【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「…………」
正確な時間はわからないが、端末が狂っていなければ2日ぐらいはこのダンジョンにいるはずだ。それも、目が覚めてからの時間なので実際はどれくらいいるかわからない。そうなると……なにが問題になるか、分かるだろう。
「飯が……無い……」
既に、荷物の中に入っていた食料は食い終えた。普通は、モンスターを狩って食えばいい。独特な味で、正味なところ普通の食事のほうが美味しい。しかし、食べられるのであれば食べる。それが鉄則だ。
いつもであれば。
彼が今いるここには、彼よりも弱いモンスターは存在しない。少なくとも彼は見ていない。現れたモンスターも、食べられそうではなかった。先ほどのワームなんか、食べたら絶対にお腹壊すという予感があった。
「せめて水〜、水をくれ〜」
意外と、地下水は豊富にある。これまでにもダンジョン内で地下水が沸いている事はあった。運悪く出会えていないだけだろうと、アキヒロは希望的観測を持った。不確かな情報に惑わされないことは大事だが、希望を持つことも大事である。助からないと思って行動していたら、助かるものも助からない。過去、深山吹雪を救出した際にもそのマインドは活きた。
諦めなければいつかは。
そう思えばこそ、意識を保つことができるのだから。
「──?」
加賀美明宏は敏感では無い。
特別耳が良いとかそういう異能は無いし、予知能力を持っていることも無い。なんなら疲れている。
それでも、何かを感じ取った。
「なにかが……なんだ……?」
振り返り、自身が通り過ぎてきた道をジッと見る。近くは明るくても、奥に広がるのは暗闇。もし、この奥からマトモな戦闘能力を持った深層のモンスターがやってきたならば。
それは死を意味する。
「…………」
緊張の中、目を凝らす。今からやってくる存在の一挙一動を見極め、少しでも長生き延びるため。
「…………へ?」
そして現れた、予感の正体。
先ほど通ってきた方からやってきたそれは……もう、紛れもなかった。
「──まっくろくろすけ!?」
秋川家で駆除を頼まれているクソ雑魚モンスター。何故かそれが通路にみっちみちに詰まりながらやってきた。
「おっ……」
驚いている間に追いつかれた。足を掬われ、その流れの先頭に尻を乗っける。途端に、彼の背中をモゾモゾとした感触が覆う。気味の悪さに叫んだ。
「のおおおお!?」
なすすべなく、通路をどんどんと。ウォータースライダーのように押し流されて行った。
──────
商工会第235支部。
少ない職員たちが慌ただしく駆け回る。
その中には、明宏に越生アンダーの説明を行った山市一夫(ヤマイチカズオ)もいた。御歳50歳、この支部においては最年長──というか、現在の暦であるAC(After Crustal deformation)に至ってから世界の半分を生きてきた男だ。そんな彼は、自分が比較的落ち着いていると思っていた。
「なんですかこれ!」
「わからない……私も初めて見る現象だ」
全く見覚えのない現象。しかし、この世界では時としてそういう事が起こり得る。想定していたものとは全く違う結果が、全く想定していないタイミングに起こる。そして探索者とは、そんな時のためにいた。
本部へと向けて通信をかけようと受話器を手に取った。ボタンを一つ。
「…………?」
しかし、いつまで経ってもかからない。
確かに作動はしているのに、呼び出し音も何も聞こえない。念の為に緊急用の通信ボタンを何度押しても、状況は変わらない。
「…………」
受話器を静かに置く。心臓が早鐘を打っていた。しかし焦りを見せれば、周囲の職員も恐慌状態に陥る可能性がある。それはよくない結果を生むことにつながりかねない。商工会の中でも殊更に彼は、落ち着き払った姿を見せなければならないのだ。
言うなれば、長老ポジション。
場の誰もが彼の一挙一動に注視していた。
支部長が急いで駆け寄ってくる。
名は細波雅(サザナミミヤビ)
彼女は今年で35歳。
本部で上司と不倫して飛ばされてきた。エリート街道まっしぐらだったというのに、一つのミスで人間はこうなるのだ。
「山市さん! これは一体なんですか!」
少し高飛車なところがあるが、一夫はそれに対して落ち着いて答えた。
「支部長、原因は現在究明中です」
「早くしないと、市民が大挙してやってきますよ!?」
「それも理解しています。ただ、我々の第一指針としては──原因の収束に動かなければ」
「では、あの空に見覚えは?」
「いいえ、全く」
「記録は?」
「無いです」
「ちっ……これだからサンプルの収集が甘い田舎は……」
「空の観察は今もアランくんが継続中なので、それをもって報告します」
「早く対策本部を立ち上げなければ──」
背を向けた雅がその場から席に戻ろうとした時のことだった。一つの声が彼らの耳に入った。
「なんだこれ……!? の、濃度計が……狂ってる!」
「…………っ!」
一夫はそれを聞いて、背筋を上り詰める予感に身を震わせた。
魔素濃度を測るために置いてある濃度計。正式名を長渕式魔素濃度計測器という。数ある濃度計の中で、今のところは最もブレが少なくて確からしいという事で商工会にも採用されている。彼らにとっては湿度計くらい見慣れたものだ。
基本的には──今日はちょっと濃いな、今日はちょっと薄いな、と話のタネにする程度の意味しか持たない。
では……基本を外れた場合は?
「見せろ!」
一夫は駆け寄る。濃度計を自身の目で確かめるために。見ていた職員を退かし、引っ掴んだ。
そして、わなわなと唇を振るわせる。
「……振り切れている!? ────支部長!!」
先ほどまでの落ち着きはどうしたのか、大声で雅を呼びつける。
「なんですか? 計器が振り切れるなんて、偶にあることじゃないですか。リヴァイアサンが現れたらなりま──」
「──非常事態宣言を!」
全ての説明をすっ飛ばして、一夫は彼女に詰め寄った。その目は血走っている。職員や、訪れた探索者は少しずつざわめきを大きくし始めた。あの、好々爺然とした山市おじさんが騒いでる。気でも触れたのか、アルコールが切れたのか。それとも、相当にまずいのか。
特級職務発令が探索者に対してのモノなのであれば、非常事態宣言は人民に対してのモノだ。
非常事態宣言を発令する意味。
それは、セクター内の全ての人間が商工会の管理下に置かれることを意味する。そうなれば、人々は商工会の指示通りに動かなければならない。社会通念上は道理の通らないことだとしても。
「支部長!」
落ち着かなければと自分自身に言い聞かせていた彼の心中は、焦りと恐怖で埋め尽くされていた。彼が子供の頃はまだ、それなりに見られた現象。文明を奪われた人類が文明を取り戻すために最も苦しんでいた──インターネットの便利さを知りながらも不可能だった世界。
商工会が立ち上がるよりも前、蒼連会(ソウレンカイ)という組織が牛耳っていた時期の話。セクターは無く、一夫もまだ子供だった。住んでいたのは山野辺村という小さな集落。
隣町からの連絡が途絶え、見に行った親戚も戻ってこなかった。
親と一緒に。少し離れた丘からその村を見て、泣き叫んだ。
『一夫! 逃げるぞ!』
このタイミングで、あの時の光景が何度も思い出される。
それに、確たる証拠もあった。魔素の濃度計が振り切れている。つまり、現在進行しているナニカによって魔素がこのセクターに振り撒かれているのだ。
「非常事態宣言を発令しろ! 街の住民を全員、今すぐセクター外に避難させるんだ!」
「な、何を言ってるんですか!? そんなことできるわけがないでしょう!?」
「できるかどうかなんて聞いてない! やれ! お前は支部長だ!」
もはや、職員としての体裁すらほぼ捨てていた。棒立ちで、気が狂った物を見る目しか向けない支部長。
彼女を捨て置き、サイレンに手を掛ける。
「な、なにをしてるんですか!?」
「これくらいはしなければ……ここに勤めている意味が無い!」
「や、やめろ! これは正式な命令です!」
「…………!」
非常事態宣言を発令するのはあくまで支部長だ。だが、それをせずとも人々に事態を知らせる事はできる。
一夫は支部長から目を逸らさず、サイレンのスイッチを入れた。
聞くものを不快にさせる響き。それが第235セクターに響き渡っていく。
その場に立つ職員たちは一言も発さず、動かず。睨み合う支部長と一夫を見つめていた。
「……正気ですか、山市さん」
「私は正気だ、これ以上無くな」
「せめて理由を」
「……ダンジョン化だ」
「──まさか!? そんなのが現代で……」
しかし、雅はそこで空を見上げる。
指を差し、彼に問うた。
「初めてだと言いましたね?」
「はい、こんなのは初めてです」
「ならば……何故?」
「初めてだからだ」
「?」
「こればかりはあなたたちには分からないだろうが……」
説明できない感覚にほぞを噛む。若造どもが……と湧いてくる老害魂に蓋をして、商工会を出て行こうとする。
「……どこへ?」
「挨拶回り、ですよ」
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない