【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
血みどろになった手甲を雪で綺麗にして、辺りを見回す。
「ミンチよりはひどくねえな」
「ひどい」
ミンチとウサギの首なし死体が転がる雪景色。
ホラー映画の導入としては十分だろう。
場に訪れた静けさ。逃げた個体を除いて生命を奪い切った証だった。
「……これ、食べられるの?」
明宏がウサギを屠った一発目のストレートの時点で、2人は何かが起きていることには気づいていた。外に顔を出しかけて、しかし、音の様子から自分たちでは手に負えないと判断して中に籠ることを決めた。結果としてその判断は正しく、もしも外に出ていれば氷柱が全身を貫いていただろう。
「頭は吹っ飛ばしたから血抜きをしっかりすれば食える。あんまり美味しく無いけどな」
「えー」
「文句言わない!」
肉食動物はあまり美味しく無い。これはどの世界でもあまり変わらない。しかし、この銀世界で食料を確保しようと思ったらこういったモンスターが主になる。それに一々ケチをつけているとまともな探索者になどなれはしない。大人しく食べるんだよ! というわけで手分けして皮を剥ぐ。
「手が滑る……」
「へたくそ」
「シエルちゃんは結構慣れてるんだね」
「結構やってた」
「そうなの?」
「うん」
レイトが横顔を見ると、得意げな微笑を浮かべながらナイフを皮と肉の隙間に入れている。慣れているという言葉に偽りなしだった。ナイフは引っ掛かりなく皮下組織を断ち、ファーが分離する。続いて腹を割き、内臓を掻き出すと心臓の位置に魔石があった。ここまでで一連。
「……ふっ」
逆に、レイトの方は酷い有様だ。メタメタに汚れた皮。穴ボコだらけ、皮の一部が肉に引っ付いている。そんなパートナーを鼻で笑い、次のウサギに取り掛かる。
「…………あれ」
雪洞の中でぬくぬくしていたから最初はできたが、時間が経つに連れてまずいことに気付いた。ここは水が凍る世界。血液の主成分は水であり、そんなところで解体をすれば当然血も凍りつく。
「わあわわわわ」
焦りで変な声が漏れる。
このままでは自分達も一緒に凍りついてしまう。そんな2人を他所に、明宏は凄まじい勢いで解体を進める。皮! 肉! 内臓! 魔石! ドンドンドンドン! これが高レベル探索者の技量だ! と言わんばかりにウサギを並べていった。そこまで上手いものではない。
「──もう、あれだな。今日はここで野宿だ」
2人の汚れた顔と手を前に、これ以上の進軍は無理だと結論付ける。まだ大した距離も進んでいないが、行程を無理に詰めようとすることは身体に負担をかける。仕方ないことだ。
「ごめんなさい……」
どこかしょげているような、犬の耳が垂れているような、そんな雰囲気を漂わせる子供をそれ以上追い詰めるなど明宏にはできないし、そもそも責める気もない。
「ほら。お湯沸かすから、身体が冷える前に一旦のところは中に戻ってな」
取り出したのは魔石を燃料に火炎を発するアイテム。フラグメントという名前で呼ばれており、車を走らせているのもこれだ。見た目は大きめのライターとでも言えばいいか。それに、うさぎから採れた魔石を一つ入れる。詳しい原理は不明だが、中に入れた魔石の安定性を取り除くことで自己分解を起こし、その際にエネルギーを取り出す仕組みらしい。
すでに加熱部から火が出ている。
「世界はこうして壊れていく」
呟きは他の誰にも聞かれる事なく空に溶ける。
文明の力を誰よりも知る青年は道具の有用性を認めつつ、そして使いつつ、忌々しげに遠くを睨む。
──微かに見える天命山脈の峰から、雲がやってきていた。
「あったかいー!」
「ふぅ……」
沸かしたお湯でレイトたちは血を流す。汚れが取れると、それだけで心理的な負担も減る。幾分か、2人とも不快そうな顔ではなくなった。流石にドラム缶などは無いので風呂とまではいかない。
「さて……」
「はい」
「俺は反省しています」
「え!?」
「もしかしたら俺が顔を出していなければウサギどもは来なかったかもしれない」
「いや、それは……」
「手を出す云々の前に、自分で場をかき乱してしまった。申し訳ない」
「そ、そんなこと気にしなくていいですよ!」
「この上は裸踊りで……」
「ちょっ、脱がないでください! シエルちゃんもいるんですから!」
「そうか、わかった」
「んんっ! とにかく、僕は気にしてないというか……気付かれていたら、あっという間に僕たちなんか殺されてたでしょうから寧ろ助かりましたありがとうございます!」
