【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「うわあ……!」
目を輝かせ、あちこちへと視線を飛ばしては感嘆の声が漏れる。お上りさんそのものだがそれも仕方ない。生活圏である第32セクターには無い密度と熱気、そして醸成されたと言って良い文化がここにはあった。
「ははは、2人はここに来たのは初めてかな?」
「はい!」
「…………」
老紳士は2人を和やかな笑みとともに視界に収めていた。
とある学生から託された子供達。
彼の兄弟だとするには容姿の特徴があまりにかけ離れている。つまり、彼が本当に面倒を見るべき子供では無いのだ。
ではなぜ、この生い先短い老人に任せるほどに目をかけているのだろうか。
「ほら、あんまりはしゃぐと滑って頭をぶつけてしまうよ」
「はい!」
返事だけ良いとはこのことか。
あっちへふらふら、こっちへふらふら。
雪が一時的に溶け、地面に圧着した氷の上はツルツルと滑る。頻繁に転びそうになる姿を第一セクターに曝け出し、通りがかった住民がそれを見ておかしそうに笑っていた。
「はわあ〜! おおっとっと……ありがとう」
ショーケースに並んでいる食器を見て喉を震わせたかと思えば、氷の凸凹ですっころびそうになったところをシエルが支えた。
「はしゃがないで」
「ええ〜! だって第1セクターだよ!? 僕、一度来てみたかったんだよね!
「……こんなところ、ごちゃごちゃしてうるさいだけ」
「そんなこと言わないでさ! 一緒に見ようよ!」
「…………」
「ほらあそことか! 見てあれ、ヘインズワース工房の本店だよ!」
「?」
「ええ知らないの!?」
「……知ってるし」
「じゃあ見に行こうよ! ──あ、先生見に行っても良いですか!?」
あきひろとのおやくそく。
いち、せんせいになにもいわずにはなれないこと。
に、まいごになったらしょうこうかいほんぶにいくこと。
さん、おそわれたらおおきなこえをだすこと。
よん、せんせいからはなれるときでもふたりはいっしょにいること。
ご、おやつはさんびゃくえんまで。
ろく、あんまりたくさんおかいものはしないこと。
「気をつけてね」
「やった! 行ってきまああああ!?」
「きゃあっ!」
「──うぐっ……!」
シエルの手を握ったまますっ転んだ。そのせいで彼女もバランスを崩し、せめてもと胸元に抱き締める。
「…………」
「ご、ごめんなさい」
見上げるシエルの瞳には「この使えないゴミめ」と書いてあった。
「た、立とっか」
「…………」
無言で見つめ続けるシエルから逃げるように立ち上がり、両腕を引いて立ち上がらせる。
「……ごめんね?」
「気をつけて」
「──う、うん!」
いつも冷たい言葉ばっかりかけられているところに、ほんの少しだけの気遣いがよく効くぅ!
転ばないように慎重に移動し、店にたどり着く。
「──あ、これ」
見つけたのは獣人のデフォルメされた絵が彫られたカップ。
「それがなに?」
「これ良いなって」
「…………」
「良くない?」
「わからない」
「そっかー……」
「あっちの方がいい」
「え?」
レイトが見ているのとは別のカップ、少し離れた棚にあるものをシエルが指差した。つられて視線を向けるが、どれがその別のやつなのかがわからずにレイトは首を傾げる。
「どれ?」
「だからあれ」
なぜ分からないのかとシエルはもどかしそうに身をゆすり、眉を顰める。しかし分からないものはわからない。展示されているのは一種だけでは無いのだ。もっと具体的に特徴を示してもらわなければ。
「ちょっと……近くで教えて?」
「…………これ!」
「花?」
「見ればわかるでしょ」
「まあここまで近寄ればわかるけど……あの距離じゃ分かんないって」
花の絵柄。
主張が強くなく、それでいて誰もが美しさの証として認識するもの。しかし、シエルの様な少女が選ぶには少々大人びているように思われた。少なくともレイトは、シエルの顔と見比べて若干の違和感を覚えた。
「なに」
「いや、なんでもないよ」
もうちょっと子供っぽいやつの方が合いそうだ、などと失礼なことを考えたレイト。シエルは目を細めた。
「バカにしてる?」
「してないよ!」
「…………」
「ほ、ほら、一緒のやつ買おう?」
慌てて花柄のカップを二つ手に取る。
明らかな誤魔化しだったが、気に入った柄のものを買うということで気を収めたのか。シエルはそれ以上の追及を行わなかった。
ホクホク顔で店を出た2人。永井と合流してしばらく歩くと広場へ。
街並みが開け、一気に目に入ったもの。
「おっきい……」
それは商工会の本部。
高さは地上100m。
見た目はまさしく白亜の城。
この世界にあるには少々大きすぎるほどの巨大さだった。
低層の建物がほとんどの中でコレというのは、権力の集中具合を綺麗に表していると言えよう。
「大したことない」
「大したことあるよ!?」
「この程度でいちいち驚かない」
「なんでそう盛り下げるのさ……」
上げのレイト、下げのシエル。
シエルの方が強いので、必然下げの傾向になりがちだ。
「まあまあ辺見さん、あんまりそう下げないで」
「当たり前のこと言ってるだけ」
「でもほら壮観だろう?」
「別に普通」
「やれやれ。人の感性というものは中々難しいな」
「…………ん」
永井の言葉も右から左へサラッと流すと、今度はシエルがどこかを向いた。
それは細い路地の奥。
仄暗い通路にフラフラと幽霊のように迷いこもうと歩き出す。しかし、相棒をそのまま行かせるほど薄情ではない。
「行きたいの?」
「良い匂い」
「え? …………確かに不思議な匂いがするね」
「行こう」
「えっと……」
チラ、と伺う。
流石に2連続はダメだよね……? と、上目遣いだ。
「大丈夫だよ」
「──!」
「私の用事は一箇所だけだし、時間もまだたくさんある。加賀美くんに怒られない範囲で好きにしなさい」
「はい! せんせい!」
「ふふふ、私は君たちの先生ではないのだがね──と言っても聞こえてないか。もうあんなところに……子供って元気だなあ」
霊領に今も現役で通っている男のセリフだった。
──────
「大丈夫なの? ここ……」
「…………」
人が向こうからやってきたら半身になればギリギリすれ違えるくらいの幅。薄暗いのは、どんよりとした雪雲があるからだけではなく、この空間自体が暗さを纏っているからのようだ。レイトがライトを照らしても、先まで光が届かない。
「ライトが……」
シエルを見ても、構わず先へ進み続ける。何が彼女をそこまで急かすのかが不思議になって、暗くて狭くてカビ臭くて──ほのかに形容し難い香りが呼吸に混ざって肺に入り込む空間を着いていく。
すると段々、霧が2人の視界を漂い始めた。最初は自分たちが歩くことで舞い上がったのだと思われたが、そうではない。
「──な、なんかピンク色じゃない?」
「うん」
「戻らない?」
「戻らない」
「でも、危ないかも……」
「探索者のくせに何言ってるの?」
危険を顧みずに進むのが探索者だと、彼女はレイトの言葉を切って捨てた。
はい論破、ということですごすごと着いていくのみとなり、やがてシエルが探していた場所に辿り着く。
「おっ……?」
これまでの細い路地を抜け、やや開けた空間。しかしそこは周囲を壁に囲まれた、お世辞にも良い空間とはいえない袋小路。
建物越しに聞こえる喧騒から鑑みるに、大通りから直接辿り着くことができない死に地となっているようだ。
「……ボロ屋?」
「…………」
そこにポツネンと建っていたのは、黒ずんだ木の板で壁や屋根が構成された小屋。小屋といっても、人1人が住むには十分の広さだろう。
しかしレイトが呟いた通り、ボロ屋だ。
この寒さの中で、果たして人がまともに生活できるのか。
「そもそも、誰か住んでるのかな……」
かつては住んでいた誰かが打ち捨てた、これから崩れ去る運命の哀れな建造物。その可能性は確かにあるのかもしれない。
この霧がなければ。
「──し、シエルちゃん!?」
恐れなどないのか。
シエルは迷いなく突き進み、扉に手をかけた。
慌ててレイトはその手を掴む。
「なんで入ろうとしてるの!?」
「……帰るの?」
「…………」
確かに、こんな小屋を見つけてすごすごと帰るのであれば、なんのためにここまで歩いてきたのか分からなくなってしまう。咄嗟に出した手を引っ込めた。
「ふーん」
「な、なにさ……」
「なにも」
少しだけ口元をニヤつかせると扉に手をかけた。
見た目そのままの軋む音。
しかしすんなりと扉は開かれた。
「!」
開けた扉──レイトたちと正面から向かい合うようにロッキングチェアが揺れていた。
『…………珍しい。お客さんだ』
そこにいたのは老婆。
赤い頭巾を被り、うっすらと開けた目で2人をしっかりと見ている。
『おいで』
老婆はちょいちょいと手招きをした。
レイトたちが中に入る。
「──えっ!?」
隙間があるとは思えないような暖かさだった。
『暖かいだろう?』
「は、はい……なにこれ……」
『何の用でここに来たんだい?』
「えっと……なんか匂いがして……」
『そうかい』
「あ、あの……この匂いは……」
『虫除けだよ』
「虫除け……」
『名前は?』
「三船黎人です」
『あんたは?』
「辺見シエル」
『辺見…………まあ、何でも良いさね』
老婆はゆっくり立ち上がると2人分のコップにどどめ色の液体を注いだ。
『はい』
「…………えっと」
死ねと言われているのかと、レイトは老婆の顔色を伺った。しかし隣を見るとシエルはグイグイ飲んでいく。
『美味しいかい?』
「ん」
「…………んぐっ…………!」
躊躇しつつも、シエルが飲んでいるのに自分に飲めない訳はないと呷った。
「んごほぉっ!?」
喉を焼くような感覚。
甘みはあるが、それ以上に何か弾けるような感覚が強くあった。
『ふっふっふ』
肩を揺らす。
咽せた少年の姿を面白そうに見る老婆とは、まさに魔女と言って差し支えないだろう。
「げほっ、げほっ……な、なんでずがごれ……」
『これはグレープスカッシュだね』
「ぐれーぷすかっしゅ……」
『最初はキツく感じるかもしれないけど……ほれ、そっちの娘っ子は美味しそうに飲んでいるじゃないか』
「…………」
シエルはおかわりの一杯を注いでいるところだった。
家主の許可すら取らぬ強権ぶり。
しかし老婆はそれに怒りもしない。
「こ、ここは一体?」
『隠れ家みたいなもんだよ』
「隠れ家?」
『中継地点とも言えるね』
「ええと……?」
『まあ、アンタには関係ないかもね』
レイトの分からぬことをつらつらと続け様に放つ老婆。何を言っているのか、まるで意味がわからず耳を通り過ぎていく。
「お婆さんは、昔からここに住んでいるんですか?」
『そんなに昔じゃないね、ほんの20年とちょっとだよ』
「…………」
20年をちょっとと表現する人とは感性が合いそうにないな、とレイトは渋い顔をした。
しかし、一つ気になったことを伝える。
「ここから出たりしないんですか?」
『まさか、そんなカビ臭いババアに見えるかい?』
「あ、いえ……そうじゃなくて……」
『冗談だよ』
「は、はは……」
『買い物をしたり、人と会ったり、私だって私なりにやることはあるさ』
「そ、そうなんですね」
『アンタたちはこの街に何をしにやってきたんだい?』
「僕は加賀美さんの……あ、ええと加賀美さんっていうのは僕の恩人で、その人の付き添いです!」
『どこにいるんだい、そのカガミってのは』
「どこって……えと、今日は……なんかカイカン? に行くって言ってました」
『…………ああ、会館ね。随分とやるやつなんだねそのカガミってのは』
「はい! すごい人です!」
『そうかいそうかい』
満足そうに頷くと、炉にピンク色の塊を放り投げた。
「それは……?」
『これかい? これは虫除けの元だよ』
「あ、さっきの!」
最初は怖く感じていたこの場所の雰囲気を、レイトはいつの間にか好きになっていた。
ピンク色の霧のおかげで変な虫もいないようだし、老婆がうまく話を聞いてくれるおかげで気まずさもない。
それに、慣れてみればグレープスカッシュという飲み物も美味しいと感じるようになった。
甘さと、ピリッとした感触が調和していた。
「──ありがとうございました!」
『ふっふっふ、グレープスカッシュ美味しかっただろう?』
「はい!」
『いずれは、どこでも飲めるようになるだろうさ』
「だと良いです! ……あ、待ってよ!」
先に小屋を出たシエルが、早くしろと見ていた。
老婆に手を振ってから慌てて駆け出す。
「また来ます!」
楽しそうに、嬉しそうに去る2人の背中へ向けて、老婆は呟いた。
『本当、嫌になるね』
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない