【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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78_口では何とでも言えるんだよ

 入り口は貝殻の洞窟に関してだった。かつて自らが踏破したダンジョンは、どんな形になっているのか。話には満足した。次は資料だ。

 

「──なるほど、明らかに違う」

 

「…………」

 

 やはり早い。

 いくら自分の本を読み返したとて、対象をすぐ思い出すことなど普通はできない。見なければ、すぐに忘れてしまうのだ。それでもこの男は、パッ見てすぐにそれを判別した。高い記憶能力は研究の過程で培われたのか、それとも能力があったからこそ研究の途に足を踏み入れることができたのか。

 敬意を深める明宏の前で、次々と袋を開く。

 

「……分厚い」

 

「分厚い?」

 

「ああ……まさかコレほどの深さになっているとは」

 

「?」

 

「私があそこに行った時、貝殻の厚さは最も分厚くても42cmだった。そうすれば、元の岩肌に触れることができたんだよ。だが……これは、表面からとったものだろう?」

 

「表面を割りました」

 

「明らかに分厚い」

 

 30年。

 そしてレベル。

 その二つの要素があればここまで到達するだろう。

 何の根拠もない推論だが、明宏はそう考えた。

 元々42cmだったというのは本のどこにも書いていなかったために知らなかったが、そもそもそれのどこが永井をここまで唸らせるのだろうか。

 

「私の想定よりもはるかに早い」

 

「というのは?」

 

「コレが私のノートだ」

 

「…………」

 

 そこには、簡易な式が書いてあった。

 1日に同じ場所──壁面のちょうど中腹──を通るスネイルの数の平均。粘液が固まった際の厚み。そして365。

 

「1年で5cmずつ分厚くなっていくはずなんだ。それなのに、明らかにその予想よりも分厚い」

 

「数が増えただけでは?」

 

「あんまり回数が増えても、一回前のスネイルの粘液が擦り取られるだけだよ」

 

「…………」

 

「ちなみに、洞窟の広さは?」

 

「広さ……幅は8mくらいでしたね」

 

「ふむ」

 

 流石に経験値が違う。

 何が言いたいのか、サッパリ分からなかった。

 

「なるほど、そうなるんだな」

 

「…………解説を」

 

「ああすまない」

 

 サッサッと軽く絵を描く。

 それは、洞窟の断面図だった。

 

「かつての私は本の中にこう書いている、積もり積もった層のせいで洞窟は狭く細くなり、スネイルだけの王国となるだろうと」

 

「…………」

 

 その通りだ。彼の著書内ではそれに続けて、完全に閉じ切る前にもう一度行ってみたいものだと述べていた。

 故に明宏は、以前の洞窟はさらに広かったのだと思っていた。

 実際は違ったようだ。

 

「私は間違っていた」

 

「…………」

 

「何が起きたか、君は何となく分かるかい?」

 

「…………酸、でしょうか」

 

 脳裏によぎったのは──海の岩を溶かし、そこに住み着く貝類。

 

「うん……やっぱりキミは良いね」

 

 薄い笑み。

 老人、しかも男性である。にも関わらず妖艶という他ない表情。仮に明宏の場所にいるのが女子であれば凍りついたかもしれない。

 しかし、そこに反応はしなかったものの──パッと思いついたイメージを語っただけなので先が見えているわけではない。相変わらず永井の反応を待つしか無かった。

 

「貝殻の隙間……私はアレを見て、単純に家だと考えた」

 

「間違いではないでしょう」

 

「でも、正解じゃない」

 

「…………俺にはまだ、完全には見えてないですね」

 

「そりゃあそうだろう。昔との比較をしてこそ見えてくるものがある」

 

「具体的には?」

 

「私も結論を出せたわけではないが……可能性の一つとしては、代が替わったのではないかと思うね。

 

「代替わり…………確かに、知能は高そうでしたね」

 

「私が見に行った頃は大広間などなかった。仮にそんな場所があるのであれば私は見逃さない──はずだと信じたい」

 

 しかし、そこでため息を吐く。

 

「はぁ…………いくら仮説を出したところで…………結局のところ、巨大な樹に潰されてしまったんだろう? 跡地が残っているとしても、結論を出せるほどの調査は難しいだろうなあ」

 

「とは言っても実際に見たわけじゃないです。方向的にそうなんじゃないかなって」

 

「…………一度行ってみるかな」

 

 今は厳しいだろう。

 なにせ商工会の職員がウヨウヨいたのだ。大学の先生だからってそう簡単には近寄ることを許してはもらえまい。

 

「時に加賀美くん」

 

「なんでしょうか」

 

「ダンジョン化、実際に見たんだろう?」

 

 永井文俊の一番聞きたいことはこれだった。最も危険で、最も調査が難しく、タイミングすら掴めない。ダンジョン化というのは題材にすることは容易でも、薄っぺらい内容しか書けないのだ。

 霊領にすら適応した彼だが、シンプルに殺意の高いダンジョン化直後の街に乗り込むのは不可能に近い。レベルが高いわけではない。

 ただの人間だからだ。

 

 しかし、今回は違う。ダンジョン化が『止まった』。

 これは彼の人生の中でも経験したことのない事態であり、さすがに見逃すことはできない。しかし遠い! 

 何とかならな──加賀美がちょうど行ってるじゃねえか! 

 内心ウッキウキである。

 

「あー……」

 

 しかし、この顔。

 嫌な予感がしてならない。

 彼が口を開く。

 

「俺、ダンジョンで大怪我して気絶してたから何にも知らないんですよね」

 

「ぼへええええああああ!!」

 

「永井さん!?」

 

 発狂。

 ジタバタと手足を動かして椅子ごと倒れた。まるで何かの術を食らっているかのような、老人の奇怪な行動。自分がこんな事をしたのは、お正月に娘たちが帰ってこれないと分かった時くらいだと明宏は目を丸くした。

 まさかそれほどショックを受けるとは、このリハクの目をもってしても。

 

「──うう、情けないところを見せたね」

 

 不定の狂気に陥ってから五分後、正気を取り戻した永井は明宏に支えられながら椅子に座り直した。

 

「すいません、役に立たなくて」

 

「いや……私が悪いんだ。君は何も悪くない」

 

「一応、人から話は聞いてるんですけど……」

 

「……であれば、一応聞かせてもらおうかな」

 

 ──いちおう。

 

 実際に触れた人間と、それを聞いた人間とでは。同じものに対する評価も全く異なる。リンゴを見た人間が、他者にリンゴを見たとだけ伝えたとして、マトモな人間であれば思い浮かべるのは真っ赤なリンゴだろう。それを第三者に伝える。もしかしたら緑色かもしれないのに。

 

 情報の劣化とは、特に彼のような専門家にとっては致命的なものとなる。二次的な情報という前提ありきで話をするのであれば一応モノにはなるが、抜け落ちる部分があまりにも多い。

 それでも一応、話を振った以上は最後まで聞くのが義理というものだ。

 

「──やっぱり、俺の話じゃ情報が薄いですね」

 

「いや……それでも助かるよ」

 

 助かった人間の顔では無い。ショゲショゲの眉毛で悲しげに微笑む人間を見て、『ああ、良い事をした!』と自慢できる者がどこにいる。

 

「……本当はそういうつもりじゃなかったんですけど」

 

「うん……」

 

「知ってるやつ連れてきますね」

 

「え…………いるの?」 

 

「はい、学校を見てみたいって言うから連れてきたんです」

 

 

 ──────

 

 

「お、いたいた」

 

 彼がその人物を見つけたのはいわゆるラウンジ。三人の男子から話しかけられているところだった。不快そうに顔を歪める彼女に構わず、というのが凄いところだがそのうち爆発するだろう。

 昨日の今日で爆発したらとんでも無い被害が出るかも……と回収に向かう。

 

「日向」

 

「──遅い」

 

「いやごめん、つい話し込んじゃってさ」

 

「…………つーわけで、コイツだから」

 

 日向は煩わしかった三人に対して、待ち人を伝える。

 

『加賀美だ……』

 

『え……お前、ミツキちゃんは!?』

 

『別れたの!?』

 

 一応顔見知りの三人。驚きを隠せぬ──というのも、ミツキとベッタリなのは誰もが知るところであり、それがこんなデカパイの美人を大学に連れてきたというのだから。こんな反応をするのも当然である。

 

「あー……ちょっと今、いろいろ複雑なんだわ」

 

『複雑……?』

 

『なにが?』

 

『というかこの子は?』

 

「話せない、何故なら凄くシビアな問題だから」

 

『…………』

 

 複雑の一点押し。

 しかし、お前ほどの男が言うなら……と引き下がった。シンプルに、大学に来れる人間は金持ちだけなので、明宏以外はボンボンである。自分で稼いでいる人間など皆無──どころか、稼ぐ必要が本来無いのだが……自由に使える額を考えると明宏に勝る人間がいない。

 

 ──実際のところは、ジジイが色々吹っ切れて女の子と向き合ったらその瞬間から浮気をしていたという意味のわからない状況。説明などできるわけもないし、説明したところで何の意味もない。

 

「ふぅ……複雑だぜ」

 

 出てもいない汗を拭う。

 今の数秒で、とんでもなくやる気が下がっていた。

 ついでに横から飛んでくるジト目の視線も気になって仕方がない。

 

「長い」

 

 時刻は11時。

 お昼の時間までもう少しだ。

 本日は講義は無いのでゆっくりしても問題無いが、日向は1時間も待たされたのだから文句が出るのも当然。

 

「悪い悪い、そんなつもりはなかったんだけどさ」

 

「待たせる奴は大抵そう言うだろ」

 

「はは……それでさ、ちょっと来て欲しいところがあるんだけど」

 

「んだよ、説明しろ」

 

 日向の経験則として、明宏の用事は大抵碌な事じゃ無い。悪いことじゃなくても、それが他人にとって嬉しいことかはまた別問題だ。

 あらかじめ聞いておかないと目玉をひん剥く羽目になる可能性がある。そしてこの男は、それを見てケタケタと面白そうに笑うタチの悪い人間だった。

 

「実は先生がダンジョン化の話を聞きたいって言っててさ」

 

「……私に話せって?」

 

「俺だと微妙なことしか覚えてないからさ」

 

「…………」

 

 日向が顔を顰めること顰めること。

 その先生とやらに託けて、この前ごまかした話の続きを話させようとしているのが明らかだった。

 断りたいのがありありとわかるような表情を目にして、必死に縋り付く。

 

「なんとか……そこをなんとかあ……!」

 

「……わかったよ」

 

 かつての舎弟達が見れば驚愕すること間違いなし。

 少し不貞腐れたような口調ながら、その表情は全く乖離している。自分に泣きつく男を見て薄く笑みを浮かべ、目はゾクゾクと震えている。

 それはまさに、優越感というやつだった.

 

 ──あの生意気なガキも、余裕そうな態度でムカつく幼馴染も、明宏からこんな態度を取られることはないだろう。何せ、頼りない。四門美月は親の七光以外の何者でもないし、関根有紗は年下で大した実力もなさそうだった。

 彼が知らない事を知っている自分だからこそ、この光景が見られる。

 

「ほら、いくぞ」

 

 とはいえ、大した事を話すつもりはないが。

 真実を話せば最後、おそらくあの邪悪な存在のそばにいるよりも恐ろしい未来が待っているのは間違いないのだから。

 

「機嫌いいな……?」

 

「うるせえ」

 

「あだっ」

 

 かくして明宏は彼女を研究室に連れてきたが、中に入ろうとした彼らの耳に声が入ってきた。永井が誰かと話しているようだ。

 

『──だよ』

 

『──何とかなりませんか』

 

『ならない、君たちは反省という事をしないからね』

 

『当時の愚者達は一掃され、今の調査部にはあなたの指示に従わないなどという愚行を犯すものはいません』

 

『口だけなら何とでも言えるんだよ、高峰さん』

 

『勿論そうです。ですが……ここであなたが協力して下さらなければ我々は無知のまま突入するほかない』

 

『それは残念だね」

 

『──貴方は知りたいはずだ。あの地で何があったのかを』

 

『その為に人々を危険に晒していいなどと考えた事はない』

 

『逆です。貴方がいなければ、人々が危険にさらされるのです』

 

『調査など行わなくとも霊領は紡がれる。神は、人の目など求めていないんだよ』

 

『しかし人間がそんな態度のままでは、ダンジョンがやがて世界を覆うかもしれない』

 

『…………あの時、あの場所にいた私は思ったよ。やはり人こそが世界を滅ぼすのだと』

 

『しかし、理解しなければ前に進めません。それは貴方のしている研究も同じ事のはずです』

 

『どう言おうと変わらない。私が破壊に協力したなどと思われてしまえば、私の人生もそこまでなのだから』

 

『…………では、一時的に商工会のポストに招聘頂くというのは──』

 

『組織に属せば、必ずとらわれる。情や金、研究以外の執着が増える』

 

『それはこの大学でも同じではないのですか』

 

『だが、同じ志を持つもの達がいる』

 

『…………ロマンチストなのですね』

 

『そうでなければ、研究者など務まらない』

 

 明宏達は、顔を見合わせた。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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