Re;call me 作:Nine
主人公の名前を変更しました。有島カイトですよろしくお願いします。
桜舞う季節。花の香りが鼻孔をくすぐり、出会いや別れの季節を想起させる。そのどちらを思い浮かべるのかは、その人物次第だ。
春の香りは好きだ。自分の向き合わなければいけない問題を再確認出来るから。
そうして一人、屋上で黄昏ていると一人の少女が小走りでこちらにやってきた。
広い屋上には自分くらいしか居ない。なんの用だろう、と目を向け──少女の表情を見てだいたいのことを察した。
あぁ、春だしなぁ。
やんわりと肌を撫でるこそばゆさは恋に似ているのかもしれない。
少女は彼の前に立った。彼女の真剣ながらに頬を朱に染めた顔を見て、せめてもの礼儀として制服の襟を正して顔を真っ直ぐ見つめるのは
「有島くんっ!」
震える真っ赤な唇に、潤んだ瞳。きっと彼女は、ここに来るまでにたくさんの葛藤と戦ってきたんだろう。これから発する言葉を躊躇ったように顔を伏せ、けれども気合を入れるように深呼吸すると言葉を紡ぎ始める。
「卒業する前に、告白したかったの」
風が鳴る。攫われてしまいそうなほど震える声は、どこか力強さを感じさせるようだった。
春の陽気に暖められた優しい風が肌を撫でるように通り過ぎ、空に駆け上っていく。
「有島くん、あなたのことが好きです。だから──」
「……ごめんなさい」
彼女が言葉を伝え終わる前に答えを返す。春の日差しに、風の音。舞い散る桜吹雪は思いの結晶にも見え、少年は静かに花弁から目を逸らす。
優しさのわりに春の風は騒々しいな、と内心で呆れる。
「俺は、あなたの気持ちにこたえることは出来ないよ」
なぜ、と返される前にその意味を返す。
理由はたくさんある。ただ、それらは言い訳に過ぎない。そもそもとして、自分は彼女などつくる気はないのだ。
でも、それを説明することはしない。恋した経験が少ない自身でも彼女の言葉を汚してしまうと思ったから。
だから、今はやりたいことで忙しいと。簡潔に当たり障りのない理由を伝える。
「そう……」
少女は泣いていた。泣かれては仕方がないと彼女の顔を見る彼の顔は後ろめたいもので埋め尽くされている。
涙が濁らないのは化粧をしていないからで、ありのままを受け入れてほしいかのよう。
「なんとなく分かってた。それでも伝えたかったんだ」
自分の気持ちが偽りでないことを知ってほしかった、という彼女の表情はどこか晴れやかだ。
自分の気持ちの、嘘偽り。そういったことが彼女にとっては大切だったらしい。
「……そっか」
だったら自分は、やはり彼女の気持ちを受け取るべきではなかったのだと勝手に納得する。なにせ、自分の気持ちと折り合いを付けられないような、こんな人間となのだから。
少なくともこの気持ちに折り合いを付けられない限り、他の相手なんて見れそうもないな、と涙を流す少女を見て思ったのだ。
△
「ふぅ……」
「溜息なんて、関心しませんよ」
紅茶を飲んで溜息を吐くと対面に座っていた少女から注意を受ける。
手入れの行き届いた亜麻色の髪。透けるような透明感のある色白な肌は見た美しさに溜息がこぼれる。整った鼻梁に長いまつ毛に彩られた優しげな大きな瞳。まるで人形のような作りものめいた容姿は一種の芸術作品のように美しい。
彼女と同じ学校の、下の学年として通っているのに彼女の評判がよく聞こえる。トリニティ総合学園生徒会の生徒会長3人のうちの1人でもある彼女はそれに見合うだけの振る舞いを周囲に見せている、と。
流石は桐藤ナギサ、といったところだろうか。
「ごめん、ちょっと疲れることがあったから」
「悪いということではなくて、少し珍しいと思っただけですよ」
「そうかなぁ」
確かに、二人で茶会をしているというのに全く別のことを考えているというのは失礼だったと思い直す。上の空で話を聞いていて怒られることなどこの二人の間ではよくあることなのだ。
なぜ、ティーパーティーでもないカイトが彼女と一緒に居るのかといえば、彼女とは古い馴染みであり、彼女の駒でもあるからだ。
残念ながら彼女のように高い地位に居るわけではないが、彼女の特権を享受しているのはこれが週に一度の恒例行事であり報告会だからだ。
とはいっても既に報告するべきことはほとんど終えて、アフタヌーンティーを楽しんでいるだけの時間になっているのだが。
「それにしても疲れること、ですか……?」
「うん、ティーパーティーとは無関係だけど……」
わざわざ個人的な用事の話をすることもないだろう、と話を終わらせようとするカエデの様子が少しおかしい。
「あっ……そういうことですか……」
長い付き合いであり、そもそも人間の機微に鋭い彼女は微かな表情の変化で見抜いてしまったらしい。腹芸はあまり得意な方ではないとはなんだったのだろうか。
流石はティーパーティー三人のうちの一人、他人の表情からその原因を手繰るのは容易なことなのかもしれない。
「告白ですね?」
「そうかも」
「ふむ、そうですか……」
彼女はどこか遠くを見つめる。その先にあるのはテラスから見える景色だけで、特になにがあるというわけでもない。
それでも空を見上げるのは、なにもないがあるからだ。黒板に板書するように、空白にはそれを埋められるスペースがある。
やがて考えをまとめたのか、なんでもないかのようにひとこと。
「有島くんって、モテますよね」
「なんで……?」
繋がっているともつながっていないともいえる微妙な話題を切り出される。こちらとしてはその話題に答えにくい、というよりはここで肯定してしまうとそのことに自信を持っているようだし、逆に否定してしまうと客観視出来ていないかのように見えてしまう。
どちらにせよ地獄のような選択肢だ。
「まさか。たまたま物珍しいものが目に入るだけでしょ」
「それだけならもう何年も経っているでしょうから気にしなくなりますよ」
「……男だから、とか?」
「男性はほとんど居ませんからね。当然といえば当然ですか」
「うん、まぁ、そう……」
どちらかといえば、なんの権限もない人間がこうしてティーパーティーの重鎮とお茶を飲むような関係、というのがいわゆる寵愛にあたるから気にされる機会は多いという話だが、彼女は別の側面ばかりが見えているようで、こちらのことばかり気にされる。
俺としては俺たちの距離感というか、関係性というか、そういったものに目を向けてほしいと思うのだけれど。そう思い彼女の顔を盗み見ても平静の表情が見えるだけ。
「だいたい、そういうのはぼく以上にナギサ様の方が言われているのでは?」
どこか責めるような視線に居心地の悪さを感じながら、思ったことをそのまま告げた。
ティーパーティーと言えば多くの支持者によって成立しているこの学園の統治者だ。良くも悪くも、注目を集める。
ともすれば当然、告白してくる人間も多いのだろう。
「様、というのはやめてください」
「悪かったよナギちゃん先輩」
「それもなんだか……まあいいです」
もうちょっと普通に呼んでほしかったのかもしれないと内心で反省する。その不満を主張するように少しだけ眉間にシワを寄らせて主張しているがそんな彼女を見ると、せっかく美人なんだからシワを作らない方がいいのに、なんてどうでもいいことを思ってしまうのは彼女が特別美人だからだろうと彼は結論付けた。
眉間のシワは苦労人の証。あまりいいものではない。政治能力が高いことと、心が強いことは結びつかないんだから、軽口くらい使わないときっと自分たちは離れていくばかりだろう。
こんな軽口はお茶会にはふさわしくないな、とかぶりを振って話を戻す。
「告白の返事……あれはあれで神経を使いますからね。新学期早々、心中をお察しします」
「気は使うのは事実だね……」
ティーカップを置いて、茶菓子に手を伸ばす。
こうして二人の茶会を開くときは手製のお菓子を用意してくれるのだから、彼女には感謝してもしきれない。本人はわざわざ言っていないが、こちらの好みに寄せられたこのお菓子が既製品とは考えにくい。少し前にカマかけした時も否定しきれていなかったし、気のせいでもないんだろう。
あ、今日のはバター多めのだ。おいしい。素直に舌鼓を打ちながら、先ほど言われた言葉を思い出す。あの言葉は先を見ていない、言ってしまえば今だけを見ている言葉ではなかったかと思うのだ。
「卒業する前に……か」
「告白してきた方の言葉ですか?」
「あ、ごめんね……長引かせる話でもないんだけど。ただ、ちょっと思うところがあって」
卒業する前に、という告白してきた彼女の言葉を考える。なるほど、好機逸すべからずとはよく言ったものだが、恋愛の好機とはなんなんだろうか。
すくなくとも、彼女がそういった感情で動いているとは思えないほど真摯に自身の感情と向き合っていたように思える。
「その、告白してきた方の学年は?」
「俺の2個うえ、3年生。気持ちが嘘でないのなら、卒業後でもいいような気がする」
「私の1つ上の学年、ですか……」
なにか思うところがあったのだろうか。瞳を伏せて、物思いに耽る彼女を尻目に紅茶を啜る。やっぱりこの人の淹れた紅茶は格別だ。
この紅茶と茶菓子のために生きている、と言っても過言ではない。
静かに紅茶を堪能していると、ナギサ様の視線が自分に注がれていることに気付く。どことなく普段と違って妙な熱を持った視線を感じる。
え、なんで?
「なるほど……ですが、本当にそうでしょうか」
「ナギサ様には思うところがあるの?」
「私には、1年後はすごく遠い未来のように思えますよ。あなたはそうではないのですか?」
「……どうかな。遠い未来だといいとは思ってる」
テラスから見える景色が瞳を揺らす。肩を落とした様子の女生徒が一人。彼女はこれから先の一年間、どう過ごすのだろうか。気持ちを知られ、その気持ちを受け入れられないことが明確になった今、どうやってその事実を受け入れていくんだろう。
それとも、青春の一ページとしてすっと胸の中にしまっておくんだろうか。
「あんなに一年で変わっていけるものなのかな……」
「ご経験があるんですか?」
「中学時代に似たようなことがね。一年中付きまとわれたよ。一年間、ずっと」
「それは……すごく想っていたんでしょうね」
「どうかな……」
青春時代の、恋の一ページ。それはきっと、その人次第で彩りを持つ記憶にも、くすんだ灰色にもなるんだろう。
「その経験はその方にとって、重いものになると思いますよ」
「そうかな……卒業後すぐに彼氏作ってたけど」
「そうなんですか?」
「うん、写真見せられたもの」
この学園に入学してからわざわざ会いに来て彼氏の写真を見せてきた。今はカッコいい彼氏がいるから満足している、と言って笑う彼女に苦笑しながらも幸せが掴めてよかったと言った記憶がある。
なぜわざわざ会いに来たのかは分からない。当てつけか、あるいは本当にただの自慢だったのかもしれない。
「やっぱり重いと思います」
「そうかなぁ……」
そんなことはないと言わせない。そう言わんばかりの視線に降伏して紅茶を飲もうとして──既に空だったことに気が付く。
「淹れましょうか?」
「……お願いします、ナギサさん」
「はい、よく言えました」
「確かに君の方が一年早く生まれてるけど、弟みたいに扱わないでくれないかな」
「紅茶、淹れませんよ?」
「ごめんなさいでした……」
手玉に取るのが楽しいのだろう。くすくすと上品に笑う彼女の表情にはティーパーティーとして動いているときのような硬さはない。彼女は確かに、人の上に立つべき人間かもしれない。
でも、人の上に立てるほど強い人間だとは思えない。それは古い馴染みだからそう思うだけで、事実に反することだろう。その証拠に、彼女はこの学園で三つある分派のうちのひとつをまとめ上げるカリスマと政治力を既に持っている。
踏み切れてしまう躊躇いのなさや、自分すら犠牲に出来る判断力だけは直してほしいところだけれど、そうして駆けあがって行った先にはきっと俺の姿はない。
いつか、一緒に居れる日もなくなっていくのだろう。
淹れてくれた紅茶は少し時間を置いたからか少しぬるい。まるで今の状況のようだと苦笑してしまう。変化を望まず、先があることを疑わず、なにも得ず。ぬるま湯のような関係性を延々とつなぎ合わせ、やがて静かに冷えて離れていく。
「俺は、この時間がずっと続けばそれでいいよ」
「……そうですね。私もそう思いますよ」
それ以上を望むことは出来ないから。自分の行動で関係性が破綻するくらいなら、ずっとこのままがいい。
「ところでナギサ先輩」
「はい?」
「紅茶、もうちょっと甘めにしてくれたりとか……」
「ちょっと苦かったですか……ふふ、まだ子供ですね」
「ナギサ先輩が大人舌なだけでしょ」
「ひとつしか離れてないじゃないですか」
「どう扱ってほしいのさ」
そうして談笑の時間が過ぎていく。それにも関わらず、乱入者が一切いないことが気になったが、今日がそういう日だっただけだろう。
トリニティ総合学園は品行方正、お嬢様の学校なのだから。