づいてみるが本のジャンルは様々で絵本や日常的に使える本から本格的な専門書まで置かれている。
「図書館が振れれば……」
クトゥルフの技能として振れれば何を調べれば良いのかわからなくても情報が出るのだが現実はそうはいかない。何か手掛かりがあれば良いものの特に思いつくものもないので本棚の前でうろつく*1。
「あっ……また紙が落ちてる」
足元を見ながら歩いていると地面に紙が落ちていることに気がつく。紙を拾って読んでみれば『色のついた扉の反対の壁を調べろ』と書かれていた。
「普通に謎解きだな」
言われてみれば*2この空間には真っ白な扉と黒い扉、灰色の扉の3種類があった。基本的な配色が白色なのを考えると色のついた扉というのは黒色と灰色の扉のことだろう。
「そういえば最初に手に入れたよくわからん紙のことあの子に聞いてみるか」
謎解きや都合よく置かれている鍵、何故かいる少女などの情報を鑑みるにこの空間は意図的に作られたものなのだろうと予想する。だとすれば少女があの文字を読める可能性もなくはないだろう。
「ゲーム的に言うなら俺らが探索者であの子がヒロインかな」
この空間が作られたものであるならば色々思うところはあるが強いていうならヒロインをもう少し丁重に扱ってやれよと言いたい*3。初手から栄養失調は可哀想だろう*4。
ガラガラ
思考にリソースを割きすぎていたせいで背後に誰かいることに気が付かず大きな音が立ったことでようやくその存在を認知する。
「何やってんの?」
振り返れば優が本に埋もれていた。その近くでは少女がおろおろしている。顔色は先ほどよりもはるかに良く、温かいものを食べて体温が上がったせいか頬はほんのりと赤くなっている。
「いや、本棚を調べようとしたんだが急に本が……」
とりあえず優の弁明を聞き流しながら本をどかす。落ちてきた本が頭に当たったのか小さなたんこぶができている。
「頭んとこ腫れてるから冷やしにいくぞ」
今はこの部屋からこれ以上情報が出そうにない気がするので一旦放置で先ほどのリビングのような部屋に戻る。優をソファに座らせキッチンで氷を取り適当に包んでから頭に当てさせる。
「これでよし」
応急手当も終わったので状況を整理する。これからやるべきことはまずは先ほど拾ったこの謎を解くことだろう。それとあのよくわからない紙もだ。紙については少女が情報を持っていることを期待するしかない。
「もう優から聞いたかもしれないけど俺の名前は䋆井凪都だ」
流石にいきなり紙のことを質問するのはアレなのでとりあえずは少女に自己紹介をする。
「私は
俺の自己紹介を受けて彼女も名前を教えてくれる。
「苗字はないの?」
風という名前だけなことが気になったので質問したが言った後に触れない方が良かったのかもしれなかったと気づく。
「あっえっと別に嫌なら……」
色々な家庭環境がある可能性があるため手遅れかもしれないが一応話したくなければ言わなくて良いということを伝える。
「えっと、覚えてなくって……多分名前だけだったと思います」
しかし、特に傷ついた様子はなく普通に答えてくれる。苗字が最初から無い……まあ、不思議なことではあるがこの状況に比べればありえることか。
「それと先ほどのご飯ありがとうございました。とても美味しかったです」
そう言ってニコリと風は笑顔を見せる。美少女の満面の笑みは破壊力が高く思わずドキッとしてしまう。
「そんなふうに思ってもらえてよかった」
ドキッとしたのはともかく自分の作ったものに満足してもらえるのは素直に嬉しい。作った甲斐があったというものだ。
「そういえば痛みが全くないんだが凪都は何か知らないか?」
頭を冷やしていた優が疑問を投げかけてくる。
「よくわからんけど俺はこの空間が夢の世界に似たものなんじゃないかって思ってる」
もう既に俺はこの世界は何らかの意思を持って作られたものだと思っており、ぶっちゃけクトゥルフのシナリオが現実に起こったものだと思っている。
「夢の世界?」
俺の説明が分かりにくかったようで優は俺の言葉を聞き返してくる。まあ気持ちはわかる。
「だって俺らがここに来るまでの最後の記憶って寝る直前なわけじゃん? それと夢では痛覚がないっていうことを考えたらそれが自然かなって」
流石にクトゥルフのシナリオでよくあるからって答えはダメだと思ったのでそれっぽいことを言っておく。
「じゃあ凪都は現実には存在しないのか?」
普通に考えて他人と夢を共有するというのはありえないことなのでその考えにたどり着くのも理解できる。
「まあ俺は自分が存在してると思ってるし、優も存在してると思ってるからなんか不思議な力によって夢がつながったんじゃねって考えてる」
