【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「ただいま」
「おかえりー! どうだった?」
「…………有意義な時間だったよ」
「ユーイギ! 良いね!」
「これが小学生並みの感想ってやつか……」
「な、なにおぅ!」
2人は仲良し。
玄関から洗面所、洗面所からリビングまで一緒に歩くのだ。
「お昼ご飯できてるからね!」
「おっ、楽しみだな!」
さながら年の離れた兄妹のような見た目をしている2人は、冷たい目つきの末妹に出迎えられた。
「仲がいいな?」
「そうですとも」
「そーですとも!」
「ちっ……」
そりゃあそうである。
早苗は明宏が好きで、明宏も早苗が好き。
仲が悪くなる理由がない。
何度聞かれようとも変わらない。
しかし、最初から仲良しだったわけではない。
早苗が神様と出会って姿が変わらなくなったというのは、このセクター内の誰もが知るところだ。そして、神様などと鼻に笑っていた第一期の日本人と違って、AC歴になってからこの世に生を受けた人間にとっては当たり前のもの。
それは神に対する畏れ。
心の支えとしての宗教は、真に神に対する畏怖と感謝に昇華した。
だからこそ表面上は仲が良くとも、彼女を見る目にはどこか畏怖の性質が混ざっているのだ。
他者から見た彼女とは──神と最も近い人間に他ならない。
巫女、神官、代弁者、預言者。
どれでもいい。とにかく、ただの人間とは違う存在なのだ。幼い頃から容姿の変わらぬ彼女は神からの庇護を受けており、無礼を働けば神罰が招来する──ような気がする、そうなのだと誰もが思い込む。誰も、そんなものを喰らいたくはない。だからこそ、自然と関わりは浅いものになる。道場の生徒たちもそこは変わらない。
いつしか彼女に友達と呼べる人間はいなくなり、塞ぎ込みがちになった。家に籠って、外を眺めるだけ。
しかし、明弘にとっては関係ない。
神とは全てぶち殺すべきカスである。
会ったら死ぬんだろうなとは思いつつも、逆にどうにかして殺してやろうと思っている。すべての神を殺せば、封印されていた旧世界の概念が蘇り、その中には自身が求めているものがあるんじゃないかと考えていた。
手段などわからぬ。
神が死ぬのかもわからぬ。
ただ、己の夢のために死んでくれ。
焼き肉のために、一切合切朽ち果ててくれ。
多くのモノを『俺たち』から奪ったお前らの末路は、それこそが相応しい。
──少なくとも、山田家を訪れた明宏が、寂しそうにしていた少女に話しかけたのは必然だった。
『あの子は……』
どこか諦めたような、子供がするには余りにも早すぎる顔。閉め切った縁側に中に座って、膝を抱えている。
冷めたお茶がお盆に載っていた。
『勿体無いな、せっかく可愛いのに』
そういう顔はおじさん達にだけさせていればいいんだと、彼女に話しかけた。
『やあ』
『っ……?』
『俺は加賀美明宏、ここに住んでる日向ってやつの友達だ。君の名前を……聞いてもいいかな?』
『…………山田早苗、です…………一応……姉です』
『──そっか』
まさかこの見た目で日向の姉だとは思わなかったが、そういうこともあると微笑む。
『ここ、座ってもいいかな?』
『…………』
お互いの物理的距離は大したことないが、2人の間には大きな距離があった。
彼女から見れば、目の前にいるのはいきなり帰ってきた妹の友達。不良の友人だと思った。武術を習ってはいたけど、この体格差だとなにもできない。ただ、怖かった。
しかも、切れるナイフのような妹の眼差しとは違って、まっすぐな瞳をしている。
『っ…………』
直視できないくらいに真っ直ぐだった。彼女は、真正面から見つめられることに慣れていなさすぎた。
『じゃあ、ここに座るよ』
男は、まずは離れた場所に腰を下ろすことにした。この少女にはもう少し時間が必要なのだと気付いて。
『どうしてここに座ってたの?』
聞いたのは、当たり障りのないことだった。彼女から感じるのは怯えた子犬のような雰囲気。いきなり突っ込むのは良くないと誰でも分かった。
『座りたかった……から』
『座りたかった? …………確かに日差しが良いな!』
雷の季節だ。太陽など出ていない。
それでも空を指さすと、少女も吊られて顔を上げた。
『?』
『おお、やっぱり!』
『ひっ』
『あっ……ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ』
目がバキバキの男が満面の笑みを向ければ誰だって怖い。しかも、心なしか距離が近くなっていた。早苗は目をそっと逸らし、さりげなく離れた位置に動いた。目がバキバキ──なんなら充血している。
明宏はこの前日にやってきて、鳴人や日奈子に挨拶を行っていた。その後、女友達の家に泊まるのは良くないよな……という当然の配慮の下、旅館に1人で泊まっていたのだ。そこで悪夢を見てよく眠れなかったからこんなことになっていた。
何故、初日に顔を合わせることがなかったのかというと。知らない男の人が来るというのは聞いていた為、部屋の中に引きこもっていたのだ。
『……』
日向の姉ということは、ほぼイコールで彼よりも年上である。見た目はともかく振る舞いが年相応ならば彼もきちんと年上として扱っただろう。しかし、見た目も振る舞いも子供だった。ならば彼にとっては子供である。
そんな子供から露骨に距離を取られて落ち込んでいた。自業自得とはいえ、効くのだ。
それでも、話しかけたのは明宏である。引かれるくらいは許容しなければならない。
『…………早苗ちゃんは今、何歳なの?』
『ちゃんって……』
『まあまあ』
『……19』
『俺は16』
『…………』
『誕生日が1月1日でね、同学年の誰よりも年上なんだ』
『…………』
『さっきは何をしてたの?』
『別に』
『あ……』
素っ気ない。
それは日向とは違った方向性で他者を排除する動きだった。防衛的な行動。友達から人じゃないものとして見られるのが嫌ならば、最初から触れ合わなければ良い。心を守るために彼女がとった、精一杯の強がり。
明宏を置いて自室の扉を閉め──その日は結局、明宏がいなくなるまで部屋から出てこなかった。
『──早苗ちゃん、おはよう』
『っ』
次の日、朝から座り込んでいた早苗の後ろから声が掛かった。昨日聞いたばかりの声。
肩を震わせて振り返ると、やはりあの男がいる。
加賀美明宏山田家滞在、まさかの3日目突入。
早苗は節目がちにぺこりと頭を下げた。
『もともと、三日間こっちにいる予定だったからさ』
『…………あっそ』
『ここ、やっぱり好きなんだ』
『別に』
『俺も昔は爺ちゃんちの庭になったみかんを取って……こう……食べたなあ……』
『…………』
『早苗ちゃんもここでお菓子とか食べるの?』
『だったらなに?』
『何っていうか……何食べるのかなって』
『ほっといて』
『でもほら、日向が構ってくれないし』
『…………』
よく考えたらコイツ、妹とどういう関係なのだろうか。帰ってくるという事前の連絡があってお父さんもお母さんも喜んでいたけど、本当にただの友達なのだろうか。今まで、妹が家に友達を連れてきたことなんて──もっと小さい頃はあったけど──一人暮らしをするようになってからは無かった。
もしかして、友達のフリをしているだけで彼氏なのでは? 妹だって、もう自分の背丈なんかとっくに越して、年頃の女の子だ。14の頃のまま変わらない自分と違って、そういうことにだって興味があるだろう。
『…………』
そう考えると途端に気になってきた。
チラッと目だけを横に向けると、彼は遠くを見ている。胡座をかいて脱力した姿はやけに様になっていた。
『俺はねえ、昔は焼き芋が好きだったんだけど……ここだとコレ! ってやつがなくてねえ』
『焼き芋……』
『サツマイモなんて分かんねえか』
『…………』
それ以降の会話はなく、明宏が帰ったことで平穏で退屈な日々がまた舞い戻った。
しかし、どこにそんな暇があるのかかなりの頻度で来る。
『はいお土産』
ここには売ってもいない、見たこともない食べ物を何故か買ってくるのだ。意外とセンスが良くてお茶と合うそれらを、早苗は相変わらず縁側で頬張る。ぶっきらぼうに接しているのに、彼の持ってきたものを食べているところを見られるのが恥ずかしかった。
