【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「…………」
「…………」
妙な沈黙。
嫌では無いが、ここに他人──家族でないという意味での──が来るというのが不思議で仕方がなかった。本当は誰も──明宏ですら入れる気はなかったのに。
自分と幼馴染達だけの家。大切で、たとえどれだけの月日が流れようとも変わらないであろう、自分の帰るべき場所。今は誰もいなくても──彼女達を忘れないために、どうしても部屋から出る事ができなかった。そこまで安く無いのにもかかわらず、だ。
そんな家に、人を招いている。
「と、とりあえず……荷物、置く……?」
「部屋どこ」
「ええと……」
部屋は二つ。
一つには自分の部屋だ。
「こっちが僕の部屋だよ」
「そう」
「あ、ちょちょちょ!」
「……なに?」
「いや、僕の部屋だから……もう一つの部屋があるよ」
一部屋2人で生活していた。まだ片付けをしていない為、自分の部屋も空き部屋も3人の私物というのは当然残っている。捨てるのは無理だったから。
それでも埃などは溜まらないようにきちんと掃除してある。シエルを泊めても問題は無い。
「レイトの部屋で良いでしょ」
「い、いやいや……流石に僕も男だし……」
「ヒナタ達の家では同じだった」
「それは加賀美さんがそうしろって言ったからで……」
「あの人が言えば良いって事?」
「そういうわけじゃ──」
「パーティの絆を深める? ってのが理由なんだから、辞める必要ないよ」
「…………男の子と女の子が一緒の部屋に泊まるのは、あんまり良くないと思うよ」
「仲間なんだから良いじゃん」
「…………わかった、とりあえず部屋入って」
これ以上言い争っても、ただ喧嘩になるだけだ。そうすると大抵負ける。それならば一旦譲歩してからゆっくり説得しようという、甘い見積もりがあった。
「上と下、どっち」
「僕のベッドは上だよ」
「じゃあ下ね」
「…………うん」
山田家では左右だった。
今度は上下。
別に、なんて事ないはずだ。
距離だって変わらない。
それなのに、少年の心臓が鳴らす鼓動はヤケに彼自身の体内を響く。
「っ……」
シエルがベッドに腰掛けようとしているのを見た瞬間、息が詰まった…………なぜだろう。
彼自身にも分からない理由が、彼の中で渦巻いていた。
何故か、彼女を見る目が少しだけ変わってしまいそうだった。
近付く彼女とベッドの距離。
レイトの内心に不意に湧き上がった思い。明確に脳内で紡がれた感覚があった。
──そこは、ミナトの……
「…………」
ピタリと動きが止まった。
シエルはレイトのことを見上げ、常と変わらぬ無感情な瞳でジッと見つめる。
「嫌なの?」
「あ…………」
下ろしていた腰を上げていくシエル。
何も言う事ができない。
あ、で終わらせるのは会話ではない。自分の意思を発露させるための音を喉から出さないと、彼女に何も伝わらない。
それなのに、ホッとしているだけだった。
「そんなに嫌なら、私が上ね」
「…………ありがとう」
レイトはベッドに吸い寄せられた目を動かす事ができない。口が何度か動き、しかし、それだけ。それ以上の行動を取れない。
金縛りにあったかのように、手も足も動かなかった。
「はぁ……」
世話が焼けると溜息をつく。
シエルはパートナーの手を引くと、ベッドに座らせた。
「水飲む」
「…………」
少年は、ベッドの布地を撫でる。まるで愛しい家族の寝姿にそうするように。部屋から出て行ったシエルのことなど気に留めず、優しい目つきで。
「湊……」
シエルが再び戻ってくるまで、そうしていた。
「──水飲む?」
「あ、うん……」
出会った時に比べて、なんと柔らかくなったことか。あの頃であれば、水を与えるどころか「水飲まないなら死ぬよ?」などと言っていたであろう。
レイトに水を手渡し、自分は椅子に腰掛ける。
荷物は廊下に置いたままだ。
「──シエルちゃんは、本当にここに住むの?」
「うん」
「…………なんで?」
「あの人が言ってたじゃん、近い方が都合が良いって」
言っていたが、それは一般論でしかない。加賀美明宏も同じ家で住むことまでは想定していないし、同じセクターどころか近いセクターであれば良いと考えていた。
「引っ越しとか……」
「もう手続きはした」
「…………は、はやいね」
帰ってきて1週間でそこまで。
連絡が来た時は驚いたが、その素早さには今、さらに驚かされた。
「荷物とか──」
「二週間後に来る」
運送業なんてまだ発達していない。
金を払えば別だが、普通なら二週間で届くだけ早い方だ。
「…………ええと……」
その場合、服はどうするのかとレイトは聞く事ができなかった。家族以外の異性の下着の話なんて、とても思春期の子供にはできるものじゃない。
「服は持ってきてるから」
「あ、そそそうなんだねっ!?」
「うん、しまうところ」
「ええっと……」
「……捨てないから、勝手に整理して良い?」
「…………ん……」
どうしても、この家にいると彼女達のことを思い出してしまう。どの部屋も、どの方向を見ても、誰かのものが残っている。あの日から一度も場所を変えていないのだからそれも当然か。
しかし、新しい住人がやってくるとなればそうもいかない。シエルの言うとおり、整理してもらえるならば彼にとってもありがたかった。
「どれが誰のか教えて」
「ぼ、僕も細かくは……」
しかし、実際に聞かれるとスッと答えが出てくる。上着も、下着も、誰が着ていたかがレイトの口から勝手に答えとして現れるのだ。
時折、服を見つめては苦しげに顔を歪める。そんな彼に手を休めることなくサッ、サッ、と整理を終えた。
「ユウキ達の部屋に置いておこうかな」
「はい」
全ての服を指差す。
あとはお前の仕事、ということだ。
シエルには自分の服をしまうという作業が待っているので実際、レイト1人でやるしかない。
「──よいしょ」
ユウキとヒマリの部屋。
可愛い小物がいくつも置かれた部屋。
それはかつて、幸せの象徴だった。
「っ…………」
顔が歪む。
置かれたものを直視できなかった。
急いで服を置き、退室する。
「うぅ……」
閉めた扉に背を預け、ズルズルと座り込んでいく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
荒くなっていく息。
フラッシュバックするのはあの時の光景。
声。
目。
自分がしたこと。
「はぁぁぁ……!」
震える声が吐き出された。
怖い物語を聞かされまあと、子供が眠れずに怯えているように。この瞬間、どうしようもない寒さと絶望が彼の身体を優しく包み込んでいたのだ。
それは、死の誘い。
「ごめん……ごめんなさい……みんな……」
「──大丈夫、だよ」
命の証明が額に触れた。
細くて綺麗な手。
柔らかくて絹のようなそれが、冷えた彼の心に少しだけ温もりを与える。しかしその程度で、死という絶対の冷たさが完全な熱を取り戻すことは無かった。
「みんな……僕が殺したんだ…………!」
「そうだね」
「僕がいなきゃ──みんな、きっと死ななかった!」
「うん」
「…………なんで……みんなと出会っちゃったんだ……」
「さあ」
「ああう…………」
「…………」
嗚咽を漏らす少年は、彼女と大して変わらぬ身長がさらに小さく縮んでいるように見えた。
シエルは、迷いなく口を開く。
「強くなろ」
「…………?」
「誰も死なせないくらい強くなれば良い」
「──う……うあ…………ああ…………」
「レイトは1人だとすぐ死ぬから、助けてあげるよ」
「ううう…………」
──────
「…………ありがとう」
「気にしないで良い」
「でも、ありがとう」
「パートナーだから」
「──うん」
部屋に戻った2人はそれぞれのベッドに寝転んでいた。
「ダンジョン……いつ行こっか」
「明日」
「明日!?」
「じゃあ、いつ」
「えーと……」
「こっち来てから一週間も経ってるのに何もしてない」
「うん」
「私たちは探索者」
「……」
「決まりね」
「…………分かった」
落ち着いて答えようとしたが、まだ唇は震えていた。
「第100セクターに行こう」
「……またあそこに?」
2人が出会った場所。
正確に言えば3人だが、そこを選ぶ理由は。
「稽古はしたけど、ダンジョンには行ってないから」
「レベルってこと?」
「…………お腹すいた」
「え、な、なに?」
「おやつ食べたい」
話の流れなど関係ない。
我、おやつを所望す。山田家であればいくらでもあったおやつもご飯も、三船家においては全部無い。レイトが衣類を運んでいる間にガサゴソと漁っていたが見つからなかった。
「突然どうしたの?」
「早苗達は?」
「分からないけど……加賀美さんの家にいるんじゃないかな」
「行こう」
「僕も?」
「うん」
「あー……分かった」
この子を放っておいたら、勝手にどこかへ行ってしまいそうだ。そんな不安もやむなしの奔放っぷりに、レイトはついて行く事をすぐに決めた。
──彼女の自由さが、ありがたかった。
「──う、うわあ」
そういうわけでやってきた明宏の家。
遠目になんとなく嫌な予感はしていたが──玄関前に、明らかにヤバい奴がいた。モヒカン、革のジャケット、傷跡。話しかけたらそれだけでボコボコにしてきそうな見た目だ。
「シエルちゃん……後ろに隠れてて」
「レイトの方が弱いから隠れてて」
「ぼ、僕もちょっとは強くなってるから!」
物陰に隠れつつ、グイグイと後ろに押し合う。
しかし、そんなことをしていれば当然目立つというものだ。
「──おい」
「ぴょっ!?」
「なんだテメェら」
「へっ……い、いや……」
見上げる身長。
目の前のモヒカンが大きいというわけでは無い。
レイトとシエルが小さいだけだ。
見下ろされるという事には慣れている。
それにもかかわらず、この男の威容はこれまでに出会った人間の誰よりも上だった。
僅かに漏れた、敵意とも呼べないような隔意。
それだけで2人とも脚が震えだす。
「ん? お前ら……面がいいな」
「っ……!」
野卑な見た目の男がそんなことを言うということ。
それすなわち──
「……おいおい、物騒だなあ」
ナイフを抜く。
相手のレベルもわからない。
レベル20以上の探索者であれば、こんなナイフなど意味を為さないだろう。
「援護はする」
「うん!」
シエルも弓を構えた。
「完全に敵じゃん俺……っておい!」
「っ! な、なんですか!」
「いやお前じゃない!」
「え?」
「後ろ!」
「……そ、その手には乗りません!」
不用意に目を逸らせば後ろからやられる。そうなれば、襲われるのはシエルだ。
──シエルは可愛い。
つまり、目の前の男は当然そういう事なのだろう。
「ニヤニヤしてねぇで誤解とけよ!」
「…………レイト」
「なに!」
「レイト」
「ナイフ、おろして」
「…………」
「大丈夫だから」
「…………」
シエルがそう言うならば、仕方ない。
ナイフを下ろしてゆっくりと振り向く。
するとそこには──
「加賀美さん!?」
「よっ」
家主がいつのまにか立っていた。
中身の入った袋を手に提げている。
隣にはヒナタとサナエ。
二人はツタタタターッと明宏の背中に隠れた。
「よかった! 無事だったんですね!」
「まあな」
「…………あの人は誰なんですか!」
因縁のある相手か。
それとも、金品目当ての強盗か。
探索者の家を狙うなんて恐ろしくないのだろうかと戦慄した。これがバレれば、商工会から大きな処罰を受けることになる。
西への追放もあり得るだろう。
「あの人は──」
「そこのウスラトンカチの幼馴染の父親だよ!」
「だそうだ。怖い格好してるけど、実際はただのキモいおっさんだから気にしなくていいよ」
「ぶっ殺すぞ!」
「何イライラしてんの」
「お前のせいだよ!」
呆気に取られ、二人のやりとりを見る。ちなみに山田姉妹も明宏の背後からそれを見ていた。
「なんで俺がこなきゃいけねえんだ!」
「ミツキ達がいないほうがよかったからだよ。それはどうでもいいんだけど……うちの子をイジめるのはやめてもらっても?」
「どうでも──もういいわ、早く入れろ。俺が扉を壊す前に」
「つっても両手塞がってるし……」
両手を見たあと、後ろに振り返ると首をクイッとやる。
「ヒナタ、開けて」
「──私!?」
「他にヒナタはいない」
「…………わかったよ」
小走りで玄関に向かうと、若干気まずそうにコウキの横を通り過ぎる。
「……どうも」
「お、おう」
かくして明宏ハウスに、あまり面識のないメンツが揃ってしまった。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない