【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「だああい!」
さああああ、と地面を数十m滑っていくアキヒロの身体。その音の大半は外套が出している。新しく手に入れたレイスの素材におんぶに抱っこの赤ちゃん探索者はここです。
はてさて、彼が最終的に辿り着いたのは珍妙な空間だった。これまでの道で珍妙じゃない場所の方が少なかったが、彼にとっては少なくともここの方がよほど奇妙に思えたのだ。
「…………」
背中で滑っていた彼がまず見たもの。
見上げたところにある空。
快晴ではなくとも、雲が流れゆく青空。遥か地下深くにやってきたはずなのにこれはどういうことだと顔を顰める。しかし、背負った荷物が背中を押し上げている。体操のブリッジのような体勢でこんな場所にいるのはあまりにもお気楽がすぎる。
「ててて……」
荷物を肩から下ろし、ゆっくりと起き上がる。
磨き上げられた岩盤は、空を完璧に反射している。あまりの美しさに、今、自分がどこにいるかというのを一瞬だけ見失わせた。さながらウユニ塩湖だ。
──一度たりとも、実際に行ったことはない。
「──それで?」
そして……目の前へと視線を向ける。
「お前は誰だ?」
こんな場所にやってきた彼を待ち受けていた、明らかに異常な存在を見る。
『もー! アキヒロくん、何言ってるの? 私だよ!』
そいつは早苗のように腰に手を当てて、早苗のように幼気な笑みを見せる。
「だから……誰だてめえは」
『あれ? ……あ、そうか! ──アキヒロ! よくここまできたな!』
まるで日向のように、快活に笑う。
『ほら、早くこっちこいよ』
日向と全く同じ、少しだけ恥じたような動作で彼を誘う。自らの欲望を前面に押し出すのが下手くそなあの姉妹らしい所作だ。
『おい……ったく……いつまでも転んでんじゃねえよ』
日向と全く同じ歩き方。口調は荒くとも人を気遣うことができる彼女らしい、不器用な優しさに溢れた言葉。
──そして、紛れもない日向の容姿。
「だからさあ……誰だって聞いてるんだけど、会話できねえのか?」
そして、一糸纏わぬ姿。
普段から鍛錬に時間を費やしている日向の肢体は、引き締まっている。しかし、女性らしい丸みは全くもって失っておらず──豊満な胸が彼の目の前に露わになっていた。彼女のうなじも、腹部も、臀部も、鼠蹊部ですらも。
男であればむしゃぶりつかずにはいられない、均整の取れたプロポーション。しかし、それを前にしても彼の目は険しいままだった。
『なんだよ、もう…………ノリ悪いなあ、アキヒロくん』
「あいつの姿を取れば俺が襲うとでも思ったか?」
『いやいや、襲いそうだったよね? すごい興奮してたじゃん』
「…………あの時か」
あの時点で、すでに目をつけられていた。
一体どこから──などという低レベルな疑問は抱く意味がない。こんな場所からダンジョンの上層まで影響を及ぼせる超級の存在だ。おそらくここは、このダンジョンの最下層。そこに鎮座しているというこのモンスターは、相手の記憶を読み、模倣することが可能なのか。
しかし──
「何のために……?」
模倣して何になるのか。
『何のためにって……ああ、ダメ。やっぱり気持ち悪い』
「!」
その場から飛び退る。
15m、彼が一息に飛んだ距離だ。
聞くだけで背筋がピリつくような──あまりにも無機質で、感情の色が感じられなかった。無意識のうちに武器を構え、全力を出してしまうほどには。
日向の姿をしたナニカは、薄い笑みを浮かべた。
あまりにも妖艶で、蠱惑的。明宏は目を細めた。
「……その顔をやめろ」
『なんでえ?』
彼の中の全細胞が叫んでいる。こいつを今すぐ殺せ、と。そうでなければ無惨な末路を迎えるのはお前であり、想いも願いも永遠の果てに追いやられるんだぞ、と。それでもあえて言及したのは、目の前の日向? が取っている姿への否定。
「アイツはそんな顔で笑わない」
『──へえ?』
空が暗くなり、満月が生じた。逆光で覆い隠されたナニカの顔に浮かぶのは、三日月のように歪んだ口のみ。
「アイツは裸で俺に迫ってこない」
『そうかなあ』
頬に指を当て、ゆっくりと歩き出す。彼に近付き、今の自分の姿を見せつけるのは──彼の言葉を否定し、虚栄の現実を見せつけるためか。
「……」
一発。
日向の姿をした誰かの耳元を掠めた空気弾。
傷は無い。そもそも、傷をつけられると思っての発砲では無いのだから。
決意。
それ以上、彼女の姿を侮辱するようならば──
『──かわいいね』
「…………!」
すぐ背後。
移動したとすら──いいや、目の前には確かに日向? が今もいる。
「…………」
『アキヒロくん、ここで一緒に暮らそう?』
この時点で、彼の中で相手の正体は二つに絞られた。
日向を視界に入れつつ、ゆっくりと移動する。認識できない速度か、あるいは隠密状態を維持できる相手に急いでも無駄。冷や汗を垂らしながら視界に入れた、二体目の魑魅魍魎。
「──早苗ちゃんまで……」
この世で最も明るく、太陽のようだとすら思っている友人。山田早苗がそこにいた。妹と同じく、一つとして身に纏っているものは無い。
『私、アキヒロくんが一緒にいてくれるならなんでもするよ?』
「…………」
ピクリとも動かぬアキヒロに、早苗? はなおも言い募る。
『アキヒロくんがしたいなら……エッチな事だって……いい、よ?』
「…………」
少しだけ恥ずかしそうに、そんな事を言う。
ギギギ、と何かが鳴った。
『日向ちゃんと二人で──』
「…………!」
早苗? の額に突きつけられた銃。アキヒロは、顔を歪めていた。鳴っていたのは、彼の奥歯だった。
『アキヒロくん……』
『アキヒロ…………私も、あんまり分からないけど頑張るからさ……ダメ、か……?』
「テメェら……」
男は吠えた。
「ドッペルゲンガーかサキュバスか……どっちか知らねえが、ムカつくんだよ!」
『……へ?』
『サキュバス?』
姉妹の声が重なった。口を半分ほど開き、本当に呆気に取られたような表情をしている。アキヒロは武器を突きつけたまま、険をさらに深めた。
「とぼけやがって……お父さんは二人が外でそんな格好するの許した事ありませんよ!」
『──クスクス』
『──フフフ』
「さっさと失せろ」
二人は、心底おかしな事を聞いたと笑っていた。
しかし、その笑いの本質は嘲り。愚かで無知な人の子が素っ頓狂な事を言い出したものだから、おかしくて笑ってしまったのだ。
やがて、小馬鹿にしたような笑いは鳴りをひそめると、瞳の端に笑い涙を浮かべた早苗が口を開いた。
『あーあ、せっかく気持ち良い夢の中で終わらせてあげようと思ったのに……』
「はあ?」
『私は慈悲深いから。誘いに乗ってくれば…………女の子の身体で溺れさせてから幸せに終わらせてあげようとしてたんだよ?』
「余計なお世話だ、クソビッチが」
『フフフ、童貞には分からないよね……女の子の身体の気持ちよさはさ』
「へっ、能力がなきゃセックスもできねえ恋愛弱者がほざいてんなあ」
『…………』
「…………!」
圧力。確かに今、目の前の姉妹から何かが放たれた。こうしている今も吹き荒れるそれは──探索者である明宏でさえ、地面に片手をつかなければ吹き飛ばされてしまいそうな猛烈な圧力だ。彼の顔に強く打ち付ける風──手をかざして顔を守る。
「本性……表しやがったな!」
早苗が口を開いた。
『私をさ……サキュバスなんて低俗な存在と間違えることもそうだし……無礼で野蛮で失礼で不躾で非礼でデリカシーがなくて無作法で非常識な言葉で話しかけてくることもそうけど……お前みたいなクズが目の前で生きていられるだけでも奇跡なんだよね…………そこんところ、わかってる?』
「知るか!」
『知らないよね! だって、存在する価値のないゴミにそんな知恵なんて無いんだから!!』
「…………存在する価値のないゴミ……か……」
なぜか。今の今まで貶しあい、口撃を交わしていたアキヒロは穏やかな表情に変じた。自分が言われた事を反芻しているかのように顎に手を当てる。
『気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い! 気持ち悪い!! ──ああ、アキヒロくんは何でこんなに気持ち悪いの!?』
目の前でクルクルと踊る早苗。日向は先ほどの振る舞いが嘘かのように、薄気味悪い笑みを浮かべて直立している。
「…………違うって分かってても、早苗ちゃんに言われるのは心に来るぜ」
『そのまま死んでくれたら良いのに! ……ああそうだ! その剣で自分の首を掻っ切ってよ! そうすれば少しはこのムカつきが収まるかも!』
「悪いな、俺にはもう少しやりたいことがあるんだ」
『知らない! 関係ない! 虫唾が走る!』
「そんなこと言われても……」
子供のような体で、子供のように駄々をこねる早苗?
そんな風体を見せられると、どうにも毒気を抜かれるのが加賀美明宏という男だった。
ガシガシと頭を掻くと、しかめ面のままに尋ねる。
「何がそんなに気に入らないんだ?」
それは、心底からの疑問だった。先ほどからこの早苗(仮)は、彼のことをゴミだとか無礼だとか、悪し様に言い付けている。しかし、彼としてはそんなことを言われる筋合いはない。
『私の思う通りにならないところ、全部が嫌い!』
「だから死ねって?」
『そう! 今だって──こんなにぶつけてるのに!』
ブワッと、さらに巻き起こる風。しゃがみ込んだアキヒロの身体を巻き上げようと強く吹き上げる。岩盤へと、魔剣を何とか突き立てて耐えようと──そこで気付く。
「こいつ……進化している……?」
確かに感じる、相棒からの脈動。この階層では役に立っているようで立っていなかった武器。何故か、土壇場でその姿を変えようとしていた。
それだけではない。
「──くっ!」
身に付けているミスリルの鎧。本来は薄い緑だったはずのそれが真っ白に染まり、メキメキと禍々しく変じていく。布製の服と大差ない防御力しか持たぬはずのソレが、何に変わるのか。
「なんだこれは……まさか、あの風は魔素の!?」
半透明だったはずが、絵様のように白い脈が走る魔剣の薄刃。まるで、カビか何かに侵食されているのではないかという光景。しかし、武器防具が変化を起こすほどの魔素を一度に浴びれば、彼とて無事ではいられない筈。
どんなカラクリかと、叫ぶ。
「なんなんだ! お前は!」
『察しが悪いなあ、アキヒロくん!』
「ちっ!」
服はなにゆえかボロボロと崩れていく。
嗤う早苗が何者か、明宏には全く思いつくことが出来なかった。
『──はああ…………もう良いよ、どうせ効かないんでしょ?』
風は止んだ。即座に立ち上がった明宏は、油断なく二人の周囲を周る。しかし、そんなのはどうでも良いと早苗? は肩をすくめた。
『肉体はあるんだから……これなら効くでしょ?』
「なんの話だ!」
『──分からない?』
「…………っ!?」
周囲の空間が切り替わった。
そこは山田家の庭。そして…………鳴人と日奈子が縁側で酒盛りをしていた。早苗は子供達──同世代だろうか──と一緒に楽しそうに駆け回っている。
「なんだ……これは……」
困惑に顔を動かす明宏は、自らの口元がぬるっとした感触に覆われたことに気付いた。触れると、液体。
付着したものは、赤い。
「血…………ぐっ!?」
自らの肉体。
自慢の肉体。
鍛え、レベルを上げてきた肉体。
よろめいた。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない