【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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58_故に、人と出会う

 

 加賀美さんは鞘に収まっていたナイフを取り出した。握り込むと半透明の刃が見えるようになる。

 綺麗で不思議な武器。白い脈が走っている以外はいつも通りのはずだった。

 

「……っ!?」

 

 良く見ると、仄かに黒くゆらめくナニカが、剣にまとわりついている。そこから放たれるのは黒い光。目を良くこらさなければ見えないほど微かなそれを見て、身体が硬直した。

 

「──素晴らしい」

 

「か、加賀美さん……?」

 

「そうか、こうなるのか」

 

 ウットリと魔剣を見つめる。元々薄く、向こう側が透けて見えていた刃が、より薄くなっているような気がした。

 

「この為だったんだな」

 

「あっ…………」

 

 軽く振ると、黒いナニカが大気にゆらめく。松明を持っているような気軽さ。だけど…………あまりにも恐ろしかった。何故なら──空を覆い尽くした黒と全く同じ色だったんだ。

 

「これで、先へ進むための道が見えた」

 

 何を言っているんだ。

 何でそんなに楽しそうなんだ。

 ──その光が何を齎したか、知らないから? 

 あの光景を知らないから? 

 緑色の風、黒い空、そして──紛れもないドラゴン。あれを見てないからか。

 加賀美さんは薄く笑いを浮かべながら剣を振っていた。

 早苗さんや伊織さんが使うような流麗な型とは違う。荒々しさを内包したそれは、紛れもなく加賀美さんが自分で鍛え上げた剣術だった。

 

「しっ!」

 

 腰溜めから抜いた居合いは勢いそのまま、竜巻のように幾度も切り上げる。黒も、その動きに追従して空中を巻き上がった。

 

「──はあっ!」

 

 最高点で体を切り返し、地面に落ちる寸前で速度を乗せた振り下ろしを放つ。ぶわりと広がった風は前髪まで届いた。

 立ち上がり、魔剣の刃を消すとただのナイフに戻る。

 笑顔だった。

 強い眼差しがそのまま、獣のように口が吊り上がっている。

 

「あ、あの……?」

 

「──ああ、ちょっとテンションがあがっちゃってな」

 

「テンション……」

 

 その言葉自体はわからないでもない。自分の武器や防具が強くなったなら、より安全になるし強い敵を倒せるだろう。

 だけど……あまりにも先ほどの様子から切り替わり過ぎていた。なにやら自責していた様子だったのに。持って来たナイフを手に取って、魔剣を顕現させた途端に顔色を変えた。

 

 ──恐ろしい。

 

 初めて、加賀美さんに対してそう思った。良くわからない人だと思うことはあっても、こんな風に思うことは無かったのに。

 あの悍ましい黒…………見るだけで呪われるような、心が冷え切るような荒んだ黒。それに対して加賀美さんは何も感じないどころか喜んでいた。

 きっと知らないからだ。まるで世界が終わってしまうんじゃないかと思わされるようなあの光景を。

 そうじゃなきゃこんな顔できない。

 そうじゃなきゃ──

 

「──うわっ」

 

「ごめんな、はしゃぎすぎた」

 

 頭に乗った手。

 僕の手よりもずっと大きくて力強い。

 触れた部分から、仄かな熱が伝わってくる。

 ガシガシと雑に動かされて、声が漏れる。

 

「わっ、わっ」

 

「これは後回しにしよう」

 

 ナイフを鞘にしまうと、もう、先ほどのような雰囲気は微塵も残っていなかった。まるで、あのナイフがそのまま彼の攻撃性なんじゃないかってほどに。

 いつもの柔らかい笑みを浮かべている。

 

「そろそろ戻ってみても良いかもしれない、一旦中に入ろうか」

 

 リビングに戻ると山田家の三人が一方のソファーに座り、コマちゃんはもう一つのソファーの上でのけぞっていた。1匹で占有状態だ。

 

「っ!」

 

「加賀美さん!?」

 

 それを目撃した加賀美さんが駆け出すと、コマちゃんのお腹に顔を突っ込んだ。

 

「ふぅぅぅぅううう!」

 

 そして…………息を思いっきり吹いた。

 

「ぐぁるるるるるるる!!!」

 

「うわあごめんなさい!」

 

 飛び起きたコマちゃんは加賀美さんを両の前脚で何度も踏み付ける。とんでもなく怒っていた。

 スコティッシュテリアの姿じゃなくて神様の姿でやっているのだから、相当だろう。そして加賀美さんは、自分からやり始めたくせに体を丸めて防御の体勢を取っていた。

 ……何がしたかったの? 

