【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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55_こちら第一セクター 第一区画 1-1 商工会本部 探索部調査室

 

 扉を開いて男が中に入ってきた。見知った顔、この部屋に入ってくるのは何もおかしなことでは無い。しかし彼の言葉を聞き、手が止まる。

 

「ダンジョン化……」

 

 手を止めた女──九条手鞠(クジョウテマリ)が呟く。

 メガネに手を当て、さも不思議だと言わんばかりの顔で尋ねた。

 

「それは確かなのですか?」

 

「はい。第235セクター支部長によれば濃度計が振り切れていたと」

 

「偶々では? その程度の事はここでもあるでしょう」

 

 第1セクター 第一区画 1-1 商工会本部

 蒼連郷を統治する商工会の本拠地──実質的な国体運営の場であり、リヴァイアサンに対抗する為の基地だ。

 そして彼女は探索部 調査室の室長──各セクターで魔素やモンスター、ダンジョンに関連して起こった出来事が集積してくる部門の長だ。

 そんな彼女からすれば、濃度計が振り切れた程度で驚く方が難しい。

 最も簡単な例を挙げれば、リヴァイアサン出現時は一気に魔素の濃度が上がり、当然のように濃度計が振り切れる。

 

 しかし、やってきた男はあくまで報告の姿勢を崩さない。

 

「他には、現地の職員が半狂乱になって支部を飛び出していったと」

 

「だからなんですか?」

 

「その職員がダンジョン化だと断言したそうなのですが……どうやら、過去にダンジョン化を体験していたそうです」

 

「だから……それがなんですか?」

 

 彼女は、少しだけ苛立ちをあらわにした。

 今の会話で得られた情報のなんと薄いことか。せめてきちんとした資料を作ってから報告に来るべきだろう。

 濃度計が振り切れていただとか、昔ダンジョン化を経験しただとか、それが今回の件とどう繋がるというのだ。

 定量的かつ明確な根拠も無しにダンジョン化の話を持ち出すのは愚の骨頂であり、仮に市井にこの話が漏れでもしてみろ。商工会は何をやっているのかと批判の的になるし、そうでなくても混乱が広がる。

 この時代にダンジョン化が起きるというのは、完全な管理不足でしかあり得ないのだ。

 少なくとも彼女はそう考えていた。

 

「仮にも副室長が、その程度の与太話をしにここに来たわけでは無いと信じて良いですかね?」

 

「もちろん」

 

「ならば、さっさと根拠を話してもらっても?」

 

 青髪をなでつけた男の名は高峰レオ(タカミネレオ)。

 彼女が今よりも更に若かった頃に西の部族の領地に踏み入ってしまった事がある。囲まれ、あわやというところで彼が出て来たのがきっかけだ。

 レオは極めて優秀ながら、彼女や周りの人間を試すようなところがある。個人としてはともかく、組織に属する人間として接する時はとても苦手だった。

 その瞳はまるで『お前は、俺が従うに値する人間か?』と問いかけられているような気分にさせられる。

 そして、男は口を開いた。

 

「緑色の風が吹いた、と」

 

「!」

 

「黒い大気がセクターを覆い尽くし、ダンジョンを突き崩して巨大なモンスターが現れたことも確認されています」

 

「そう、ですか……住民の安否は?」

 

「ダンジョン化の影響が顕著に現れるより前に避難自体は完了していたようです」

 

「…………」

 

 例の職員とやらは、気が触れたわけではなかったか。

 

「既に街は壊滅したという事ですか?」

 

 グリーンウィンド、ダンジョンの活性化による強制的なスタンピード、謎の黒、そんな事になれば、街があったという痕跡が残るか保証は無い。せいぜい、跡地が残るくらいだろうか。

 

「いいえ、沈静化しました」

 

「…………はい?」

 

 ダンジョン化とは不可逆の事象である。それが一般常識であり、商工会としても現実的な回答だ。

 

 ダンジョン化を防ぎ、人類の居住地を維持する為。商工会はダンジョンになってしまった土地の調査をしている。過去、幾度となく起こったダンジョン化。その報告書というのは場所、季節、当時の居住人数などができる限り細かくまとめられている。

 

 彼女も全ての報告書に目を通したわけではない。他にも仕事があるし、仮に報告書を読もうと思ったら地下書庫から資料を持ってきてもらわなければならないからだ。

 彼女自身が数人いない限りは無理である。

 

 だが、それでも読んだ中ではいずれも壊滅的な被害報告と、闊歩するモンスターの姿について触れていた。モンスターの中には人間が変質した存在もおり、極めて危険度が高いことが記されている。

 特に、先ほど男が発言した緑色の風や黒い大気。生き残りたちの証言からこれらが確認されているようなセクターの場合、内部の状況を確認することがまず困難である。そのせいで報告書の密度というものが他に比べると一段落ちていることが多い。

 

 そして──

 

「沈静化など……あり得るのですか?」

 

 彼女が現職に着いてからは起きたことがないが、これまで商工会はダンジョン化という災害に対して対処というものをしたことがない。魔素が集まらないように各セクターの人数や濃度管理をしてはいるものの、起こってからは何もすることができなかった。

 第一級探索者を投入して、発生したモンスターを討伐する事はできた。しかし事象直後のダンジョンは魔素が濃すぎるためか、第一級探索者ですら発狂死するか肉体が耐え切れずにモンスターになるか、肉塊に成り果てるかのどれかだったのだ。当然、彼らも死ぬとわかって業務を請け負うほど商工会に忠誠を誓ってなどいないので、今は誰に要請したところで拒まれるだけだ。

 

「これは異なことを」

 

 男は、ニヤリと笑った。

 彼女の背筋に冷たいものが走る。

 

「答えは知っているでしょう?」

 

 手に持ったバインダーをパンパンと叩く。

 

「そう、あり得ないのですよ」

 

「…………」

 

「ダンジョン化とは、我ら人類の情念により引き起こされる、魔素の嵐のようなもの。抗うことはできないし、無かったことにするなど以ての外──そのはずだ」

 

「……はあ」

 

 始まった──とため息を吐いた。

 

「何故沈静化する? ──感情が無くなったのか? 魔素が無くなったのか? そういう魔道具を用いたか!? 理由はともあれ、これは調べなければならない! 何せ我々は未だ、魔素について何も知らないのだから! 肉体に変化を齎す、武器が成長する…………そんなのは結果に過ぎない!」

 

 まるで詩を吟じているかのようだった。目の前にいる上司のことなど気にせず、いつもは細い瞳が見開かれる。

 知らず浮かんだ笑み。

 

「カナデ! 調査に行こう! 我々がここにいるのはその為だ! ダンジョン化とは不可逆ではなく、戻す可能性のある事象だった! ならば、今はダンジョンである土地も元に戻せるのかもしれない!」

 

「…………希望的観測を口に出さないでください」

 

「希望的観測? ──希望、結構! 観測、結構! 少しでも国体を延命する力があるならば追い求めるのが統治者の義務だ!」

 

「国ではありません」

 

「そうだな! そうだったな!」

 

「……そもそも、私たちは軽々しく現場に出られる立場にありません。調査に行くなどと軽はずみに口に出さないで下さい」

 

「ならば、以前のように二人で行こうじゃ無いか! 商工会も立場も捨てて! 楽しい旅の始まりだ! なあに、人は掃いて捨てるほどいる。俺たちがいようがいまいが、誰かがその役割をこなすだけだ!」

 

「っ…………バカ」

 

「──では、どうします?」

 

 先ほどまでの興奮はなんだったのか。ピタリと止まった男は、直立の姿勢で問いを投げかけた。

 

「調査隊を派遣しますか?」

 

「……そうですね、そうして下さい」

 

「今回に限っては人選は事後報告になります。何よりもサンプルの調査が先ですから。安全とはいえ、早くしなければ何かが変わってしまうやも知れない」

 

「…………わかりました」

 

 自分がこう答えることも想定して、すでに調査隊は出発させてあるのだろう。抜け目のない事だ。

 そもそも彼の報告が本当ならば、商工会としてそれを放置出来る筈も無い。ダンジョン化だけでさえ何かしらの動きを取る必要があるのに、それが沈静化したとなれば何を迷う事があるのか、ということだ。

 

「では失礼します」

 

「はい」

 

 踵を返して出て行く。

 辞室以外の言葉は無く、彼女も先ほどまで行っていた作業に戻ろうと下へ視線を戻した。

 

「…………」

 

 しかし、文字がまるで頭に入ってこなかった。

 

「ふう……」

 

 資料を閉じ、紅茶を淹れる。

 一口飲もうとしたところで──

 

『室長、いらっしゃいますでしょうか』

 

「…………どうぞ」

 

 ひと息つく暇すらなかった。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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