卑しいと思われたくない程度には彼女の情緒は育っていたのだ。
しかし、家の中にいる以上はやってくるのがこの男。
ひょっこりとリビングから顔を出すと、笑いかける。
『美味しかった?』
『…………ありがとう、ございます』
『敬語じゃなくて良いよ、年下なんだし』
『…………』
『いやあ、それにしてもこの家のお茶は美味いこと美味いこと……さすが名家! 宇治の抹茶にも劣らない玉露だ』
『ウジ……?』
ウジといえば当然、ハエの幼虫だ。それって褒めてないんじゃ……という顔をした早苗に、明宏は慌てて弁解した。
『ああ宇治ってのは……お茶を褒める時の二字熟語的な……そういう感じかな?』
『知らないけど』
『とにかく、お茶が美味いのは良いことだな』
お茶なんてあれしか知らない。だから、美味いとか言われても反応に困った。
『──え? あれしか飲んだことないの? そりゃあ勿体無いねえな……不味いものを知ってこそ、美味いものが分かるんだ。人工肉とかな』
そういう、どうでも良い話をつらつらと彼は続けるのだ。反応があろうがなかろうが、柔らかく笑いながら。
当然、彼女が神に呪われたことだって知っている。それを祝福だと呼ぶ住人もいたが──彼から見れば間違いなく呪いだった。
悍ましく、醜い願望が見え隠れするような、その奥にいるものの浅ましさが彼には感じ取れていた。
ただ、それは彼女を怖がる理由としては足りなかった。
こんな世界に飛ばされるおじさんが1人はいるんだ、歳を取らなくなる少女だって数えるほどにはいるだろう。
そうして会えば会うほどに、縁側にいる彼女は彼の事を待ち遠しいと思うようになったのだ。ダンジョンや、自分が諦めた学校の話。知らない食べ物、知らない世界。
日常に飽き飽きしている少女を誑かす吟遊詩人のように──というか、まんまそのものだった。
とはいえ、早苗は肉体も精神も固定された14歳の少女。碌な知識もない。何かをしてあげることもできない。
それでも何かお返しがしたいと告げた彼女に明宏はこう答えた。
『じゃあ──笑ってほしい』
『……こう?』
少しだけへたくそながら、一生懸命に見せた笑顔。
明宏は満足気に頷いた。
『うん、早苗ちゃんは可愛いから笑顔が似合うんだ』
『そ、そう……かな?』
『勿論! おじさ──俺が言うんだから間違いない!』
『…………え、えへっ?』
『うおおおおおお!!』
盛り上がってまいりました。
『──なんだ!?』
『山田! やったぞ!』
『うわっ!』
ドタドタとやってきた日向の肩を掴む。
『早苗ちゃんがやっと笑ってくれたぞ!』
『…………はぁ?』
『ほら見ろ!』
『…………』
『あれっ!?』
ああ、笑顔? あいつなら置いてきたよ、母親の腹の中にな……
座布団に正座をして行儀よくお茶を飲む早苗がいた。
『さ、早苗ちゃん……?』
『なに?』
『…………い、いや……』
スン……とした早苗の顔だが日向はしっかりとわかっていた。口元がピクピクしていることに。
悲しいかな、気付かないのは男ばかり。
しかしそれ以降、変わらぬ2人の関係性は確かに変わったのだ。
「こっち! こっち座ろ!」
明るく、彼の前では笑顔を絶やさぬように。せめて年相応に見てもらえるように。
大好きな友達と一緒にいられるように。
「ちょ、待てよ」
「え?」
「こっちも空いてんだろ」
「確かに……どうしろと?」
その関係も永遠では無く、既に変わり始めている。
呪いは解け、これまでの彼女のままではいられないだろう。
「こっちでいーじゃん!」
「いや、こっちの椅子のがデケェから」
だが、それでも良い。
人は変わる。
たとえそれが彼女にとって初めての経験だとしても、人が皆通るべき道だ。
彼女が真に「女の子」になるのはもう少し先であろうが、心配はいらない。
なにせ明宏は子供が好きで、可愛い子が好きなのだ。
存分に引っ張り回すのが彼にとってのご褒美というものだろう。
「モテモテじゃん、俺!」
「調子乗んな」
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない