【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
そこは待合室だった。
何かの毛皮をピッシリと張った高級そうなソファー。当然のように置いてあるカップ。並べられた菓子。
ふらふらと部屋に入り込んだ。
「はぁっ……」
トサリと背もたれに身を預ける。かって知ったる我が家でも彼の家でも無いが、心的な疲労が凄かった。まず、地上階での探索者の列。普段は見ることのない人の多さだ。
そして商工会の城を練り歩くという別に楽しくもない経験。永井は楽しめなどと言っていたが、レイトは緊張からそんな気分にはならなかった。
「疲れたな……」
「探索者がそんなことで疲れちゃダメだよ?」
「あはは……」
「レベルは幾つなの?」
「10です」
「あなたは?」
「11」
「じゃあ駆け出しなんだね」
受付嬢は、レイトたちを微笑ましく見ていた。先ほどの老人とこの二人の関係性はいまいち読めないけれども、冷たい雰囲気は感じない。それにレベルも低い。価値観の狂った探索者どもと違って、なりたてならば変なことにはならないだろうと気を抜くことができた。
「あのお爺さんって、どんな人なの?」
「はい?」
「い、いや、ほら……暇だから雑談しよっかなって」
不思議そうな顔。
ただそれだけなのに、このツラの良さでやられるとドギマギしてしまう。そして、隣に座る少女も同じく顔が整っている。なんだろうこれは。
嫉妬すら起きない。
ただただ綺麗で、受付嬢の心臓がドキドキと高鳴った。
「僕たちも実はあんまり知らなくて……」
「え」
もしかして:誘拐
「加賀美さんが着いていけっていうから一緒に来たんです」
「カガミさん?」
「えっと、加賀美さんは──」
少年の語るカガミという名の探索者の概要。
どうやら慕われているようだ。
前世でどれだけの善行を積めばこんな少年に好かれることができるのか、と未だ見ぬカガミへ今度こそ嫉妬を抱く。
「へー……良い人なんだね!」
しかし、そんなことはおくびにも出さない。美少年の前では女は良い顔をしていたいのだ。昼は特に。
「恩人なんです」
「恩人?」
「…………モンスターに襲われた時に逃げた先で……助けられたんです」
「──ああ、なるほどね」
そういうことか、と納得した。確かにそういう話は稀によく聞く。勝てないモンスターに挑み、ひどい怪我を負った先で別の探索者に助けられたという話。
それで恩を感じて懐いているのだ。
──くだらない。
あんな下世話な奴ら、みんな死ねば良いのだ。
どんなモンスターを倒したとか、風俗で女を鳴かせたとか、魔石を売っぱらって大金を手に入れたとか、くだらない話しかしない。給仕係として注文の食事を運ぶ時も、何度尻を触られたかわからない。
「大丈夫? 騙されたりしてない?」
「?」
「嫌なこととかあったら話に乗るからね?」
彼女の心に突然として燃え上がったのは義憤の心。この純粋で可憐な少年を、加賀美とかいう魔の手の内から救い出さなければという使命感だった。
「嫌なことですか?」
「うん、そのカガミって人から変なこととかされてない?」
探索者がダンジョン内で別の探索者を助けるなど、気まぐれに起こり得ることだ。大事なのは日常生活でどのように振る舞っているか。少なくとも彼女は、尻を撫でてくるような探索者がダンジョンで誰かを助けたからといって、そいつを見直すなんてことはない。
「されてないですよ?」
「されてないと思っていても、無知につけ込んでされてる可能性はあるんだからね」
「……?」
「気をつけなきゃダメだよ!」
「は、はい……」
いきなり、一生懸命な雰囲気で話し出した不思議なお姉さん。こういうときは素直に頷いておくに限る。
「はいこれ、私の番号! ソイツから何かされたら、すぐにかけて!」
「???」
もはや、全ての行動が意味不明だった。しかし受け取らなければ、この不審者に何をされるかわからない。かつて3人とともに支部に行ったときもこういう変な輩はいた。勝手に熱くなって、勝手に先輩面をして、寄ってこようとするのだ。
しかし、明宏が変なことをするなどとは──
「……」
自信をもって、レイト自身がそれを強くいうことはできなかった。なにせ明宏の幼馴染であるミツキとレイトは二人揃って、明宏が自分へそういう事をしようとしていると勘違いしていたのだから。
「はい、これ食べて」
「ありがとうございます。……シエルちゃんは食べない?」
シエルはいつになく静かだった。基本的に静かで、独り言という概念の存在しない彼女。しかし、みじろぎ一つせずにいるというのは中々ない。
まるで人形のように無気力に座っている。そんな彼女の頭を、レイトはなんとなく撫でた。
「…………」
シエルは頭だけを動かして、レイトを見る。
「!」
気のせいかもしれない。
涙が実際に出ているわけでもない。
しかし、何故かレイトにはその瞳がいつもよりも湿度の高い空気を纏っているように思えた。
「……っ」
「…………?」
それは一瞬だけ。
瞬きをすれば次の瞬間にはいつものジト目に戻っていた。疲れが見せた幻覚の類かと頭を振り、改めて菓子を渡す。
「はいこれ」
「ん」
甘くてふわふわしている。
食べたことが無いものだった。
明宏が買ってきてくれたケーキみたいだが、アレとも少し違う。しかし、おいしく食べられればなんでも良いとすぐに思考を切り替えた。注がれたお茶も適温で、スイスイと喉を進む。
暫しの休息。
疲れた頭に甘味と水分が良く効いた。
「あなたの名前は?」
「シエル」
「シエルちゃんか……珍しい名前だね!」
「そう」
「幾つなの?」
「…………」
この女なんなの? とレイトをチラ見する。
「えーと……シエルちゃんはあんまり話すのが好きじゃなくて……」
「あ、そうなんだ。じゃあさっきの話の続きしようよ!」
「さっきの話?」
「あのお爺さんって、どんな人なの?」
「ええと……良い人ではありますね」
「名前は? 苗字だけはさっき聞いたけど」
「確か…………永井フミ…………フミ…………フミヤ、だったかな……」
「へー」
「文俊」
鈴の音のような声で訂正が入る。
「あ、そうそう! フミトシ!」
「永井文俊……なんかどっかで聞いたことあるような」
「本書いてるって言ってましたよ」
「んー……どこで聞いたかなあ……本、読まないからなあ」
シエルは部屋の隅にある棚を見つめた。
そこには本が置いてある。そこを探れば見つかるかもしれないのに、何故何もせずにうんうんと唸るだけなのか。もしかして目が見えないのか? と非合理な事しかしない二人にあり得ない嫌疑をかける。
「そこ」
「…………あ、本だ!」
「はぁ……」
本当に、全く興味がなかったのだろう。二人は途端に立ち上がると近寄り、しゃがみ込んで少し読むとすぐに戻ってきた。
「なんか難しそうだから読むのやめたー」
「うん、私たちには無理だねー」
アホ丸出しのボケ顔。この二人はきっと永井とは致命的に趣味が合わないだろう。
「あのお爺さんは良いからさ……加賀美ってやつの話、もうちょっと聞かせてよ」
「はい!」
──────
「──そういうことか」
商工会の頂部。
最も高い建造物の、最も高い位置に存する部屋。
椅子に腰掛け、足を組んで世界を見下ろしている壮年の男の元へ。呼びつけた人間が背中越しに届けた情報。
男は椅子を回転させると、入ってきた者へと正面を向ける。
「読めない人だが……ここまで読めないとはな」
「既に通してしまったようですが、いかがいたしましょうか」
「何故真っ先に聞く? 自分で考えないのか?」
「……申し訳ありません」
「全く……事後報告にも程があるな」
しかし、報告を受けてしまった以上は何かしらの裁定を下す必要がある。
「例の件だろう?」
「はい、ダンジョン化の件との事で柳葉部長も焦っていたようです」
「ふん……成果が無いからな」
探索部から最上部まで上がってくる情報は、未だに更新が無い。山田家の関与を示す証拠は見つからず、魔素濃度からも異常が見つからないという状況。
男の元には確定した情報のみが上がってくるようになっているが、それにしてもいい加減進展させろと指示を出していた。
「あの無能たちのせいで…………割を食うのはいつだって後の世代だ」
永井文俊が協力を固辞するに至った経緯、そして過去の個人的な出来事。
それらを踏まえ、男は思考した。
「おおかた、探索部が強引に巻き込もうとしたのだろう」
「…………」
「あそこの人間は現場主義だ。その場の判断で事を進めようとするクセがある」
「では、止めますか?」
「何故そうなる?」
「……」
「もう起きたことを覆すのは、神にしかできない」
じゃあどうするか早く言えよこの間抜けが! と言えるわけもなく、粛々と頭を下げる。
「浅慮でした」
「外部協力者にいつまでもおんぶに抱っこ……だから成長がないのだよ、この組織は」
「では、協力は仰がないと?」
「永井教授も協力するつもりはないのだろう。ならばそうするしかあるまい」
「ですがどうやって?」
霊領に行ったことがある人間など一握りだ。
一級探索者でさえ、そこが霊領だと分かった上で足を踏み入れたいとは思わない。レベルでは覆しようのない力がこの世にはあるということを、高レベル探索者になるほど実感するのだ。
「人員を入れろ」
「…………」
「聞こえなかったか? 人員を入れるんだ」
「ですがそれは、神を怒らせるのでは……?」
「何も一気に全部入れろとは言ってない。教授のがやったのと同じように、じっくりと進めていくんだ」
ならば、最初から土下座してでも協力を仰ぐべきなのでは──
「いいか、これは威信の問題だ」
「…………」
「永井文俊の協力がなければできなかったなどという風聞を流させてたまるものか」
「なるほど……」
一理ある。
権力基盤としては安定していても、威信──畏れという側面から見ると首を傾げざるを得ないというのが今の商工会だった。
「生ぬるいのだよ」
親しみやすいのが現在の蒼連郷であり、先代会長が築き上げてきた形。モンスターやダンジョンという危険を除けば、誰もが望む理想郷だ。
「もっと力を集めなければならない」
今代の会長、田辺長元(タナベチョウゲン)が目指す形は違った。
「あの女は方向性を間違えた」
力を一極集中させる。
暴力を振るえるのは商工会だけ。
誰も逆らおうなどとは思わない機構を作り上げる。
それが田辺の目標。
「だが、今は無理だ」
現在の商工会にそんな力はない。人民と仲良しごっこをしている状態で、いきなりそんな事を言い出したらどうなるか。
『ぶっ潰してやんよ!』
『あーあ、楽しいワーキング!』
『クケキキキクカケコキキャアアアアアア!』
『学ばないねえ』
『城に対してダイレクトアタァァック!」
『──粉砕』
『前から食ってみたかったんだ! あの城!』
そう、一級探索者たちが敵となる。
総力を上げればリヴァイアサンの進行を止める程度の力を持っている彼らが、商工会という組織そのものを解体し始める。もちろん田辺は死ぬだろうし、商工会がそもそも跡形も残らないだろう。
「忌々しい……」
それは彼の望むところではない。
自分が王になり、世界を支配することこそが世界を救う方法であると彼は信じていた。
故に、いきなりではない。
慎重に牙を抜いていく。
こちらの好きなタイミングで彼らに牙を生やし、敵へと向けられるように。従順で凶悪な怪物を作り出すことが必要だった。
「調査や研究は引き続きだが、新たな体制を構築するためには時間が要る」
「…………いずれはお伽話に出てくるような王になることが目的だと?」
「お前ならばわかるだろう」
薄く笑った。
このタイミングで呼びつけたのは、素質があったから。冷たく、利己的で、評判が悪い。
そんな人間こそが仲間として適任だった。
「会長などと、笑わせる。この広大な土地を統べる者に当てはまるのは王以外に無い」
「……おっしゃる通りですね」
「とはいえ、それはあくまで将来の話だ。今しばらくはこの堅苦しい肩書を背負ってやろうでは無いか」
「永井氏は?」
「柳葉部長に伝えろ。彼の言う通りにしろ、とな」
「承知しました」
「さて、まずは山田家から霊領を取りあ──譲っていただくぞ」
「ふっ」
「なんだ?」
「アレですね、あなたは悪い人です」
「何を言う! これも未来の人民のためだ!」
二人はいい笑顔を浮かべていた。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
-
いる
-
いらない