「む……」
感謝の押し売りをされてしまえば、行動を引っ込めるわけにもいかない。
「……三船くんは、出現しそうなモンスターに関しては一応調べてきてるんだよな?」
「はい」
「そうか……じゃあ、ここからは全面的に任せてみようかな」
「わかりました!」
「今日はちょっと長めの休憩になっちゃうけど、幸いなことに火がある。温まりながらゆっくりしようか」
「はい!」
「……っていうのを、三船君にやってもらうことになる」
「あ、じゃあ……そうします!」
「はい。まあ、さっき出来てたしな」
──────
「んん…………っ!?」
寒さの中で目を覚ますと、レイトの目の前に目の冴えるような美少女が。
シエルだ。
「寒っ」
しかし寒い。それ以上に寒さが勝る。
人が死ぬレベルの寒さだ。雪洞というか今入っているのはかまくらの中。風をシャットアウトして雪を掘り起こし、土上に半分にした丸太を敷き詰め火を焚いてもこれ。体を起こし、火に近付いて手をかざす。
「ふぅぅぅぅ」
「…………寒い」
モゾモゾと起き上がってきたシエルが身を寄せる。本当に寒いので、正直助かると思いながら火を見つめる。
やや空気が湿っているのは、かまくらの内壁が若干溶けているからだろう。
『雪の上で火を使うと溶けるんだぜ!』
楽しそうに解説しながら木を解体していった彼は、結局火のそばに寄らずに寝てしまった。ゴリゴリと半分に割った丸太を掘って中空にし、それを合わせて棺桶スタイルで寝るといっていた。火を使って寝るのに慣れると今後が怖い、だそうだ。それを聞かされるレイト達の立場になってみたほうがいい。まるで悪いことをしているようだ。
「はぁ……あったかい」
結局、木を解体するのも彼一人だった。まだレベル10前の人間が木を素手で倒すのは正味無理な話だし、そこはいいっしょ! と彼もふわふわしていた。それはそれとして、任された30分後くらいには勝手に木を倒し始めるのはちょっと働き過ぎだろう。
「…………」
「昨日はあの……ヘッドン? してなかったけどいいの?」
「ヘッドホンね」
「そ、そうそう」
「寒かったから」
二人とも、フード付きのモコモコとした服を被っている。ヘッドホンを付けるということはそれを一度脱がなければならない。それはちょっと……というわけだ。
「…………」
「…………聞かないの?」
「うん」
ヘッドホンとはなんなのか。
それを使って何をしているのか。
コマちゃんがあの場で明言しなかったのなら、そしてシエルが自分から話さないのであれば、聞こうとは思わなかった。それに、このタイミングで聞いてしまうと逃げ場がないからお互いに良くない。
「今じゃなくていいけど。いつか、自分から話してくれたら……嬉しいな」
「…………ん」
『────』
「…………あれ、なんか聞こえるような」
「うん」
「見よっか」
「寒い」
「そんなこと言わないで……ほら、いつまでも中にいたら出られなくなっちゃうから」
ここだって寒いが、外に比べたら天国だ。そんな状態でいつまでもいるわけにはいかない。目標は30日間のサバイバル生活ではないのだから。
「…………」
ひょこっと外に顔を出すと、寝る前よりもさらに雪が積もっている。そして、そんな世界で音を発しているのは──
「んんー……やっぱりちょっと狭いか。あちこち固まってら」
「加賀美さん」
「おはよう三船くん、シエル」
「おはようございます」
歩みを進め、さらに4日かけて辿り着いた第100セクター。セクター外と内で光景は全く変わらないが、とにかく辿り着いた。以前来た時と違い、ポツンと配置されている職員以外に人の気配はほとんどない。それでも時たま探索者とすれ違うのはやはり、この地ならではか。進行方向に対して横向きに進んでくる探索者達へ、レイトは挨拶をした。
「こんにちは〜」
「…………」
チラッと見て、すぐに目線を逸らされる。同年代くらいだと思ってのものだったが、ダメだったようだ。
「あぅ……」
「なんだこいつって思われてるよ」
「うぅ」
悲しいかな、ダンジョンにおいては基本的に探索者は排他的だ。身内贔屓が強いというのもあるし、業務を奪い合う同業他社という関係性なこともある。酒場で会うのとはまったくもって態度が違うだろう。
もちろん個人差はあるが、上記の傾向が強い。
「仲良くしたいのに……」
「そういう甘いこと言ってるの、やっぱ向いてないね」
「うっ」
グサグサと突き刺さる言葉の刃。冬の冷たさも相まって、少年の心がひび割れていく。
「探索者なんてみんな下卑たことしか考えてないし、碌でもないやつばっか」
「そ、そんなことないよ」
「ある」
「…………そうなの?」
「うん」
「じゃあ、僕も?」
「…………それは──っ!」
答えを返す前に、荷物をかなぐり捨てる。レイトも即座に反応した。雪をかき分けるようにして現れたモンスター。
「ポロロロロ」
「レイト」
「──ダマシオオスズムシ!」
綺麗な音を発する、体長2mのスズムシ。全身が氷のような水色で覆われたモンスター。前翅が擦り合わされ、広がるのは音だけではない。そこから広がった緑色の波紋が2人に近づいてきていた。
「なにこれ」
「触れちゃダメだよ!」
顎が赤く濡れている。そして、ほのかに広がる鉄の香り。すでにやられたものがいたようだ。
「やれる?」
「うん!」
結局、武器はナイフのまま。
それでも、低レベルのモンスターであればやれる自信はあった。
「ロロロロロロロロ」
食べたばかりだからか、あまり動かずに翅を鳴らす。通常、スズムシが鳴くときというのは求愛だ。しかしレイトは知っていた。ダマシオオスズムシが翅を鳴らすのは、攻撃のためだと。
次々と広がる波紋。
これに触れれば──
「くかあああああ」
「加賀美さん!?」
そう、眠りに落ちてしまうのだ。
大の字で雪の上に倒れ込んだ明宏は、レイトの声にも全く反応しない。
「……とにかく、倒そう」
「わ、わかった!」
ナイフを構える。
久しぶりのモンスターとの戦闘。
そして気付く。
怖くない。
確かに大きいし、顎が凶悪な形をしていて血に濡れている。
ただ、それだけだ。
腰が抜けるなんてことは想像もできないし、逃げ出すなんてありえなかった。
「日向さんの方が──よっぽど怖い!」
それはそれでどうなんだというようなことを言いながら駆け出す。波紋は妙な軌道を描いたりはしない。あくまで同心円に広がるだけで、回避はできる。潜り抜けた先、ナイフを振り下ろす。どこを攻撃すればいいかはわからない。とりあえず顔面へ。
「っ!」
しかし、掠りもしない。
攻撃されているのであれば避けるのが生き物だ。特に昆虫は、動いているものを見るための複眼が発達している。モンスターになっても変わらぬそれで、レイトの位置をしっかりと把握していた。
昆虫らしく大きく素早く跳び上がり、シエルの方へ。
「シエルちゃ──」
「問題ない」
シエルはヌルッと避けて距離を取ると、矢を放った。
「……ロロロロロ」
複眼の一つに刺さったが、虫は痛みを感じない。距離ができたことによりまた鳴き声を出し始め、そのまま明宏へ歩み寄る。顎を首へと近づけた。
「あっ! か、かがみさん!」
──ガリリ。
そんな異音が二人の耳に入る。
首を断つ音とはこんな音だろうか。
「?」
ガキガキとそのまま顎を動かす。
レイトは慌てて接近した。
「っ!」
当然、距離をとったスズムシ。
残された明宏に早く回復薬をぶちまけようと状態を見て──
「無傷だ……」
「ぐぅ」
そこにはなんの傷も残っていなかった。挟まれればレイトの腕など一撃でもぎ取られるであろう顎を何度も動かしていたのに。
むしろ、穏やかな寝顔を見せる。
「レイト!」
「……はっ!?」
飛び退る。
波紋を間一髪で避けた。
「ありがとう!」
「さっさとやって」
すでに二発目の矢が頭に打ち込まれている。紫の血が複眼を濡らし、周りが見えないのかウロウロしている。
「ロロロ──」
無差別に放たれる波紋。
チャンスといえばチャンスだ。
「どこを攻撃すれば……」
頭から尻の先までを観察し、ナイフでも致命打を与えられるような場所がないかをじっくりと見極める。
「……そこ!」
駆け寄り、腹へナイフを突き立てる。両手で握り、決して弛まないように。
刺さったナイフを抜き、また突き立てる。
何度も何度も。
鈍くなっていく動きに、そろそろかと思ったレイトの前で。
「──ロロロ」
「あ──」
波紋が広がる。
攻撃一辺倒の意識だったために避ける事ができず、腹に直撃した。
「…………あれ?」
恐る恐る目を開けるも、光景は変わらない。
直撃したはずだった。
だが、なにもない。
自分は明宏のように倒れてはいない。
何故か。
「倒したね」
「…………あ」
完全に動かなくなったモンスターが1匹。
すぐにぐずぐずになって溶けていく。どうやら第一世代目のモンスターだったようだ。
本当に小さな魔石と虫ケラの死骸が残された。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない