【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
『そろそろ帰ってはもらえないかな?』
『…………今日のところは失礼します』
『もう来ないでくれても全く問題ないよ』
『ははは、ではま…………た………………!?」
軽い足音で近付いてきた、声の主。明らかに永井文俊との折り合いがついていなかった男が、扉前で様子を伺っていた二人の眼前に姿を現した。
青髪、金髪、明宏より少し低いくらいの身長。かっちりと着込んだコート。驚きに満ちた顔。
そして──商工会のバッジ。
「……邪魔だからどいてくんね?」
「──あ、ああ…………すまない……」
すまないと言いながら、男は日向の顔を凝視していた。穴が開くのではというほどに見つめてくるので、日向は更に威嚇するように言う。
「何見てんだよ」
「…………いや……」
「早く出てけよ」
「…………」
口の悪さに閉口しているのか、それとも日向に見惚れているのか。マジマジと、隅から隅まで見るように。
気持ち悪い、と顔を顰める日向の前に影が差した。
「──!」
明宏だ。
「あの、うちの妹に何か用ならまずは俺を通してもらっても?」
「妹…………いや、確か兄は……」
「──永井さん、通報しても?」
日向を片腕で抱きしめつつ、端末を握る。その挙動を見て、慌てて手を振る男。
「ああいや、私は商工会の──」
「関係無いね」
「…………失礼するよ」
「その顔、覚えたからな」
「………………私もだ」
すれ違いざまのつぶやき。
男が部屋から出ていった後もしばらく、明宏は廊下から顔を出してその方向を睨んでいた。
永井は、やや弱った顔をして彼らを迎える。
「──すまなかったね、加賀美くんと……妹さん?」
「いや、妹じゃないです」
「え? でもさっき妹って言ってたような……耳が遠くなっ……たかな……」
「なんか怪しかったんで嘘つきました」
「あぁなるほど」
「こいつは普通に友達です──いっで! ……いや、親友です」
「そ、そうかい」
ケツに一発お見舞いした日向を紹介する。
「山田です、初めまして」
「私は永井文俊といいます。学校の片隅でダンジョンのことについて研究しているしがない老人ですが、よろししく」
「──ええと……私は…………」
自分の肩書きを述べようとして、流石に山田家の神様の眷属やってますなんて初対面で言えるわけもないのでまごつく。さりとて、それがなければただの無職の女である。
冷や汗が一つ。
家から出た自分には何も無いのか、と少しだけショックを受けていた。しかし、永井は穏やかに頷く。
「知っているよ、山田さん」
「え?」
「あそこの神様に仕えているね、君たちの一族は」
「……はい、えっと……どこかで会いましたか?」
「君とは初対面だね。君のお爺さん──肇(ハジメ)さんに会ったことがある」
「じいさんに?」
「30年前、あの地を訪れたときにね」
「そんな前に来てたんだ……」
この、いかにも賢そうな翁があの血気盛んなジジイと仲良くできる気がしない。気質で言えば真反対だろう。
「君は、お爺さんによく似ている」
「……よく言われます」
「それはすまない」
軽く頭を下げると、明宏に顔を向ける。
「でもそうか……加賀美くん、君の言っていた友達とは彼女の事だったんだね」
「そうです。俺たちはつくづく縁がありますね」
「はっはっは! 最終目的はともかく、目指すところが近い人間同士だからかもしれないね」
「でしょうかね」
「さて……眷属である山田家の子が来たとなれば、私も相応にもてなさないといけない」
キビッと立ち上がると、自室に一旦戻る。
日向は不思議そうにその様子を眺めていた。
「俺の尊敬する先生だよ」
『──加賀美くん! 恥ずかしいからそういうのはやめてくれ!』
「あんなこと言ってるけど、本当にすごい人なんだ」
「……さっきのあいつは?」
「さあな、俺も知らないけど……話の流れ的にはお前らの霊領を調査しようとしてるみたいだったな」
「…………」
「……日向?」
霊領の話。
途端に眉を顰めた。
あの、悍ましい存在のことを思い出すたびに寒気が走る。姉を弄り、母をおかしくし、自分の事を犯そうとした、あの気持ち悪い神──神と呼ぶことすら反吐が出る。
「大丈夫か?」
「……ん」
肩に置かれた手をソッと握る。
邪悪。
そうとしか表現のしようがない。
純粋に自分の悦楽のみを求め、神として信仰を集めるだけ集め、街を滅ぼそうとした。コマちゃんの話を聞いた時は『何を馬鹿な事を言っているんだこいつは』と、反目の心しか湧かなかった。
この神様を僭称する不届きものはなんだ、と。
しかし、実際に相対して分かった。
明宏の悲惨な姿。血みどろで、あたり一面が赤で埋め尽くされていた。皮膚が裂け、耳、目、鼻を問わず出血。転がった小瓶は回復薬、しかし、そんなもの関係無いくらいに彼の肉体は破壊されていた。
自分たち──というよりもコマちゃんがくるのが後少し遅ければ、確実に死んでいた。
自分と姉も、コマちゃんがいなければアイツに捕まり、陵辱されていただろう。
「──っ」
「…………」
触れた部分の温もり。
こうして今、あの時のことなどなかったかのように過ごせているのは奇跡に他ならない。
あまりにも現金だけど、彼と出会えて本当に──
「──仲睦まじいのはいいことだがね」
「ふひあああ!?」
「…………その反応は予想外だった。まあとにかく、度を越した行いはいけないよ? ここは神聖な学舎だ」
思考をぶった斬るように割り込んできた永井の言葉に、身体が反射的に震えた。椅子から一気に立ち上がった拍子に、明宏の手を跳ね除ける。
「はい、お茶とお菓子」
「ぜ、全然変なことしてませんから!」
「……何も言っていないんだがね」
「ぐっ……」
「ほら、とにかく食べてくれ」
「…………ありがとうございます」
甘い煎餅のようなお菓子をポリポリと噛み砕きながら、話を再開する。
「今回のダンジョン化で霊領に何か変化はあったのかい? もちろん、外部の人間に話せる範囲でいい」
「…………ええと……何も、無かったですね」
「なるほど」
努めて自然に。
疑われないように。
前門の永井、後門の明宏。
どちらに不信感を持たれてもおしまいの綱渡り。
しかし、そこで明宏がまさかの助け舟を出した。
「俺も山の方は見ましたけど、変なものは無かったですね。強いていうなら、石柱がなかったくらい?」
「……まあ、神様だからね。そういう影響は無視できるのかもしれない──そうなると、ダンジョン化の最中に何か特別なことはあったりしたかい?」
再び二人の視線が集中する。
「いや……最中は危険だと思って家の中に引きこもっていたんで、わからないです」
これは実際そうだ。日向達はコマちゃんが来なかったらずっと家の中に引きこもっていただろう。なんなら、家から外に出歩いたわけじゃなくて、コマちゃんが何かして越生アンダーの地下らしき場所に移動しただけだ。
「流石に山で何かあったらわかるとは思うんですけど……特にそれも無かったですね」
「となると、先ほど山田さんが教えてくれた事が全てということになるかな?」
「えっと……はい」
「やはり又聞きよりは直接聞く方が良いな。本当は自分の目でその異変を確かめたかったところだが……」
黒い大気の雰囲気や質感、緑色の風、雷の嵐。
その恐ろしさは、実際にその場にいた者にしか味わえないものだ。聞いたところで『大変だったね』と感想を述べるのが関の山。
永井であれば情報としてうまく活用することはできるが、それも実際に味わうのとでは大きな差がある。
だが、明宏の薄っぺらい話よりはよほど、恐怖の色というものを読み取る事ができた。やはりダンジョン化はあったのだ。
「ともかくありがとう山田さん。参考になったよ」
「よかったです」
「それにしても…………」
「はい」
「加賀美くんは本当に活動的だね」
「……そうかもしれないです」
「大学生……そして探索者。意味が無いね」
「──」
それは、明らかに悪口の類だった。
日向の額にシワが寄る。この会話の流れで何故、そのような結論に行き着くのか。恩を仇で返すなんて……と同意を求めて明宏の顔を見た。
「!」
しかし、当の本人はあくまで薄く笑うだけ。なんでも無いかのように流していた。
「…………」
「…………」
男二人が見つめ合う。
「先ほどの男はなんです?」
「彼は……高峰レオと名乗った」
「目的はやはり、コイツの実家ですか?」
「それは語弊があるね。霊領だよ、彼らは君たちがいなくなった後の霊領の管理をどうしようかと今のうちから考えているんだ」
「なるほど……でもそれは、日向があの家を継がないという前提があってじゃ無いですかね」
「まあね? ──実際、そこら辺はどうなんだろうか」
まずいところは脱したかと完全に安心した日向は、脱力していた。しかし、いきなり良く無いところに話が行き着いた。
「彼女が家を継ぐのかい?」
「一応こいつは次女なんで、長女の方が継ぐ可能性も」
「そこはどちらでも変わらないというか……」
「そうですね。どうなんだ日向」
彼女の目は左右に泳いでいた。早いテンポで進む話に追いつく事ができない。
馬鹿正直に答えるわけにもいかない。
否定を差し込もうにも上手い言い訳が……
「──ああもしかして、まだ決まってないのか」
「…………っそう! そうなんだよ!」
「でもまあ、一応継ぎはするのか?」
「たぶんな!」
「だそうです」
永井はそのやりとりを見て、顎を軽く撫でる。
「なるほどなあ……まあ、まだ今代も若いだろうし、ゆっくりする時間はあるか」
「はい! はい! そうなんです!」
「元気だね」
「あはは!」
いきなりわんぱく坊主ぐらい声の大きくなった日向に二人は面白いそうにしていた。二人だけだと、こんなに騒がしくなることもほぼ無いからだ。
「…………あれ?」
そこで永井は、重要なことに気づいた。
「すまない、気を取られて見逃していたんだが……なんで君はここにいるんだ?」
「え? それは明宏に連れてこられたから……」
「ああ、そうなのかい。観光?」
「────!」
「うん?」
言葉に詰まった日向の様子を見て、明宏が肩をすくめる。
「観光どころか、俺の家の隣に越してきたんですよ」
「…………ええ…………?」
霊領の研究者として、あまりにも信じられない内容だった。眷属が、神の地から離れるなど。気の毒なことだが、彼らは本質的には神に付き従う者であり、そんなホイホイと引越はできないはずだ。
「大丈夫なのか?」
「それ! 俺も気になってたんですよ。実は姉の方が神に呪いを喰らっててですね……本当にマジでクソキモいですよね」
「いや……うん、まあ…………それで?」
「ああ、それでですね。こっちにくる時に、そのキモいゴミからより酷い呪いを受けるんじゃ無いかと心配だったんですけど……」
「けど?」
「何も無かったんですよ」
「なかった…………………………」
天井を見つめ出す永井。
冷たく澄んだ瞳は、何かを見据えていた。
しかし──
「………………まあ…………そういう事もある……のか?」
「ですかね」
結局、そんな結論しか出せない。
神がいなくなったなどと、そんな答えは全くもって湧いてこない。
何故なら、神とは君臨する者。祈りを集め、信徒達と共にある事が彼らにとって定められた生き方のはずだからだ。
「不思議な事もあるものだが…………所詮は数十年の浅知恵か」
「そうですね、神が現れてからたった100年。モンスターや魔素ですら完全には分かってないんですから」
「……ふふっ」
「日向に手を出すのはやめてくださいよ」
「人聞きの悪い」
「研究するにしても、俺を通してからじゃ無いと無理ですからね」
「こんなに恐ろしい後ろ盾も中々いないな」
「俺は厳しいですよ?」
「はっはっは!」
自分が何かを言う前に話が進んで終わってしまうので、日向は目を回していた。自分がしたことと言えば──あの不審者にガンを飛ばして、目の前の老人にダンジョン化の時のことを少し話しただけである。
「──で、あの男は本当に商工会の人間なんですか?」
「それは間違いない。事前に話したのと同じ名前だったからね」
「電話の時点で断れたのでは?」
「でん……?」
「ああ、いや、端末の通話です」
「通話か……実際断ったさ」
「ふうむ」
「しつこいんだよね」
「それは頑張ってください」
「…………そもそも、彼女たちが跡を継ぐのであれば調査したってしょうがない。これは良いことを聞いた!」
跡を継ぐというか、コマちゃんに信仰を届けるためのパスでしか無いわけだが……それを継ぐと表現するのであればそうなのだろうか。
「でも日向。お前、跡を継ぐのになんでこっちきたの?」
「…………避難だよ」
「避難…………ああ、そういうことか」
無駄に頭の回転が早いから勝手に勘違いしてくれて助かると、日向は胸を撫で下ろした。
──撫で下ろせるほどなだらかな丘でも無いが。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
-
いる
-
いらない