クトゥルフ世界に飛ばされる一般PL君 作:冷たくて美味しい紅茶
side:優
風の身体が異音を立てながら変化していく。その姿は到底人のものには見えずあの牢屋で拾った紙に書いてあった化け物を体現しているかのようだ。
怖い
その感情が私の全てを支配してしまう。呼吸をすることができなくなり足元がふらついて立っていることもできなくなりその場にへたり込んでしまう。全身から嫌な汗が吹き出しここが夢の世界だというのに吐き気がする。せめてもの思いで凪都を見ると彼は平然とその生き物を見据えていた。
どうしてそんな平然としていられる?
凪都はこの空間がゲームでやっていた展開と似た感じだから慣れてると言っていたが本当にそれだけであそこまで平然を保てるものなのだろうか? いくら夢の世界だとしても本能的な恐怖までは消滅しない。だとしたら彼はそれを消せるほどの心を持っているということだろうか。
ソレが自身の腕を振り上げる。しかし、凪都はそれを避けようとはせずむしろ両手を広げて受け入れる姿勢を見せた。あまりにも自殺行為なそれに私は彼を突き飛ばそうとしたが私の足は動かなかった。
「……!!!」
ソレのかぎ爪が凪都へと振り下ろされる。私はその後に起こる光景が容易に想像できてしまい思わず目を背ける。しかし、いつまで経っても思った通りの音は聞こえなかった。
「大丈夫」
その言葉は私に向けてなのかそれともソレに向けてなのか。恐る恐る凪都の方を見るとかぎ爪は彼のすぐ真横に振り下ろされていた。当たっていないことに安心したが、よく見るとほんの少しだけ彼の手が震えているのが見えた。
あぁ……そうか……
そこでようやく気づく。凪都は怖がっていないわけじゃない。ただ、風がちゃんと戻ってくるって信じきっているだけなんだ。そのことを理解すれば先程まで狂気に侵されていた思考がクリアになる。
例え見た目が変わろうとも風は風だ。そうなはずなのに少し見た目が人間から外れただけで勝手に怖がって……まるで化け物のように思ってしまうなんて私はなんて愚かなんだろう。凪都はあんなにも真っ直ぐに彼女を見ているというのに。
己に恥じながら両足に力を入れて立ち上がる。風は自身の手で頭を抑え自我を保とうと苦しんでいる。……だったら助けに行かないといけない。
side:凪都
あぶねーーーー。いやマジで。風の落とし子って化け物形態と人間形態で別に人格が変わるわけではないから何とかなるかなって思ってギャンブルしたけどまさかかぎ爪が飛んでくるとは思わなかった。まあ、でも風が制御してくれたおかげでぶつかることはなかったしセーフセーフ。
「な、つ……」
「えっ?」
声をかけられて振り返るとどんなに多く見積もっても5R経っていない*1にもかかわらず優が立っていた。さっきは確実にその場に釘付けになるほどの恐怖症を発症してたはずなのに……自力で瞑想を成功させた? いや、でもあれはうちのハウスルールだし*2……なんでぇ?
「大丈夫なのか?」
優は足を震わせてそれでもなお立ち上がって俺の隣へと歩いてくる。
「あぁ……もう私は間違えない」
いや、そんな決意を固めた目で物語の主人公みたいなことを言われても……発狂なんて誰でも起こり得ることなんだから気にする必要ないのにな。
いやでも、優が正気に戻ってくれたのであれば話は早い。優が風に声をかけてくれればあの子も落ち着くに違いない。正直どうやって精神分析すれば良いのかわからないし。イケメンのAPP×5なら落ち着くよ! 多分。
「風を頼める?」
「任せてくれ」
優は持っていた木刀を地面に捨て
優は
優に丸投げして自分はそれを見守っているというのもアレなので俺は俺で探し物を始める。辺りを見渡し光を反射するものを探す。おっ、あったあった。
目的の物を見つけたので振り返るとそこには顔を真っ赤にして蹲る風とほぼ全裸と言って差し支えない格好で満足そうにしている優がいた。
「………………?」
危ない危ない一瞬宇宙猫になってしまった。状況を察するに恐らく風が化け物態になった時に服が弾け飛んだから人間態に戻った瞬間に自分の服を着せたって感じなのだろう。で、渡しちゃったから自分の服は無いと……側から見れば完全に事案だなこの状況。
「とりあえず優はこの服着とけ」
俺は先程着替えたおかげで余った服とついでに拾った木刀を優に渡す。なるほどな俺の必要なものに服が入っていたのはこのためだったのか*3。ついでに何かツッコミでも入れようと思ったがもし自分が優と同じ状況になった場合満足そうな表情をするかはともかく同じことをしそうなのでやっぱりやめる。
「風も……はい」
「あっ、ありがとうございます!」
風の方にもさっき拾った指輪を渡す。本当は優の方から渡して欲しかったが*4今は着替えている最中なので俺から渡す。
「とりあえずもう大丈夫そう?」
今の所精神的に安定しているように見えるので暴走する兆候は見えないがもしかしたら内面では何かが起こっているかもしれない。
「はい、それはもう大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」
その心配は杞憂だったようだが暴走してしまったのが申し訳なかったようでシュンと落ち込んでしまっている。
「気にしないでくれ……むしろ謝るのは私の方だ。私は君の姿が変わっただけで君のことを恐れてしまった。本当にすまない」
「着替え終わったんだ。というかそれならそもそも俺があの本を見つけなければこんなことにならなかったんだし1番謝るべきはある俺だよ。本当にごめん」
「いえ、私がちゃんと制御できていれば……」
「いや、私も……」
なんか謝罪大会が始まってしまった。このままだと謝り続けてしまいそうなので戦犯の俺が言うのも図々しいが……
「お互いに申し訳ないって思ってるんだし今回のことは水に流さない?」
「凪都(さん)がそう言うなら……」
俺の一存で決まった感が物凄く強い気がするが謝罪大会は終わったのでとりあえずは気にしないことにしよう。
「これからどうしようか」
とは言っても謎解きを再開する他ないか。そうすると次に調べるべきは……
「お二人に伝えなきゃ良いことがあるんです」
張り詰めた表情で風がこちらを向く。心なしか声が震えているような気もする。
「怖いんだったら言わなくて良いんだぞ。別に言わなかったからといって見捨てるようなことはしないし」
薄々自身のことを話そうとしてるんだなと感じるが怖いのであれば隠しておいても構わないと俺は思う。実際俺だって2人に隠し事が一切ないわけではないしな。
「いえ、お二人には聞いて欲しいんです」
しかし、彼女はしっかりとこちらに向き合うつもりのようで自身の過去を話し始める。彼女がイタクァと人間の子供だったこと。母親は彼女が生まれてすぐに死んでしまいイタクァの手で育てられたこと。日記に書かれていた通りヌトセ=カームブルとイタクァが戦争をしており、彼女も戦闘を行っていたこと。ある日突然拠点にしていた場所が潰され、逃げている時に仲間と逸れてしまい、そのまま敵に捕まってしまったこと。
「私が…………怖いですか?」
全てを話した後、風はこちらの様子を伺うように尋ねてくる。きっと元から半分が人間じゃなかったことや戦争を経験してることなど指しているのだろう。
「いや、別に怖くないよ。だって生い立ちが何であろうと君は君だし……それに君がちゃんと他人を思いやれる優しい子だってこともちゃんと知ってる。だから君はちょっと強いだけのただの女の子、心配する必要なんて何処にもないよ」
少女 is JUSTICE。それはそうとイタクァさんがちゃんと子育てしてるのは意外だったな。あの
「私の言おうとしたことを凪都に全部言われてしまった」
俺が言い終わった後優が若干残念そうに呟く。
「あ〜ごめん」
思ったことをすぐに口に出してしまったので優のことを全く考えられていなかった。くっ……俺が好感度稼いだってしょうがないのに。
「気にしないでくれ。風、私も凪都と同じ意見だ。怖がるところなんて一切ないよ」
「よかっ……た」
彼女はその言葉がよほど嬉しかったのか目から涙をポロポロと溢している。その姿を見て優はそっと彼女の背中をさする。
===============================
「それじゃあ移動しようか」
風が泣き止んだのを確認してから図書館を出る。調べられる場所は廊下側の黒い扉と灰色の扉の反対があるがここは直感で灰色の扉の反対を調べる。
「扉か」
いつも通りといった感じで真っ白な横開きの扉があることに気がつく。鍵穴などが見つからないことから鍵はかかってなさそうだ。
「誰かいる」
扉に耳を当てると今までの部屋では聞こえなかった呼吸音が一つ聞こえる。日記や風の話から察するに彼女を捕らえた張本人であり俺たちの敵だろう。その扉を開けようとしたところで待ったが入る。
「もしかしたら私を捕まえた人は私を引き渡せば無事に帰してくれるって言ってくれるかもしれません。だからその時は……」
ここまで来て俺たちの心配をするなんてやっぱり良い子すぎない? だけどここまで来て風を見捨てて帰るという選択肢は俺には無い。
「絶対に君を渡すつもりはない」
「でも! 「私は君を助けたいんだ。だから君はただそれを受け入れてくれ」……はい」
優も俺と同じ気持ちだったようでかっこよく風の言葉を否定する。その瞬間2人の間にいい感じの空気が流れる。……たまに2人だけの空間を構築するよなこいつら。
「開けるぞ」
それはそうとここで足踏みをしているわけにもいかないので意を決して扉を開く。扉を開けた先は指輪があった部屋と同じように真っ白で奥に続く扉も見当たらない。しかし、その部屋とは決定的に違う点が一つある。それは、この部屋にいる一つの存在だ。部屋の中心にいるそれは一見すれば人のように見えるがその背中からは真っ白な翼が生えておりまるで天使のように感じる。いや、ヌトセ=カームブルの信者なら案外天使で問題ないのかな。
「やあやあ、どうしてこんなところに人間が? とは思うけどこの際それはどうでも良い」
本当に疑問に思ってそうなところから流石にイタクァさんが娘を助けるために俺たちを送り込んだとはわかっていないようだ。
「その化け物はあのお方への捧げ物なんだ。悪いけどこっちに引き渡してもらえないかな。まあ断ったら武力行使に出るけど」
風が言っていた通り天使は一応こちらに提案をしてきた。しかし、その表情は僅かに怒りを孕んでいるように見えるため引き渡したところで無事が保証されているとは思えない。
「拒否させてもらう」
天使の言葉に優がバッサリと否定を入れる。その言葉を聞いて天使が口を開いたが……
「行きましょう」
天使が何かを言う前に風がこちらに声をかける。そしてそのまま硬く拳を握りしめると思い切り地を蹴る。流石は風の落とし子、人間では出さないような速さで天使に接近する。
「えぇ……」
でも正直風自身が先陣切って突っ込んでいくのは意外すぎた。こういうのは俺たちが戦う流れかと……いや、覚悟は決めてたとはいえ戦えるかどうかの確証はないけどさ。というかさっきまで横にいたはずの優もいなくなってるし。
「これだから会話もできない化け物は……それに実力差も理解でないなんて愚かなことこの上ないな」
天使は笑いながら風の拳を手に持った槍で受け流す。しかし、いつのまにか背後に回り込んでいた優の木刀を避けることは出来なかった。
「え?」
情けない声を上げてそのまま天使は壁に突き刺さる。天使が壁に突き刺さるのと同時に奥の壁に扉が出現する。
「大丈夫? あれ死んでない?」
天使は壁から下半身が垂れ下がっている状態でありぴくりとも動かない。強そうな感じで出てきたくせに余りにも瞬殺すぎて感情の行き場がない。
「加減はしたから生きてはいるはずだ」
優は突き刺さった天使をスルーして奥の扉へと近づく。本来であればあの天使がボスなはずだからこの扉を通れば元の世界に帰れるのだろう。優が扉を開くと予想通り先はなく真っ白な靄のようなものに覆われていた。
「おそらくだけどそこを抜けたら元の場所に帰れるはずだよ」
靄を前に立ち止まっていた優に声をかける。
「戻ったら2人はどうなる?」
「さあ? 俺たちは俺たちで元の場所に戻されるんじゃない?」
自分の言葉でこのちょっとした冒険がもうすぐ終わりだということを実感する。最初は面倒くさい状況に巻き込まれたなとしか思っていなかったがエンディングを前にしてこんな刺激もありだったなと感じる。
「今は冬だからこの服は肌寒くてきれないけど春になったらこの服着て2人を探しに行くか」
流石に冬に薄手の上着一枚で外に出る勇気はない。そうだ! せっかくなら優が何処ら辺に住んでるかだけでも聞いておくか。
「ゆ「今は春じゃないのか?」」
おっと? ここに来て不穏な気配が……もしかして俺と優の時間軸って違う?
「少なくとも俺の記憶だと今は2024年の1月だけど違うの?」
「いや、私の方は2022年の5月だ」
うーん完全に違う時間軸だ。……でも、どっかの映画みたいに時間軸が違うだけかもしれないし。
「優が住んでるのって地球にある日本だよな?」
優は黒髪黒目だし日本人っぽいからそうだと思っていたがもしかしたら全然違う世界の可能性が発生する。言語だって謎空間なら異言語でも通じるシナリオ何個か知ってるし。
「あぁ、日本の東京の
東京までは知っている地名だが久遠市は知らない。というか久遠市って名前そのままだし絶対クトゥルフ関係じゃん。
「俺の知ってる東京に久遠市っていう場所はないからお互い違う地球から来たっぽいな」
「じゃあもう会えないのか?」
優が悲しそうな表情をする。俺だってせっかくできた友達なのでここでお別れは悲しい。とはいえ別世界の人に会いに行くなんて方法も何もかもが見当つかないのでどうしようもない。
「まあ、今回みたいなことが起こればまた会えるんじゃない?」
ただ、優はクトゥルフ世界の住人っぽいしゲーム的に言うなら探索者だし恐らく
「……そうか」
「多分風は優と同じ世界のはずだから2人は案外簡単に再開できると思うよ」
名前からの推測でしかないけど久遠市はクトゥルフ世界だろうしそれなら風の落とし子である風もその世界の住人だろう。そう考えると何で俺がこれに巻き込まれたのかは謎だったな。
「それじゃあ。またいつか会えた時はよろしくな」
あんまり話しすぎると未練が残ってしまいそうなので早々に別れを切り出す。それにお別れは笑顔でやった方が楽しいからな。
「はい、凪都さん。お元気で」
「……そうだな。凪都、今回は本当にありがとう。君のことは忘れない」
2人の言葉を背に受けながら扉の先の靄へと足を進める。不思議なことに靄を抜けても意識がなくなることはなく奥へと進んでいく。しかし、段々と自分の身体の感覚があやふやになり自分が立っているのかすらわからなくなる。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
脳内に雑音が響き渡る。音であるにも関わらず意味や感情を全く見出せず何から響いているのかさえわからない。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
聞こえてくる音は耳鳴りのようだが一定の法則性を感じる。そんなことを考えていると突然強い力で引っぱられる。足元、と言える場所に地面のようなものがあったのだろうか? それを突き抜ける感じがする。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️。◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
耳鳴りは酷いし目がチカチカしてきたので目を瞑って耳を塞ごうとした瞬間俺の意識は無くなった。
再び意識を取り戻した時、俺は見知らぬ公園にいた。
というわけでシナリオ『ちょっと強い少女と出会うだけ』編ようやく終了です。それに伴い無事タイトル回収もできました。
ここからはシナリオとして回したものも登場するので書きやすくなる…はず。ちなみに現在の小説内の時間軸は5月初めですが身内でのシナリオ進行は既に6月に入っているためストックはあります。(小説は書いてない)
評価やコメントなどを貰えるとモチベが上がるのでお願いします!(乞食)あっあと誤字脱字や言い回しに違和感があったら報告お願いします!(他力本願)