【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
滑り降りるように平坦部に到達してすぐ、腕組みをして首を捻る。
「これは…………俺の知っているアンダーじゃ無いな」
あまりにも、彼の知ったダンジョンの形とかけ離れていた。上から流れ落ちてくる地下水は通路の左右へと消えていく。摩訶不思議な力で消滅しているわけでも、いきなり屈折率が空気と同じになって完全な透明になっているわけでもない。
「……果てしねえ」
通路には壁がない。どういうことかというと、通路の両端から先は奈落が広がっていたのだ。これは酷い、落ちたら死んでしまうではないか。通路幅は10mほどあるから、多少のことで落ちるのはありえないが。
自然と心拍数が上がる。多少の差は覚悟していたが、これは多少というには差が大きすぎた。
『──―ィィ』
内部には通風が存在していた。弱々しく風が吹き、その音に紛れるように遠くから何かが鳴り響く。
「一体、どうなってるんだ」
いくら地域性があると言ったって限度がある。若干の混乱、そして先に進むのは正しいのかを思案する。仮にも帰りを待つ人がいる身で、無謀に突っ込むのはどうだろうか。そもそも彼は先ほど、気を付けてと言われたばかりだ。
「つっても……来てしまった以上は進むのが探索する者か」
ダンジョンにトラブルは付きもので、これはトラブルのうちには入らない。あくまで想定と違っただけで、それも情報収集を怠ったからに過ぎない。この程度で引き返しては探索者の名折れだ。
「よしっ! …………星?」
気合を入れた瞬間、上を向いたアキヒロの目に飛び込んできたのは。まさに、つぶやいた通りの星空。
「ふんっ、そんなわけあるか」
しかし、すぐに否定する。いくらダンジョンが摩訶不思議なビックリ箱だとしても、その中に宇宙を再現できるわけがない。宇宙がどれだけ広いか、実感したことはなくとも知識として知っている彼にとっては一笑に付すだけの景色だ。
「夏の大三角」
それはそれとして、美しい景色である事には変わらないので暫しそれを楽しむ。まだモンスターとの遭遇は先だろう──というのも、通常のアンダーは洞窟だがここは橋、奈落、岩棚で構成されているので割と先が開けているのだ。見える範囲にモンスターはいないので、安心してのんびりできる。
「こういう形式のアンダーがあるなんて」
これからは、同じようなダンジョン名をしていても気を付けなければならないだろう。やもすれば、前回とは全く違う対策が必要になってくる可能性もある。例えばロープなどがなければ移動が厳しいとか。音を鳴らせば死ぬとか。そういう突拍子もない前提は、聞かなければ永久に知り得ないのだ。
『────ォォン』
「どんだけ遠くから聞こえてるんだかね」
身を乗り出して崖下を覗くも、答えは無い。その代わり、キラキラと光るものが出迎えてくれた。奈落には漆黒の闇が広がっているわけではなく、壁や通路の一部が光っているようだ。通常よりも明るい光を放つのは、壁から突き出るほどに育った結晶のせいか。
「あれ、欲しいな」
口に出しては見るものの、彼我の差は50mはある。その間に暗く広がる奈落を無視してそれを取りに行くことはできないので、どこかで幸運が起きることを祈るしかあるまい。
「ふぅ」
さて、彼がこんなスタート地点でいつまでも、アレがどうだのソッチはどうだのと管を巻いている理由はなんだろうか。探索者はこんな事で負けてられない、みたいなことを言ったのだから、進めばいいのにも関わらずだ。
「……」
下を覗き込んで、顔が歪んでいた。
仮に足を踏み外したら、どれだけの距離を一気に落ちる事になるのか。想像の中でさえマトモな結末にはならない。人間が大気中で落下し、十分に加速した場合の終端速度は時速200km以上。一秒間に50mを進むというのは、人間の身体能力ではまず成し遂げられない。その状態で岩にぶつかれば、破裂するだろう。
しかし、探索者では致命傷には至らない。仮に加賀美明宏が落下した場合、足を挫く事はあるかもしれない。だが、落下の衝撃そのものが死に直接的に繋がるというのは考え辛かった。
むしろ、落ちた先で出くわすモンスターの方がよほど危ないだろう。
「本当にアンダーか?」
つまるところ、微妙に疑っているのだ。彼は割と勢いで進むことを好むが考え無しでは無かった。できるならば事前に全てを調べ、リスクを把握した上で行動したいのだ。
然りとて、いつまでもここで足踏みしているわけにもいかない。
「…………もう、行くか」
進めば何とかなるだろ、の精神で歩き始めた。
実際進んでみると至っていつも通りというか、壁と天井が無いだけのアンダーなのだという事がハッキリとしてくる。
それは十分に大きな差ではあるが、ともかく歩き心地として柳生と変わらないということだ。
変わらないという事は当然、移動を続ければモンスターに遭遇することも意味している。
「っ!?」
通路の脇からひょっこりと出てきた黒光りする頭に、一瞬動きが固まった。頭の先からは触角が突き出て、こちらを探るように動いている。魔剣はすでに構えている。松明を地面に転がし、全身が這い出てくるのを待った。
「……ビックリさせやがって」
最初に出会したのはアリ型モンスター。正式名称をモーフィスという。知らないモンスターかと身構えただけに、拍子抜けでぼやく。どうにも既存のイメージが抜けない。頭が硬いのは彼の良くないところだ。
「──」
アリには複雑な知能は無い。相手が何を思っているか、何を考えているかを考慮した行動をとる事はない。しかし、ホッと息を吐いた彼の様子を見て、前足を高く上げた。
これが熊であれば威嚇に他ならないだろうが、彼は明確に身構えた。攻撃の予備動作だ。
「来いっ!」
「ギチギチ」
合図のように大顎を鳴らすと、前脚を掲げたまま動き出した。滑らかな動き──歩いているというよりは滑っているように見える。初級探索者や研修生はこの動きにやられるのだ。左右へと揺れながらにも関わらず、曲がるタイミングが読めない。気付いた時には体を真っ二つにされているというわけだ。
そして彼の眼前にやってきた死神の鎌。
「おっと」
左右真っ二つに分けようとする一撃を半身になって避けると、振り抜かれた左前脚は地面に突き刺さった。そのまま追撃が横向きに振られ、それは受けてやれないと魔剣で防ぐ。
「…………?」
「流石にアリンコには負けないかな」
伊達に探索者を続けていない。モーフィスの右前脚、魔剣の刃とかちあった部分から先はスパッと折れ、飛んでいった。
「…………」
モーフィスは不思議そうに自らの脚先を見つめ──次の瞬間、ゴロンと首が床に転がった。まだ大顎という武器は残っていたが、それをわざわざ使わせてやるほど彼は博愛精神に満ち溢れていない。
「やっぱり、いつも通りとはいかないか」
下から魔剣を振り抜いた彼の前で、首団子になったモーフィスは複眼に映る餌を食べようと、尚も顎をカチカチと鳴らす。肢体もまだ動きを止めてはいない。頭を失った事で左右感覚が消えてはいるものの、通路を忙しく動き回っていた。
「おらっ」
放置していてもなんのメリットもないので、頭は蹴り転がして奈落へと突き落とす。
「……いつもは気にならねえけど、どうなんだこれ」
先ほど鎌が突き刺さった部分はめくれている。この程度なら心配ないが、仮にもっと大規模な戦闘が起これば、宙空に浮く橋の如き通路が崩落してもおかしくない。
「下向きの一撃は、なるべく受けるか…………そんで──」
物言わぬ胴体部分。節足動物から進化しただけのことはあり、頭を切り落としても数分間は動き続けている。
枝打ちみたいだな。
そんなことを思いながら、アキヒロは脚を落としていく。後ろ足を落とした時点で動く能力は喪失し、その場にズドンと体を落とす。やがて、黒くて細長いダルマがその場に残されるのみとなった。
そのダルマの関節部をさらに切り付けると、腹と胴が分離した。
「まずは……胴からにしよう」
黒い外皮を切り分けると、中から緑の血と臭いが同時に溢れてくる。しかし、そこは慣れたもので、気にせずに真っ二つにした。中心部には緑の小さな石が収まっている。
「当たりだな」
サイズ的には妹へのお小遣い程度にしかならないだろう。しかし、これもまた成果の一つ。手に入れる事に躊躇いはなかった。
「んしょ……っと」
「──」
引き抜くと同時、蠢いていたモーフィスの身体から力が抜ける。本当に、今度こそ身体は動かなくなった。こうなると、逆に面倒臭い。その場に死体やら血やらが残るのだ。彼も帰りの面倒を考えたのか、パーツをせっせと崖から落としていく。今日、このダンジョンに潜っているのは彼のみだ。下にいる何がしかに当たったところで問題にはならないだろう。
「よし」
綺麗になった(全部落とした)事でスッキリしたのか、満足げに頷く。少し遠くに置いていた松明を拾い直して歩みを再開した。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない