Re;call me 作:Nine
二年次の春の話。つまり原作開始前です。進捗に規則性はないので当方の匙加減になりますこと、ご了承いただければ幸いです。
ティーパーティーの仕事は政治全般に傾倒していると思われがちだが、実際は学園に関わるすべてであることはあまり知られていない。まず、一般の生徒は誰がなにをしているかなど把握しているわけはないし、ティーパーティーに対しても敬意を向けなければならない学園のトップ、程度の認識しかないのである。
ただ、一般生徒に知られていないからと言って秘密裡に行われているかといえばそうではない。むしろ、カイトのような仲介人を通して話し合いをすることも少なくないのだ。
つまり、トリニティ総合学園におけるカエデの立場は折衷案を模索するために駆けまわる中間管理職のようなもの、ということだ。
「こんにちは、ミカ様」
「わっ、カイトくんだ。何か用かな、それとも私に会いに来てくれたとか☆」
夢のように鮮やかな桃色はナギサのような透き通るような透明感ではなく、本人の話し方も相まって、まるで綿菓子のようなふんわりとした印象を受ける髪が目を引く。
彼女、聖園ミカはティーパーティーの三名のうちの二人目である。もっとも、同じティーパーティーであっても彼女は桐藤ナギサとでは考え方や行動に大きな差がある。
対する自身の出で立ちを見る。銀色の髪、まるで紅葉が色付いているかのような瞳こそあれど、彼女らのように見目で人の印象に残る方ではない。彼女らと話すにはどうにも場違い感が否めない。もう少し分かりやすく誇れるものがあればこのような感慨も抱かないのだが、と歯噛みする。
が、二人とも自身を受けて入れていることを鑑みると、安易に否定の言葉を並べてしまうのは些か誠実ではないと感じて口を噤む。代わりに、返答で軽口をひとつ落とした。
「ミカのこと結構嫌いじゃないから、そうかもね」
「……わぁ。カイトくんってそういうこと真顔で言うのずるいと思うよ」
「そういうこと」
言葉を舌の上で転がす。彼はこういったことをよく言われる。互いの関係性を踏まえた上での言葉選びという誰しもが持っている当たり前の機微に疎い。ナギサに対してのものと、ミカに対しての感情がまるで別物であるという自覚こそあるが、言葉がどのように捉えられるかをあまり考えていない。
もちろん、これがティーパーティー最後の一人相手や外の人間に対する言葉であれば彼も少しは言葉を選ぶようになるが、彼にとって聖園ミカはナギサの幼馴染という印象が先に来てしまい最初こそ選んでいた言葉をあまり選ばなくなってしまった。
「うーん……?」
そういったことを自覚していない彼がいくら考えたところで答えが出るハズもなく、どうでもいいかと思考を切り上げる。他人について考えを巡らせるくらいならこの時間を楽しんだ方が有意義だろう。
「ま、いっか! せっかく来てくれたんだしお茶菓子出すよ。なにがいい?」
「なんでも。紅茶はアールグレイ持ってきたからそれでどうかな」
「アールグレイかぁ。じゃ、淹れてくれる?」
「元々そのつもりだったんじゃないのかな」
アールグレイ。いわゆるフレーバーティーと呼ばれるものだが、アイスティーによく用いられる。ベルガモットの柑橘系の香りは、分かりやすく濃い味わいが清涼感を感じさせる。
そして、彼女が自身で淹れないのは自分の好みの茶葉ではないからではなく、二人で飲むときはカエデが淹れるという暗黙の了解があるからだ。そうでなければ、わざわざ茶葉など持ち歩かない。
わざわざ相手に合わせている時点で相応以上にミカのことを考えているのだが、彼が自覚することはない。
「あはは、バレちゃった?」
「別にいいんだけどね。落ち着きたいしミルクティーでもいいかな」
「あれ、もしかして淹れてくれるの?」
「いつもそうじゃん」
仕方がない、と溜息を吐いて近場にあるキッチンに顔を出して紅茶の準備を始める。
ナギサほどではないが、カエデも紅茶を淹れることは出来る。もっとも、トリニティによくある格式のある正しい淹れ方ではなく、ナギサに教えてもらった淹れ方をして淹れることしか彼には出来ない。
彼らの間には遠慮という二文字はない。もちろん、それはカエデが常識に欠けている人物であるという意味ではなく、そうなるまでミカの方から歩み寄ったからである。なお、ナギサとカイトの間では遠慮の二文字は存在する。猪突猛進ガールにはゴリラのような知性も期待出来ないのだ。
特別だと認識出来ているからこその、特別扱いである。そういった感情がないからこそ、ミカに対してあけすけな態度を取ることが出来るのは間違いない。
紅茶をティーポッドに淹れて戻ってくると、機嫌がよさそうに笑ってミカが出迎えてくれる。テーブルの上にはマカロンを始めとした茶菓子たちがケーキスタンドの上で食べられるときを今か今かと待ち望んでいた。
「おぉ……」
「ちゃんと感動した?」
「ちゃんとケーキスタンドに乗ってきたことに感動してる」
「私カイトくんの前ではいい子にしてるよ!?」
どこがだよとか、いい子にする対象なんだ、と浮かんだ様々な感想と感情をそっと胸のうちにしまって淹れた紅茶を飲む。この辺りの話を深堀してしまうと日が暮れる。
自身が淹れた紅茶はまろやかな口当たりに、優しい香り。茶葉の特性を引き出せているように感じるが、いつも飲んでいる紅茶と比べると物足りなく思ってしまう。
ナギサの淹れた紅茶の方が美味しい、という事実に内心で悔しさを覚えた。
「うーん……」
「どしたの?」
「なぁんか、ナギサの淹れる紅茶と違うんだよねぇ」
「う~ん……」
何度淹れても、何度教えてもらっても上手くはなっても同様にならないことに首をかしげている。年季だろうか、丁寧さだろうか、それとも所作に違いがあるのだろうか。自分で淹れたはずなのに、隣人が淹れてくれた紅茶の方が美味しいと感じるのはどことなく敗北感がある。
そうして見当違いな考えをしている彼を見てミカはくすりと笑う。彼の行動は良くも悪くもナギサ基準だ。別に紅茶が好きなわけではないのに、ナギサが善意で教えた紅茶の淹れ方を忠実なまでに練習し、味の違いに悩んでいる。大概の人間はほどほどのところで再現などやめてしまうのに、生来の生真面目さが手伝ってナギサと同じように紅茶を淹れることが目標になっている。
「カイトくんのそういうところ、すごいよね」
「出来ないから悩んでるだけで、出来るなら見向きもしないよ」
憮然とした表情で不満を吐くカエデだったが、多くの人間は届かないから諦めるのであって、届かないから努力するわけではない。
誰かに劣等感を覚えた記憶こそないが、自分にはない丁寧さは好ましいものだとミカは思う。彼女は自身のことをワガママな気分屋であると考えているし、周りにもそう評価されている。ティーパーティーが今のように協力体制ではなく、内乱にでもなっていたなら政治的に足元をすくわれるほどにはその場の勢いで生きている。
だから、ナギサのように周囲からどう思われるかではなく、自身がどう思ったかを遠慮なく口に出来る。
「でもかーくんの淹れる紅茶、好きだよ?」
「ありがとう。ぼくもミカの人を褒められるところいいと思うよ」
「えへへ」
「でも、敵を作るのはやめようね」
カエデはどちらかといえばナギサ寄りの人間だ。自身の損得勘定で誰かを切ることはないし、下手に敵を作らない。ミカは自身の言動も相まっていつの間にか敵を作っている。出来ることなら敵を作らないように気を付けてほしいと心のそこから思うのだが、言っても聞きはしないのでいずれ解決したい問題でしかない。
