【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
第一セクターまで来て、本部や中央市街区でだけ活動するというのはあまりにも勿体無い。折角なので海岸で──というのは少し考えたほうがいい。
「くぅ……くぅ……」
初めてのお酒で、いつもよりも深い眠りから目覚めない二人が起きるのを待ってから、というわけではない。
──雪!
「雪! 雪! 一面の雪! ……すごいな!」
カーテンを開けるとそこに広がっていたのは、市街地では無いのではないかと一瞬勘違いするような雪景色。窓枠にも雪が積もり、歩いている人々の膝下まで埋もれるような降雪があったということだろう。
第1セクターを始めとした一桁台のセクターにはこのような現象があることが広く知られている。人が多く住む平野かつ沿岸地域であるにもかかわらず、通常考えられないほどの雪が一晩で街を彩るのだ。
「久しぶりに見たなあ……」
ミツキはこっそりと幼馴染の横顔を覗く。
「──」
口元が弧を描き、目が細まっていた。
未知との遭遇は彼にとってこれ以上にない娯楽なのだと、ミツキはなんとなしに思っていた。というのも明宏の行動について、以前は肝っ玉が座っているからだと勘違いしていた。なにせ、出会ったその時から何も恐れるものはないと邁進していたのだから。
実際は少し違った。
確かに恐れるものはないのかもしれない。だけどそれは、肝っ玉が座っているからじゃあなかった。夢の中で過ごした一生、コウキ曰く神にいじられた哀れなやつである明宏は、すでに人生を終えていた。だから大抵のことは経験済みで、既知だから怖くなかっただけだった。
──だからどうした!
人生を既に、とか全てが経験済みでとか、そんなのは何の言い訳にもならない。
明宏が経験したのは自分がいない人生。つまり、経験した気になっているだけで実際は何も経験してなどいない。自分がいる人生がどれだけ『そっち』と違うかを分からせてやろう。
「ほら、アレがスノーマンだよ!」
「おお、本当に雪だるまが……聞きしに勝る不思議生物だな」
雪上をスイスイと滑らかに活動するのは、背丈1mほどの雪だるま。完全な球体である胴体と頭部、鼻の代わりについた物体、突き刺さった枝が腕の代わりとしてピョコピョコと動いている。
冬の観光名物、スノーマンだ。
「あれ、食えるんだよな?」
「…………何言ってるの?」
「だってあれニンジンだろ」
「スノーマンを食べるなんて、とんでもないこと言うね……」
極めて──それはもう極めて稀な、人間に無害なモンスター。市街地かつ大雪が降ったとき限定で出現する奇怪な存在。
何がどうなったらこんなモンスターがこの世にいる事を許されるのか。誰も解明はできていない。しかし、魔素を観測できていない分際でスノーマンの存在を否定することはできない。
子供が蹴っても悲しそうな顔をするだけで怒ったり危害を加えたりはしない。むしろ、母親や父親がブチギレて子供をぶん殴るだけだ。
酔っ払いが外で寝落ちしそうになっていたら雪玉をぶつけて起こすし、ひとりぼっちの子供がいたら集まって慰める。
少なくとも、出会った人々は彼らを受け入れていた。
「ニンジン……久しぶりに食いたいな」
「どれ?」
「鼻」
「グロいし汚いこと言うのやめて」
「えー……」
こちらに手を振るスノーマンの一体。
真っオレンジな円錐の物体が顔の中心を彩っている。
ニンジンは特別に美味しいものではない。ジュースにすればこれほど美味しいものも中々無いが、マトモな味覚を持っている人間の食事の中心に来ることは決して無いだろう。
しかし、20年ぶりのニンジンともなれば話は変わって来る。
「鼻、引っこ抜いてくるわ」
「本当に!? 本当にやるの!?」
「一緒に来るか?」
ミツキの幼馴染は、何とも残酷な事を行おうとしていた。
「い、いじめっ子みたいだよ……」
「人は、何かを搾取せずには生きていられない生き物だよ」
「…………ぜーったい、今言うセリフじゃ無いから!」
何をするにしても、自分が止めよう。
腹に決めて着いていくことにした。
しかし、二人分の熱気が生み出されている部屋でも寒さを感じるような寒気。掛け布団から抜け出した途端に心が折れそうになる。
「さむいぃ……外出たく無いぃ……アキィ……」
「ほら、風邪ひくからこれも着な」
「おじいちゃんありがとう……」
「お前マジ」
廊下に出ると、老人らしく早起きなのか永井がすでに服を着替えていた。
「……お出かけかな?」
「ちょっとスノーマンを見に行こうと」
「おお、奇遇だね。私もそうなんだ」
「何か気になったことが?」
「久しぶりにスノーマンを観察したいだけだよ。そういう君は?」
「あの鼻をもらおうかと」
「鼻?」
「ニンジン、久しぶりに食べられないかなって」
「──よく分からないけど、食べられるのかい?」
「そこらへんを丸ごと確かめたいというわけです」
「あー……食材かあ……」
あーだのこーだのと言いながら、着ぐるみ状態のミツキがいることを忘れたかのように二人が歩いていく。
こんな朝から酒場には人がいる。宿の店主はまだ表には出てきていないが料理の匂いが漂ってきているし、部屋に閉じこもっているなど耐えられない探索者や観光客の幾人かは酒場に集まって静かに酒盛りをしていた。
「みんな朝から呑むんだあ……」
「ミツキも今度朝から呑んでみるか?」
「うん」
「加賀美くん……別に真似しなくても良いんじゃないかな」
「何事も経験じゃ無いですか」
「そうは言うけどね……」
「酒でやらかしたことがおありで?」
「…………」
その質問に答える義務はないと酒場をスッ、と進んでいく。二人は置いてけぼりだ。
そして永井の姿を目にした探索者がしきりに隣の探索者へと話しかけている。おそらくはパーティーメンバーだろう彼らが何を話しているのか、明宏は少しだけ聞き取ることができた。
『蒼い流星の──』
『────ったのか』
『──かんねえ────現地妻?』
感じの悪いとまではいかないが、永井のことに関してコッソリと話している様子。有名な学者だから知られているのかと納得しつつ、あまり関係ない話のような気もする。一応は気に留めておくことだけ決め、永井に続いて冬将軍に備えられた機密性バッチリ、ミッチミチの扉を開ける。
「──うおっ(笑)」
「ちょ……かがみく……これ……なんとか……ぼぼぼぼぼ」
永井に大量のスノーマンが群がっていた。
子供くらいの背丈のスノーマン達は腰くらいで枝を振り上げ、何かを主張しているようだ。群れの後部に回されている個体達は、怒りの主張なのか湯気みたいなものを頬から発生させながら雪玉を放っていた。
通りすがる人々は何事かとパシャパシャ写真に撮り、成り行きを守っている。
「し、下を見よ…………見よぼっ……見ようとしたら! こ、こんな……ことに!」
「とりあえず助け出すか」
「……ど、どうやって?」
軽く跳ねながら永井をギュウギュウにおしくらまんじゅうしていくが、人間やペンギンと違って彼らは少なくとも体温は0℃以下だ。このままでは凍傷になってしまう。
しかし、どうやってこの状況を解消するつもりなのかミツキは横を見た。
──誰もいない。
「なあなあ」
「え」
明宏はスノーマンの肩を叩いていた。
『?』
「このままだとあの人死んじゃうからやめてあげて欲しいんだ」
『!』
スノーマンは胴体と頭、枝が分離して飛び上がるほどに驚き、大慌てで前にいるスノーマンを叩く。
『?』
『──!』
バババと何かしらジェスチャーを見せると、それを受けたスノーマンは明宏をチラッと見て飛び上がる。ドンドン動きと驚きが伝播し、やがて永井の元まで辿り着いた。
──解放された永井は道路に片膝をつく。
「た、助かった……」
「目を離した好きにこんなことになるとは、先生にしては迂闊ですね」
「いやいや……この世は私の知らぬことばかりだよ……ありがとう、よいしょ」
明宏の手を借りて立ち上がると、少し離れたところで見ているスノーマン達に軽く手を挙げた。
「下を見ようとしたってのは?」
「そのままだよ……」
胴体の下。
球体が接地している部分の事だろう。
地面と接してどれくらいつぶれているかを調べようとしたということか。
「確かに実験機材なんて持ち込んでる間に溶けちゃうでしょうけど……何が原因で群がられたんです?」
「うーん」
「とりあえず再現してくださいよ」
「──こっちおいで」
犇くうちの一体を呼び寄せると、体についたゴミや綺麗な形を崩す原因となっているものを手で払いのけていく。顔の形をなしている小枝がムニムニとむず痒そうに蠢き、腕枝を上下に動かしている。
「こんな感じでゴミを払った後に、身体を……」
ヨイショ、と顔を持ち上げる。脳──雪だるまに脳があるかは知らない──と分離しているにも関わらず、胴体は動き続ける。
「こうやって観察しようとしたらいきなりやってきたんだよ」
「重くないんですか?」
「そこまでだね。もしかしたら中空なのかもしれない…………あ」
「あ」
「──ちょっと待て加賀美くん、なぜ離れようとしているんだい?」
「いやほら、邪魔したら悪いかなって」
「…………」
並んでいるスノーマン達を指差す。
先ほどとは違い詰め寄るようなことはしないが、列は曲がり角の先まで行っていた。
「ご所望のようですね」
「…………き、君だってスノーマンが見たいんじゃないのか?」
「いや俺は食べたいだけです」
「な、なんたる……」
永井はひきつった顔でスノーマンのゴミをはらい始めた。なぜ自分は朝からこんなことを……と考えているのが丸わかりな表情だ。
──綺麗になった身体を嬉しそうにペタペタと触るスノーマンのうちの一体へ話しかけた。
「なあ君」
『?』
「その綺麗な鼻を触っても良いかい?」
『…………』
「具体的にはニンジンかどうかを確かめたいんだけど」
『……?』
腕を組んで考え込んだスノーマンは、知り合いのスノーマンを呼ぶと腕を振って何かをやりとりした。
『──』
『──?』
『?』
『…………!』
2体はカシャカシャと枝を動かしては百面相を続ける。
「…………」
「い、意外と穏便にするんだね?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「鼻を引っこ抜くのかなって」
「野蛮人じゃねえか」
「さっきの言い方だと、そうとしか思えなかったよ!?」
「流石にそんなご無体は……人目もあるしな」
「人目がなかったら?」
「人目というか、ダンジョンだったら基本的には対話とかする意味ないし」
「自分で人目って言ったんじゃん……」
そして、覚悟が決まったのか。
(`・ω・´)と眉毛を太くすると鼻をつんと突き出す。
「失礼しまーす…………おお、硬いな」
「え、私も触りたい」
『…………』
良いよー(^_^)と許可をもらったミツキも鼻に触れる。手袋越しに、ミツキの手に硬い感触が。
「うわー、かったーい」
『!』
「え」
スノーマンはびくんと震えた。
「大丈夫?」
『!』
二人から鼻を触られながら、(*´ー`*)と照れた表情を浮かべる。
「かわいいー! 持ち帰りたーい!」
「何言ってんだ……」
冬の間は大丈夫でも、次の雷季には溶けてしまう。そんな数ヶ月限りの儚い命を持ち帰ってどうするというのだ。
「結局、これはニンジンなの?」
「いや、どう考えても違うだろ」
「知らないよ!」
ニンジンにしては色がおかしいし、触った感じもニンジン感が無い。
これはつまり、ニンジンでは無いということだ。
「まあ、ニンジンじゃ無いからって食べられないとは限らないけど」
『!?』
自分、食べられそうになってます!? と慌てた挙動を見せる。
「アキ!?」
「ただの事実を述べただけだよ。俺たちだってモンスターから見れば食糧だし……なあ?」
『!!!』
激しく首を横に振る。
「ありゃ、本当に普通のモンスターとは違うんだな。会話も通じるし」
「もう! 意地悪しちゃダメだよ! ……ごめんね、ユキコちゃん」
「なんで名前つけてんの……」
「だって、こんなに可愛いんだよ!?」
「…………まあ……」
可愛いのは事実だった。
通りすがりも立ち止まり、永井と一緒になってスノーマンの体についたゴミを落としている。
逆に、子供を高い高いしている大きめの個体もいた。
「……寒っ」
数十分は外にいるので、ミツキの手が冷えている。
「戻るか?」
「うん……あー、あったかーい……」
「…………」
明宏の首筋へ冷えた手を当てると、ミツキの手を血が巡っていく。
そのまま一旦、酒場へ退避した。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない