【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

172 / 571
72_無言で項垂れている男

 

「…………」

 

「アキ……いいでしょ……?」

 

「…………」

 

 男は何も言わない。

 ダメと言わない。

 ウンと言わない。

 ただ、胸元の幼馴染を見つめている。

 

 見つめる瞳には、様々な感情が宿っていた。そして見られている幼馴染は、その複雑な感情の込められた視線を受けて、一層強く見つめ返す。

 

「アキ……」

 

「もう少しだけ……待ってほしい」

 

 この世界においては未だ童貞の彼には荷が重いのか。

 そんなわけがない。

 どうでも良い事だ。

 童貞か童貞じゃないかなんてのは、彼にとっては何かしらの痛痒を生み出すような要素にはなり得ない。

 

 では、何故そんなことを言うのか。

 

「…………嫌なの?」

 

「……違う」

 

「…………勃たない……とか?」

 

「違う」

 

 加賀美明宏ED説。

 四門家ではまことしやかに囁かれている失礼な説だが、山田早苗がこの場にいれば即座に否定しただろう。

 

「じゃあ、何で?」

 

「…………」

 

 ギュッと引結ばれた唇。

 寄せられた眉。

 幼馴染から見て、この男は『何故』を話そうとしているようには見えなかった。

 

 ──いつまで待たせるつもりなのか。

 

「…………何も言わなきゃ……分からないよ」

 

「っ……」

 

「何も言ってくれないんだ…………じゃあ……」

 

 抱きしめる腕をゆっくりほどき、抜け出す。

 シャツの裾に手をかけた。

 

「……私が、勝手にやるならいいよね?」

 

「…………ミツキ……」

 

 悲しげに自分を見つめてくる。

 その癖、何も理由は言わない。

 苛立ったミツキは、男の胸板を叩いた。

 

「っ…………ダメならダメって、嫌なら嫌って言えば良いのに……何で何も言わないの!?」

 

「…………」

 

「アキのバカ!」

 

「あ…………」

 

 部屋から飛び出す。

 その背を見つめることしかできなかった男は、伸ばした手をどうすることもできずに下ろした。

 その手で端末を取り出し、通話をかける。

 

「──俺です…………すみませんコウキさん、ミツキが飛び出して行っちゃったので…………はい、すみません……いえ……大丈夫です、では」

 

 端末を放り投げ、項垂れる。

 

「どうしろってんだよ……」

 

 しばらく固まっていると、加賀美宅の扉を叩く音が。

 

『おーい! アキヒロー!』

 

「…………」

 

 ヨロヨロと立ち上がる。

 そう、日向がくるのだった。

 廊下に出ると、ガチャガチャとノブが回される。

 

『お、空いてんじゃん! 邪魔するぞー! …………ん? ……すんすんっ、この匂い……」

 

「明宏くーん! …………あれ、どうかしたの?」

 

 どう見ても様子がおかしい。別れた時はあんなに明るかったのに、どんよりとした雰囲気と顔だ。

 何があったのかと手を取った。

 

「明宏くん、何があったの?」

 

 早苗の脳裏によぎる嫌な予感。

 まさか、彼の家族に何か……折角自分たちの問題がすごーく綺麗に収まったのに、そんなのは嫌だ。

 不安な自分の気持ちを押し隠して抱き付く。

 

「わ、私でよければ……聞くよ?」

 

「…………」

 

「ふんふん」

 

「サナエチャン! ……ほ、ほら……お部屋行こ?」

 

 しきりに鼻を鳴らす日向に何やってんだと少しの睨みを効かせ、明宏の腕を引いて廊下奥のリビングへ。

 

「うおお……これが明宏ズハウス……あ、か──コマちゃんもいる」

 

「わふ」

 

「お世話になってます」

 

 ソファでリラックスしているコマちゃんに中腰で挨拶をすると、明宏を座らせる。

 

「えーと……お茶は……」

 

「わんっ」

 

「あ……」

 

 着いてこいとでも言うように、ソファーから降りると早苗にひと吠え。ひきつれると、冷蔵庫やコップの位置を教えた。

 

「ありがとうございます」

 

「わふ」

 

 早苗はお茶を注ぐ。

 

「…………」

 

 そんな間も、明宏は変わらず暗い表情で俯いている。

 自分が招いた事に対して何でそんな顔をするのか。

 

「明宏くん……」

 

 早苗がお茶を入れている間、日向がやってきた。

 何故か、ちょっとだけ怒っているような。

 

「姉ちゃん」

 

「ちょっと……! 日向ちゃん……! 明宏くんの顔見てないの!?」

 

「さっき、誰かが来てたっぽいぜ」

 

「……誰?」

 

「知らねえ……でも、その…………」

 

 そこで顔を赤らめ、言葉に詰まる。

 早苗は途端に不安になった。

 

「え……なに……」

 

「…………てた」

 

「?」

 

「べ、ベッドが…………ぬ、濡れてた……」

 

「…………?」

 

 だからなんだろう。

 早苗はよく分からなくて、首を傾げた。

 どこに顔を赤らめる意味があるのかさっぱりだ。

 

「……ガキンチョ」

 

「な、ななななっ!?」

 

「やっぱ成長してねえし……」

 

「今してるもん! たかがベッドがぬれ──」

 

「ば、ばかっ……! 言うんじゃねえよ……!」

 

「むー……! むー……!」

 

 茶を入れるくらいで騒ぐ姉妹。

 寝そべる犬はため息をついた。

 性教育は別でやって、まずはこのダメンズをどうにかしてくれ。

 

「──」

 

 目の前でこんな顔をされると、ものすごく居た堪れない。

 

「明宏くん」

 

 早苗は隣に座ると、明宏の手に自らの手を重ねた。

 日向も明宏を挟む位置へ腰を下ろし、無言で見守った。

 こちらは襟口だけチョンと摘んでいる。

 

「…………」

 

 悲しそうな顔。

 とにかくまずは話をしないといけないと、早苗は奮い立つ。

 

「何があったか……聞いてもいーい?」

 

「……ああ」

 

 一度きつく顔を顰めると、意を決したように頷いた。

 

「これは……俺の友達の話なんだけど……」

 

「そうなんだね」

 

 それは、大人な話だった。

 早苗がそれを聞くにはあと数年足りないんじゃないかという複雑な話。

 それでも真剣に聞いた。

 明宏のためだから。

 

 友達が幼馴染に迫られているが、その友達はとある事情でまだ応えられない。だけど、その事情が解決したら友達の方からしっかりと是を返したい。

 幼馴染にその事情を説明することはできず、有耶無耶な態度に怒らせてしまった。

 どうアドバイスしたら良いか分からずに困っているらしい。

 

「れ、れんあいのはなし……」

 

 早苗は素直にその話を受け取った。

 その上で、未経験の領域に困惑していた。

 好きな人はいるけどお兄ちゃんみたいな感じだし、そんな複雑な事情にはなっていない。今は隣にいるだけで楽しいし嬉しかった。

 だから、悩む。

 

「うーん……じじょーは話せないんだよね?」

 

「うん」

 

「じじょーはすぐに解決は出来ないの?」

 

「解決できるのかも分からないんだ」

 

「そっか……その幼馴染の人のことは好きなんだよね? 友達の人は」

 

「…………娘みたいな、でも妹みたいな、それでいてちゃんと好きなんだ…………複雑な相手なんだってさ」

 

「ほえ〜……よく分かんないや」

 

「はは、そうだな……」

 

 日向は、この時点まで無言だった。

 ただ……力無く笑う明宏を見て──チクリと、心に棘が刺さったような感覚になった。

 

「あ、明宏」

 

「うん?」

 

「その友達って…………」

 

 日向はその先を続けられずに怯んだ。

 そのタイミングで早苗が、頭にハテナを浮かべながら身を乗り出す。

 

「何の話?」

 

「あ、いや……姉ちゃんには早い話」

 

「…………なんだよ……仲間はずれしないでよお……」

 

 少し、声が上擦る。

 

 自分がまだ幼いことは理解している。

 性的なことも、恋愛的なこともよく分かってない。

 だけど、こうして相談に乗っているのに自分だけ仲間はずれなのは嫌だった。

 寂しかった。

 唐突にハシゴを崩されて、突き放された気分だった。

 

「……ありがとう、早苗ちゃん」

 

「あ……うん!」

 

 だけど、俯いていたところ髪を優しく撫で付ける感触。

 それだけで気分が上向き、腕に頬擦りをする。

 結局、明宏の話は進展しなかった。

 

「わふ……」

 

 こいつら揃いも揃って役に立たねえな……と呆れたような声だけが漏れた。

 

 

 ──────

 

 

「るんるんるーん!」

 

 今日はヒロさんが戻ってくる! 

 貯めていたお金の中から少しだけ出して、美味しいもの買ってきちゃった! ミツキさんも多分来てるんだろうけど、どうせ手ぶらで……手ブラでなんかしてる可能性はあるか……あの淫乱。まあ、何も持って来てないだろうことはあの性格から間違いない。そうなれば、私の好感度がグググンと上がってヒロさんが『素敵! 抱く!』ってなる可能性が大! 本当にバカですねえ! 

 

 ……違う! 山田とかいう女の家に泊まったことを説明してもらうんだ! ヒロさんが自分で言ったんだから! そんで許さないふりして好き放題するんだ! 

 

「ただいまー!」

 

 そう、ここは私にとって第3の実家なのだ! 

 そんな実家に……

 

「誰の靴?」

 

 靴が3つあった。

 一つはヒロさん。

 もう一つは多分ミツキさん。

 それで最後は……ちょっと小さい。

 茜ちゃん……かな。

 でも、二つとも匂いが違う。

 嫌な予感に従い、恐る恐る扉を開けた。

 

「ヒロさーぁぁぁぁああ!?」

 

 なんかいる! 

 なんかいる! 

 なんかいる! 

 コマちゃんはともかくとして、女が2匹! 

 しかもミツキさんじゃない! 

 知らない女が2匹! 

 これはもう分かる! 

 分かってしまう! 

 

 ──またやったんだ! 

 

「……誰だ?」

 

「あんたこそ誰だよ!」

 

「勝手に人ん家入って来といて、何言ってんだ」

 

「こ、ここはヒロさんのお家だ! アンタの許可なんかいらない! そもそも、鍵もらってるし!」

 

 掲げたこれこそは我が聖なる証。

 ヒロさんにもらった(ほぼ)婚約の証明的なアレのうちの一つである。

 

「明宏、何だよこのへんちくりん」

 

「…………アリサ」

 

 ヒロさんが上げた顔。よくない感情が渦巻いているように見えた。きっとコイツのせいだ。

 いっそいで抱きしめ、引き剥がす。

 

「うにゃあ!」

 

 ちび女が引っ張られて転がっていたけど、関係無い。

 力無いヒロさんの頭を抱えると、ガラの悪い方の女が立ち上がった。

 

「おい、そいつ離せ」

 

「うっせえな、話しかけんじゃねえよ。……ヒロさん、大丈夫ですか?」

 

「……アリサ、喧嘩はやめるんだ」

 

「大丈夫です、すぐに追い出しますから」

 

「アリサ」

 

「…………はぁ〜」

 

 本当に、この人はしょうがない。

 どこの誰とも知れない不審者にですら優しくするんだから……そんなんだから悪い女に引っかかっちゃうんだよ? 

 

「──で? アンタ誰?」

 

「テメェこそ誰だ」

 

「アンタから言え」

 

「あ?」

 

「は?」

 

「…………外出ろ」

 

「良いよ、分からせてあげる」

 

「ちょちょちょーっと! 2人ともストーップ! この子は山田日向! 明宏くんの同級生! 私は山田早苗! 日向ちゃんの姉だよ! あなたは!?」

 

「…………ふぅーん、アンタが山田ちゃんね」

 

「ちゃん付けすんな」

 

「──んんっ! 私は関根有紗、ヒロさんの婚約者でーす!」

 

 指輪を見せつける。

 

「こ、こんやくしゃ!?」

 

 あからさまに動揺している山田ちゃん(笑)。

 ふん、雑魚が。

 私たちの間に入り込もうなんて100年早いんだよ。

 

「明宏くん、婚約してたの!?」

 

「いや、婚約までは……いでっ」

 

 誰が何と言おう私たちは婚約してます! 

 

「ど、どどっどっどっどっちなの!?」

 

「アリサ……ちょっと離して」

 

 だ、誰が何と言おうと……

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

  • いる
  • いらない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。