元銀眼の魔女の死神代行の話 作:ラキアー
軽いな。
斬魄刀を握った時、一護が思ったのがそれだった。
前世のクレアだった時の愛剣、クレイモアは重かった。半人半妖の膂力があればこそ、振り回せる武器だった。
あの剣は一種のオーパーツでもあった。どんなに手荒く扱おうと、欠けず錆びず折れず。その刀身には戦士の
それに比べて、この斬魄刀とやらはやたらと軽い。握りの感触がクレイモアと違うのは別物だから仕方ないとして、この軽さは異常すぎる。まるでスカスカな金属が刀のふりをしているようだ、と一護は思う。
となれば、あまり手荒く扱うのはよろしくない。
加えて、家の中にはまだ怪我をしている家族がいるのだ。ちんたらする時間もない。
「あまり時間はかけられねえからな。即行で決めさせてもらう」
言い放つと同時に、一護は妖力開放――否、自分の中の霊力を開放した。ドンっと周囲に衝撃波のように余剰霊力が拡散する。ビキビキと筋肉がきしみ始める。
やはり、と一護は思う。この状態――死神の姿であれば、霊力を前世の妖気のように操ることができる。
妖力開放で身体能力にブーストをかけるのは、『戦士』だったころの切り札だった。もっとも、妖力開放にはリスクもあるので乱用はできなかった。
現在はそれを霊力でやっているということだ。ただ、妖力開放とは異なり、傷の治りまではブーストされないのは注意が必要だ。もっとも、こんな雑魚に、そこまでする必要はない。
くわえていえば、その気になれば、
前世のクレアは、攻撃のタイミングを読んで、体を当らない位置に持っていき、反撃していた。
前世では、聖都ラボナで妖力暴走からの半覚醒状態になってから、ようやく苦も無くできるようになったことだが、今生では死神の力のおかげか、最初から難なくできる。
もっとも、そこまでする必要もなく、あっという間に、
無事か、とルキアに向き直ろうとしたところで、急激にめまいと眠気を覚えた彼は、そのままその場に突っ伏した。
ラキの声がする。懐かしい声。まだ幼いラキが、妖魔を倒して用は済んだと、町から出て行こうとする自分に向かって、名前を教えてほしいと叫んでいる。
クレアだ、といった言葉は聞こえただろうか。
きっと、聞こえてる。あの時点のクレアは、そこからラキとこんなに長く生きることになるとは、思ってもみなかった。
ラキの、クレアと呼ぶ声は好きだ。クレアの名前は気に入っている。大好きなテレサと対になるから。ラキが、名前を尋ねて、たくさんの仲間たちとそう呼んでくれるから。
もっと呼んでほしいな、ラキ。
その柔らかなボーイズソプラノが、やがて張りのあるテノールへ・・・変わる前にうざったいだみ声に変わった。
「グッモーニン!いっちごぉぉぉぉ!」
朝っぱらからベッドにドロップキックをかますという凶行を行った父親を、一護は問答無用で、窓から叩き落した。
「ぐっふう・・・強くなったな・・・!息子よ・・・!」
植え込みからよろよろとサムズアップしつつ、どこぞの暗黒卿のようなセリフを吐く一心に、一護は舌打ちして・・・目を見開くと勢いよく自身を見下ろした。
いつの間にか、寝間着にしている首元の開いたシャツと、ジャージでベッドに入っていた。
父親はあの通り、平常運転。では、妹たちは?
下に降りた一護を、リビングに空いた巨大な穴(とりあえず板やら段ボールやらで急場しのぎにふさいでいる)の前で和気あいあいと騒ぐ家族(全員後遺症なく無傷)が出迎えてくれた。
表情こそ平常の無表情仏頂面のまま硬直する一護を尻目に、家族たちは事情を語る。
昨日、深夜に飲酒運転のトラックが家に突っ込んできた。誰一人けがもなかったが、起きもしなかった。凄いね!
要約してそんな感じのことになっている。
どうなっている?
一護は黙ったまま騒ぐ家族を見やって、ややあって空を見上げた。
あの死神の女、朽木ルキアはどうなってしまったのか。これが死神流のアフターケアならば、
どこか、釈然としない思いを抱いたまま、一護は黙ってたたずんでいた。
結局、午前は家の片付けに追われ、ようやく高校に顔を出せた時には昼休みになっていた。
クラスメートたちにあいさつを交わしていると、平和な世界だと改めて思う。これが日常なのだ。悪くない。
だが。
覚えのある霊気を感知しなければ。クラスメートに紹介された転校生という名目で、昨夜の死神の女が制服姿で「ごきげんよう♪」とスカートをつまみながら楚々とした様子であいさつしてこなければ。
一護はまだ平和な世界を堪能できていたのかもしれない。つまり、その瞬間から平和な世界終了のお知らせを察してしまったのである。
相変わらず無表情の仏頂面のままであったが、組織時代にとった杵柄と一護は朽木ルキアに、「そうか、よろしく」と淡々と答えた。
話があると引っ張ってこられ、一護とルキアがいるのは人気のない渡り廊下のそばである。
「話とは?」
「貴様には死神代行として、私の仕事を手伝ってもらう!」
どや顔で言い放ったルキアに、一護は顔を一ミリも動かすことなく淡々と言い放った。
「断る」
「なんだと?」
「昨夜のことには感謝している。おかげで家族も無事で済んだ。
だが、それ以上は許容範囲外だ。大体そちらの仕事だろう。素人を巻き込むな、プロフェッショナル」
淡々と一護は言った。
妖魔狩りの銀眼の戦士。通称クレイモアには、いくつか掟がある。その中には人間を殺さない、というものがある。『戦士』が殺していいのは、あくまで妖魔と、覚醒者のみである。例え自身の命が危機に瀕しようが、乱暴狼藉を働かれようが、人間を殺してはいけない。もしそうすれば、組織から抹消されることになる。
その人間を殺すということに関しても、うっかり巻き込んで事故のような形で死なせてもまずかったりする。
そもそも、プロフェッショナルを自負するならば、可能な限り危険から遠ざけておかねばならないのだ。
だから、ラキを連れまわすクレアは異端中の異端だった。(最初のラボナの訪問の時は、それが吉と出たのだが)
そんなクレアのころの経験を持つ一護からしてみれば、ルキアの言葉はプロ意識の欠けたいい加減な言葉に聞こえたのだ。
「それができれば苦労はせん!」
むっとした様子で、ルキアが言った。
「・・・どういう事情だ」
改めて尋ねた一護に、ルキアは答えた。一護は意図していなかったとはいえ、ルキアの死神としての力を根こそぎ奪い取ってしまったのだ、と。おかげで、ルキアは義骸(死神に支給される仮の肉体)に入って力の回復を待たねばならず、その間業務がストップしてしまうのを避けたい。
そこで、一護にはその責任を取ってもらう、と。
それを言われれば、一護としてもあまり強気には出られない。
だが、なぜ一護に?仲間や援軍を頼めばいいではないか。
そもそも。
「・・・まさかとは思うが、昨日のことはまずいことだったのか?」
死神の力を、人間に与える。前世の感覚に直してみると、『戦士』の血や肉体の一部を無償で、組織の許可なしにだれかに分け与えるという感じか。
まずい気がする、というか確実にまずいのでは?
「たわけ!貴様が気にすることではない!私が言いだしたことなのだからな!」
だが、気まずげな一護をルキアが一括した。その気風の良い言葉に、一護はならいいが、と黙った。
「うだうだ言ってるのも時間が惜しいな。行くぞ!」
言いながら、ルキアは右手に青い炎に中に浮かぶ髑髏マークのついた指ぬきグローブをはめる。
「は?」
一護が訊き返した直後、一護はルキアの右手に胸を突かれて突き飛ばされていた。
「っ、何を」
とっさにたたらを踏んで立ち止まる一護は気が付く。
灰色の制服を着たオレンジ色の髪の少年が仰向きに倒れ込んでいる。否、自分の体だ。では、今の自分は?
見下ろせば、死神の黒い和服――死覇装をまとい、背には身の丈ほどの斬魄刀を背負っている。
ばっちり死神の力を持ったままらしい。
「・・・死神の力とやら、返せねえのか?」
それが一番話が早いのでは?と一護は一縷の希望を持って尋ねたが、ルキアは小ばかにした視線とともに、すっぱりと言い放った。
「たわけ!そんなお手軽に受け渡しできるものではないわ!」
そりゃそうか。
「そんなことより、行くぞ!」
「どこへ?」
「
駆けだしたルキアの後に、一護は倒れ伏した肉体をどうしたものかと一瞥したが、やむなく続いた。
ルキアの案内でたどり着いたのは公園だった。
ルキアの持つケータイ――伝令神機によると、ここに
一護もこの公園のことは知っている。5歳くらいの子供の霊が、昼12時ごろにこの公園で遊んでいるのを、遠目で何度か見かけたのだ。
そして20分ほど待っただろうか、一護もまた
現れたのは、蜘蛛にも似通った
舌打ちとともに、一護は背中の斬魄刀の柄に手をかけると、公園と外を隔てる車止めの鉄柵に足をかけた。
「待て!」
「何だ」
「覚悟はあるのか」
「何?」
呼び止めたルキアに、一護は視線を向けた。
「死神はすべての霊魂に平等でなければならぬ――目に見える範囲だけ救いたいなど、都合よくはいかぬのだ!
今その子供の霊を助けるというのなら、半端な心でないというのなら、すべての霊を助けるために覚悟を決めろ!」
ルキアの目を静かに見つめた一護は、次の瞬間動いた。視線を前に戻し、鉄柵を踏んで大きく跳躍した。そのまま蜘蛛型の
だが、
串刺しにした
恐る恐る頷いて、少年の霊が茂みに飛び込んだのを確認してから、一護は刀を引き抜き、ついでに
足癖はラファエラの記憶を託されてから、急激に悪くなった気がする。今生でも、ヤクザキックとばかりに、その辺のチンピラをどつくのに使っているわけで。
「知ったことか」
一護は吐き捨てる。
「誰かを助けるのにいちいち理由がいるのか。守りたいのに理屈をこねるのか。
昨夜のお前は、もっとわかりやすかったがな。
俺も、そういうのは苦手でな」
クレアも。テレサも。きっと、大仰なことは考えなかった。辺境の地を守る、銀眼の戦士の一員だからとか、微塵も考えてなかった。それでも助け、守るためにクレイモアをふるったのだ。
「あいにく俺は屑じゃねえが、聖人でもねえ。
すべてを救う?思い上がりもいいところだな。さすがはプロフェッショナルの死神様だ」
皮肉気に言いながら、一護は斬魄刀を向かってくる蜘蛛型の
仮面が割れて、
「そんな覚悟、ありはしねえよ。それでも」
少し、一護は目を伏せた。
ややあって、彼は視線を上げてから言った。
「この剣の届く範囲なら、誰だろうが何だろうが助け守る。その覚悟はできてる。
それでいいなら、死神代行として仕事を手伝う」
「・・・ひとまず、及第点としておこう」
仕方ないな、というかのように肩をすくめたルキアにうなずきを返してから、一護は茂みからこちらを窺っている少年の
なお、学校では保健室に担ぎ込まれた黒崎一護が意識不明と大騒ぎになりかけていた。どうにか肉体に戻るのが間に合ったので、病院沙汰だけは免れた。
死神代行として動く、と決めてから間もなくの休日のことだった。
一護はルキアに特訓と称されて河原に連れ出された。
ピッチングマシーンから吐き出される胡椒入りボールをノックしろとバットを渡されたのはいいが、肝心の胡椒入りボールと、外れボールの絵柄の見分けがつかなかった。
例の、下手くそとファンシーを混ぜてぶちまけたような、独特の絵柄のせいだ。せめてもっと別のマークに変更しろ。
なお、一護はそんなことをしているのに、ルキアは現代語の勉強と称して恐怖系少女漫画を音読している。
そんなことをやり取りしていると、クラスメートの井上織姫が通りかかった。
スタイル抜群に、長いクルミ色の髪の美少女だ。前髪の両脇に青い花のヘアピンを付けている。
前世のクレアは見た目だけなら美女はよく見かけてきた。何しろ、『戦士』たちは見た目も若く麗しいものが多かった。ただし、『戦士』であるため、その特徴として総じて銀髪に銀目であり、凹凸具合は個人差ありである。しかして、その反面、人格破綻者や問題児も多かった。
何かと単独プレーに走りがちで暴走癖もあったクレアが言えた義理ではないのだろうが。
そんな前世の美女たちと比べると、井上のクルミ色の髪ととび色の目の方が、一護には珍しく、好ましく思えた。
夕食のおかずを買いだしに来たという彼女は、ご丁寧に買ったものまで教えてくれたが、ネギとバターとバナナと羊羹で何を作るつもりだろうか?
前世は『戦士』になったため、さほど大量の食事は必要なかったクレアと、今生は基本的には妹の遊子に任せている一護には、料理に関する知識はせいぜい家庭科レベルしかわからない。だが、そんな一護でも井上の買ったもののラインナップには首をかしげるしかない。
だが、すぐに一護はかすかに眉を動かした。
一護は井上の腕に包帯が巻かれていることに気が付き、続いてスカートの裾から見える白い足の痣にも気が付いた。ともすれば、何かに掴まれたような、奇怪な痣だ。それはもちろん、ルキアも。
二人の視線に気が付き、一護の問いかけに井上は笑いながら、車にはねられた、と語る。
あたしってボーッとしてるから、と笑い、笑点が始まるからと去っていく井上に、すぐにルキアは笑みを消して険しい顔をする。
間違いない。一護も、ルキアも気が付いている。あの痣からは
ルキアに井上との関係、彼女の家族関係を聞かれ、一護は隠すことでもないだろうと答えた。
近所に住んでいるやつの中2のころからの親友で、一人年の離れた兄がいたが、3年前に死んだ、と。
とにかく、そういう話である。
あんまり大幅なストーリー変更とかは今のところないです。とにかくバトルが書きてえとなって書いてるだけですので。