元銀眼の魔女の死神代行の話 作:ラキアー
四深牢の奥。再び捕らわれの身となった朽木ルキアは、処刑日程の変更を聞いても、さほど驚かなかった。
寝台一つない、硬い石の床に横たわりながら、考える。
処刑の前に、一護たちを無事現世に返してくれるよう、頼んでみよう。朽木家の罪人なのだから、そのくらいのわがままは通るかもしれない。
そして、彼女は思い返す。あの罪深い夜を。
憧れ慕った副隊長の志波海燕を、
彼の妻の仇討ちで、誇りのための戦いだと浮竹にもたしなめられ、見守っていた矢先のことだった。
雨の中、寄生型
ちがうのだ。
ルキアは礼を言われることは何一つしていないのだ。
あの夜の彼女の行動は、海燕のためなどではなく、全部自分のためだった。怖くて、怖くて、見ていられなくて。
なんて醜い。こんな醜い存在に、救われる価値などない。
彼女は閉ざされた石の牢で、幻の雨音にさいなまれながら、そう自責を募らせた。
朝が明け、刑場に出立する朽木ルキアは凛と面を上げていた。首輪につなげられた縛縄がなければ、罪人とは思えぬほどに。
昨夜の苦悩など、微塵も見せぬほどに。
朝早く、瀞霊廷の通路を更木剣八は疾駆していた。
その背中には、草鹿やちると、死覇装を着た井上織姫が張り付いている。
そのあとを、班目一角と、綾瀬川弓親、最後に荒巻真木造が続いて走っていく。
なお、剣八、一角、弓親、3名の傷は井上織姫によってきれいに治されている。
彼らは織姫に手を貸すことにしたのだ。
一護との再会・再戦を望む剣八の鶴の一声によって。
そうして、彼らは途中で救護牢に囚われていた茶渡、石田、岩鷲の3名も助け出し、(死覇装で死神に変装して)一路一護のもとへと走っていた。
だが、そんな彼らの行動は他隊長格に筒抜けだった。
立ちはだかったのは、七番隊隊長・狛村左陣、七番隊副隊長・射場鉄左衛門、九番隊隊長・東仙要、九番隊副隊長・檜佐木修兵、計4名である。
震えあがる荒巻を尻目に、生粋の戦闘狂剣八は彼らを試し切りと言い放った。
かくして、道案内であるやちるは、井上、石田、茶渡、岩鷲、荒巻5名を連れて離脱。
暴れたい欲求では隊長に負けず劣らずの、一角と弓親が、それぞれ射場と檜佐木の相手を引き受けて、その場を離脱。
かくして、剣八は狛村と東仙を相手にした2対1の戦いを繰り広げることになるのだが、先手で狛村の天譴による、巨大な右手に握られた剣がたたきつけられ、続けて東仙による
が、そこは不死身の異名のある更木剣八である。相変わらず狂気じみた笑みで突っ立っていた。これじゃ眠気も払えやしねえ、と末恐ろしいことを口走りながら。
とっとと斬って、しまいにするぜ、と彼は動き出す。目指すは、黒崎一護との再戦なのだから。
阿散井恋次は駆け抜ける。
一路、双殛目指して。
何故。どうして。やめてくれ。止まってくれ。
青ざめた顔で震えながら斬魄刀を構え、口々にそんなことを言う部下たちを切るのは、つらかった。それでも、恋次は決めたのだ。
ルキアを助ける。
自分が気づきながらも押し殺そうとした想いを、持っていくと言い切った小僧に遅ればせながらも。
だから修業を積んだ。
そうして彼は踏み出そうとして。
怜悧で巨大な霊圧が、自分を見下ろしていることに気が付いた。
朽木白哉。
超えたいと願い続けていた男がそこにいた。
ルキアを助けたいという願いを、男は眉一つ動かさずに拒否する。
いつだってそうだ。
朽木白哉という男は、恋次が望むものをたやすく奪っていく。
ルキアの笑顔を奪い、隣を奪い。そして・・・今度は未来までも奪うのか。
恋次が勝手にそう思い込んでいるといえば、それだけの話かもしれない。けれど。否、だからこそ。
今度こそ、恋次はルキアを取り戻すのだ。その笑顔を。隣を。未来を。
だから、そのためにも。朽木白哉を倒す。
そんな決意のもと、恋次は白哉に刃を向けた。
さんざん目の当たりにした、『閃花』を防ぐ。
『閃花』とは、回転をかけた特殊な瞬歩で相手の背後を取り、刺突で鎖結と魄睡を破壊する、白哉の得意技だ。
黒崎一護にも使われたそれを、恋次は今やっと、理屈のみならず体が追い付くようになって防げるようになった。
この孤高の月のような男を、今度こそ引きずりおろす。そしてルキアを助けるのだ。
解号を経ずに放たれた、蛇尾丸の始解の一撃を防ぎながら、白哉が驚く。
まだまだこれからだ。
「卍解!」
抜刀される、新たなる刃。ルキアを助けるための力の化身を従えながら、阿散井恋次は吠えた。
「狒狒王 蛇尾丸」
恋次は奮闘した。新しく使えるようになったばかりの狒狒王蛇尾丸をもってして、一度は白哉の片膝をつかせたのだから。
だが。
卍解の弱点となる圧倒的霊圧、刀剣としては規格外の動きと大きさのすべてを制御しきれないところを突かれた恋次は、縛道で身動きを封じられ、そこに白哉の卍解である千本桜景厳を受けた。
巨大な蛇骨のような狒狒王蛇尾丸は瞬時にして砕かれ、恋次は束ねた髪も死覇装もズタボロになって、地に伏せた。
卍解が解ける。始解すらしていない、ただの刀となった蛇尾丸を手に、それでも恋次は立ち上がろうとした。
だが、そんな彼の右手を中心に真白の刀が数本突き刺さる。
朽木白哉の卍解によるものだ。
もう打つ手はない。
立ちはだかる朽木白哉が、最後の通告を突きつけてくる。これ以上動けば、その命はない、と。
千本桜景厳の無数の刃に形作られた、幾重もの刀を従えて、遠すぎる男が問いかけてくる。
それでもルキアを助けるのか、と。
もうだめだ、とそのまま再び地に伏せそうになった恋次は、不意に思い出す。
横目でちらと見えた光景だった。
あの小僧。黒崎一護。あのオレンジ色の髪の無表情の男が血まみれで息を切らしつつも、へし折れた剣を片手に、立ち上がろうとしていたことを。
何を考えてるかわかりづらいけれど、あのブラウンの瞳だけは雄弁なのだ。それを恋次は、あの短い間で知った。
立ちはだかった敵なのに、あの子供はその自分の想いをも持っていく、そしてルキアを助けると言い切った。
『今度は手放すなよ』
そのぶっきらぼうな言葉に、自分は何と答えたか。そうだ。
「ったりめーだ・・・」
ポツリと恋次はつぶやいた。
刀を片手に、灰になりそうなほどの巨大な霊圧を目の当たりにしつつも、足を踏ん張った。
「誓ったんだよ・・・絶対に助けるってな・・・!」
「誓い、だと・・・?
誰にだ」
「誰でもねえよ・・・。
ただ、俺の、魂にだ!!」
恋次は、左手で右手に突き立っていた純白の刀を握りつぶす。そのまま立ち上がる。
立ち上がったことに驚愕したように両眼を見開く白哉に、そのまま恋次は刀を繰り出した。
だが、所詮、それは卍解が破れたただの斬魄刀であり、卍解によって巨大な霊圧をまとう朽木白哉には及ばずに、刃は折れた。
そして、そこが恋次の限界だった。
血が噴水のように吹き出し、そのまま恋次は今度こそ倒れ伏した。
結局、野良犬は月には届かない。畜生。悪態とともに、恋次は意識を途切れさせた。
その健闘を称えるかのように、その背に銀白風花紗がかけられたことを知りもせずに。
* * *
恋次の霊圧が途切れ、そこを訪れた市丸によって揺さぶられたルキアが悲鳴を上げていたころ。
* * *
更木剣八は、東仙要と狛村左陣の二人を相手に、相変わらず戦闘狂丸出しの言動をしていた。
二人分の刀を受け止め、東仙を蹴飛ばし、狛村を投げ飛ばして、とっとと卍解しろと挑発する。
乗ったのは東仙要だ。
彼は、更木剣八がその隊長位に就いたころから、彼を危険視していた。
誰よりも、何よりも。亡き友に誓って平和を守るという意志の強い彼は、隊員200名以上の立会いの下、現行隊長を一騎打ちで倒すところを目の当たりにした時点から、そう感じていたらしい。
平和を乱す、許し難い存在だ。
更木剣八という男の言行、そのすべてが。
ゆえに、東仙は更木の挑発にあえて乗った。
それを察した狛村が、大きく跳んで離れたところに着地したのを見届け、彼は卍解を放った。
『
放たれたそれは見た目には、辺り一帯を提灯のような黒い幕で包み込むものだった。
だが、それが発動と同時に、更木剣八は何も感じ取れなくなってしまった。
目は見えず、耳は聞こえず、鼻は臭わず。無明の闇に取り残されるような。
それを逃れうるのは、清虫本体を握る東仙本人のみ。
東仙は更木を切りつける。更木はどうにか切られた方向から東仙の位置を割り出そうと刀を振るうが、当たるはずがない。
東仙はそう確信していた。
にもかかわらず、更木は東仙目がけて切りかかった。相変わらず、嬉々とした表情で。
無明の闇に取り残されれば、常人ならば恐怖でどうしても行動が遅くなるだろうに、更木にそれはなかった。
むしろ、常にないこの状況を愉しんですらいるようだった。
しかも、徐々にこの状況に順応さえしてきているようだった。否、実際更木は順応してきていた。
五感のうち3つをつぶされたところで、触覚があるならば刀は握れる。刃が体にめり込むのを感じ取って、かわせる、そうすればとりあえずは死なないのだから。
だが、斬れない状況に、更木は早くも飽きた。
少しずつ剣は当たるようにはなってきたが、相手は隊長である。反射と勘だけで斬られるほど鈍くはない。
とはいえ、決定的打開策もない。もっと気分よくやりたいのに、なぜこうも面倒なことを考えなけれなばらないのか。それも更木にとっては面白くないことだった。
現状を更木の知る者たちが知ればどういうだろうか?
長年の連れ合いに当たるやちるであれば、「勘で斬るといいよ!」と朗らかに言うのだろう。そしてそれはすでに実践済みである。
一番の部下の一角なら、「やっぱアレじゃないすか、ホラ。心の目で見る!という奴」と頭を光らせながら言うのだろう。そんなもので見えれば苦労はしない。
二番目の部下の弓親なら、「諦めますかね、美しく」と髪をなびかせながら言うのだろう。死ねと即座に却下した。
いや。もっと楽に見える方法があるではないか。しかも、自分の得意分野となる方法が。
突っ込んできた東仙の刺突を、今度は更木は避けなかった。その斬魄刀を握る腕をつかんで、瞬時に感覚を取り戻した彼は、笑いながらカウンターで袈裟懸けに斬撃をたたき込む。
コツは掴んだ。
東仙がよろよろと刀を引く。再び無明の闇に更木は取り残されるが、そこに感情の変化はない。
あるのは、次の攻撃を待ち焦がれる期待のような感情だけだ。
激痛と失血で、くらくらしながらも、盲目の東仙は更木を見据える。そのまま切りかかるが、その腕は斬魄刀が更木に当たるよりも早く、つかみ取られる。
次の瞬間振り下ろされた更木のぼろ刀により、東仙要の卍解による空間は跡形もなく砕け散る。
それを少し離れたところで見守っていた狛村は、息をのんだ。
それでも、東仙はあきらめない。
平和の敵を倒す。正義をかけて、更木を止める。その妄執じみた思いだけが彼を突き動かしていた。
だが、当の更木は戦意を喪失していた。黒崎一護を相手にした時のような燃えるような闘志も、霊圧の変動も、揺り動かされるような激しい情動も、何も感じないのだから。言ってしまえば、冷めてしまったのだ。
死んだら何も斬れない。半死人の相手なんかやってられるか。
そう吐き捨てて、ぼろ刀を肩に担いで踵を返す更木の背後に、それでも東仙は刀を突き立てようとした。
だが、それは更木の纏う圧倒的霊圧の前に意味をなさず、逆に更木が振り返りざまにとどめを刺そうと刀を振り上げるきっかけを作る羽目になった。
そこに割って入ったのが狛村だった。更木よりなおも長大な体躯を鉄笠と籠手にくるんで一部の隙もなく覆い隠したなぞの男。
右手で東仙の刀をつかみ、左手で更木のぼろ刀を受け流そうとする男は、それでも受けきれなかったらしく、鉄笠にぼろ刀の刀身が埋まっていた。
そして、鉄笠は砕ける。
露になったのは、赤毛の狼面であった。狛村左陣は、人狼であったのだ。
膝をついた東仙をいたわり、狛村はさして驚いていない更木に向き直る。
そして、彼もまた卍解を解き放つ。
『黒縄天譴明王』
それが、狛村の卍解であった。始解状態で、狛村の剣筋を追走する巨大な腕を伴っていたそれは、卍解すれば巨大な剣を握った魔人を伴うものとなっていた。もちろん、その動きは狛村を追走し、なおかつその力は通常のそれを凌駕する。
更木の目が期待に輝いた。更木にとって、大事なのは強さだ。人か、人ならざるかなどどうでもいい。
唇が嬉々として歪んで、白い歯をむき出しにして、彼は哄笑する。
狛村の言葉に、彼は切りかかっていった。
ついに、朽木ルキアは双殛の前に来ていた。その磔架の前に立つルキアは、義兄が言葉なく視線をそらしたことに安堵した。
一度市丸によって揺るがされた覚悟が再び固く結びなおされるのを、彼女は確かに感じた。
「何か、言い遺しておくことはあるかの?」
総隊長・山本元柳斎重國の言葉に、ルキアは目を伏せながら答えた。一つだけ、と。
双殛から放たれる途方もない霊圧に、瀞霊廷にいた者たちすべてが息をのんだことだろう。
不安げにする井上織姫ほか、ルキア救出のために駆けるもの――茶渡泰虎、石田雨竜、岩鷲、荒巻真木造、が一斉に、その丘の方を見上げる。
処刑が始まったかな、とこともなげにつぶやいたやちるは、そのまま先に行くと言い放った。
あそこにはいっちーが来てるかもしれないから。いっちーは剣ちゃんの友達だから、手伝ってくるね、と何でもないように言って。
ありがとうとお礼を言う井上織姫に笑いかけて、彼女は猛スピードで飛び出していった。
* * *
阿散井恋次はうっすらと目を開いた。
生きている。うっすらと鈍い痛みを感じるけれど、それも徐々に引いていく。何故?
そして、彼は気が付く。手当をされている。回道を施されている。
誰に?
視線を向けて、彼は軽く目を見開いた。
そこにいたのは、見覚えのある人物だった。黒崎一護と戦った時、彼と一緒にいた人物。死覇装と背負った背嚢から、四番隊隊員だろうと思っていたが、なぜここに?
どうも、と困ったように微笑む四番隊隊員――山田花太郎に、恋次は身を起こしてから気がついた。痛みがほぼなくなっている。目の前の青年は、かなりの回道の腕前を持つらしい。
「オレが、呼んだんです」
進み出ていったのは、理吉だった。六番隊隊員、恋次の部下の一人。先ほど、白哉と戦う前に斬り捨てた一人だった。
斬り捨てたといっても、峰打ちで斬魄刀を砕くだけで、手加減はしたのだが。
「花太郎さんが朽木さんを助けようとして投獄されたのは聞いてたんで・・・花太郎さんなら同じ目的で傷ついた恋次さんを助けてくれるかもと思って・・・」
理吉の言葉を継いで、花太郎が語る。
総合救護詰所が十一番隊に壊されたとかで、四番隊は人が出払っており、そのすきを見て理吉が隊舎牢に忍び込み、花太郎が閉じ込められていた牢の鍵を開けてくれたのだ、と。
「オレ・・・信じらんなかったんです・・・」
震える声で、うつむいた理吉がうめいた。
「恋次さんが旅禍に負けたってことも・・・脱獄して旅禍の手助けをしてるってことも・・・その為に・・・オレ達に剣を向けてるってことも・・・!
でも、思い出したんです」
勢いよく顔を上げた理吉は、前髪をかき分け、右眉の上に彫られた刺青を見せる。矢印のようなそれは、恋次が眉から額にかけていれていっているものによく似ている。
「オレが、恋次さんにあこがれて十三隊に入ったんだってこと・・・!
オレ・・・やっぱり、何があっても恋次さんには生きててほしいんです・・・!」
目を瞠った恋次に言いながら、理吉は背中の背嚢を下ろした。
「そんで恋次さんの思うとおりに・・・!
かっこよく戦ってほしいんです!
これ!新しい死覇装と手ぬぐいと髪ひも!これでビシッと決めてください!」
包帯まみれの恋次に、理吉はそれらを押し付ける。
「本当は・・・もう誰にも迷惑かけたくなくて・・・。
どうにかしてぼくだけの手でルキアさんを助け出せたら・・・って思ってたんですけど・・・。
もう、ぼくの力じゃどうにもならないところまで、来てしまったみたいですね・・・」
そう呻く花太郎の視線の先にある双殛の丘では、解放される双殛の鉾がすさまじい霊圧を放っている。
恋次は死覇装を着込むと、髪ひもで手早く赤髪を結い上げ、手ぬぐいを額に結ぶ。
蛇尾丸を腰に差せば、いつもの阿散井恋次がそこにいた。
「ルキアさんを、助けてください・・・!」
深々と頭を下げる花太郎に、恋次はふてぶてしく答えた。
「おう!」
あきらめるものか。
恋次は駆け出す。
信じてくれた部下に応えるためにも。
朽木白哉に完膚なきまでに叩きのめされた黒崎一護が這い上がって、再びその喉笛に食らいつこうとしているのだ。
元より自分は野良犬だ。一度や二度の敗北、どうということはない。まだ間に合う。間に合わせてみせる。抗うのだ。最後まで。
返してもらった想いを、胸に。
どういう話なのだ、これは。主人公がいないところでも、そういう話が進んでいるってことなのだ。
ほとんどノベライズと変わんねえじゃねーかよ、エー!!
原作17巻が1話でまとまっちまったでなあ。主人公の出番がないけど、丸ごとカットするとわけわかんなくなるからダイジェスト進行という形になる。すいませんね。