【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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109_彼が持たぬモノ

 

 ギリリと引き絞られた弓。弦は今にも千切れそうなほどに張り詰め、矢尻がどこかへ消えていってしまうような気にさせる。

 列車の上を流れていく風と景色の中で唯一、青年の瞳だけは揺るがなかった。

 

「──赤い?」

 

 その身体を覆う赤い気体は降り注ぐ雪を溶かし、水滴にして後方へと流れていく。それだけにとどまらず矢全体には濃く気体がとどまって、様子を見ている二人の方まで熱気がやってきた。

 

「熱か? いや、気ってやつ?」

 

「…………」

 

 レイトは見惚れた。

 自分には無いもの。不利な形勢を逆転し、乾坤一擲の一撃を可能にする超常の力。目の前にいるのは、まさに探索者を象徴するような探索者だった。明宏と同年代くらいの顔付きで──彼ほど目力は強く無いが──力強く立って今にもワームへ向けて攻撃をけしかけようとしているようだった。

 

「──はぁっ!」

 

 鋭く大気を切り裂いた声。ヒュルルと音を立てて放たれた矢はワームを次々と貫いていく。強靭な外殻は通常、矢などで徹すことなどできはしないが異能がそれを可能にしていた。

 

「よしっ!」

 

 レンがグッと拳を握る。

 今ので相当数のワームを屠ることができた。

 やや勢いが弱まったように見える敵勢に、あっくんが息を吐く。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ、あっくん」

 

 せかせかとあっくんの汗を拭く。どうやら先ほどの異能を使うと汗が出るらしい。明宏は目を細めてその光景を見ながら遠くを泳ぐワーム達を観察する。

 

「──大丈夫ですかね?」

 

「さあな、生憎とこういうトラブルに出会った経験が少ない。プロに任せよう」

 

 ポケットに手を突っ込んで、堂々と情けないことを言う。しかし、経験が少ないなんて白々しいことを……とレイトはジト目で見た。

 トラブルメイカーの発言はいつだって信用に値しないのだ。

 

「2人は……」

 

 続いて見るのは攻撃を行っていた二人組。流石に計3回でぶっ倒れるような貧弱な探索者では無い。あっくんが休憩している間にレンが再び手のひらをかざしていた。

 

「あれは?」

 

「まあ見とけって」

 

 先ほどは窓に引っかかって落ちそうになっていたために、何が起きたかを全く目撃していない。耳、音だけで状況を把握するのは厳しいものがあった。

 そんなレイトの目の前で、縒り集められた火の粉が合体して大きさを増していく。

 

「うわああ! すごいなあ!」

 

「──ふふん」

 

 目を輝かせるレイトに気をよくしたのか、ニヤリと笑みを効かせてさらに炎を練る。色を変えていく炎球は、青色に到達すると花火のように火の粉を辺りに撒き散らし始めた。

 バチバチと音を鳴らす様子に、さらにレイトはテンションを上げる。

 

「すごいすごい!」

 

「あ、あれ……あれれ……あれあれあれあれ」

 

 しかしレンはパニくっている。しきりに相方を見ると、視線だけで何かを訴えかけていた。

 

「早く撃て!」

 

「で、でもこれじゃ距離が……」

 

「いいから!」

 

「──えやあ!」

 

 先ほどは自発的に飛んでいった炎を砲丸投げのようにどっせいと放る。速度はあまり出ていない。数十mで地面に直撃して火柱を立てた。ゆっくりな軌道と先ほどの攻撃を受けての学習か、ワーム達は炎を軽々と避けてしまった。効果を成していない。

 逆に、乗客達に不安感を押し広げる効果だけをもたらしている。

 

『きゃああああ!?』

 

『なんだあ!』

 

『別のモンスター!?』

 

 パニックになる乗客達の声が屋根を貫通して聞こえてくる。レンは中腰で怯んだような顔をしている。やっちゃった……と言いたげだ。

 

「大丈夫か!?」

 

 あっくんは慌てて駆け寄ると、レンの手を取って怪我をしてないかを何度も確認する。

 

「う、うん……でもごめんなさい、体力無駄に使っちゃった……」

 

「説教は後でするとして──立ってられるか?」

 

「ごめん……」

 

 フラフラとよろめく。

 どうやら先ほどの挙動は意図したものではなかったようだ。レイトに褒められて調子に乗ってしまったのだろう。そして、その代償は体力の大幅な消耗。ふらつく体を支えられ、その場に座り込む。

 

「一長一短だな」

 

「…………はい」

 

 意味がわからないが、雰囲気でとりあえず頷いた。

 

「アリサみたいなヒーリングファクターは使い勝手がいいけど、戦闘には向いてない。一方! あいつらのはここぞって時に使えば戦況をひっくり返せる兵器みたいなもんだ! 俺もほちい〜!」

 

「へえ……そういえば加賀美さんってなんで異能を持ってないんですか?」

 

「…………」

 

「加賀美さん?」

 

「あれだよ……あのー……うん、日頃の行いが悪いからかな」

 

「適当すぎないですか!?」

 

 シケた顔で質問を流される。あまり見ぬ表情にやや驚きながら、突っ込まれたく無いのだろうと察するとワームを見る。そこには、数が減ったながらもいまだに列車へ襲い掛かろうと向かってきている姿があった。しかも、割と集まっていた先ほどと違ってバラけた位置を泳いでいる。これでは、先ほどのように爆発を起こしても大した被害は与えられないだろう。

 

「これ、不味く無いですか?」

 

 レイトの懸念は当然、他の人間も同じように抱いている。不安そうな声がいくつも聞こえる下を指差し、いまだ動く気のない彼を見上げた。

 

「あの……本当に戦わないんですか?」

 

「──三船くん、俺たちはヒーローじゃない。分際ってものを弁えるのも時には大事だ」

 

「でも、子供がいっぱいいますよ?」

 

「…………」

 

「見捨てたらみんな死んじゃうと思うんですけど……」

 

「…………」

 

「え? ……あ」

 

 ちょいちょいと指差した方。あっくんが立ち上がり、再び弓を構えていた。

 

「あっくんはまだやる気らしい」

 

「あっくん言うな! 誰なんだよお前は! やる気もねえくせに邪魔臭え!」

 

 口を突いて出る悪態、しかし彼の目はしっかりとワーム達を向いている。あの散らばりようでは一息にとはいかないだろう。しかも、弦を引っ張っているだけで矢を番えてすらいない。

 どうするつもりなのか。

 

「難しいことなんか知るか!」

 

 怒っているような声だった。

 

「全部倒せるかとか、そんなのは知ったこっちゃねえ!」

 

 熱が彼を包む。

 

「やってみもせず、カッコつけてるだけの奴らにはわかんねえだろうけどな!」

 

 熱が広がる。

 

「やらなきゃ死ぬんだ! だから、やるしかねえんだよ!」

 

 それは決意というよりも、彼の死生観そのものなのだろう。命に対する彼の向き合い方がそのセリフに表れていた。

 

「──らあっ!」

 

「おおっ!?」

 

 解放された力みから生み出されたのは赤い半透明の矢。三本に分かれると、最も近くにいたワーム達の脳天をぶち抜いて四散させた。

 

「ぶはぁっ! ……っはあ……っ! ……はぁ……!」

 

 しかし、その程度だ。息咳きっているあっくんは今にも倒れそうなほどの様子だが、ワーム達はまだ数が残っている上に、遠くには一際巨大な雪煙が立ち上っている。

 

「打ち止め──ってやつだな」

 

「いや……あの……あれは……?」

 

 雪煙のせいではあるが、どれだけの大きさか全く把握できない何かが列車に向かってきている。先ほどの群れの個体達は長さはともかく、太さは1m程度だったのに。こいつは列車と同じくらい太いのは間違いなかった。

 それをドン引きの顔でそれを待ち受ける。

 先ほど彼女が放った暴走直前の火柱ならば攻撃になるかもしれないが、自分ではとても傷付けることは叶わないと一瞬で理解できた。

 

「あ、あの……」

 

 いきなり現れた戦力爆上げモンスター。流石に戦わない選択肢は無いよね……? と若干不安になりながら裾を掴む。

 

「白い棺桶ことディープランドクァーリー、ワーム型モンスターの一種だな。推奨レベルは60──全力の装備でやってどうなるかという興味はあるっちゃあるけど、ここで試すもんでもねえよ」

 

「え?」

 

「つまり、俺があいつと戦う時は周りのことを顧みる余裕なんてないってこと」

 

「…………どうするの!?」

 

「うるさっ」

 

「死んじゃいますよこれじゃあ!」

 

 ズゴゴゴと地響きを鳴らしながら近付いてくる巨大な体躯を前にして、穏やかな表情でいられるはずがない。錯乱して走り出そうとしたレイトの首根っこが掴まれ、そのまま持ち上げられた。

 

「落ち着け」

 

「で、でもどうしようもないじゃん!」

 

「流石にここまで来れば大丈夫だって」

 

「なにが!? もうだめだあ!」

 

 回避不能な距離。

 雪煙が間近に迫った。

 

「うわあああ!」

 

『──しゃあねえな』

 

 ゴォンと、重々しい音が鳴った。そしてほぼ同時か、あるいは音に先行するように。閉じられたレイトの瞼を光が貫いた。恐る恐ると瞳を空気に晒す。

 

「──!?」

 

「ホームラン」

 

 飛んでいる。

 鳥やドラゴンではなくワームが。

 自発的な飛翔ではない。明らかに何かの斥力によって弾き飛ばされていた。その証拠に、ワームの肉体はくの字に折れ曲がっている。

 

「ゆ、雪が……!?」

 

 それだけにとどまらない。ワーム達が押し寄せてきていた方面の雪原が消え、元の地形が顕になっていた。

 

「はえ…………きゅう」

 

 理解の範疇を超えた現象を前に意識がシャットアウト。防衛本能が働いたのかもしれない。しかし、一度巻き上げられた雪はやがて風に乗って降り注ぐ。下にあったものが全て上に巻き上がったのだからその分激しい降雪になるの必然とも言えた。

 列車は止まらずに運行できるが、屋根の上にいれば冷気に晒されてしまう。

 明宏は3人を窓から中に放り入れ、自身も中に戻った。

 

「いやあ、ワンダフルだ」

 

「ああ?」

 

「やっぱ派手でいいなコウキさんは」

 

「あ、そう?」

 

 シンプルに褒められて嬉しそうに揺れるモヒカン。

 元一級探索者 四門光輝。

 基本的にモンスターへの対処は現業の探索者がやるべきなので任せていたが、娘が巻き込まれるのは許容できない為、介入を行った。

 

「モヒカン…………っ!? い、いいいいまのって!?」

 

「あ?」

 

 あっくんが、疲れ切ってぶっ倒れていた身体を無理やり起き上がらせた。信じられないとばかりに目を見開き、コウキを凝視している。

 口を開いた。

 

「あの! あなたはもしかして……!」

 

「誰だてめえ」

 

「お、俺はアツシっていいます! こいつはレンです!」

 

 あっくんもといアツシは興奮おさめぬままに畳み掛ける。

 

「四門光輝さんですか!?」

 

「そうだが」

 

 車内をザワザワと声が走る。まだ不安治りきらぬ彼らの声色はしかし、先ほどとは違って安堵の含まれたものだった。中には感嘆の声も聞かれる。

 アツシはその中でもかき消えぬ声量で質問をぶつけた。

 

「あの、さっきのって!」

 

「異能だよ」

 

「光輝ですよね!」

 

「ああ」

 

「初めて見ました!」

 

「そうか」

 

 気をよくしたのか、コウキも顔を仏頂面にして大仰に頷く。質問にも突っかかることなく返した。

 

「あっ……そうだ、協力してくれてありがとうございます!」

 

「コイツらのついでだ」

 

 などと言いつつ、気分良さげに称賛の声を聞き入れている。耳がぴくぴくと動いていた。

 

「家族のあーゆうところ見るのって、なんか嫌だね……」

 

「?」

 

 ミツキはシエルに問いかけるが、首を傾げるばかりだった。

 

「シエルちゃんはお父さん普通の人なの?」

 

「お父さん……」

 

 やや詰まる。

 

「あ、ごめん。もしかして嫌なこと思い出させちゃった?」

 

「ううん」

 

「よかった! じゃあ、どんな人か知りたいな」

 

「んと……デブ」

 

「デブなの!?」

 

「うん」

 

 デブからこの子がどうやって……と不躾な視線をシエルに浴びせるが、シエルはまた少し考え込んで続けた。

 

「優しい」

 

「あ、じゃあお父さんとは逆だ」

 

「……あの人、優しくないの?」

 

「なんて言うのかな……バカなんだよね」

 

 コウキは心の中で泣いた。

 アツシと話している間も娘の声くらい聞こえる。

 聞こえてないと思ってヒソヒソ話しているようだが、それが逆にミツキの本心であると裏付けていた。

 

「父親って役が下手くそだか──」

 

 ──遠鳴りの衝撃音が空間全体を伝わっていく。

 

「きゃっ!?」

 

 痛みなどはないが、不気味な力強さがあった。

 

「ああ、落下音だな」

 

 コウキはなんともなしにそう呟いた。

 落下音とはつまり、先ほどのモンスターが地上に落ちたということだろう。

 

「あの! 俺、いつかアマノハバタキくらいになります!」

 

「そうか、頑張れよ」

 

「はいっ! …………うっ」

 

 アツシは大興奮だったが、一通りのやり取りを終えると気が抜けたのか。先ほどまでの疲労がぶり返してその場にうずくまる。

 

「ほい」

 

 そこに差し出されるのは、明宏が自分でもつまんでいる菓子。第一セクターで買ってきたものだ。

 

「……いいのか?」

 

「おお、エネルギー使いすぎたらチョコレートが良いんだけど、無いからな」

 

「そういう事じゃねえんだけど……まあいいや、サンキュー」

 

「その子にも分けてやんな」

 

「ああ」

 

 いまだに青い顔をしている相棒に寄り添ったアツシが、菓子を渡す。

 当の本人は少しだけ微笑むと、ちまちまと齧り始めた。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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