【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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34_あぁいや……知らないっす

 アキヒロの耳元、箸を片手にレイトが囁く。

 

「あの……何があったんですか?」

 

「わっかんねえ、なんだろうな」

 

「知らないんだ……じゃあ変な夢でも見たんですかね……」

 

 起きてからこっち、朝飯の準備を経て食卓に着いた今に至るまで、二人はアキヒロに対して一度も顔を合わせていない。

 しかも二人とも、家主あるいは道場主としてのプライドからか、いつもはもっと背筋の伸びた美しい立ち姿でいるのに、今日に限ってはモジモジとしている。

 なんなら、ふと気付けばソワソワとし出して彼に小さく視線を送っている。

 

 尚、肝心のアキヒロは朝から元気にご飯をかっこんでいた。

 

 レイトとシエルは何が何だかと顔を見合わせた。昨日は特に変なこともなかったと記憶しているだけに、朝っぱらからこんな気まずい空間が出来上がっていることが不可解なのだ。

 

 そして彼女は当然の権利のように、朝ごはんを胃に入れながら空気をガン無視した一撃をぶち込む。

 

「サナエ、何したの」

 

「えっ!? あ、いやっ……あはははーっ……」

 

「何したの」

 

 誤魔化しの笑いは彼女には通じない。

 口に出してないなら、何も言ってないのと一緒。

 察するのは無理。

 全部言葉で説明しろ。

 そんな幼児の如き情緒から繰り出される、100マイル毎時のストレート。

 

「な、何も無いってばさ〜」

 

「そう」

 

「そうそう!」

 

「じゃあヒナタは?」

 

 突然の矢。

 射られた本人の心中を占めるのは、昨夜の出来事。

 燃え盛るような、というほどでは無いにせよ。

 奥底に仕舞い込もうと決意したはずの出来事が、囲炉裏の火の如くチラチラと常に燃え続けていた。

 つまりは、全く仕舞い込めていなかった。

 

 それが、言葉に出してシッカリと聞かれてしまったせいで。

 

「あ、ああ…………」

 

「?」

 

「な、なんもねえ……なんも、ねえ……」

 

「嘘」

 

「…………」

 

「嘘か本当かくらいわかる」

 

 姉ちゃんの嘘は見抜けなかったくせに! 

 ギウウ、と拳をテーブルの下で握りしめた。嘘をつくのが下手だと露骨に指摘されるのは癇に障った。しかし、怒りとして発露するには余りにも些細なことだ。

 そして、それ以上に──

 

「何があったの」

 

「…………う、うううるせえ!」

 

 思い返すほどに、自分がどれだけ破廉恥なことをしていたのかということが強く刻まれていく。途中で姉の乱入が無かったらどうされていたのか。昨日と同じ終わり方だったのか、もっと凄いことをされていたのか。

 なんであんな事をしたのか、彼女自身にも分からなかった。

 

「まあいいや」

 

 シエルは自分で掘り返したくせに、穴を埋める事はしなかった。なかなか答えないヒナタを待つのに飽きてしまったようだ。

 その代わり、彼に顔を向ける。

 

「あなたは何か知ってるの?」

 

「いや、全く」

 

 素知らぬ顔で朝飯を頬張る。その口ぶりには髪の毛一本分ほどの動揺すら現れていなかった。

 

「なんでも無いみたいだよ」

 

「まぁ加賀美さんは無いんだろうけど、二人は明らかに──」

 

「稽古さえ出来るならなんでもいい、どうでも」

 

「きょ、極論だ……」

 

 自分だけの結論に達すると、完全に二人の様子には興味を失ったらしい。小さな口にご飯を詰め込む作業に戻った。

 シエルは、ここでの修行が今の自分にとって有意義であると認めていた。誘われた時は『稽古ってなんだよ』という反応だったし、話を聞きながら『うわぁ、めんどくさい文化だ』という顔をしていたし、来てすぐは『時間の無駄だなあ』という態度を露骨に見せていた。

 しかし実際に稽古に参加すると、師範である二人だけでなく、他の生徒にすら負ける始末。

 彼女のモチベーションは高かった。

 顔色がどうとか、態度がどうとかは関係無いのだ。

 

「準備してくる」

 

 食べ終えると、食後の余韻に浸る暇もなく自室に向かおうとする。

 

「まだ稽古までの時間はだいぶあるよ?」

 

「早く始めれば長く出来る」

 

「何するの?」

 

「剣」

 

「素振り?」

 

「うん、でも打ち合いもしたい」

 

「相手いないけど……」

 

「いるよ」

 

「え? 誰かと約束してたの?」

 

 いつの間に生徒たちとそんなに仲良くなってたんだ、とレイトは少々面食らっていた。

 必死過ぎて気付かなかっただけで、あの場で交流を図っていたのかと顔を見つめる。

 

「ん」

 

「……ああ、なるほど」

 

 しかし、持ち上がった指の差し示す先。

 それを認識して、思い込みを正した。

 

「時間の無駄」

 

「も、もうちょっとだけゆっくり……」

 

「それならここにいる意味ないよ」

 

「うぐっ……食べ終わったら行きます」

 

 シエルが口下手であり、一言足りないというのを理解しているが故。それが純粋に叱咤の言葉であると分かってしまった。無碍に否定するには、既に多少なりともレイト自身も彼女を理解してしまっていた。

 

「尻に敷かれてんなあ」

 

「お、お尻なんか触ってませんよっ!」

 

「いや慣用句……まあいいか」

 

「…………ぅ」

 

 尻がどうたらと、いきなりセクハラをかましてきたアキヒロのせいで、シエルの健康的な肢体のことを思い出してしまったレイト。

 ただ一人を除き、リビングダイニングはモジモジ虫だけの空間となった。

 

 

 ──────

 

 

「三船くんたちのことは引き続き頼みます」

 

「う、うんっ……」

 

 稽古が始まる前。青年を玄関まで見送る早苗は、昨夜のことを悶々と思い続けていた。目の前の青年の最も男らしい部分。直接見たわけではなくとも──部屋の雰囲気、膨らみ、そして妹のあの顔。間違いなく妹と彼は部屋で──

 

「あ、あわわわわわ……」

 

「……行ってきて大丈夫だよな?」

 

「だ、大丈夫だよ!」

 

「おお……うん、行ってきます!」

 

「いってらっしゃーい………………はっ!?」

 

 彼が行ってしばらく、歩いて行った方向を見て立ち尽くしていた。そして唐突に気付く、これではまるで自分が彼に見惚れているようではないか、と。

 

「うう〜! …………よしっ!」

 

 ブンブンと首を横に振り、頬を叩いて気合を入れ直す。彼女はこの道場の主人。たとえ身体は小さくとも、正式に道場を受け継いだ、みんなの先生だ。

 こんなことで動揺していては、なんとなる! 

 フンスンと通常の5割増くらいで鼻息を鳴らしながら稽古に打ち込んだ。

 

「……今日の早苗ちゃん、何かが違うわね」

 

 当然、生徒たちはそんな彼女の様子を見て戸惑う。いつもは冷静で動じない彼女が、一体どうしたのだろうかと。

 

「お友達がいるから張り切ってるんじゃない?」

 

「それならタイミング遅くない? もう1週間以上前からいるでしょ」

 

「そんなの知らないわよ」

 

「何よ知らないって」

 

「だって知らないもの」

 

「…………」

 

「なによ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 両者は蹲踞の体勢で向かい合った。

 気に入らないことがあったら正々堂々とぶつかる。それがこの道場のスタンスだ。早苗達の父、鳴人が師範であった時から変わらぬこのしきたりは、生徒から好評だった。

 

「──」

 

「ふぅ〜……すぅ〜……」

 

 精神集中。

 かたや両目を閉じ、かたや半目で深呼吸を繰り返す。微かな物音すら何万倍にも増幅されて聞こえるような静謐な場で、木剣だけが両者の戦意を観客に見せる。

 この道場において、この型を使えというのはない。大事なのは目的。いかにして相手を観察し、先に斬るか。型が無いわけではないが、彼女たちはすでに会得していた。型を得て、その上で彼女たちなりのアレンジを加えた剣。

 そんな皆伝おばさん二人を見つめる生徒達の中に、レイトとシエルの姿もあった。

 レイトが呟く。

 

「すごいや……」

 

 剣を振るという単純動作。

 剣術とはすなわち全てがこれの集合体だ。

 しかし、まっすぐ振るというのは意外と難しい。

 剣の重さ、腕を振るという行為への慣れ、精神の乱れ、そういった諸々の要因が折り重なってふりかかってくる。最も単純な正面垂直の振り下ろしですら、レイトは満足にこなせていないのが現状の習熟度だ。ちなみにシエルは先輩面でレイトに指摘をすることがあるが、実際のところは変わらない。

 

 目の前の二人は、自身と比較すらできない領域にいるという意味においては、ヒナタやサナエと同じく仰ぎ見るべき相手だった。

 上段と下段。体の右と左。彼女らはお互いが完全に真逆の型を使いこなす剣士だ。

 

「伊織さんは雲の構え、益子さんは地の構えだね」

 

 隣に立つサナエが、何がなんだからわからないレイトに解説をする。当然のように頷く生徒達は、本当に理解しているのだろうか。

 

 攻撃偏重の雲の構えは、額のあたりで剣を水平に構える。相手に向けた剣から、隙めがけてまずは一撃を叩き込むスタイル。

 対して防御偏重の地の構えは、鋒を限界まで地面に近づける。体に対して斜めに構え、あらゆる攻撃をカウンターするスタイルとなっている。

 

「……ごくり」

 

 両拳を握りしめて、起こりを今か今かと待つレイト。曲がりなりにも男の子として、剣士同士の戦いを生で見られることに興奮していた。

 

「──」

 

「すぅぅ〜……」

 

 始まりを迎えた瞬間に勝負を決するため。

 先ほどまでは柔和な笑顔を浮かべていた二人の顔は今。

 冷たく、鋭い目つきで相手を睨むばかり。

 そして──

 

「はじめっ!」

 

 空気が、弾けた。

 

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