神格のせいで精神だけ一ヶ所に集められるとかシナリオでありがちだしな。正直優が実在していようとしていなかろうと対応に変化など無いわけだが、自分の存在を否定されるのは普通ならなかなか応えそうだと思ったからだ。
「今はそのことについて考えてもしょうがないしここを出ることを考えようぜ」
先に少女に紙について聞こうと思ったが優が話に参加してきたので図書館で拾った紙を二人に見せる。
「「これは(何ですか)?」」
「さっきの部屋で拾った紙。十中八九最初の扉とかの話だと思う」
俺の言葉を聞いて二人とも納得したように頷く。
「だったら最初の部屋に戻るのか?」
優の質問に俺は首を横に振る。
「いや、風がいた部屋をちょっと調べたい」
あの部屋は風を回収してからすぐに移動してしまったのでまだ情報が残っているような気がする。牢屋が部屋になっているわけではなく部屋の中に牢屋があったのだから反対側に回り込めるかもしれないし。その場合黒の扉の反対側に当たるのだからメモの謎解きがすべての色のついた扉に対応するのかもわかるだろう。
「それと……」
ポケットからもう一枚の紙を取り出して風に見せる。
「この文字が読めたりこの文字を知ってたりするか?」
俺は先程から気になっていた紙を風に見せる。
「えっと、いたくあさん? からのお手紙みたいで……! この場所にお子さんが捕まってるみたいです。早く探さないと!」
「えっ」
ごく普通にその文字を解読した風に対して優は驚きの声を上げる。俺としても少々驚きではあるがこれによってこの空間が作られたものだという可能性が高まった。
「なるほどな」
それにしてもイタクァか……つまりこの空間にいるのは
「風はイタクァって名前に心当たりはないか?」
「私ですか?」
ただ、風の反応を見るに記憶がなさそうなのが気がかりだ。風の落とし子って全員イタクァの将来/退散を持ってた気がするし。つらい記憶だから忘れ去ってしまったのだろうか? それだったらあんまり触れないほうがいいか。
「わからないならいいんだ。とりあえず黒の扉の部屋に行こうと思うんだけど二人はどうする?」
流石に捕まってた部屋に戻るのはトラウマとかもあるかもしれないので確認は取っておいた方がいいだろうと思い質問する。もし分かれる場合は優に懐いてるし任せてしまった方がいいだろう。
「私はついていきたいが……風はどうする?」
「私も……ついていきます」
風は覚悟を決めたような表情でそう口にする。
「辛くなったらすぐに言って」
彼女が自ら考えて決めたことなのでとやかくは言えないが無理だけはしないでほしい。
「とりあえず何か照らすものだけは探さないと」
あの部屋は全体が真っ暗であり廊下の明かりも入り口付近までしか届かないため探索をするにしても持ち運べる明かりは必須だ。そう思いリビングを見渡すと最初に入ってきたときには気がつかなかったが部屋の隅に棚があることに気が付く*5。
「入ってるのか……」
棚を開いてみるとその中に懐中電灯が入っていた。怪しいと思う気持ちもあるが使えるものは使わせてもらおう。手にとってちゃんと明かりがつくことを確認してからリビングを後にする。
廊下に出てから黒い扉を開けると相変わらず巨大な牢屋が俺たちを出迎える。その牢屋から目を外し壁沿いに目を向ける。そこには牢屋と壁の隙間ができており照らしても光を暗闇が吸収してしまうため詳しくはわからないが牢屋よりも先に続いているような気がする。
「先にこっちを調べるか」
この隙間が何処まで続いているのかわからないため先に牢屋内に入る。ライトで照らせば先ほどは気が付かなかった何かに気付けるかもしれない。
「大丈夫か?」
俺が牢屋に入り後に続こうとした優が心配な声をあげる。何かと思って振り返ってみると風がぐったりとしていた。立っているのもやっとのようで優が支えなければ倒れてしまいそうだった。
「トラウマなら別に「怖くは無いんです……でも、何か嫌な感じが……」
俺の言葉を遮るように風が口を開く。嫌な感じか……風はこの部屋ではなく牢屋に近づいた途端に拒絶反応を起こした。つまりは原因は部屋ではなく牢屋にあると言うことだ。
「なるほど……」
牢屋で扉を通れなくするものに俺は一つ心当たりがあった。
「凪都、何かわかったのか?」
俺が考える素振りを見せると優が反応する。
「いや、おそらくだが風を牢屋の扉から遠ざければ症状は減るはずだ」
扉に描いてあった旧き印には旧支配者の眷属などが門などを通れないようにする効果がある。この門は門の創造のことを指しているのだと思っていたが普通の扉でも効果を発揮するようだ。
「? わかった」
優はよくわかっていないといった様子だったが俺の言うことを聞いて風を牢屋の扉から離す。するとすぐに風の顔色が良くなる。
「やっぱりな」
「何が原因だったんだ?」
優からかなり信用されているとは思うがゲームの知識ってだけで今起こっている現実での出来事を説明するのは不信感を買いそうなので多少ぼかしながら答える。
「牢屋の扉に変なマークがあるだろ? 最初にここに近づいたときは風は眠ってたからわからなかったが多分そのマークによって逃げ出せないようにしてるんだと思う」
「これか……壊せないな」
旧き印を見つけた優が突然その部分を掴み曲げようとする。しかし、おそらく鉄で出来ているであろう素材を壊すのは無理なようで諦めたように首を振る。
「いやいや……いくらなんでも壊すのは無理だろ。牢屋は俺が1人で調べるから優は風を休ませて待ってて」
風を休ませるところを確認してから再び牢屋の中を調べる。懐中電灯をつけると牢屋の一番奥に何かが見える。近づいてみるとそれが鎖だということがわかった。鎖には鍵穴が付いており、そこで鎖が外れていることから鍵を使ったことがわかる。おそらく風が囚われていたのがこの鎖だったのだろう。
「牢屋の扉にも使ったのに鎖を解くのにも必要なのか……*6」
同じ鍵を使うのはセキュリティ的にどうなのかと疑問だがそれで風を助けることができたのだからラッキーだと思っておこう。
「次は……!?」
他にも調べようと思い懐中電灯を壁の方に向けるが、それにより壁につけられたものに気づいてしまう。それは夥しい数の引っ搔き傷だった。しかも、その大きさは優に2mを超えている。最近につけられたものからかなり風化してボロボロになっているものなど様々だ。
「……風はいったい何歳なんだ?」
実際にこの跡を彼女がつけたのかはわからないがもしつけたのだとしたら相当な年齢になっているような気がする。
「……気にしないでおこう」
先程までの彼女の様子から精神年齢はパッと見の肉体と同じように見える。記憶をなくしているからそれが戻ったらどうなるかはわからないが……というか風の落とし子って不老な存在なんだろうか?
「とりあえず戻ろう」
牢屋内は元々殆ど物がなく隠れているところなどもなかったため直ぐに全体を見ることができた。これ以上調べても何かが出てくるようには思えないし二人を待たせてしまっているので扉へと戻ることにする。
「何か見つかったのか?」
入り口に戻って早々に優が尋ねてくる。
「いや、牢屋の奥に鎖が置かれてたくらいだな」
一瞬傷のことも言おうかと思ったがわざわざ教えて怖がらせるのもアレなので隠しておくことにする。
「もう……元気になりました」
俺が戻ってきたことでもう移動するのだと思ったのだろうか、風が立ち上がって俺に近づいてくる。少し休んだからか足元がふらついている様子はなくしっかりと立てている。
「だったらあっちに行くか」
俺はそう言いながら壁沿いを懐中電灯で照らす。黒い壁は光を吸収するのか光が差しても変化は生じず一見するとただ虚空がそこに存在しているように見える。床と壁の境目が見えず色のある牢屋が視界に入っていないと正気を失いそうだ。
「行けるのか?」
「わからない。でも、部屋の配置的にはいけてもおかしくないと思ってる」
立ち止まっていても仕方がないので迷子にならないように右手を壁につけつつ歩き始める。
「牢屋はここまでみたいだな」
少し歩いたところで牢屋の端が見えてくる。そこまで行ってみるが部屋は牢屋よりも巨大なようで回り込める形になっていた。
「……本当に部屋の奥までいけそうだな」
優は少し驚いたように部屋の奥を見る。手前側の壁と同じように真っ黒でありどこが端なのかこの場ではよく見えない。
この部屋の壁がどこまであるのかわからないため牢屋沿いを歩いていく。
「こんなに大きかったんですね」
ポツリ、風が牢屋を見ながらそんなことを口にする。確かにこの牢屋はものすごく巨大だ。というかよくよく考えてみると風の落とし子用に作られたものがここまで大きいということは風の落とし子もそれくらいのサイズということだ。ゲーム上ではステータスの一つとしてしか見ていなかったSIZだが実際に目に見える大きさで表されるとなかなか恐怖を感じる。10m超えの化け物を見たら探索者が逃走本能とかで発狂するのも納得がいく。
そんなことを考えているとまた牢屋の端が見えてくる。ここを曲がれば謎解きの真相が掴める……そんな期待を胸に角を曲がった。
「あっ」
今まで灰色と黒しかなかった視界の中に一つ違う色を発見する。ほとんど光を反射してこなかったこの空間だがそれだけは全ての光を反射するようにそれは存在する。
「扉だな」
そう言いながら優と風が隣に並んでくる。
「……そうだな」
あの黒い扉から完全に正反対の場所。あの紙が指す場所には真っ白な扉があるのだった。
次こそは早めに投稿できる…はず…