 

「がうっ! わうっ!」

 

「ゆるちてええええ!」

 

「わんっ! わんっ!」

 

「出来心なんです!」

 

「がるるあああっ!」

 

「綺麗なお腹が見えてたから仕方ないじゃん! やりたくなっちゃうじゃん!」

 

「ぐわうっ!」

 

 コマちゃん──神様を何とか宥めた。だけど、その後もしばらくは後ろ脚でゲシゲシと蹴られているのは流石に自業自得すぎて助けられなかった。どうやら神様は、お腹に息を吹きかけられるのが好きじゃないみたいだ。

 ……想像してみたら、僕も嫌だな。

 そんなことされて嬉しい人は多分いないだろうね。

 

「明宏……お前、馬鹿だろ」

 

 シンプルな罵倒。

 だけど、早苗さん達も首を縦に振っていた。僕も流石に同意せざるを得ない。

 なお、加賀美さんは正座をしたまま悔しそうに言い訳をし始めた。

 

「あんなお腹を見せられたらやるしかないじゃん……」

 

「…………」

 

 日向さんは、なんというか極寒の眼差しだった。まあうん……目の前であれを見せられた時の気持ちは、僕もわかる。

 加賀美さんは恩人だし凄い人だけど──これは無いよ。

 さっきの恐ろしい様子から一転して、いきなり目の前で頭おかしくなられると呆気に取られて何もできないんだ。

 

「本当に……直しな?」

 

 ものすごく真面目なトーンだった。

 早苗さんも頷いていたし、神様も──あ、コマちゃんに戻ってた。コマちゃんは舌打ちしそうな勢いで横目で睨んでる。

 

「善処します」

 

「善処じゃねえよ! 直せよ! お前……命知らずだな!?」

 

「大袈裟過ぎだろ」

 

「おまっ…………はぁ……そりゃ飼い犬だもんな」

 

 僕たちは知っているけど、加賀美さんは知らないこと。

 コマちゃんは確かに加賀美さんの飼い犬だけど、同時に神様でもある。それも、ダンジョン化をほぼ全て無かったことにする程のすごい神様。僕も最後までついて行ったわけじゃ無いから途中経過は知らないけど……でも、コマちゃんがあれを止めたんだってことは言われなくてもわかる。

 

「姉ちゃん、こいつ何とかして……」

 

「無理でしょ」

 

「くそっ、ロイス達が全員揃ってれば……」

 

 知らぬは飼い主のみ。自分のそばにいる可愛い飼い犬が神様であるだなんて、微塵も思っていないに違いない。違いないというか、知っててあの振る舞いをしているなら本当に命知らずと表現する他ない。

 だけど、ロイスって誰? 

 

「せめて深山(ミヤマ)だけでも……」

 

「あいつ今、結構忙しいっぽいぞ」

 

「何で知ってんだよ!」

 

「だって連絡はしてるし」

 

「ちっ……」

 

 どうやら、同級生らしい会話をしているようだった。僕は学校って行ったことがあんまり無いから、ちょっとだけ羨ましい。こんな風に友達と楽しく話すことが……もしかしたらあったのかもな。

 だけど──仮定の話だ。

 

「とりあえず、私たちがいるところでは禁止だからな!」

 

「ふぅーん!」

 

「私たちがいないところでも禁止だ! ……ったく」

 

「ッタク……シャアネエナ、ワタシガイテヤンネエトw」

 

「んだこら!」

 

「なんでもないです」

 

 なんだかんだで二人は戯れあっているようだった。世間一般でいう男女の仲良さとは少し違う。むしろ、男同士のそれに近いような性質を含んだそれは、しかし確かな友情を周囲に振り撒いていた。

 ……世間一般と言っても、僕の実体験上の話でしかないけどね。

 

 

 ──────

 

 

 シエルちゃんが、再びあのヘッドホン? とかいうのを着けていた。何をしているかは分からないけど、とても大事なことらしいから邪魔はしない。

 三角座りをした状態で、目を閉じている。穏やかな顔──話しかけて邪魔しようなんて、とても思えなかった。

 

 3日前。日向さん達が血だらけの加賀美さんを抱えて戻って来た後、しばらくして神様も同じように家に舞い戻った。

 舞い戻ったというのは、本当に天からやって来た。

 僕たちは二人とも呆気に取られていたけど、その頃には空が普通の状態に戻って地震もおさまっていた。きっと、この人が何かやったんだと思った。

 

『こんなに働くなんて、私、神様し過ぎじゃなかろうか……おや、ちょっとくさいエルフの子じゃないか』

 

 独り言を呟いている神様のところへシエルちゃんが駆け寄った。とても失礼なことを言われていたけど、とにかくその時はもっと大事なことがあった。

 

『これ……戻して』

 

 差し出したのはヘッドホン。使えないようにしたとか言われていたのを元に戻してもらうためだ。僕には何が変わったのかさっぱりわからなかったけど、シエルちゃんには分かるようだった。頭に着けてみて顔を真っ赤にしたかと思えば、思い切り殴られたようなショックを受けた表情をしていた。

 どうやら、本当に使えなくなっているらしい。

 

『僕からもお願いします』

 

『──ええ!? こんなに働いた私に対して残業を強いるのかい!? これって労働基準法に違反しているよね! 明宏! ……おっと、無様にぶっ倒れているんだった! これだから人間は脆くていけないね、もっと鍛えてもらわなきゃ私が困るよ。私だってペットとして守ってもらう立場なんだから』

 

『お願い……っ』

 

『おいおい、まるで私がイジメているみたいじゃないか。やめてよね、立場をカサに来て上に立つのは私の得意仕草なんだから。そういう弱々しい姿を見せられると間違えて意地悪したくなってしまう』

 

『…………』

 

『はぁ……はい』

 

『………………?』

 

『いつまで頭下げてるのさ、もしかしてダンゴムシか何かが下を這っているのかな?』

 

『……戻した?』

 

『うん。これだけ働いたんだから、もう50年は働かなくても良いよね! 明宏に餌強請って……ああ、でもバレないようにしなきゃ。君たち、頼むね?』

 

『は、はい! シエルちゃんもね!?』

 

『うん』

 

 早苗さん達も同じように口止めを食らっていた。本気の声色だったから、本当におふざけでもバラそうなんて思えないけど……なんで加賀美さんにバレたくないんだろう。知っててもらってた方が加賀美さんも色々やってくれると思うんだけど。

 

「レイト」

 

「ん? ああ、終わったんだ」

 

 シエルちゃんが何かやっている間、僕は武器の手入れをしていた。加賀美さん曰く、どれだけ手間を加えたかが後程生きてくるはず、らしい。あんまり聞いたことないけど、加賀美さんが言うならそうなのかもしれない。昼間のあれでちょっと不安になってるのは内緒。

 

「……ん」

 

「え?」

 

「使ってみる?」

 

「──いや、大丈夫だよ」

 

「…………そう」

 

 大事なものなんだろうし、僕なんかが触っちゃダメだ。

 

「はぁ……」

 

 深く息を吐いている姿は、どこか安心したようにも見える。きっと、気を遣ってくれたのだろう。

 ……シエルちゃんには知識面でも戦闘面でも遅れを取っているから、もっともっと頑張って隣に立つのに相応しい男を目指さないといけない。頑張るぞ! 

 

「ちょっと廊下いく」

 

「わかった」

 

 この間に、加賀美さんが貸してくれた図鑑を少しでも読んでおこう。知識は力だって加賀美さんは言っていた。出来ることを知ることと出来ないことを知ることは、突き詰めると同じだって。

 だから、まずは知識を頭に詰め込む。本当はもっと素振りをしたり弓の練習をしたりしたいけど、あの騒ぎで暫く稽古はお休みだ。山の霊領も、暫くは活性化したモンスター達が溢れるようになるから、入ったらシュンコロだって神様が言っていた。シュンコロって何だろう。

 

 ……でも、僕、少しだけ変われたような気がする。自分ではあんまりわからないけど、他の生徒のみんなが教えてくれた。少しは出来るようになっているって。自分は信じられないけど、周りの人たちの言葉が嘘だなんて思わない。あんなに本気で武に打ち込む人たちが、それを偽るだなんて思わない。

 木刀を振るのも少しだけ楽になった。まだまだ筋肉も無いけど、ほんのすこしだけ。

 

 前に進めている……よね? 

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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