Re;call me   作:Nine

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第3話

 トリニティ総合学園生徒会のティーパーティーには三人のメンバーが居る。桐藤ナギサ、聖園ミカ……そして、百合園セイア。意思決定権は当該期間の長であるホストに帰属しているが、現在は代行である桐藤ナギサがホストということになっている。

 

 ナギサにホストを委任した人物こそ、百合園セイアである。

 

 暗いものを拒むような真っ白な廊下に居心地が悪くなるのを無視して廊下を歩く。平和な世界でもっとも死に近い場所の奥まった個室に目当ての人物が居る。

 

 一歩踏み込むたびに言いようのない冷たいものが背筋を撫でる場所にそう長時間居たくはないと感じるのは、彼女の部屋が病院の中でも奥まった場所にあるせいで他者を拒絶しているような印象を受けるからだろう。

 

 これから会う相手はしっかりと生きているにも関わらず、なんとも言えない居心地の悪さを感じながらもノックをして入っていく。

 

「よく来てくれたねカイト」

「あれ、驚かないんだ?」

「今日なのは分かっていたからね。あまり調子は良くないから短めに頼むよ?」

「あー……努力するよ」

 

 ティーパーティーの各メンバーの近況報告は定期的に行われる。それこそ重篤な病やもう二度と復帰が難しくなった場合を除いて一定期間内に行わなければ監視が不十分と見做され、最悪カイトの立場が剥奪される危険性が存在する。

 

 通常であれば連絡役などティーパーティーと比べれば遥かに立場が低くいくらでも代わりが居るものだが、彼女たちが個人的に重宝しているため出来ることなら継続してほしいというのが三名の共通認識である。

 

「責めてはないさ……むしろすまないね。こんな場所で話すつもりはなかったんだが」

「セイアさんが悪いわけじゃないから気にしないで」

 

 病人のような色白い肌に腰まで伸ばした黄金の髪、朝日のような瞳も印象的であるが、なによりも頭頂部の耳が印象的な少女。彼女もまた、周囲を味方に付けることを難とする性格で、カエデは彼女に対しても手を焼かされている。

 

 そんな事実を臆面もなく言うわけにもいかないのは、元々物静かな彼女が殊更病人のように青白い肌をしているから。

 

 言葉通りにあまり調子が優れないのだろう。辛そうに瞳を閉じて話をしていることから出来る限り早めに話を終わらせる算段を立てる。

 

「ごめん……ぼくが来るまで寝てたよね」

「いいや、天井のシミを数える作業に飽きてきたところさ」

「その表現は誤解されるからやめよう。本当にやめてほしい」

「ふふっ……君は困らせ甲斐があっていいな」

 

 彼女は後輩だと思って接してくれる数少ない人物だ。トリニティ内において、カエデの立場というのは非常にあやふやで宙に浮いた存在。そんな中で肩書きを気にせずにただの先輩と後輩として話をしてくれる百合園セイアという人物は、カエデにとって貴重な存在でもある。

 

 聡明で思慮深い彼女は他人の思うところを冷静に見抜く力に長けている。歳相応に一人だと寂しいという感情が薄っすら見える彼女に僅かな親近感と好意を抱ける。

 

 もちろん、一番貴重な存在とは比べるまでもない。ただ一番が決まっているからといって、そのあとが大切でないことはもちろんない。

 

「本当に頼むよ。セイアさんのからかいで何度詰められたか分かったものじゃない」

「ナギサも君が絡むと歳相応になるからね。肩の力を抜く手伝いだと思うといい」

「二人とも同い年でしょ……」

 

 なにを言っているんだろうかと呆れる。彼女は確かに同い年の人間に比べれば多くものが見えて諦めを覚える機会も多いだろうが、だからといって背伸びする必要性もないだろうに。

 

「……今回も随分と辛そうだね」

「ああ……少し悪夢を見てな……」

「それを話してくれればぼくも苦労しないんだけどね」

「んっ、汗くらい自分で拭える……」

「ぼくがしたいだけだよ」

 

 ハンカチを取り出し鬱陶そうな汗を拭っておく。

 

 随分と嫌な夢を見たのか、言葉とは裏腹にされるがままにしている。平静の彼女であればもう少し抵抗するのだが今はその気力もないようだ。

 

 不自然なまでに生の香りを感じない病室には似つかわしくない甘い香りが僅かに鼻孔をくすぐる。

 

 意識するといけない気がしたので、思考の端に追いやって真顔を作っておく。女性の香りがしたなどと頭の片隅にでも思い浮かべればナギサに会ったときに不機嫌になるのだ。解せないと思いつつも、なにか許せない一線があるのだろうと納得している。

 

 指摘する度胸もないと言えばその通りなのだが、触らぬ天使に祟りなし。理解出来ぬものだからと言って否定していたら何度怒られるか分かったものではないのだ。

 

 閑話休題。

 

「また明晰夢?」

「予知夢と言ってほしい。……カエデもあまり信じてはくれないか」

「自分の見ていないものは実感が湧かないんだよ。疑うよりはいいでしょ?」

 

 彼女はティーパーティーの中でも異質な能力を持っている。ナギサは政治力、ミカは暴力と自由奔放さが彼女らの武器であるが、セイアの武器は理知さと未来予知。ただし、彼女以外でその力を持っている人間は居らず、彼女自身誰かに話そうとしないせいで理解を得られているとは言い難い。

 

 彼女が評価されているのは本当に持っていると思わせるほどの聡明さと先読み能力から来るもので、事実それがあるかどうかは関係ないのだ。

 

 未来予知。誰しもが一度は手にしたいと希い、都合のいい逃げ道に使う万能の力。まるで神々の御業。なんのデメリットもない無敵の力だと思われがちだが、実情はそうではない。

 

「君はそうだろうね。自分の目の前にあるものが全てなんだろう」

「否定はしない。でも肯定もしない」

「充分だ。……私のコレは否定されることの方が多いからね」

「セイアさんの言葉だから信じているだけで赤の他人が言ってたら頭やられたかと思うね」

 

 無責任な言葉とは縁遠い責任感の強さを持っている彼女は不用意に夢の内容を語らないが、あまりにも生々しく実際に起こる事象を観測出来るというだけで消耗に繋がることは想像出来る。

 

 未来が見えるということは自分の走っていく道の先に何が待ち受けているのか知っているということでもあるため、彼女の諦めたような笑みにも繋がっているのだろうと察しが付く。

 

「……そうだろうね」

 

 これがぼんやりとした白昼夢のようなものだったのなら特筆すべき点もない便利な能力で片を付けることも出来たが、彼女の能力はそう自分に都合が良くない。彼女の予知夢は、都合の悪い未来すらも本人の意思に関わらず迎合してしまう。

 

 理解が得られないことに悲しそうに頷く彼女からは苦労の色が見える。未来が見えるのはどんな気持ちだろうと夢想したところで自分の都合のいいようにしか解釈出来ず、彼女のような姿になることが想像出来ないのは自身に絶対の核があるからだろうか。それとも、根本的に彼女と自分は異なるからだろうか。

 

「……まともな夢を見れたことはある?」

「ある、と言いたいが思い出せないくらい昔のことだね。今もこうして横になっていることがその証拠と捉えてもらって構わない」

 

 夢は記憶の整理だという話がある。常に夢を見ているということは身体にとっては望ましくない状況が続いていることでもあり、倒れてしまうのも当然だろうと納得する。

 

「なぁ、カエデ。一つ聞いてもいいだろうか」

「もちろん。セイアとのお喋りは楽しいからね」

「……ナギサにまた叱られるよ?」

「あの子の逆鱗がどこにあるかは分かんないからそこはいいよ……」

「……そうか。ナギサも苦労するわけだね」

 

 諦められてしまったかのような溜息に憮然とした表情をしつつ、視線を漂わせる彼女の言葉を待つ。セイアと行う会話は言葉を交わしている時間と黙っている時間で半分ずつ。セイアは瞳を伏せて言葉を選び、カエデは言葉を引き出さずに待ち続ける。

 

 カチ、カチ。時計の秒針が進む音が響く。見えているものが違うのに、時間だけは共通していることに不思議な感覚になりながらも静かに。

 

 やがて言いたいことが纏まったのか、僅かに瞳を開けて口を動かす。

 

「君は、未来が見えているとして、どうする?」

「未来か……」

 

 抽象的で、どこまでいっても明確な答えがない問い。自身もなにを言いたいのか分からないのだろう、不安でなにかに縋らなければならないかのような視線に居心地が悪くなる。己はあくまでナギサの寵愛を受けているという扱いで他のホストに与する立場にはない。

 

 だから彼女の支えになる気はないし、仮になにかを積まれても彼女が求めている言葉を出す理由はない。交渉役に人間性は必要ない。こちらの要求を伝えて相手の出方を伺えばいいのだから、わざわざ相談に乗ってやる必要はない。

 

 ただ、それはあくまで公人として。ティーパーティーの緩衝材としての判断だ。

 

 彼女の友人としての自分であれば答えても構わないと結論付けて、真摯に向き合う。

 

「そうだ、何度立ち向かってみてもダメで、成功するのは万に一つ」

「ふむ……」

「みながこの能力を優れたものであると言うが。……覆せないくらいなら、見ない方が幸せなこともあるさ」

 

 そう語る彼女の顔は永い旅路を歩いてきた老人にも、行き先が分からなくなった迷子のようにも見える。実際、疲れてしまったのだろう。どこか虚ろな表情は危うさすらも感じる。縋るものがなく、藁にも縋る想いで話したのだろう。

 

 自分はただナギサの役に立ちたいだけで彼女に向いている訳でもないというのにいったいなにを期待しているんだろうかと呆れながらも律儀に考える。

 

 彼女の悩みは特別なものなんだろう。確かに未来視という能力は彼女以外聞いた覚えがない程度には珍しく厄介な能力だ。しかし、見方を変えればどうしようもない現実に打ちひしがれ絶望しているのは他の人間も味わうこと。

 

 彼女が聡明であることは百も承知だし、迂遠な言い回しをいくらか噛み砕いて説明してくれているだけで彼女の思考そのものを理解することは出来ない。

 

 そういう彼女だから、周囲に手を貸してほしいと願うことも出来ずにすり減っているのかもしれない。

 

 だが、自分が出す答えは変わらない。

 

「ナギサのためなら、万に一つ、億に一つの可能性でも手繰り寄せるよ」

 

 自分の足場を確かめるように言葉に背筋が凍る。自分が解決出来る可能性が低い状況を想像したのだろう。悔しさと怒りに急き立てられるような瞳の中で揺れる炎が飲み尽くさんと息巻いている。

 

「ふふっ。期待しているよ」

 

 だが、その狂気の宿った瞳がなによりも美しく思える。狂気とは、常軌を逸する心の総称。そこに善悪はなく、どこにでも転がっていける。

 

「でも、セイアさん。一つだけお願いしてもいいかな」

「ああ、なにを頼むか分からないが」

「この話は、ナギサにしないでほしい」

 

 自分が狂っていると知られるなど、許されない。

 心穏やかな人間の隣に居るなど、認めない。

 愛おしさを覚えられ、手元に置かれるなど。

 

 セイアは彼にこれ見よがしにため息を吐く。カイトは苦笑するばかりで特に効果はなかった。いや、正確には非難すれば真正面から受け止めて傷付くのだろう。その上で些末事だと前に進んでいくだけで。

 

 なんてふてぶてしい人間なんだと呆れを通り越して感心する。

 

 だが、丁寧な物腰を持ちつつも気安い人間が己の顔を見せるのは珍しいことでもある。貴重な機会だと頷いて彼の要求に首肯を返す。セイアも狂気を除けばティーパーティーの中で最もカイトと似ている人物でもある、理解は出来ないが尊重は出来る。

 

「前から思っていたんだが」

「……なに?」

「君のナギサに対する気持ちは一般的には重いものかもしれないな」

「……そんなご大層なものじゃないよ、セイアさん」

 

「私も、君のように強ければもう少し自由に振舞えるのだろうか」

 

 眩しいものを見上げるように病床からカイトを眺めるセイア。そんな彼女を横目で見ながら、カイトは果物を切り始める。少し切れば芳醇な香りが充満するとともに果汁で手が濡れる。

 

 自由とは鳥のように空を羽ばたけることだと誰かが言った。ならば彼女は籠の中の鳥。誰かが籠のフタを開き、飛び立ってもいいのだと空を示してやる必要がある。

 

 まあそこはどうだっていい。彼女の闘争は本当の意味では関係がないし、これから彼女に傾倒していく可能性など皆無と言って相違ない。

 

 そんなことよりも、カイトは今気に食わないものがあった。

 

「セイア」

「……なんだい?」

()()はあなたが気に入らない」

 

 変えようとして変わらない未来に絶望した。

 

 なんだそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未来(さき)をまったく見ていないやつがなにを為せる。

 

「上手くいかないから、現状を変えようともがくんだ。未来を見ているからと言って確定された事象である理由がどこにある。きみひとり、動いた程度の結果だろう」

 

 自分一人で出来ないならば周囲を頼れ、言うだけなら簡単で、子供のころは当たり前に行っていたのにいつの間にか忘れられる当たり前の権利。いや、本当は分かっているのだ。

 

 周囲を頼った方が上手くいくなど。失敗の記憶が、頼って自分より上手くいかなかった煩わしさが絶望という形を持って心の中に残ってしまっているだけで。

 

「ナギサとあなたが友人である限り、あの子が望む限り──おれは君の味方だ」

 

 人との繋がりはあって困ることはない。問題に対して、どのような方向から解決策が出てくるかなど誰にもわからないのだ。

 

 相手が自分よりもなにかの点で劣っていたとしても蔑ろにしていい理由にはならない。

 

「君なら、きっと──」

()()なら、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 喉元まで出かけた言葉を飲み込んで微笑みを返す。

 

 まさか、彼ならばこれから起こる問題も一緒に背負ってくれると思ったなんて言えやしない。自分個人に惚れてくれているなんて、ありえもしない幻想も一緒に抱いたポンコツな脳みそを揺らすことでリセットする。

 

「あ、リンゴむけたけど食べる?」

「……その、食べさせてくれな──はむっ!?」

 

 彼女が言葉を言い切る前に無理やり口に突っ込む。驚いた彼女はなんとか咀嚼しようと懸命に噛む。非難囂囂(ひなんごうごう)、病人に対する扱いではないと周囲に人が居れば否定は避けられないだろう行為なのに彼女はまんざらでもない表情で嚥下する。

 

 そして次を次をと餌を待ち望む雛鳥のような彼女にため息を吐いて、彼女の口にリンゴを運んでいく作業に殉じる。

 

「これもなかなか、悪くはないな」

 

 漏れ聞こえてきた言葉にカイトの口元に淡い笑みが浮かぶ。

 

 その表情は呆れつつもどこか楽しんでいて──たまたま訪れたナギサが不機嫌になったことは、また別の話だ。




ミカ→ぶん殴ってもいい相手
セイアさん→足踏みするのはともかく思慮深さは信頼している
ナギちゃん→なににも代えられない自分の全て(セカイ)
 だいたいそんな感じの関係性。概念は理解していても自分たちの間に男女の仲があるとは露程も思っていない面をしている主人公好き好き大好き。
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