元銀眼の魔女の死神代行の話 作:ラキアー
黒崎一護は朽木白哉と打ち合い始めた。
周囲については全く心配していなかった。
邪魔をされるなら、倒せばいい。
出立前に、「露払いは任せておけ」と夜一が言ってくれたので、彼女を信じたというのもあった。
実際、白哉と打ち合い始めてから、次々と周囲から死神たちが離れていくようだった。
夜一らしき気配もその中にあったが、一護は白哉に集中していたので、どういう状況かははっきりとは認識していなかった。
はっきりしているのは、護廷十三隊守る瀞霊廷の混乱は、朽木ルキアの処刑を以て収束・・・するどころか、さらなる悪化の一途をたどることとなったのだ。
砕蜂が夜一と百年にわたる因縁の清算として打ち合い、激怒する山本が教え子二人に剣を向け、一護と砕蜂に伸された副官たちを卯ノ花が介抱している間のことだ。
それを好機とばかりに、阿散井恋次はしかとルキアを抱えて、瀞霊廷を走っていた。
しかし、腕の中のルキアはかたくなに一護を助けに行かねば、放してくれと繰り返す。
ついにたまりかねた恋次はルキアを怒鳴りつけた。逃亡中の身の上というのに、見つかったらどうするのだ。
もっとも、その怒声のせいで塀向こうの見張りだか見回りだかに見つかってしまったのだが。
急がねば!
呆れるルキアに、恋次は彼女を抱えたまま駆け抜けつつ、口を開いた。
「あの野郎・・・一護は」
言葉を探しながら、恋次は言った。
「オメーに借りを返したいと言っていた」
「私に、借り?」
「・・・ああ」
何のことだと戸惑った顔をするルキアに、恋次は前を見たまま言った。
それは、卍解修行中の出来事だった。水分補給で竹筒をあおる恋次に、一護が語ったのだ。
血まみれで、相変わらずの仏頂面で、息を切らしながら。
「俺はルキアに家族ともども命を救ってもらった。ルキアのおかげで運命を変えてもらった。
ルキアに出会って死神になったから、こうして戦うことができる。
剣を届かせ、守ることができる」
それは恋次の声で語られたことだったけれど、ルキアには一護の声に聞こえた。あの、ぶっきらぼうで淡々とした、それでいて意志の強い声に。
そんなことを、思ってくれていたのだ、あの少年は。
ジワリッとルキアの目頭に再び熱いものがこみ上げた。
自分のせいだと思っていた。彼の運命を捻じ曲げ、ひどく傷つけた。何をしても償いきれない、と。
だというのに、彼は。
そんなルキアを横目で見やってから、恋次は再び視線を前に向けて続けた。
この幼馴染は、ゴチャゴチャ悩み過ぎなのだ。自分を責め過ぎなのだ。彼女が思うほど、誰も彼女を悪く思ってないと知るべきなのだ。
何でもかんでも背負って立てるほど頑丈でもないくせに。
分けてほしい、と恋次は懇願する。
ちょっとずつ。恋次の肩にも、一護の肩にも、その周囲の仲間たちの肩にも。ちょっとずつ分けていって、ちょっとずつ立てばいいのだ。
そのために、恋次も、一護も、強くなったのだ。・・・本当は、もっと昔に、それこそ何十年も昔に言うべき言葉だった。今更過ぎる。けれど、まだ間に合うはずだ。
「あいつを、信じてやれ、ルキア」
不思議な心地で、恋次は言った。
つい数日前には殺そうとしていたガキを恋次は信じていたし、ルキアにも信じさせたかった。否、きっと恋次よりもルキアの方が信じるだろう。一護とルキアの間には、恋次は入れない不思議な絆が出来上がっているのだから。
涙声ですまぬと謝ってくる幼馴染は、恋次が謝るところじゃねえと否定すれば、ありがとうと礼を言ってくる。礼を言うところでもない。
まだすべて終わったわけではない。
やっと素直になった幼馴染を抱えなおし、恋次は瀞霊廷の屋根を踏んで大きく跳んだ。
真っ二つにされた磔架のふもと。
凄まじい霊圧がぶつかり合っていた。
大ぶりな斬月をふるう一護と、舞うように優雅に斬魄刀をふるう白哉。
火花すらもかき消し、霊圧が押し合いへし合い、打ち消し合う。
「なるほど・・・瞬歩までは完全に習得したというわけか・・・だが・・・所詮はにわか仕込みだな」
淡々と吐き捨てる白哉に、斬月を肩に担ぐ一護は表情一つ動かさない。
無表情仏頂面の裏で、悠長なことだなと吐き捨てる。
あくまでこちらを下に見るのは余裕からか、貴族の誇りからかは知らないが、実に気に食わない。
「ずいぶんと薄っぺらいことだ」
「何だと?」
「貴様は言ったな?
俺を斬って、その手でルキアを処刑すると。その割には随分と悠長じゃねえか。
仮にも妹を斬るっていう割に、ずいぶんと薄っぺらな言葉と刃だと思ってな。
その程度か」
一護を舐めているといえばそれまでだろう。だが、ルキアを殺すという割には薄っぺらに思えてならない。必ず殺すという気概と覚悟に欠けているのだ。
多くの銀眼の『戦士』の最期を看取ってきたクレアの記憶を持つ一護には、白哉の言動は中途半端にしか見えなかった。
一護を殺すならきっちり殺せ。ルキアを殺すならばかっちり殺せ。迷うくらいならばやるな。そこに至る白哉の葛藤など、知ったことか。一護はすっぱりそう断じた。
「その中途半端な刃で、何を斬るんだ?何が斬れるんだ?
ぜひ、教えてくれ」
「・・・安い挑発だ、小僧」
白哉の放つ霊圧に、重みが加わる。怒り、だ。
この男、冷静そうに見えて存外激情家だ。人のことを言えないながら、一護はそう思った。
「私の言葉と刃が薄く、中途半端だと?
何を知ったように喚く。貴様が何をどう判断しようと、私の心は変わらぬ。
ルキアと、貴様の運命もな」
白哉が斬魄刀を立てた。
「散れ『千本桜』」
直後、刃は無数の桜色の花びらと化し、一護目がけて殺到した。
一護は無表情にそれを見つめ。
斬月を振り下ろす。
そこから放たれた青白い巨大な延長斬撃が、その花弁のすべてを薙ぎ払う。そればかりか、驚愕する白哉の左手の手甲をはぎ取った。
血を滴らせる左手を一瞥もせず、白哉は一護を見据えたままだ。
「今の光は何だ。貴様の斬魄刀の能力か?
黒崎一護」
「・・・ああ」
白哉の問いかけに、一護はうなずいた。
例の延長斬撃は、一護の足元から双殛の丘の荒野然とした大地に巨大な亀裂を刻んでいた。
「斬撃の瞬間に俺の霊圧を食って、刃先から超高密度の霊圧を放出することで、斬撃そのものを巨大化して飛ばす。それが、斬月の能力だ」
淡々と一護は語った。
意のままに撃てるようにはしていたが、はっきりと理屈を理解したのは斬月との修行中でのことだった。
斬月のことを語れるのは、結局のところ斬月しかおらず、それを理解できるのもまた、一護本人しかいなかったのだ。斬魄刀を使いこなすとは、そういうことなのだ。
なんとなく使うのと、理屈を理解して使うのとでは違ってくる。
はっきりとそれを理解した時、“斬月”からその技の名を告げられた。名を知るのと知らぬのでは、その発する力はおのずと大きく違ってくるから、と。
「『月牙天衝』。それがこの技の名だ」
淡々と、一護は言った。
「天を衝く、か。大それた名だ。だが・・・」
同じく淡々と語る白哉。
「その程度で千本桜が敗れたと思ったのか」
次の瞬間、月牙天衝によって吹き飛ばされた桜色の花びらが再び一護目がけて殺到する。それも、彼を取り囲むように。
だが、斬月を無造作に背に納めた一護は、次の瞬間その薄桃色の花びらのことごとくを蹴散らした。
『風斬り』だ。修行前はせいぜい二連続しか出せなかったものを、高速剣のごとく連打できるようになっている。もっとも、やはり威力では高速剣には及ばないのだが。その分、精密性は折り紙付きだ。霊圧読みと組み合わせれば、指先程度の花びらのような千本桜の刃をことごとく叩き落せる。
「?!」
「月牙天衝」
白哉がぎょっとする暇こそあれば。そのまま一護は、『風斬り』で月牙天衝を撃ちだした。
神速の抜刀術による、月牙天衝である。当然、それは一護が小手調べに繰り出した初撃のそれよりも威力は無くても圧倒的な速度を誇る。
瞬歩の達人でもある白哉といえど避けきれず、今度は左肩に切り傷を作った。
「悠長にしていたいならそうしろ。
その中途半端な刃ごと、すべて叩っ斬る。
俺の剣が届くうちは、ルキアに手を出せると思うな。
・・・これは本当は、あんたが言うべきことだ。それを思い知らせてやる。
例え卍解を出そうと、できると思うな」
ふらりと、後ずさって肩を抑える朽木白哉をにらみつけながら、一護が吐き捨てた。
瞬歩で千本桜の攻撃範囲から退避するのも忘れずに。
「ぬかせ、小僧」
白哉の声が低く響き渡る。
「よかろう」
言いながら、白哉は花弁が集って再び作り上げられた斬魄刀を逆手に持って、刀身を地に向ける。
「その自惚れにはもったいないが、私の卍解を見せてやろう。
その目に強く刻むがいい」
そうして、白夜は斬魄刀から手を離した。同時に、その背後に身の丈よりも長大な五本二対――十本の刀の刃が現れる。
一護は荘厳な光景に息をのんだ。
「その前に貴様は私の前から塵となって消え失せる。
卍解」
そうして、白哉はその名を口にした。
「『千本桜景厳』」
同時に、その刃のすべてが砕けるように桜色の花びらと化する。
先ほどとは比べ物にならない桜色の奔流を、一護は避ける。大きく跳び、瞬歩で移動し、白哉目がけて月牙天衝を繰り出すが、それは「甘い」の一言で桜色の奔流が盾となって簡単に防ぐ。
桜色の奔流は、文字通り白哉の手足の延長であるかのように、自在に動く。再び一つの群れとなって一護に襲い掛かる。それを防ごうと斬月を振りかざす一護の背後に、分かたれたそれが迫る。瞬歩でもよけきれない。瞬時にそう判断した一護の右腕がビキリッと音を立ててきしむ。
右腕とそこに握られた斬魄刀がぶれる。かすかな残像を残して高速で動き、桜色の奔流をかき分けるように叩き落し、そのまま一護は着地した。残り火のように千本桜景厳の花びらが、その周囲でわずかに揺らめく。
先ほど、始解の千本桜を叩き落したそれよりも圧倒的に速い。
「・・・妙な技を使う。それも貴様の斬魄刀の能力か」
「こんな小手先と斬月を一緒にするな。自分ができないことは何でも斬魄刀の能力にするのは、死神の悪癖だな」
卍解修行中に恋次にも言われたことを思い出しながら、一護は言った。
「さすがに、始解のままでは高速剣でないと対応できなかったな」
ぽつりと続けられた言葉に、白哉は千本桜景厳の無数の花びらを揺蕩わせながら、一層冷たい目をした。
「・・・言葉に気を付けろ小僧。
まるで貴様が卍解に至っていると言っているように聞こえる」
「それはすまなかった。
じゃあ、わかりやすく言おう。卍解ができるのだ、とな」
ごく当たり前のことを語るように、一護は言った。
「何だと・・・?!」
「聞こえなかったか?それとも信じられねえのか?まあ、どっちでもいい」
斬月を肩に担ぐ一護は、白哉を見ながら言った。
「しっかりと、見ておけ。朽木白哉」
一度まっすぐに一護は右手とそこに握られた斬月を真横に延ばす。
息を吸い込み、吐き出して呼吸を整えながら、一護は左足を踏み出す。その周囲ですさまじい霊圧が渦を巻く。
莫迦な。
白哉はこわばった表情のまま考える。
卍解とは、死神として頂点を極めた者のみに許される、斬魄刀戦術の最終奥義である。
死神として他と隔絶した超然たる霊圧を生まれ持つ四大貴族といえど、そこに至ることができる者は数世代に一人と言われ、それを発現できたものは一つの例外もなく
だが、目の前の少年がそこに含まれるはずがない。
白哉は少年の経歴を思い返す。
少年は、ルキアの力を食らって死神となった。貴族どころか、元来死神ですらない。野良死神と語るのも汚らわしい存在だ。
それがなぜ、卍解などとたやすく口にできるのか。
それがなぜ、こんな霊圧を放っているのか。
これではまるで。
逡巡する朽木を無視して、一護が動いた。
そう、何ものもこの話が続くのを止められはしない。
↑19巻巻頭ポエムのオマージュって誰か気が付いた方はいるかしら?
久保先生のポエムは好き。でも俺にはその文才がないので、それっぽい文章は書けない。すまんな。