【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
最も普遍的で大衆的な娯楽。
食事。
日本人においては特にその傾向が強いことが知られているが、その気質を蒼連郷の人間もしっかりと受け継いでいる。こうして列車に軽食、飲食、飲酒用のラウンジを設けるほどには。寝台列車でないにも関わらずこのようなもの備えるのは明らかに食事の重要性を理解している人間の所業だった。
何せ、こんなものを備えなくても列車は成り立つ。むしろ、荷が増えるだけなので無駄だ。
その無駄を許容する人間が今はいるのだ。
そして、全席満席のラウンジの隅っこで老人2人は静かに酒を楽しんでいた。
「──いよいよ、かい」
「わかりません。俺の目的の助けとなってくれるのか、それともただの欺瞞なのか、見極めなければ」
「本気ってやつだね」
「もちろん、俺はいつでも本気ですよ」
「そうだろうね」
酒を呑める場がどうなるか。
喧騒に満ちた空間となることは約束されていた。
『やったれー!』
『っしゃあ!』
ラウンジの中心で開かれているのはファイトクラブ。
男達は赤ら顔のまま殴り合っている。すでに3名が倒れている。
四組目のバトルということだ。
「……ふむ」
永井は振り返ると、一口含む。
学者である彼は切った張ったの勝負をすることは無い。機会に恵まれていないというのも多少はあるが、将来の気質として誰かを傷つけるというのが根本的に向いていなかった。
「血気盛んだね」
「優しい言い方ですね」
野蛮だ、と。
永井からすればそう言う他無い。
理解し難い感性の持ち主達がそこら中にいる。
だが、酒場とはそういうものだ。
わざわざ迷い込んできたのは彼の方、文句を言う権利は無い。
「君はああいうのは好きかな?」
「大好きですよ」
「ふむ」
大好きときた。
「誰かを殴るのはとてもスッキリしますね。鍛えた技術で圧倒する快感もあります」
「なるほど」
「まあ、意外でもなんでもないでしょう」
「…………そうかもしれない」
探索者とはそういう存在だ。
望むと望まぬとに関わらず、続けるうちにやがて暴力が人生の一部になる。
「とはいえ俺のこれは探索者とは関係無いんですけどね」
「怖いことを言うねえ……」
生前から健康体操的な名目でボクシングのコーチングを受けていた彼は、人を殴り倒して打ち倒す快感というものを強く実感していた。一方探索者達のほとんどは、生き残るために暴力との付き合いを始めた者達だ。
そういう意味でも彼の適性というのは高いのだ。
「とはいえ、あそこに混ざるわけにもいきません」
「何故? 好きなんだろう?」
「このマッスルを見てください、並の探索者とは鍛え方が違いますから」
「…………はははははは!」
呵々大笑。
永井は笑いながら彼らと彼を見比べた。
確かに、レベルという概念を抜きにすれば彼に勝てそうなものはいない。
「まあ、鍛えても目的には全く近づけないんですけど……」
「ははは! そう言うな! これまでの君の努力の結果が今なんだから!」
「ふむ……」
「──終わったようだね」
1人が顔面をボコボコに腫らしながらぶっ倒れた。
両者に回復薬を振りかけて戦いは終わり。勝った方は酒代無料なので、気分良さげに真ん中のカウンター席を陣取った。
「どうなんだい? 彼は強そうかい?」
「さあ、今のではなんとも」
「分かるものなんじゃないのかい」
「そもそも俺はプロでもなんでもないですから、あんな素人の殴り合い見せられても何も分かりませんよ。精々腰が入ってるなとか、今の振りは良かったなとか、その程度です」
「分かっているのでは?」
「それがたまたまか狙ったものかを判別できないって話です」
「ふうむ」
「全力ならもちろん見れますよ? でも、そんな事のために力みたくないんです。永井さんも買い物の時に食べ物を見てどこから来ているのかとか本気で調べたりしないでしょう?」
「確かに」
途中から興味がなくなったのか、下に視線を落とした永井は酒の追加注文をした。いまだに2人の背後では騒音が鳴り響いているが、もはや意識の外だ。
今度は、彼が持ってきている武器の話になった。
「以前も見せましたよね」
しっかりと縛ってあるナイフ、愛剣をテーブルの上に出す。
「大学に持ってくるのは先生として止めたほうがいいのかもしれないけどね……やはり、不気味だ」
縛っている布を解くと、白刃の前に鞘が晒される。永井は変質後のナイフを見るのがこれで二度目だが、それでも強く感じるものがあるようだった。霊領に関わりすぎた故だろうと明宏は睨んでいるが、実際のところは分からない。
「持っても?」
「どうぞ」
「ありがとう。では失礼して…………白い脈……以前はこんな感じではなかったよな」
変哲のないナイフでしか無かったはずのもの。もちろん、すでに明宏が呼ぶところの魔剣にはなっていたが、ここまで異様では無かった。普段は本当にただのナイフでしかない。
この得物を持っていたところで、護身用と取られてしまうほどの普通な一品。
「ナイフの専門家ではないからアレだけど、切れ味とかはどうなんだい?」
「あー……ぶっちゃけ、まだ上のモンスターに挑んでないんで分からないんですよね」
「そうか」
「まあこれからドラゴンに行く予定なんで…………っ」
明宏の身体を震えが一つ襲った。
「怖いのかい?」
「……ふふ、先生。これは武者震いってやつです」
「ほお?」
あの空飛ぶ怪物を今こそ。
以前は這々の体で、なんとか逃げ出したが。非常識なレベルアップで、戦えるラインにまで到達した。何があったとかは関係無い。
ドラゴンを倒すのは、ロマンだ。
「その前には手がかりを…………ああ、楽しみだ!」
「羨ましいものだ、若いというのは」
「──いけないですね、先生」
老人のような事を言う老人を窘める。この世界であれば、老人ですらが生き生きと活動できるようになるのだ。
「まだまだ世界には不思議があるのに、歳をとったくらいで終わりですか?」
それは、こんな場所で問うべき事なのだろうか。否、こんな場所──酒を呑みながらだからこそ言える事なのだ。彼らは今、学生と先生という立場を抜きにして話している。普段から他の学生と比して近い距離にいる彼らの心は、酒を交わす事で更に近付いていた。
「……ははは…………もうダメだよ私は。膝も痛いし、朝起きると目が霞む。気付いたら喉が乾いてるしトイレも近い。体力だって昔に比べたら落ちた……見ろ、この手を」
霊領に行くときのような元気悠々とした姿は見る影もない儚げな表情。差し出した手は明宏のそれと比べて細く、静脈が若干浮いている。老人の手だ。
しかしそれを鼻で笑う。
「ふっ、まだまだ若い手ですよ」
「なーにを言うんだ君は……こんな青白い手、私だってなりたくは無かったけどね。時の流れというのは残酷なものだ」
「それを無視する方法もあるじゃないですか」
「……私には無理だ」
「お金だってたんまりあるでしょう、良いじゃないですか雇えば」
「そんな事してたらあっという間に尽きてしまうよ」
「そしたら探索者としてやってけばいい」
「あのねえ、わたしにはそんな度胸は無いんだ」
言い終えると若草色の液体を飲み干す。こざっぱりとした味わいは喉をするりと抜け落ちていく。鼻を抜けるミントの香りがアルコールを打ち消すような爽やかさだった。
「……そろそろ、これはしまった方がいいかもね」
背後からの視線──ナイフの脈を無言で弄る永井へ向いたもの──を受けて、やや困ったような顔でナイフを明宏へ返す。
血の気の多い輩はどこにでもいるが、このラウンジは探索者が集まっている故に殊更にそういった連中が多かった。彼らは探索者ではあるが先ほどのワームとの戦闘には参加していない。参加できるような装備も異能も持っていない為だが、3級探索者などそんなものだ。
アツシ達も3級だが異能の有無によってあそこに立っていた。有望株というわけだ。
そして、そんな中で厄介な輩もいる。若い目を潰しておこうという、人間らしい倫理観を持った奴らだ。目を付けられると、時を選ばずして面倒臭いことになる。彼も過去、煮湯を飲まされたことがあった。
「…………」
近付いてきた足音。
2人の背後に止まったのは3人分。
酒臭さがムワリと立ち込め、野卑な雰囲気を感じ取る。
「よお、良いナイぶべらあ!」
「へ?」
「あ?」
肩に手が載せられた瞬間。その手を掴み、引き寄せ、肘を叩き込んだ。鼻血を噴き出しながら吹っ飛んだ男。残された2人は呆気に取られて動けない。
「ぶぐああ……くそっ、この野郎!」
「お、おい大丈夫か!」
鼻を潰されてテーブルに突っ込んだ男だけは状況の把握が早く、怒りの声と共に立ち上がった。その声で我に返ったのか2人も同様に声を荒げる。
「てめえガキ! よくも手出しやがったな!」
「…………」
「聞いてんのかてめえ!」
「──モールトをもう一杯」
振り返ることすらせず、おかわりの注文をする。触れたら火傷する事を否応無しに理解させる背中、焦げ付いた香りすら漂ってきそうだ。
そして、今しがた吹き飛ばされたばかりの男が2人に並ぶ場所に戻ってきた。
「手出したのはてめえだからな」
永井は明らかな暴力の雰囲気を目の当たりにして冷え込んだ気分になる。年の功で抑えているが、内心ではさっさと元の号車に戻りたいところだった。
こうなってしまえば落ち着いて酒を飲む事もできまい。
静かなのが好きなのだ。
「──俺のモノに好き勝手ガン垂れといて手出すもクソもねえだろう、なあ?」
しかも隣にいる青年はガッチガチにやり合う目をしている。三船何某達と一緒にいる時、あるいは山田日向を連れて研究室にやってきた時、彼ら彼女らには決して向けなかった性質のものだ。
「おいおい、やるのかい?」
「先生は戻っててください、この鼻垂れどもに教育してから行きます」
「そ、そうか……うん、任せたよ」
永井がいなくなった後。
「──1人で相手になると思ってんのか」
「そんなマインドで探索者やってんのか、おさとが知れてんな」
「ああ? てめえマジで……」
剣呑な雰囲気。
ラウンジの酒場を取り仕切っていたマスターは早々に裏に隠れた。探索者同士が全力を出せばまるで意味のない策だが、こと通常時においてはそうでもない。基本的に彼らは制限する。
それは人間としての枠内で争い事を収めようとするということだ。セクターや列車内など、不特定多数が利用する場所において怪物として振る舞おうとする人間はいない。たまに酒に酔うなどして自制の効かなくなった輩が全力を解放することがあるが、大抵は碌なことにならない。
故に、この場にいる1名と3名のやり取りを、周囲はいつものだと受け取った。先ほどのファイトクラブと同様、人間の力のみで収めると。
ただの喧嘩でしかないと。
というか、そうでなければ列車が壊れる。
「殴られた以上はこっちもやらせてもらうぜ」
「宣言しなきゃ出来ねえのか? お行儀が良いんだな」
肩を掴まれただけで肘を叩き込んだ人間だ、行儀に対する捉え方が違う。
自らの所有物への不躾な視線、そこに含まれる意識。明宏の態度の成分には、子供に対する寛容さのうちのひとかけらほども存在しなかった。
ゆっくりと立ち上がり、振り返る。
「……」
3人が向かい合った青年は、自分たちと比べて頭半分ほど大きかった。平均よりは確かに高い身長。そして背中越しでは半信半疑だった身体付き。冬の寒さを越えるために着込んでいる服を押し上げる、明らかな膨らみ。
「鼻血が出てるぜ、拭いてやるよ」
「てめえぇ……」
尚も挑発を繰り返す。
いつも自負している、人生を一周した人間としての冷静で穏やかな気質とはかけ離れたものだった。
「……」
顔をガン突き合わせて睨み合う。
「…………」
「…………」
ピクリとも動かない。
先ほどまで音で豊かだった空間が、列車の走行音とそれに伴う風切り音のみだった。音を出せば自分が狙われるんじゃないかという空間。
次に口を開いたのは明宏。
「やんないなら帰るわ」
「──らあっ!」
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない