元銀眼の魔女の死神代行の話   作:ラキアー

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 とりあえず、ここまで投稿します。

 あんまりお祝いって感じじゃないですけど、一言。黒崎一護君、誕生日おめでとう!


【#3】元銀眼の魔女の死神代行、クラスメートを守る

 

 井上織姫の兄が死んだところに、一護は居合わせた。

 

 ちょうど学校に行こうとしたところで、診療時間前だというのにインターホンが鳴り、血まみれの青年が担ぎ込まれたのだ。小さな診療所であるクロサキ医院の設備では間に合わず、すぐさま父は大手病院への移送を手配したが、その間に・・・。

 

 一護は、最近になって彼が井上の兄だと知ったのだ。救急車で搬送される青年に縋りついて、お兄ちゃんと泣くクルミ色の髪の少女が、井上織姫その人だと知った。

 

 昔の話だ。

 

 一護は、彼女を強い女性だと思った。

 

 (クレア)(一護)も、身近な人間を亡くし、喪失感を引きずりながら生きていた。

 

 クレアだったころは、がむしゃらにひたすら仇を追い求めた。それが生きる糧になったから。

 

 そして、今は。

 

 一護は、それでもなお、ああして笑って生きられる女性を知らない。

 

 いや、女性ではないが一人いた。妖魔に家族を殺され、兄までもとってかわられ、天涯孤独の身になり果て、それでもクレアを慕って笑顔を向け続けてくれた少年――いや、青年。ラキだ。

 

 ラキは、自分は強くないと言ったけれど、彼こそ本当に強い人間だとクレアも、一護も思う。

 

 ラキと井上は、そういうところは似ているのだ。

 

 

 

 そんな井上が(ホロウ)に狙われているらしい。なぜ?

 

 風呂から上がってタオルで髪を拭いていると、妹の遊子がやってきて、パジャマがない、ワンピースも一枚ない、と騒いでいる。

 

 下手にごまかすとさらに面倒になると思い、一護は知らない、とだけ言っておく。

 

 おそらく、押し入れに座敷童のように住み着いている死神の女が、勝手に拝借していると確信していようとも。霊圧の感知でもろばれである。

 

 おかしいなあ、と首を傾げながら遊子が部屋を出て行った直後だった。

 

 ピリリッという電子音の直後、「一護!」という怒声とともにスパンッと押し入れの引き戸が開かれた。

 

 案の定、遊子のパジャマを着たルキアが血相を変えて飛び出してくると、例の指ぬきグローブを付けながら叫ぶ。

 

 「指令だ!(ホロウ)が出る!」

 

 ちっと一護は舌打ち交じりに、ベッドから跳ね起きながら降りた。

 

 ルキアに言われるまでもない。急な霊圧の高まりが、それを教えてくれている。それも、ここに出るのだ、と。

 

 間髪入れずに、(ホロウ)の巨大な腕がベッドの真下から、先ほどまで一護が寝ていたところを握りつぶそうと突き上げてきた。

 

 ほぼ同時に、ルキアのグローブによる掌底が、一護の肉体から、死神としての魂魄体を抜き出した。

 

 併せて、黒髪に白い仮面をつけた(ホロウ)の上半身が、ベッドわきに空いた黒い穴から這い出して来る。

 

 「失せろ」

 

 短く言いながら、一護は床に右手をついて、それを軸に回し蹴りを放つ。

 

 バランスを崩してベッドをひしゃげさせるように、(ホロウ)がその姿をあらわにする。人間の上半身に、蛇のような下半身を持っている。(ホロウ)の例にもれず、巨体であり、胸には大穴、顔には白い仮面をつけている。

 

 狭い部屋で、クレイモアのような斬魄刀を振り回すのはあまり賢いとは言えない。とにかくダメージを与えてたたきだす。

 

 抜刀と同時に、一護は斬魄刀をよろめく(ホロウ)の白い仮面に突き入れた。そこが弱点だというのは、昼間にルキアが散々言っていたことだからだ。

 

 弱点が分かりやすいのは妖魔や覚醒者よりもやりやすくて助かる。

 

 仮面の一部を欠けさせた(ホロウ)がよろけ、勢いで吹き飛んでドア付近の壁にたたきつけられた。

 

 浅い!とルキアが叫ぶが、当たり前だ。わざと浅くしたのだから。

 

 だが、一護は舌打ちした。

 

 こいつ、逃げる気だ。外にたたき出すだけのつもりが、逃走に切り替える気だ。

 

 「おにいちゃーん?今の音何ー?」

 

 遊子ののんきな声とともに、階段を上がってくる音がする。

 

 欠けた仮面を抑える(ホロウ)は一度大きく咆哮すると、そのまま空中にあけた黒い大穴に身を躍らせ、姿を消してしまった。

 

 「何でもねえよ。ちょっとな。騒がせて済まねえな」

 

 急ぎ一度体に戻った一護が、大声を張り上げて遊子が部屋に入ってくるのは阻止する。

 

 「二度手間だぞ!」

 

 「ばれてもいいのか、居候。奴を追うぞ」

 

 再度ルキアに死神姿にされた一護は、ルキアを背負って窓から夜の街に飛び出した。霊圧の残渣――霊気とでも呼ぶべきものが、(ホロウ)の行先を教えてくれている。

 

 屋根から屋根へ飛び移り、電柱をつなぐ電線伝いに移動しながら、ルキアの話を聞く。

 

 「ルキア。一つ確認させろ。(ホロウ)は元人間か」

 

 「っ、気が付いていたのか」

 

 「あの(ホロウ)の仮面の下の顔には覚えがある。あれは井上の兄だ」

 

 一護の問いかけに、少し驚いた顔をしたルキアは苦々しげではあったが、説明し始めた。

 

 死んだ人間――幽霊が胸から下げる鎖。因果の鎖と呼ばれるそれは、年月とともに徐々に短くなり、それが完全になくなれば幽霊の胸には穴が開き、(プラス)(ホロウ)に転化する。

 

 そして、転化したばかりの(ホロウ)は、まずは生前の身内を襲うのだ。(ホロウ)が魂を食らうのは、空腹からではなく苦痛からの逃避だ。

 

 (ホロウ)とは、堕ちた魂である。死神に尸魂界(ソウル・ソサエティ)に導かれず、取りこぼされ、(ホロウ)から守ってもらえなかった。それらが落ち、中心たる心を失った結果、(ホロウ)となる。

 

 そして、失った中心――心を埋めるため、生前最も愛したもの――身内の魂を求め食らうのだ。霊力の強い人間や、(プラス)を襲うのは、すでに身内を食らった(ホロウ)なのだ。

 

 あの(ホロウ)が井上の兄であるならば。

 

 「昼間井上と話していたから、こちらを襲ってきたか。負傷したならば、回復ついでに他を襲うだろうな。井上が一番危ねえわけか」

 

 「貴様、妙に理解がいいな」

 

 背中のルキアがいぶかしげな、感心したような声を出す。

 

 前世でも、散々似たり寄ったりと戦ってきたのだ。その手の連中の行動パターンはすでに記憶に刻み込まれている、と一護は内心で吐き捨てる。

 

 「っ、いいか!(ホロウ)との戦いのセオリーは背後から仮面を一太刀で叩き割るといったが、それは(ホロウ)の中身を見ないようにするためだ。迷いが出ぬよう、一撃で葬れるように!

 あれは今は」

 

 「わかっている。人を食らう、化け物だ」

 

 どこか言い聞かせるように続けるルキアに、一護は淡々と言った。

 

 妖魔も、覚醒者も。元は人であっても、それは過去の話だ。斬らねばならない。

 

 「言ったはずだ。この剣の届く範囲なら、誰だろうが何だろうが助け守る、と。

相手がたとえ、なんであれ、誰であれ・・・な」

 

 低い声で重々しく言った一護に、ルキアは思わず息をつめた。

 

 高々15の小僧――ルキアの半分も生きてない子供の言う言葉ではない。だが、不思議とその言葉には、重みが伴っていた。少なくとも、ルキアにはそう思われた。

 

 

 

 

 

 二人が駆け付けた時には、すでに井上織姫の住むアパートの一室ではかわいらしい内装に似合わない惨状が広がっていた。

 

 夕食でも食べに来たのだろうか、肩から血を出して泡を吹いて横たわる有沢たつき。

 

 そのそばで戸惑ったように彼女を見やる井上織姫に、(ホロウ)が迫る。

 

 黒髪を振り乱し、大蛇のような体躯をくねらせながら、その巨大な腕を振り下ろし。

 

 一護はそこに割って入った。

 

 振り下ろした腕を斬魄刀で受け止め、巨体を蹴飛ばして、井上から引きはがす。

 

 「失せろと言ったが、よそで食えとは言ってねえ」

 

 井上をかばえるように、彼女の前に盾のように立つ一護は、のろのろと身を起こす(ホロウ)を見やった。

 

 「あー!やっぱり!」

 

 その時だった。張りつめた空気を引き裂くように、井上の明るい声がはじける。

 

 「黒崎君だ!」

 

 しりもちをつく彼女は、はっきりと一護を見上げながら、言った。思わず、一護は振り返って、井上を見た。

 

 今の一護は霊体である。常人に見えるはずがない。

 

 ルキアに連れられた昼間、死神として移動していた時に誰も一護のことに気が付かなかったのだから。

 

 今の一護に気が付く条件は、妹・花梨のように強い霊力を持っているか、あるいは・・・同じ霊体であるかする必要があるのだ。

 

 一護はそこまで来てようやく気が付いた。

 

 井上の胸元に、鎖が付いている。その鎖は少し離れたところに横たわるもう一人の井上織姫につながっている。

 

 今の井上は、肉体からたたき出された魂魄体だ。

 

 チッと舌打ちして、一護はこちらを睨みつけてくる(ホロウ)を見据えた。

 

 『気が付いたか?そうだ・・・織姫は、死んだ!』

 

 嬉々とした声で笑い、(ホロウ)は蛇体をくねらせ、一護に太い尾をたたきつけてきた。

 

 一護はとっさに斬魄刀でそれをさばこうとする。尾を覆う頑強でぬめる鱗により、刃が滑り、一護は勢いを殺し切れずに、壁を突き抜けて外に放り出された。

 

 空中でとっさに、見えない足場があるようにスライディングしながら、一護はさらに舌打ちする。

 

 『追ってきた割に、鈍い動きだな。

 そんなに織姫が死んでいたことがショックだったか?なあ、黒崎一護!』

 

 あざけるように、壁の大穴から姿を見せた(ホロウ)は仮面の口元を割って、そこから唾のようなものを吐き出す。

 

 だが、それを一護は軽くよける。

 

 続けて伸ばされた蛇の尾を一護は、斬魄刀で3連の輪切り状に斬り刻む。

 

 『ぎ、ぎゃあああっ?!』

 

 「鈍い動きか、そっくりそのまま返すぞ」

 

 短くなった尾をばたつかせて苦痛に吼える(ホロウ)に、一護は右手に斬魄刀をひっさげたまま言い放った。

 

 「黒崎君っ!」

 

 「井上!さがっていろ!そいつから離れろ!」

 

 同じく穴から身を乗り出そうとする井上に、一護が叫ぶが、時すでに遅く彼女は(ホロウ)の大きな腕に掴まれてしまう。

 

 「は、放して!」

 

 『織姫・・・本当に、俺を忘れてしまったのかい・・・?

 俺だよ、織姫・・・!』

 

 もがく井上に、(ホロウ)が穏やかに語り掛ける。

 

 まずい、と一護は斬魄刀を構えなおして、飛び掛かろうとした。

 

 すべてを話す前に、未練を生む前に、(ホロウ)を殺さなければ。

 

 だが、今は井上がそばにいる。長大すぎる斬魄刀では、井上に傷をつけかねない。

 

 「お兄ちゃん・・・?」

 

 震える声で、井上はつぶやいた。(ホロウ)の正体を悟ってしまったのだ。

 

 構わず一護は斬魄刀を振りぬこうとした。一撃で、背後から(ホロウ)の仮面を叩き壊すために。

 

 「やめて!黒崎君!」

 

 叫ばれた一護は、思わず剣先をブレさせた。

 

 かつてのクレアならば、まったくやらなかっただろう。押し殺せただろう迷いは、肉体に引きずられてか、あるいは平和な世界に順応したが故か、とにかく剣先にもろに響いてしまった。

 

 隙を見せてしまった一護を、(ホロウ)はその巨大な腕で床にたたきつけた。

 

 「ぐっ・・・!」

 

 息を詰まらせ、それでも斬魄刀は手放さなかった一護をよそに、井上が叫ぶ。

 

 「黒崎君っ!お兄ちゃん!やめて!お願い!

 どうしてこんなことをするの?!」

 

 床にたたきつけられた一護は、そのまま(ホロウ)の巨大な腕に挟まれて、押しつぶされんばかりに力をかけられる。

 

 井上は叫んで、必死にその手を引きはがそうとした。

 

 『どうして?決まっているだろう』

 

 憎々しげに、(ホロウ)はぐったりしたままの有沢たつきと、手の下でうめいてもがこうとする一護を見下ろして、言い放った。

 

 『あの二人は・・・俺とお前の間を引き裂こうとしたからだよ!』

 

 「え・・・?」

 

 顔をこわばらせる井上に、彼女の兄であった(ホロウ)は語る。

 

 井上織姫の兄であった井上昊。彼が亡くなってからというもの、織姫は毎日彼のために祈っていた。井上昊は、ずっとそれを見ていた。それだけで、彼の心は救われるような気がしていたのだ。

 

 けれど、それから1年ほど経って、織姫は有沢たつきと友達になり、目に見えて昊のために祈ることが少なくなった。

 

 そして、高校に入って黒崎一護に会ったことで・・・井上織姫は、ついに昊のために祈ることを放棄してしまったのだ。

 

 出かけても帰ってきても語ることは黒崎一護のことばかり。

 

 昊のことを日ごとに忘れていく織姫の姿を見るのはつらかった。寂しかった。だから。

 

 『殺してやる・・・!』

 

 おどろおどろしい殺意にまみれた呪詛じみた言葉が、昊であった(ホロウ)の仮面越しに漏れ出た。

 

 『俺をこんなにしたのは誰だと思ってるんだ・・・!お前だろう織姫・・・!殺してやる殺してやる殺してやるっ!!』

 

 織姫が何か言うより早く、一護から手を放した(ホロウ)は両の手で彼女をつかみ上げ、締めあげ始めた。

 

 死神姿で霊力によって頑強な一護とは異なり、織姫はただの霊体だ。

 

 (ホロウ)の圧倒的な力の前に、息を詰まらせて泡を吹いて、それでも織姫はかろうじて拒否の言葉を紡ぐが、(ホロウ)にはそれすらも腹立たしかった。

 

 その時だった。

 

 (ホロウ)の、両手がスパンッと叩き切られた。跳ね起きざまに一護が振るった斬魄刀によって。

 

 悲鳴を上げる(ホロウ)に、一護は放り出された織姫を抱きとめる。

 

 その因果の鎖に傷一つないことを確かめ、ほっと息をつく。

 

 苦痛に呻く織姫を少し離れたところに降ろして、一護は切り落とされた両手にもだえる(ホロウ)に向き直った。

 

 ぐっと一護は歯を食いしばった。

 

 妖魔に脳を乗っ取られた兄は、弟の捕食を前に涙を流した。

 

 兄をプリシラに殺されたらしいオフィーリアは、覚醒者狩りに躍起になり、覚醒者に堕ちた後ではあったが、歪んだ形であれどクレアを激励してくれた。

 

 ラファエラは、覚醒者となった双子の姉妹であるルシエラを止めたかった。

 

 そして、母・真咲の胎の中にまだ見ぬ妹たちがいるとわかり、期待と戸惑いに胸を膨らませる一護に、父・一心がかけた言葉。

 

 「ふざけるなよ・・・!」

 

 食いしばった歯の奥から、一護は言葉を絞り出した。

 

 「兄というのが最初に生まれるのは何故か知っているか?

 あとから生まれる弟や妹たちを守るためだ。

 そのざまで、お前は井上の何を守れているんだ!お前の自分勝手だけだろうが!」

 

 のろのろと身を起こす(ホロウ)の前に立つ一護は、斬魄刀を肩に担いで、吐き捨てる。父・一心から幼いころに聞かされた、言葉を。

 

 兄になるのだから、と泣き虫だった一護を奮起させた、魔法の言葉を。

 

 クレアであれば、問答無用でさっさと目の前の敵を殺していただろうが、一護はまだクレアよりも若い肉体に引っ張られてか、家族に恵まれた人生を送ってきたからか、どうにも我慢できなかったのだ。

 

 井上の魂魄体と、雨どいを伝って登って部屋の中にやっとのことで入りこんだルキアは、目を丸くして一護を見ている。

 

 平時の黒崎一護といえば、無表情の仏頂面。口数も少なく、冗談交じりにクラスメートの小島や浅野と絡んでいるときでも、かすかに笑う程度だというのに。不機嫌になっても、せいぜい舌打ち程度だ。

 

 それが、ああも激昂することがあるのか。初めて見る冷静そうな黒崎一護の意外な一面に戸惑っているのだ。

 

 『何故だっ!なぜ邪魔をする黒崎一護!』

 

 短くなったとはいえ、それでも残った体をくねらせながら、(ホロウ)が喚いた。

 

 血の涙を仮面越しに流しながら、(ホロウ)は井上昊の妄執を吼える。

 

 

 

 淫売と悪魔としか言えないような、虐待を平然と行う糞のような両親から、昊は妹織姫を隠すように世話をした。

 

 高校を卒業した昊は、3歳の織姫を連れて逃げるように家を出た。

 

 それ以来、彼ら兄妹は二人っきりで生きてきた。

 

 織姫を育て上げ、守ってきたのは昊だ。織姫は昊のものだ。誰にも渡さない。それが誰であろうとも。

 

 まして、黒崎一護になど。

 

 

 

 咆哮交じりにそんなことをわめく(ホロウ)に、一護は冷めたまなざしを向けた。

 

 「井上の心は無視か。井上は井上だ。誰のものでもない。

 (ホロウ)になったが故の妄執か。

 いずれにせよ」

 

 なくなった両手を振り上げ、苦痛にのたうつ(ホロウ)を見ながら、一護は言い放った。

 

 「お前を、斬らせてもらうぞ」

 

 『俺のために祈らないなら!俺のものでいてくれないなら!ならばせめて!俺のために死ぬべきだっ!!』

 

 馬鹿正直に突っ込んでくる(ホロウ)に一護は、カウンターで斬魄刀をたたきつけようと振りかぶって、とっさに動きを止めた。

 

 割って入った井上織姫が、胸元の鎖を揺らしながら、(ホロウ)の前に身をさらし、左肩にその牙を突き立てたからだ。

 

 「っ?! 何を」

 

 「ごめんね・・・お兄ちゃん・・・!」

 

 とっさに文句を言いかけた一護の言葉をさえぎり、肩に食いつかれながらも変わり果てた兄を抱きしめたまま井上は弱弱しく言った。

 

 いつまでもお兄ちゃんを心配させたままではいけないから。悲しませてはいけないから。だから、私は元気だよ幸せだよと笑っていようと決めたのだ、と。寂しがらせてごめんなさい、と。

 

 のろのろと、(ホロウ)が井上から牙を放す。崩れ落ちる井上をとっさに一護は抱き留めると、素早く距離を取った。

 

 「一護!こっちへよこせ!そいつはまだ死んでない!因果の鎖が無事ならば、まだ私の鬼道で助かる!」

 

 「頼む!」

 

 有沢の手当てをしていたルキアのそばに、一護は井上をそっとおろした。

 

 『俺は・・・俺は・・・織姫・・・なんて、馬鹿なことを・・・!

 俺は本当は気が付いていたんだ、織姫・・・!

 お前が俺を心配させないために祈るのをやめたんだってことを・・・!

 でも、それでも祈ってほしかったんだ・・・俺のために祈ってくれている間だけは、お前の心は俺だけのものだったから・・・』

 

 早速手当てをするルキアのそばで織姫を祈るように見ながら呻いた(ホロウ)に、一護は立ち上がってため息をついた。

 

 「いったい何を見てるんだ、あんた」

 

 肩に斬魄刀を担ぎ直して、一護は言った。

 

 「あいつの付けているヘアピン、あんたが贈ったんだろう?井上から聞いている。形見だから。大好きなお兄ちゃんがくれたものだから。毎日つけている、ってな」

 

 高校の廊下で派手にこけた井上の髪から取れたそれを拾った一護に、織姫は顔を赤くしながら受け取ってそんなことを教えてくれた。

 

 はっとした(ホロウ)は、改めて井上を見やった。白い仮面越の視線は、確かに井上の付けている青い六花弁の花のヘアピンを見た。

 

 あのヘアピンを贈った時、織姫と喧嘩をしてしまった。仲直りしたかったけれど、会社へ行く時間が迫っていて。そして・・・そのまま彼は、井上昊は、帰らぬ人となってしまったのだ。

 

 「愛するものの記憶を、今を生きるものが忘れるわけがねえ。形は異なっても、ずっと、そばにある」

 

 淡々と、一護は語った。その左手が胸の上で固く握られる。

 

 クレアの中に、テレサが居続けてくれたように。井上織姫の中にも、井上昊は居続けているのだ。

 

 わからないとは言わさない。

 

 「その邪魔をするな」

 

 再度、一護は斬魄刀の切っ先を(ホロウ)に向けた。

 

 「終わらせるぞ」

 

 「や、やめて、黒崎君・・・!」

 

 のろのろと、織姫が顔を上げて、懇願するように一護を見やった。

 

 「(ホロウ)になった人間は、通常元に戻ることはできぬ」

 

 織姫を強引に寝かしつけようとしながら、ルキアが顔を上げた。

 

 「案ずるな。斬魄刀で(ホロウ)の仮面を斬れば、その存在は普通の幽霊として昇華され、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に送られるのだ。

 殺すわけではない」

 

 それを聞いた一護は、あくまで(ホロウ)を見据えたままであったが、小さく安堵の息をつく。

 

 何でもありだな、都合よすぎだろ、と内心で苦笑したが。

 

 すっかり戦意をそがれた様子の(ホロウ)がその前に立った。突き付けられたままの斬魄刀の切っ先を自らの仮面に押し当てる。

 

 「いいんだな?」

 

 『頼む。また理性を失って織姫を襲う前に・・・』

 

 (ホロウ)の言葉に、一護はうなずいて斬魄刀を押し込もうとした。

 

 「ま、待って!」

 

 声を張り上げたのは、井上織姫だった。

 

 のろのろと兄を見ながら、彼女は弱弱しく微笑んでから言った。

 

 「ずっと、言えなくて後悔してたの・・・。

 お兄ちゃん・・・行ってらっしゃい・・・!」

 

 それを横目で見た、(ホロウ)――否、井上昊は微笑んだような気配を漂わせてから、一護が押し込んだ斬魄刀の切っ先によって仮面を砕かれ、仮面の下の素顔で微笑みながら塵になるように姿を消した。

 

 それが完全に消えたのを見送ってから、一護は斬魄刀を鞘に納めて踵を返した。

 

 「そうだっ!黒崎君と朽木さん、どうしてここに」

 

 はっとした様子で問いかけようとした井上の目の前に、ルキアが右手を突き出した。

 

 そこに握られているライターのようなものが、ボンッと火花を散らす。同時に、井上織姫は目を回して気を失った。

 

 その魂魄体を肉体に押し込んで、続いて有沢たつきの傷を治して、同様の処理を行うルキアは、実に手慣れた様子だった。

 

 「・・・この間のうちの一件もそうやって後始末をしていたわけか」

 

 「記憶置換装置だ。ランダムで代替記憶を送って、今回のことを忘れさせる」

 

 ライターのような道具をしまいながら言ったルキアに、一護はなるほどとうなずいた。

 

 世間一般でガス爆発だの事故だの騒がれている原因不明の現象には、ひょっとしたらこういう裏事情が潜んでいるのかもしれない。当事者が覚えていなければ、それはもう事故として片づけるしかないだろう。

 

 「では、帰るぞ!」

 

 「了解した」

 

 朗々と言い放ったルキアをおんぶして、一護は屋根に飛び移って、駆け出した。

 

 

 

 翌日、登校してきた井上織姫が、横綱に家を破壊された!と騒いでて、本来なら嗜めるはずの有沢たつきが、隣で困ったような苦笑いをしていた。

 

 代替記憶、いい加減すぎでは?と一護は普段の仏頂面の端で思った。




 とまあ、そんな話であった。




 とりあえずここまでとしておきます。お付き合いくださり、ありがとうございました。


Q.一護君の使う高速剣、出てこんやんけ!

A.グランドフィッシャー戦までお預けや!普通の虚相手にそれは、オーバーキルやんけ!
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