【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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100_でっけえなあ!

「──そうか、そんな事が」

 

「不思議な人でした」

 

「変なことはされなかったんだね?」

 

「はい! 悪い人じゃなかったです! ──ね?」

 

 振り返る。

 帰り道はレイトが先だった。

 

「…………」

 

「シエルちゃん?」

 

「……あ……うん」

 

「変なの」

 

 上の空でレイトの言葉をスルー。いつもなら『何わかり切ったことを聞いてるんだ』と意図的にスルーするのに、妙だと首を傾げた。

 

「もしかして、どこか痛いの?」

 

「……ううん」

 

 しかし、否定の言葉とは裏腹に鎮痛な顔をしている。やはりあの液体が原因だろう。

 結局シエルはあのグレープスカッシュを4杯くらい飲んでいた。お世辞にも綺麗とは言えないあの小屋で作られた飲み物、シエルの綺麗な腹には合わなかったのだろう。

 レイトは背中を摩る。

 

「……戻る?」

 

「大丈夫……」

 

「…………もしかして」

 

 女の子特有の現象がこのタイミングで……と、レイトは勘ぐりを発動させた。家族たちもそういう事があった。その度に無茶を言われていた身としては、早めに対処したいというのが偽りならざる本心だった。

 

「やっぱり、どこか悪い?」

 

「別に……どこも痛くない」

 

「このままでもいける?」

 

「…………」

 

 どっちだ、とせめぎ合う判断はしかし、本人の意見を尊重するという事で落ち着いた。あまりしつこくしてもイライラが募るだけだ。それならばせめて、本人がやりたいようにさせた方が二次被害も少ない。

 

「話はまとまったかい?」

 

「はい!」

 

「そうかい、そうしたらこれを飲み終わるまで待っていてもらえるかな」

 

「はい!」

 

 老人はこの寒空の下で長時間待っていられるはずもなく、広場が見えるカフェでのんびりと座っていた。レイトたちがやってきたところを見てライトを光らせ、2人を呼び寄せた。

 小綺麗な個人店、こんな真っ昼間からいる客もあまりない。時間を潰そうと思えばいくらでも潰せる。

 しかし、飲み終えたら早々に店を出た。

 

 本題の場所へ向かうためだ。

 

「商工会……結構遠いですね……」

 

「第1セクターだからね。広さもそれなりだよ」

 

「列車もセクターの近くまでは通ってなかったし……先生は大丈夫ですか?」

 

「ははは、これでも足腰は強いんだ」

 

「へー」

 

 パシパシと太ももを叩く手。

 確かに彼の腕も太腿も、老人とは思えないほどに太い。

 レイトは自分の体を見下ろして、相変わらず細っちいのにやや虚しさを覚えた。

 

「君たちは本は読むかい?」

 

「……その……僕たち貧乏で……すみません」

 

「あ、いや、こちらこそすまないね。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」

 

「いえ……」

 

 参ったな、と頭を掻く。丁寧に撫でつけられた白髪が指の動きに合わせて微妙にばらけた。

 人との会話というのは、霊領に潜るのと同じようなものだ。どこに相手の逆鱗や蛇が潜んでいるかわからない。不用意に踏み込めば関係性に容易く亀裂が入り、臆せば関係は何も変わらず相互理解も深まらない。

 幾つになっても、難しいものというのはあるのだ。

 

「二人はどういった経緯で知り合ったんだい?」

 

 故に、方向転換を図る。

 そこに潜むものを知りながら突っ込む意味はない。別の話題を探すのもまた、時には必要だ。

 

「第100セクターで出会ったんです」

 

「ほう、あそこか」

 

「知っているんですか?」

 

「興味深い場所だ。大量の計測器と管理人員を配置することでセクターを丸ごとコントロールし、魔素の集積を抑制する」

 

 目を細めて笑みの顔を浮かべながら、話を続ける。

 

「あれは……加賀美くんが目指すモノに連なる、最初の形態だろうね」

 

「──え?」

 

「要は、新たなモンスターやダンジョンを発生させない為に、個々の生命ではなく場そのものを支配下に置くのさ」

 

「新しいダンジョンを発生させない……」

 

「神に対しては無意味だろうが、良いアプローチではあると思う。人類の生存権を増やすという意味では、必要な実験施設だね」

 

「実験施設?」

 

「そうだね」

 

 レイトの脳裏に浮かぶ、最近も訪れたばかりの第100セクター。大雪。白銀に包まれたあそこを人が管理している? 

 確かに夏は監視員も大勢いたし、大声を出せばすぐに駆けつけてきた。しかし、冬の第100セクターを見て実験する場所だなんて到底思うことはできない。

 

「確かに夏は人がいましたけど……」

 

「おや、最近行ったのかな?」

 

「はい」

 

「ダンジョン化に巻き込まれたというのに懲りないね」

 

「!」

 

 冷や汗が一気に滲む。

 

「加賀美くんから話は聞いている。大変だったと」

 

「は、はい」

 

「ダンジョン化とは……ミクロの話をすれば、こうしている間にもそこら中で起きているだろう」

 

「みくろ?」

 

「アンダーができる経緯も、下水道が時折そのままダンジョンになるのも、建物がダンジョンと化すのも、結局のところはダンジョン化の一種と呼んで良い」

 

「…………」

 

「一つ一つの出来事でしかなければ一級探索者でも派遣して終わりだが……それがセクター単位まで拡大した時、話が変わってくる」

 

「…………」

 

「今回の件も──」

 

 長く、難しく、流水のようにやってくる言葉の奔流。とても聞き取りやすく話してくれてはいたが、それを理解できるだけの素養は無かった。レイトは理解を諦め、相槌を打つ機械になりながらシエルの様子を伺っていた。

 

「つまり、加賀美くんが求めるものとは根本的に──おっと、話し込んでいるうちにお目当ての場所に到着したね」

 

「…………」

 

「ふふふ」

 

 ポカンと口を開けたまま見上げる少年。

 見上げる角度はもはや本人の感覚的には90°といったところか。

 

「うあああ……」

 

 100m、これを人が作り上げたという事がレイトには信じられなかった。うめきのような声が口から漏れ、敷地の内外を隔てる門前に立ち尽くす。

 

『そこ、止まるな!』

 

 剣呑な声。

 

「三船くん、往来の真ん中で立ち止まってはダメだよ」

 

「…………」

 

「おーい」

 

『聞いてるのか!』

 

「ほら、行くよ」

 

「はっ!? す、すみません! すごくて見惚れてました!」

 

「分かってる分かってる」

 

『…………』

 

 衛兵という存在がいる。

 本部に関しては、支部と違ってセキュリティという概念がある。何をしているかと言えば本部の中に入っていく人間が探索者か商工会職員かそれ以外かということを見極めているのだ。

 大事な仕事だ。

 これで爆弾を持った人間が忍び込んだら、探索者は何もなくとも職員たちに多くの犠牲が出る。

 故にこの仕事は高給だし、立ち止まっている人間がいれば即座に注意する程度にはピリピリしている。

 

「さっさと用件を済ませよう」

 

「…………先生も登録をするんですか?」

 

「私はしないさ。あくまで話をね」

 

「?」

 

 そう言い、二人を連れ立って向かったのは探索者たちが集まるカウンター。今日も今日とて元気な探索者と受付がやいのしている場所だ。支部も騒々しいものだが、本部ともなれば受付の数も多い。

 しかも、どこに並んでも美人にたどり着く。

 永井は若干ウキウキしているようだった。

 

「──おい爺さん、あぶねえから帰んな」

 

 そんな彼に対して声をかけたのは金髪の青年。やや嘲りを含みつつ、だった。

 

「おや、心配してくれるのかい。だけど大丈夫だよ」

 

「そこのガキどもの面倒見ながらダンジョンなんて無理だぞ〜?」

 

「そうかそうか」

 

「……邪魔だったって言ってんのがわかんねえか?」

 

「ははは、相変わらず沸点の低い輩ばかりのようだ」

 

 二人をさりげなく影に隠しながら、にこやかな笑みを返す。

 

「…………」

 

「無言で凄むなんてのは、か弱い女子供には有効かもしれないが……もうちょっと頑張らないと……」

 

「ああ?」

 

「良いのかい? こんな老人に構っていては君のお目当ての仕事が無くなってしまうかもしれないぞ?」

 

「…………死ねやあばっ」

 

 振りかぶった拳そのまま、横っ面に吹き飛ぶ。

 何人も巻き込み、壁に激突して止まった。

 

「が……あ…………!」

 

 鎧の左脇腹部分が砕けている。息が詰まっているのか、立ち上がれない。誰が一体こんなことを──吹っ飛んだのとは逆方向に向く視線。

 

「お久しぶりです」

 

「……おや、確かに久しぶりだね」

 

 右足を振り抜いた姿勢。

 左脚を軸足として、ブレのない立ち姿を晒していた。

 

「お騒がせしてすみません」

 

「元気なことだね」

 

 そこにいたのは、女性。

 毛皮のマントを身に纏い、赤を基調とした鎧を装着している。背負っているのは槍、そして背後には知り合いらしき女性がさらに2名。

 

「今日はどうしてここに?」

 

「話をしにきた」

 

「話……」

 

 目を上に向ける。

 ランタンが浮遊し、天空光のように柔らかな光を注がせる高天井。そのさらに上へ向けた視線だ。

 

「まあ、そういう事だよ」

 

「何かあったんですか?」

 

「残念ながら個人情報が絡む事でね。あまり話せないのさ」

 

「そうですか……何かお力になれればと思ったのですが……」

 

「気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 それ以降は彼に絡む者は現れなかった。

 女3人組が睨んでいるというのもある。

 そして男ばかりの中で、紅一点とまでは行かないが女だ。わざわざ嫌われに行くようなアホもあまりいない。

 粛々と並んで、受付に向かった。

 

「ところで先生」

 

「これも何度目か……私は君の先生ではないのだが……」

 

「ところで先生」

 

「…………なんだい」

 

「そこの二人は?」

 

「協力者の拾い子たちだね」

 

「?」

 

「いや、私の研究室に所属している学生なんだけど面白いやつでね。教え子というほどには教えてないし、さりとて無関係なわけでもない。協力者というのがしっくりくるんだよ」

 

「…………で、その人の拾い子というわけですか」

 

「そうだよ」

 

「ふーん……」

 

「ところでサニア君は最近どうなんだい? 彼女たちは新しい仲間だろう?」

 

「はい、リサとセナです」

 

「ふむふむ……レベルで言うと40手前ぐらいかな?」

 

「流石です」

 

「おお! 当たったね! ……っと、そろそろ順番だ。すまないが話はまた後で──」

 

「──必ずです」

 

「お、おう……?」

 

 凄みを感じる距離に詰め寄ったサニアに若干引き気味ながら、人混みの向こう側に消えて行くまで笑みは崩さなかった。

 

「あの……」

 

「ああ、うん」

 

「お知り合いなんですよね?」

 

「……奇縁というやつかな」

 

「迫力のある方でしたね」

 

「若さだねえ」

 

 やっとこさ辿り着いた受付。

 何故初老のオッサンがここに……とやや困惑している受付嬢に対して、静かに話しかけた。

 

「初めまして、お嬢さん」

 

「は、はい」

 

 物々しい話し方。

 荒々しい探索者たちの圧や熱とは違う、静かで回避不可能なそれを前に。受付嬢は飲み込まれていた。

 

「私は永井というものだ」

 

「永井さん、ですか?」

 

「ダンジョン化の件で話したいことがある」

 

「ダンジョン化、ですか」

 

 それは、受付が属する総合部でも話題になっていた。直接何かをする部署ではないが、横のつながりで流れてきた情報である程度は皆把握している。

 しかし、そのことで部外者がなんの用なのか。

 

「調査室の人間をまずは連れてきて欲しいな」

 

「…………」

 

 ──トカツカとカーペット敷の廊下を歩く。

 すれ違うのは商工会の職員ばかり。

 当然だ。

 何せここは商工会の総本山、本部の中なのだから。

 

「──あの……僕たちも一緒にいて良いんですか?」

 

 レイトは不安そうに尋ねた。

 今更なことだが、この件に関しては加賀美明宏と永井文俊、そして山田家が主な問題だ。探索者としても大したことのない自分とシエルがこんな高級な場所にいて良いのかと不安になって当然というものだろう。

 

「完全な部外者ならともかく、君たちはダンジョン化の場にいた。一緒に来る権利は当然あるさ──来ない権利もね」

 

 永井は嘯いた。

 

「まあ、良い機会じゃないか。普段関わっている商工会の裏側になんてなかなか入れない。せっかくなら楽しむことだね」

 

 しかしこの男、発言の割にはすんなりと入っていた。自分以外の人間は、という接頭辞でも着くのか。

 

「どこに行くんですか?」

 

「探索部の部屋だよ」

 

 緊張でガチガチの受付嬢ともう一人の職員、そしてその後ろを余裕たっぷりに歩く永井。対照的な姿に、レイトはなんだか哀れなものを見ている気分になった。

 彼女はただ受付をしていただけなのに、あれよあれよと案内役にされてしまったのだ。

 

「どんな仕事も、仕事であることに変わりはないさ」

 

「?」

 

「そんな目で見る方が失礼だよ?」

 

「! ……は、はい!」

 

 100mもの高さを誇る城の内部に広さは、もちろんダンジョンには遠く及ばない。しかし空気が澱んでいるような気がして、一歩一歩進むごとに疲れが溜まって行く──ような気がした。

 

「慣れない場所というのは疲れるものさ」

 

「ふへえ……ふへえ……」

 

 歩くこと数時間──なわけない。

 しかし体感では数時間ぶっ通しで険しい山道を歩き、死んだ目になったレイトの前で永井が立ち止まった。

 

「わぷっ」

 

「おや、すまない」

 

「す、すみまへぇん……」

 

「……ふふふ、彼が気に入った理由が少しだけわかるな」

 

 さて、と顔を険しくする。

 一枚の扉。

 それを隔てておそらくは彼の会うべき人物がそこにいるのだ。レイトもヘロヘロの顔のままでいるわけにはいかないと顔を引き締める。

 

「そんな無理しなくて良いさ、これは私たちの個人的な問題だ」

 

 君たちは関係無いからリラックスしていろ──背中で示すように、扉を開けてズンズンと中に入っていった。

 

「あ、ま、まって……」

 

 ヨタヨタと着いていこうとして、襟が引かれる。

 ギュッと。

 

「……」

 

「シエルちゃん……」

 

 疲れた目でシエルの様子を見ると、彼女も慣れぬ場所のためか疲れているように見えた。

 湯だった脳みそが一瞬で計算を弾き出す。

 こんなヘロヘロ二人がいても……

 

「──あの〜……こっちで一緒に待ってません?」

 

 受付の彼女が、疲れ顔で手招きをしていた。

 温かい飲み物とお菓子、そしてソファー。

 

「…………そうしまふ」

 

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