【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

137 / 571
37_その頃、彼らは

 四門家。

 一人娘が帰ってきてのんびりしている姿を眺めていたコウキは、ある事に気付いた。どことなく娘の機嫌が微妙に悪いような気がしたのだ。

 そして、そういう時は大抵あいつのせい。

 写真を撮る時はダブルピースしか知らない顔面固定野郎。

 

「なあミツキ」

 

「ん?」

 

「アキヒロあいつ、今何やってんの?」

 

「あれっ、聞いてないんだ」

 

「……え? なにが? 遊びに行ってるの?」

 

 この時点で少しショックを受けた。普通に友達だと思ってただけに、どこかに遊びにいくなら連れて行って欲しかったのである。多少遠いぐらいの場所なら後からでも走っていけるし、連絡くらいは欲しいものだ。金持ち連中に誘われる高級料亭やら遊覧やらもたまには良いが、やはり気が詰まる。チンピラ上がりの彼にとっては明宏の感性というのがとても心地よかった。

 

「今、山田ちゃんの家に行ってるの」

 

「山田?」

 

「高校の同級生の」

 

「…………あぁ〜! なんかいたなあ、不良の子だろ」

 

「そう」

 

「……あれ? 男の子だったっけ」

 

 嫌な予感。

 彼の記憶が正しければ、山田何某というのは──

 

「お゛ん゛な゛の゛こ゛ですが、なにか!?」

 

「い、いや……なんかゴメン」

 

 娘の地雷原の上でタップダンスをしてしまったコウキは、気まずすぎて顔を逸らした。あの朴念仁と娘の関係が多少変わったのは把握していた。彼の話をするときに以前よりも優しい顔になるのだから、わからないわけがない。彼の妻、ミナも肯じていた。

 しかし、それを話したときにこうも言っていた。

 

『…………Bね』

 

『なにが?』

 

『ふふふ』

 

『な、なんだよ……』

 

『まだまだね』

 

『なにが?』

 

 怖かったので追撃はやめたが、女にしかわからない何かがあるのだろうということで結論付けた。あの不敵な笑みを思い出すたびに、女の底知れなさを思い知らされて身慄いがする。

 それにしても──この不肖の一人娘は彼氏の旅についていかなかったのか。何の為に仲を深めたのか。

 

「どうせ私はただの幼馴染だもん……」

 

「あいつぶっ殺してやろうかな」

 

 実父は激怒した。大事な一人娘──加賀美明宏にとっても同じような存在の筈なのに、こんな扱いをするなどと、男の風上にも置けない。去勢──は、孫が見られなくて嫌なのでゲンコツを食らわせてやろうと心に決めた。

 しかし、娘の反応は予想外の方向だった。

 

「関わらないで」

 

「かっ!?」

 

 息が詰まる。

 切り捨てるような極寒の意見。味方をした筈なのに、帰ってきたのはゴミを見る目だった。これが思春期か……!? と、かつてはもっと荒々しい道を通ったくせして子供の情緒不安定さを嘆く。

 それでも何とか持ち直すと、頬をにんまりと上げて穏やかに聞いた。

 

「あー……なんで着いて行かなかったんだ?」

 

「…………」

 

「ミツキ?」

 

「……うるさい」

 

「ふぅ……」

 

 彼にとってはイマイチピンと来ないことだが、男親と女親で娘への関わり方が違うと聞いたことがあった(アキヒロから)。なぜ娘ピンポイントなのか聞いたら『ウェスウェスウェスwあっすww……っす』みたいな感じで逃げられた。なんだったのか。

 

「…………バカ……」

 

 娘の泣き姿というのはとにかく胸に来る。

 彼にはもう少し兄貴分としての自覚を持って欲しいというのがコウキの思いだった。同い年だろうとか、面倒を見るのは親の役目だとか、そういう道理を無視した無茶苦茶な言い分だというのは百も承知だが、そもそも、そういう風にミツキと接してきたのは彼だ。自分よりもよほど娘のことに詳しいという実績がそこにはある。だからこそ──

 

「何でそんなことしたんだよ……」

 

 娘の幼馴染と、幼馴染の父親という関係性を超えて、信頼し合えていると思っていた。だからこそ時には肉体でぶつかり合う時もあったし、それを相互に理解していたと思う。コウキが一方的に殴られた時だってあったが、それは彼が悪かったからだ。

 今回の件に関してコウキは怒っているという側面も勿論あったが、実際のところは悲しい気持ちが強かった。それはそれとして、娘がしょげているのは見ていられないので助言はする。

 

「とにかく、ちゃんとアキヒロと話すんだぞ」

 

「…………知らない」

 

「…………」

 

 こりゃダメだ、自分の手には負えないぞ、と即座に妻へ救援要請する事を決めた。

 

 

 ──────

 

 

「はじめっ!」

 

 合図と同時、伊織女史が雲の構えから選んだのは突き上げ。踏み出した足が地面に着くか着かないかのタイミングで、さらに身を沈み込ませる。摺り足は最早、浮いているかのように板の上を滑っていた。鋒は当然、待ちの姿勢を崩さない益子女史の方へと向いている。

 殺す気だった。

 

「…………」

 

 地の構えをとった益子女史は、どこか遠い目つきでそれを見る。肩は緩く脱力し、目つきの散漫な雰囲気とは真逆に、いつでも来いと言わんばかりの鋭い気配を漂わせていた。

 両者の距離は元の距離が3m程度だったということもあり、時間にして1秒に満たないうちに0になった。

 

「──かあっ!」

 

 裂帛の咆哮。

 必殺の意を込めた一撃を放つ為の踏み込み──とても無言ではいられない。自然と伊織女史の口から漏れたものだ。

 

「ひゅっ……」

 

 思わず、レイトの口から息が漏れる。彼の考えでは、これは稽古の域を超えていた。人間同士が殺し合っている、そうとしか思えない。

 益子女史の腹目掛けて木剣が突き上げられた。痛いなどという生優しい話ではなく、当たれば腹を突き破るだろう。

 ──木剣がポコンと、軽く払い除けられた。

 

「──!」

 

「…………!」

 

 当然、成したのは益子女史だ。そこまで崩さなかった不動の体勢から、大きく半歩引くと同時に自身の木剣を振り上げた。その途中、自分を殺そうと突き進んでいた狂気を払いのけたのだ。

 完全に一連化された動作。

 彼女は大上段に構え、対して伊織女史は体勢が流れている。

 

「──ずああっ!」

 

 下げた脚を今度は踏み込ませ、背が反るくらいの構えから渾身の力で振り下ろした。レイトには、益子女史の顔が恐ろしく、モンスターのように歪んでいるように見えた。

 少なくとも、それほどの気合いだった。

 

「がああっ!?」

 

 一撃必殺。木剣は伊織女史の肩に食い込み、彼女は大きくタタラを踏んで倒れた。

 

「え……?」

 

 レイトの口から動揺の声が漏れる。

 振り抜いた。振り切った。切り裂いた。

 伊織女史は剣を振れる体勢では無く、レイトの目にはどう見ても負けだった。故に、益子女史は最後まで振り抜くのでは無く、寸止めで終わらせると思っていた。

 しかし彼女は振り抜いた。

 渾身の力で、木剣を相手に叩きつけたのだ。

 

「え……え……」

 

「…………」

 

 隣の早苗を見ても、何も言わない。それが当然だとばかりに二人の様子を見ている。

 やがて益子女史が声をかけた。

 

「──どうするんだい?」

 

 明らかに死に体の敵を前にして、未だに油断なく木剣を構え、今度こそ命を取らんと意を漲らせている。

 

「ぐっ……無理、だね……」

 

「…………」

 

 益子女史はチラッと早苗を見た。

 そしてようやく彼女も動く。

 

「そこまで!」

 

 伊織女史はたおれたまま、益子女史はそんな彼女を見下ろして、礼をした。レイトは思わず声をかける。

 

「サナエさん! あの人、怪我してますよ!」

 

「うん? そうだね」

 

「い、いいんですか!?」

 

「良いも何も、あれが決着だよ?」

 

「え……」

 

「あ、ごめんちょっと行くね」

 

 サナエは特に何も思わないのか、そのまま軽く駆け足で行ってしまった。

 観ていた生徒たちも脚を止める事なく、稽古を再開しだす。自分だけがお門違いに彼女のことを気にしているようだった。立ち尽くし、何をするでも無く見る。

 そこに、透き通った声が聞こえてきた。

 

「レイト」

 

「──あ、シ、シエルちゃん……」

 

「何騒いでるの」

 

「……いや……その、なんでも……」

 

 レイドの中で、シエルは不思議ちゃんという属性に位置付けられていた。その為、言っても無駄だと口をモゴモゴと動かすにとどまったのだが──彼女はどこかを指差した。

 それは早苗だった。何かを抱えてトコトコと伊織女史に近付くと、服をはだけさせる。

 

「え、なにを……」

 

「回復薬」

 

「回復?」

 

「肩、治すんでしょ」

 

「…………あ、ああ〜!」

 

 何度も大きく頷いた。だから彼女は少し急いでいたのかと。

 

「な、なーんだ……良かったあ……」

 

 レイトは安心してその場に座り込んだ。まさか彼女をあのまま放置しないよな、仮にするなら自分はどうすれば良いんだろうと不安になっていたのだ。

 

「早く立って、練習」

 

「あ、うん……よいしょ」

 

「私たちも早く、あの程度にはならなきゃ」

 

「あの程度って……達人だよ?」

 

「出来なきゃ死ぬだけ」

 

 その言葉を聞いた途端、足がすくむような感覚に陥った。

 

「…………そうなの、かな」

 

 死。

 ひとりぼっち。

 

「うぅっ……」

 

 ゾワっと、身慄いを一つ。あの時の記憶が鮮明に蘇りそうになって、目をギュッと瞑った。

 振り回されて、何だかよくわからない事になって、心の奥に押し込められていた恐怖が表出しかけていた。彼は未だに、あの時の感覚に抗えるほど強くは無い。

 ──フワリと、暖かいものが広がった。

 

「…………?」

 

「──レイト」

 

「……う、うわあっ!」

 

 至近距離にとても綺麗な顔があった。目を瞑っている間におでこを合わせていたらしい。

 

「あらあら」

 

「お盛んね」

 

 周囲からはそんな野次馬の声が聞こえてくるが、レイトはそれどころでは無かった。

 シエルの顔は、控えめに言ってとても整っている。

 長いまつ毛、細い眉、やや小さめの口にぱっちりと開いた目。瞳の色は緑で、肌は透き通るような白、薄い金色の髪が肩ほどでフワリとカールしていた。そして、髪から尖った耳がニョキッと横に突き出ているのはチャームポイントですらある。

 見目麗しい女の子が物理的に間近にいて、真顔でいられるほどレイトは枯れていない。それがたとえ、嫌な記憶を思い出しそうになった直後だとしても。

 

「なっ、どっ、どうしたのっ!?」

 

「苦しそうだったから」

 

「あっ……そ、そういうね……ありがとう」

 

「早く構えて」

 

「う、うん」

 

 ドギマギしながらも、今は稽古の時間だと周囲を見て気を張り直す。それでもモヤモヤと浮かんでくるのは、あの下着姿と先ほどの綺麗な顔。

 

「…………えいっ! えいっ!」

 

「おっ、元気いいな! えいっ! えいっ!」

 

 振り切るように、声を張り上げて素振りをし始めた。

 

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

  • いる
  • いらない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。