ハードボイルド美少女桃太郎   作:島ハブ

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第7話

 

 

 

 

 

 顔立ちは申に似ている気がした。ただ、横幅は倍以上ある。

 その太り方が醜悪というよりは愛嬌や押し出しの良さに繋がっているのは、流石に(ましら)の当主というところか。普段から眉間の皺を深くしている祖父などと比べると、いかにも闊達な一族の長という観がある。

 

「よくぞ参られた。途上も容易くはなかったとか」

 

「魅志磨という、鬼の一族の手練れに狙われました。戌童殿がいなければ今頃死んでいたでしょう」

 

「戌童殿の武名は度々伺っている。柴殿も安心して孫娘を送りだしたことでしょうな」

 

 桃の横に端座していた戌童が軽く会釈した。父親の後ろに控えている申が一瞬口を開きかけ、桃を見てから俯いた。

 屋敷は想像よりも質素で機能的な造りだった。商いには自宅とは別の建物を拵えているらしい。珍しいやり方で、話を聞いた時は豪商故の放埒な人柄を想像したが、相対した猿の当主はもう一段ほど思慮深い佇まいをしていた。少なくとも、贅沢のために別邸を建てるような男ではないだろう。

 武芸の心得はなさそうだ。あくまで桃を大将として立ててはいるが、争闘の様子などは戌童から聞きたがった。桃が剣を遣えるなど考えてもいないだろう。

 

「我が領内であればその魅志磨という男も滅多なことはせぬでしょう。一度、躰を休められると良い。夜には宴の準備もあります」

 

「いえ、それは」

 

「桃殿」

 

 戌童が穏やかに、しかしはっきりと桃の断りを遮った。咄嗟に桃は口を噤んだ。戌童の経験と思慮は、桃よりもずっと深い。

 猿の当主が腰をあげた。申がどこか申し訳なさそうにしながら、当主を追って退出していく。

 

「宴などしている場合ではない、と思うのですが」

 

「桃殿のお考えはよくわかりますが、ここは果島の地のためと思い定めるしかないでしょう」

 

「宴会がですか?」

 

「果島の地は団結して鬼の一族に抗う。朝廷にそのことを示すためです。あちらに疑心を抱かれることこそが果島の終焉を招きかねないのですから」

 

「朝廷こそが敵、という風にも聞こえますね」

 

「中々鋭いことを仰る。ただ、あまり言葉にはせぬ方が良いでしょう。誤解を、生みますのでな」

 

 言葉の節々をおもむろに強調しながら、薄く笑って戌童が立ち上がった。

 宛てがわれた部屋では矢翠が荷物の整理をしていた。戌童は別室である。桃は屋敷の女中に懐紙と打粉を乞うてから、静かに延寿国村の鞘を払った。刃毀れは勿論、血油が巻いているということもない。しかし、手入れを必要としていた。

 魅志磨との戦いの後は鍛錬以外でまともに抜いていなかった。短期間に数多の血を浴びて凄絶な気配すら漂わせていた刀が、鞘の中で己を持て余したまま眠りに就いてしまっている。

 このままでもそれなりには斬れるだろう。しかし桃が剣を構えながら思い浮かべるのは、さりげなく下段に構えた魅志磨だった。そして、一度も斬れると感じたことはない。相討ちすらも見えてはこなかった。

 

「おっかない気配がするな。入っても構わないか?」

 

「申?」

 

「打粉と懐紙を持ってきた。入るぞ」

 

 戸を開けた申が荷物を降ろしながら、桃の手元に目をやった。

 

「手入れというから血でも巻いているのかと思ったが」

 

「そんな鈍じゃない。むしろ、斬らないことでどこかが崩れている」

 

「刀が、人を斬りたがっているのか?」

 

「いや。人を斬るのは人だ。刀はただ良く斬れるように成ろうとするだけだろう」

 

「よくわからん。わからんが、玄妙なことを聞いているという気がする」

 

「私もわかってはいない。なんとなくそう感じるというだけだ。しかしお前自ら持ってきてくれるとはな」

 

「この屋敷で武具の手入れをする者など俺ぐらいさ。打粉も俺の私物しかない」

 

「武器を商ってはいないのか?」

 

「お前、商売を知らんな」

 

 桃は素直に頷いた。申は苦笑して、両手の間で懐紙を行き来させた。

 

「基本的に品は動かなきゃならないんだ。動かない荷というのは商人(あきんど)にとって贅肉のようなものだよ。管理にも手間がかかる刀なんてのは以ての外だ」

 

「しかし、武器を欲する人間だっているだろう」

 

「懇意にしている鍛冶屋がいて、客がきたらそちらから有り物を回して貰うことになってる。場合に依っては一品仕上げて貰うこともあるな」

 

「必要に応じて、ということか」

 

「名のある武具なら話は変わるがな。名刀は芸術品でもある。お前の刀も、相当な業物だろう」

 

「延寿国村だ。芸術品などという気はないが」

 

「父が聞けば血相を変えるだろうな。名刀は装飾だと思っている人だ」

 

「武芸にあまり関心を持っておられないのはなんとなくわかった」

 

 桃はもう一度延寿国村に目を走らせた。どうせなら、一度油を塗った方がいいかもしれない。申の持ってきた懐紙は質が良く、拭い紙としても充分に用を果たせる。油を塗るところから始めれば、不要な気の横溢も拭い去れるだろう。

 

「すまん」

 

 申が唐突に頭を下げた。桃は延寿国村に目を注いだまま、言葉だけで応じた。

 

「なにがだ?」

 

「父は、お前を侮っている。手練れだと説明したが信じてはもらえなかった」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 一度だけ爪を峰に走らせてから、納刀した。手入れはそれなりに時間がかかりそうだが、宴会とやらが始まるまでじっくりとやればいいだろう。刀のこと以外、桃のするべきことはなにもなかった。

 

「そんなことだと。武芸者が武を認められないことの理不尽さぐらい、俺にもわかるぞ」

 

「お前は商人だな、申」

 

「なに?」

 

「猿のご当主が認めようが認めまいが、私の剣は変わらない」

 

「それはそうだが」

 

「つまり、何の意味もないということだ」

 

「しかし、やはり理不尽だ。その武には価値がある」

 

「なるほど。認められたいのはお前自身か、申」

 

 申が荒々しく立ち上がった。桃は一瞬だけそちらを見てから、荷物へ手を伸ばした。油はまだかなり余りがある。最後に塗ったのは旅に出る前で、その時に丁子油を新調したばかりだ。

 しばらく立ち尽くしていた申が、無言のまま部屋を出ていった。

 矢翠と目が合った。責められるかと思ったが、存外に平静な表情のまま、口元には笑みさえ浮かべていた。

 

「言うべきではないことを言ったかな」

 

「耳に痛い言葉ではあったのだろうと思います。ご本人もそのことはわかっておられるでしょう」

 

「槍を構えている姿しか見ていないが、中々のものではあった」

 

 実力でいえば、桃が介入するまでもなく破落戸共を打倒できるぐらいの腕はあった筈だ。

 しかし実際には猩々一家を名乗る連中に気圧され、勝負は瀬戸際に追いやられていた。それは事態を打開できる腕前があることを、他ならぬ申自身が確信できていなかったせいだろう。

 

「あまり気にされないことです。恐らく、桃様には理解し難いことですので」

 

「考えるのは確かに得意ではない」

 

「そういうことではなく、桃様とは無縁の感情だという話です。桃様は小さな頃から、誰に誇るでもなく剣を振っておられましたから」

 

「私にはそれが自然なことだった」

 

「なればこそ、申様とは意見が交わらないでしょう。無駄なことです」

 

 その言葉には矢翠らしからぬ冷淡さがあって、桃は思わず顔を上げた。微笑んだ矢翠が行李へ手を伸ばし、中から探り当てた丁子油を延寿国村の傍へ置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の女中に促されるまま腰を降ろした宴席で、桃は首を傾げた。

 広間には向かい合う形で膳が並べられていて、桃が誘われたのは片側の上座だった。向かいには猿の当主が座っていて、その横に細君らしき女性とまだ幼さを残す少年が並んでいる。

 桃はそっと横を見た。あくまで女中である矢翠は宴席を辞し、隣には戌童が懐手で座っている。問題はその更に右だった。猿の一族側である筈の申が、俯きがちに戌童の横へ腰を降ろしている。

 

「桃殿、酒は?」

 

「多少嗜みますが」

 

「左様か。おい、酒を持て」

 

 猿の当主が手を打ち鳴らす。徳利を携えた女中たちが入ってきたのを見て、戌童がからかうように口を開いた。

 

(ましら)殿、桃殿は底の抜けたお方ですぞ。酒ならば瓶の一つは軽く干してしまわれる」

 

「果島の行く末を左右する勇士にあっては是非もない。酒で良ければ、いくらでも供しましょうぞ。さあ」

 

 桃は一度頭を下げ、盃を傾けた。柴の家で飲むものと比べても上質の酒だ。一息で飲み干す。猿の当主が鷹揚に頷き、それから家族の方へ手を向けた。

 

「ご紹介しよう。妻と、息子の公浜(こうひょう)です」

 

「ご子息と言われると」

 

「申の弟ですよ。中々子宝に恵まれず、歳が離れてしまいましたがな。算術なども始めたばかりで、まだまだ未熟者です」

 

 言葉の割に声音は優しく、幼子への慈愛があった。

 二人が頭を下げる。顔を上げた公浜が桃をじっと見つめていた。無邪気で衒いのない好奇心が、瞳にありありと映っていた。

 

「桃様は剣の達人だと、兄上から聞きました」

 

「剣の達者な者はいくらでもいます。そういった者達と同じ程度には、私も遣えるというだけです」

 

「しかし、瞬く間に人を打ち倒してしまうと聞きました。いくつもの修羅場を斬り抜けられたのだろうと」

 

「斬り抜けた、といえるようなものはほとんどありません。数えるほどでしょう」

 

「それはどんな?」

 

「直近では、猪を斬ったことでしょうか」

 

 公浜だけでなく、猿の当主も当てが外れたというような渋い表情をした。戌童が声を抑えながら笑っている。

 人の背丈ほどもある大猪だと言えば喜ばれるのかもしれないが、講談師の真似事をするつもりもなかった。

 戌童が都で武者修行をしていた頃の話を始めると、公浜たちの興味もそちらに移った。武芸というより都の風俗が関心を引いたようで、食や調度品について矢継ぎ早に質問が飛んでいる。

 酒を呷った。それなりに度数も高そうだが、酔いというほどのものはやってこない。既に二升は飲んでいて、給仕役の女中が呆れた顔をしている。

 猿の当主が表情を引き締めたのは、細君と公浜が座を辞した後だった。桃は盃を置き、居住まいを正した。

 

「鬼の一族を討ち果たす。これは、間違いなく成さねばならぬことです。それも、朝廷に疑心を抱かれぬよう果島の地が一丸となって事に当たらねばならない」

 

「わかっています。そのための旅です」

 

「その旅に申をお連れ頂きたい。猿の一族は物資だけ出して高みの見物を決めこんだなどと言われたくありませんのでな」

 

「申を連れて行く?」

 

 思わず、桃は申を振り返った。目を閉じたまま、微動だにしていない。

 

「危険な旅です。いや、鬼の一族との戦といった方がいい」

 

「無論、承知の上です」

 

「しかし申は」

 

「当家の跡取りですよ。だからこそ、我が一族の意思を表明するに足る」

 

 猿の当主はなにか思い違いをしているのではないか。桃はその可能性を一瞬考えた。

 女である自分は勿論、戌童も一族の後継に影響するような立ち位置にはいない。雉の一族に至っては支援だけで、家の存続に関わるような人間を差し出すなど誰もやってはいないのだ。

 当たり前のことだった。たとえ戦いに勝ったとしても後継を失えば家は潰える。鬼の一族討伐の一団に跡取りを同行させるなど、どう考えても愚行だった。

 

「再考された方がよい、と思いますが」

 

「既に申も覚悟をしております。あまり野暮を仰られますな。これはもう、我が一族内では決まったことです」

 

 そう言われてしまえばもう異を唱えることはできなかった。こちらを立てた形で話を進めてはいるが、連れて行けと言われればその通りにするしかないのが本来の立場だ。

 宴がお開きになってから、桃は申を庭へ誘った。余人の耳目がない場所を他に思いつかなかったのだ。

 

「猿のご当主はいったい何を考えておられるのだ」

 

「言葉の通りさ。討伐を手厚く支持、支援したという実績が欲しいのだろう」

 

 硬い表情のまま申がそう言った。庭木の隙間から差し込む月明かりが、目元に暗い影を落としている。

 

「馬鹿なことを言うな」

 

「訊かれたことに答えただけだ」

 

「後継ぎに万一のことがあった時、実績など何の役に立つ」

 

「一族の役に立つさ。後継ぎならば公浜がいる」

 

「弟か。しかし」

 

 ふと、桃は猿の当主が公浜へ向けていた優しい声音や眼差しを思い出した。あれは幼子に対する配慮などではなく、遅く出来た子に対する過分な愛情だったのではないか。

 一般的な親子の交流がどんなものなのか桃にはわからない。ただ桃が見た限りでの猿の当主と申のやり取りは、親子にしては素っ気ないものだった、という気がする。

 

「まさか、猿のご当主は長幼の序を乱すおつもりか?」

 

 初めて、申の表情が歪んだ。それが苦悶なのか困惑なのか、桃には見極められなかった。

 

「父はそんなだいそれた人間じゃない。常識外れだとか前例がないとか、そういった物事が嫌いな人なんだ。とにかくまともであろうとする筈だ」

 

 後継ぎを戦場に送ることがまともなのか。討ち死にさせることで望む者に後を継がせようとするのは、いくらでも前例のある常套手段ではないのか。

 思いついた反論を桃は全て飲み込んだ。申にとって、残酷な話にしかならないだろう。

 

「少し待っていろ」

 

 そう言ってから桃は自室へ戻り、延寿国村を腰に差した。昼に手入れを済ませてあるので、気の乱れは収まっている。

 

「あまり肩入れされませぬよう」

 

 寝床の準備をしていた矢翠が静かに呟いた。聞こえなかった振りをして部屋を出て、玄関へ回った。鍛錬に使っているのであろう木槍が無造作に立てかけてある。庭へ戻り、木槍を申へ放り投げた。

 

「何を」

 

「構えろ」

 

「どういうことなんだ、おい」

 

「死ぬつもりの人間を連れて行ってもしょうがない」

 

 鯉口を切った。戸惑いながら槍を構えた申へ向けて気を発しながら、桃は静かに鞘を払った。延寿国村が、月明かりを湛えながら夜の闇をゆっくりと斬り裂いていく。

 申の顔に、先程までとは全く別種の緊張が走った。

 正眼。戸惑いを振り切った申が、穂先に精一杯の気を込めながら相対している。間合いは槍の方がずっと広い。しかし、既に申が気圧されているのが桃にははっきりとわかった。

 斬れる。肩から脇腹へと容易に斬り下げられる。確信とともに一歩前に出るのと、申が膝をつくのが同時だった。

 

「一度死んだな、申」

 

「俺は、斬られたのか?」

 

「そこまではいかなかった。気の押し合いだけでお前の膝は折れてしまったからな」

 

「槍が重かった。いつもよりずっと、重かったんだ」

 

「倒れるその瞬間まで穂先を下げなかったのは悪くない。ただ、死んだな」

 

「斬られたと思ったよ、俺は」

 

「私も斬れると思いながら構えていた」

 

「これが、立合か」

 

 申が自らの手を、それから槍をまじまじと見つめた。そこに燻るなにがしかの残り香を見透かそうとするその姿からは、さっきまであった存念が立ち消えていた。

 

「猩々一家とかいう破落戸と向き合っている時のお前は、今にも槍を投げそうに見えた」

 

「わかるか?実は、それが打開策だと思っていた」

 

「自ら死に近づくようなものだ、それは。投擲には技が要る。私も最近知ったことだが」

 

「そうか、やはり駄目か」

 

「生きたければ武器は捨てるな。鬼の一族と戦うのなら尚更」

 

 申が頷いた。月明かりがその顔を明るく照らしている

 刀を納め、自室へと足を向けた。空気を裂く素振りの甲高い音が、桃が寝床で目を閉じてもまだ続いていた。

 

 

 

 

 

 

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