それでも関係性が崩壊していないのは、ミカの人を惹き付けるような魅力があるからで、そのことをカイトはすごいことだと見ている。大人しくなってくれる分には仕事が減るので、努力目標にしてほしいところなのは切実なところだ。
主に最後の一人と会話をする際には。おかげで三人が揃うたびに呼び出されるこちらの身になってほしい。正しくはそうせざるを得ないナギサの胃を考えてほしい、という意味で。
「え~、わかんな~いっ☆」
「……は?」
「はいごめんなさいすみませんでしたお願いだから頭ぐりぐりするのやめてぇ……」
「はぁ……」
あまりに頭を空っぽにしたような言動で煽ってくるミカに腹を立ててげんこつをしてそのままぐりぐりドリルのように力を入れる。
本当に、一度痛い目を見た方がいいのではないかと心から思うのは普段からこんな態度を貫き通しているから。自分のような間に入る人間が居なくなったらこの娘はどうやって問題解決するのだろうか。
なんかそのままにしておきそうだなとほんのりと感じながら思わず溜息が漏れてしまうくらいには短時間でこの娘に振り回されている。
ナギサに助けを求めたいところだが、彼女の好物である美味しいロールケーキが飛んでくるだけなのであまり役には立たないだろう。身内に対して甘いのは彼女たち幼馴染の悪いところであり、いいところでもある。
痛がりながらもどことなく嬉しそうなミカをどうしたものかと憮然とした表情を浮かべて考える。あまり叱られる機会がないからだろうか、彼女は意図的に叱られているように見える。
他人からの小言などいいものではないと考えているカエデには分からない感覚だが、自身を見てくれていると感じるのかもしれないと結論付けてマカロンを一口食べる。
「今日のはどうかな?」
「大した感想は出てこないよ?」
「食通みたいな言いかたされてもつまんないじゃん、ね?」
「……美味しいとは思うよ」
「そーじゃなくてさ~」
ミカの不満そうな声が耳朶を打つ。パーフェクトコミュニケーションは程遠い。
彼女の声に気負ったものを全く感じない、ただ純粋に味の好みが合っているか確認しているのだろう。ティーパーティーではなく、一個人としての聖園ミカという女の子が感想を求めている。ならば遠慮することもないと自身の感覚を正直に伝える。
「ぼくの好みだよ。紅茶ともよく合うし、今度ナギサにも……」
「……むー」
「ごめんて……」
今のはないと思えたが、また繰り返すのだろうなと溜息を吐く。どうやら自分の中には人付き合いの、人情の機微というのがあまり分からないらしい。彼の中ではナギサにもっていくというだけで最上級の誉め言葉なのだが、乙女心とはままならないものだ。
女心と秋の空、とはいうし、自身が気分屋なことも自覚しているがこの男が女心を理解するのは雲を掴むよりも難しい話だとミカも溜息を吐く。
これと一番長く、濃く過ごしている幼馴染の苦労を偲ぶくらいには彼に対する情はある。これからも長い時を一緒に居ることになるんだろうという淡い期待を持つくらい彼に思い入れが出来てしまった。
「……ナギちゃんが苦労するのも分かる気がする」
「苦労しか掛けていないと思うよ」
「苦労って嫌なことだよ?」
「ダメだったら言ってくるし、ダメじゃなかったら呆れた顔をしながら対応してくれるよ」
「苦労って面倒くさいと思うけどなぁ……」
カイトの返しが意外だったのかもしれない。驚いたように同じことを聞いてくる彼女に自分の思うところをそのまま伝えると、納得いかないと言わんばかりに眉をひそめる。
彼の中では筋立っている考えだというのに、なぜ周囲には理解されないのだろう。
その理由が信頼がちょっとどころではないほどに重いからだと彼は気付かない。基本的に彼の頭の中にはナギサ以外の余地がないのだ。
「その理論だとぼくにとってミカは面倒な子ってことになるけど?」
「えっ……」
ミカのおかげで増えた仕事はひとつやふたつではないと内心で溜息を吐く。だからといってミカが嫌いになったかといえば、黙秘権を行使させていただきたいと思っているが……黙ろうとするということは、悪感情を持っていないということでもある。
沈黙は肯定と取られる場合の方が多いことを彼は理解していない。
「ぼくは別に思ってないからね?」
「ほんとに……?」
割と深刻に傷付いた表情をされたのでフォローしたのだが、納得が出来ないような反応にどうしたものだろうと悩んでいると、足を鳴らす音が聞こえる。
等間隔で、静かな足音。色眼鏡かもしれないが、どこか気品がある音をカエデは一人しか知らない。視界の端に見知った顔が見えて確信に変わり、意図して公人としての思考を切り替える。
「ナギサ先輩……なんのためにぼくが来たと思ってるんですか……」
「ふふ、ごめんなさい。話し合いはほとんど終わったころだと思ったのできてしまいました」
「まったくしていませんが……まぁ、いいです。荒唐無稽なものですから」
助け舟が来たことに喜びを覚えながらも、緩衝材として間に立っている事実を忘れられているのではないかという危惧からお小言を言ったが軽く流される。
そうでなくとも、公人としてミカの前に立つ場合は肩肘張って動いている。最初から、今日来たのは知人の様子を尋ねた只人に他ならない。
ただ、思考が読み取られるわけでもなく。ナギサはむっ、っと怒ったようなポーズを取る。
「ダメですよカイトくん。役目はしっかり果たさなければいけません」
「……以後気を付けます」
「よろしい。……それで、ミカさんはどうしたのでしょう」
普段の二人であれば友人のように気安い間柄だが、公の立場は平行ではない。
立場の兼ね合いもある。いくら自分たちがそう思っていたとしても他人から見れば別の視点で切り取られてしまうこともそう少なくない。ナギサの言葉の方が利があると判断して素直に謝る。
ナギサは満足げに微笑むと、テーブルに突っ伏しておおよそお嬢様とは言えない姿勢のミカに声をかける。
「聞いてよナギちゃん! カイトくんが私のこと面倒な子だって!」
「あぁ……えっと……そうですか……カイトくん、申し訳ないのですが私にも紅茶をいただけますか?」
「心得ました」
「ナギちゃん!?」
水を得た魚のように喋り出すミカを前に苦笑いをするしかない。自身の幼馴染ではあるものの、決めたことに対して良くも悪くも一直線な聖園ミカという人物を御しやすい人間だとは間違っても言えない。自身の隣人のように立ち回り、心を折っている彼に対して一定の感謝と同情もある。
だが友人の言葉でもわざわざ否定してやるのも良心に欠けるというもの。軽く流してやるのが優しさだ。
「ん……美味しい。カイトくんの紅茶もいいものですね」
「……ぼくとしては、ナギちゃんの紅茶の方が好きなんだけどな」
「ふふっ、そう言ってくださるのはありがたいですけどカイトくんの紅茶もおいしいですから」
「ありがとう……?」
満足の言っていないものを出して褒められても複雑な気持ちにしかならないが、僅かに上がった口角が褒められていること自体は満更でもないと肯定していた。
「二人の世界に入らないでよ!」
席を増やし、紅茶を淹れ直すと三人はお喋りを再開した。その場には朗らかな笑顔しかなく──この場で疑念を晴らさなかったことを彼は終生後悔するようになる。
まさかこの疑念が真実だとは露程も思っていなかったのだから。
ナギサは政治に対して天才的なものがあり、ミカは直情的でありながら周囲を全く鑑みないわけではない。そういったイメージがあります。もちろん、直情的であることが必ずしも政治的に好いことかと言われれば絶対にそうではない。