【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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116_砦に至る道

「ひいい……」

 

 崖は横幅が1m程度。横向きになれば人がすれ違えるぐらいのもの。

 しかしミツキが右を下ろすとそこには底見えぬ奈落が。見通せなのは暗いからではなく、霧が立ち込めているのだ。風が吹いても揺れるのはミツキの身体だけで霧はそこで渦巻いている。

 

「な、なんか……誰かが唸ってるみたい……」

 

「……」

 

 奈落の底から、亡者が呼んでいるかのような音が鳴る。怖いもの見たさで下を見ていたミツキは真っ青な顔を晒した。

 

「風鳴りだ、気にすんな」

 

 気軽な口調で励ますが、変わらずミツキの顔色はすぐれない。

 

「でも、こんな不気味な音ってある……?」

 

 ヴォルフガング達が愉快そうに笑みを浮かべている。

 タチの悪い奴らだと睨んだ明宏は、心霊現象に怯える子供を慰める。

 

「ある、風は強烈に吹き付けるとこういう音を出す。笛と同じだ」

 

「そうなんだ……なんか、笛って言われたら一気に怖くなくなったかも」

 

 タチの悪い二人組はつまらなさそうに唇を尖らせた。女の子が怯えている姿は誰が見てもいいものだ。初見時の反応というのも、何度見ても楽しいもの。

 しかし、崖はやはり安全な場所では無い。吹き上がってくる風が帽子をはねあげようとミツキの顔を押しのける。しかも、風に足を取られてバランスを崩せば重力に従って真っ逆様だ。

 

「ほひょおおお! 風がああ!」

 

「変な声出すな、笑っちまう」

 

「真顔じゃん! ……あわわわ、でも風がやばいって!」

 

「手繋いでるから大丈夫だよ」

 

 大丈夫なものか。

 

「え? なんか……影が……」

 

 4人を覆う影。

 やがて大きくなっていく。

 見上げたミツキの目に刻み込まれた。

 

『──』

 

「……」

 

 見つめ返すまんまるな瞳。

 血潮を噴き出しながら、高速で何かが下へと落ちていった。

 ペタリと尻餅をつく。

 

「おお、運がいいな」

 

「へええ……?」

 

「あんな至近距離を通って巻き込まれないなんて──なあ?」

 

「ええ、奇跡ですね」

 

 よくわからないことで運が良いと盛り上がる2人。

 

「あんな近くを落ちたら大抵は引っ張られるもんだけどな」

 

「…………もしかしてわたし、しぬところだった?」

 

「おう」

 

「…………お、おうちかえゆ」

 

「はっはっは!」

 

 しかし、時折モンスターが上から落っこちてくる以外にはおかしなことはない。変わったのはミツキがより壁側を歩くようになり、上から音が聞こえるたびに明宏の股下に避難するようになったということだけだ。

 何故モンスターが上から落っこちてくるのかという明宏の問いには。

 

「そりゃあ、ここはダンジョンの中じゃからな」

 

「マジか……うーん…………少なくとも三級のダンジョンじゃないでしょう、ここ」

 

「ヒミツじゃよ」

 

「少なくとも巨大な崖があるダンジョンだな」

 

「おい特定しようとするんじゃない」

 

「ダンジョン内にある理由は明らかだな。人間に対する秘匿だ」

 

「やめろて!」

 

 本気でやめて欲しそうだったので、考察はそこで切り上げる。フィアステラもメガネをクイクイし出していた。

 

「真面目な質問なんですけど、ダンジョンの中を通るのに鍛治師だけってどうなんでしょう」

 

「そもそも、モンスターに襲われるリスクを極限まで減らす為に崖地を選んだのです」

 

「…………ここを作ったのは相当な命知らずですね」

 

「ええ、偉大な方です」

 

 崖は直線ではない。うねり、下り、上り、遠くまでは見通すことができないようになっている。人が作ったと言うのであれば、この部分は明らかに意図を持って作られた要素だった。

 この100年という短い期間の中で、手作業でコレをなすのはただ事ではない。

 

「レベルも相当に高いようですね」

 

「ふふふ」

 

「ギリギリ存命……いや、わからんな」

 

 ダンジョンと言えど、屋外である以上は雪が降っている。崖と風に阻まれて雪はあまり積もっていないが、ところどころ凍った箇所がある。それを放っておくと滑って転びかねない。例の火の棒をかざして溶かしながら進む。

 

「……」

 

 足元を見つめ、明宏に手を取られて無言で歩くミツキはさながら不貞腐れた子供のようだが実際のところ、疲れ切っているだけだ。

 数時間の道のり、変わり映えのしない景色。時折降ってくるモンスター。

 神経も足裏もすり減らしていた。

 特にモンスター。

 道の長さと景色だけであれば仕方ないと諦めることもできただろう。だが、落ちてくるモンスターはどれも人の身の丈を遥かに超す怪物。ミツキはモンスターと戦ったことなど一度もない。本物を見る機会も一般人程度にしかない。父親が一級探索者だからって、娘がモンスターと近しいとは限らないのだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 白く漏れる息。

 疲労の色が濃い音を吐きながら、しかし足を緩めることはない。

 

「大丈夫か?」

 

「ん…………」

 

 明らかに無理をしている。

 そもそも今回の件についてくること自体が無理筋だった。無理を通せば道理が引っ込む。それは古来からの常識だ。ただでさえ消耗の激しい冬、そして慣れぬであろう旅。こうなるのは当然だ。

 

「……」

 

 明宏は、自分が人の機微に敏感であると自負している。何故ミツキは明らかに安全ではないであろうこの旅についてこようと決めたのか。明宏なりになんとなく把握していた。

 ミツキがついてくると言い出した時は半ばふざけた状況ではあった。それでも、彼女なりに何かを変えようと考えてのことだとわかっている。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 休憩しないのは、ミツキの成長のためというだけではない。単純にその場所も無いのだ。

 結局のところ、彼女達がいる場所は崖際で風も吹いているし雪も降っている。人間が何もせずに止まるには過酷だった。

 

「もう少しで休憩ポイントです。今日はそこで休みましょう」

 

「はいっ……!」

 

 掠れているが、それでも力強い返事。

 とっくに疲れ果てているだろうにと、明宏は褒めてやりたい気持ちだった。しかし今では無い。今褒めたら確実に甘えモードになってしまうし、自分も甘やかしモードになってしまう。心の中ではよさこいを踊って応援しながら、ガチの限界を越えないかだけ気にして進んだ。

 

「──はぁぁ……はぁっ……はぁぁっ……ふぅっ……」

 

 地面に倒れ込むように入ったのは、崖際を横に掘られた穴。

 奥の奥まで続いてるわけでは無いが、10mほどの深さを持つそれは避難所として有用だった。少なくとも雪は中に吹き込まないしモンスターが降ってくることもない。

 安全なそこで心置きなく休憩を取ることができる。

 

「よく頑張ったな」

 

「…………」

 

 外環境にボコボコにやられたミツキは完全にグロッキー。足裏の皮が剥け、荷物を背負っていた肩にも跡が付いていた。

 彼女が貧弱というわけではなく、ひとえに道のりが長かったのだ。最近少しずつ運動し始めたとは言え、所詮は運動不足大学生のレベルでの話。そういうわけで、ミツキはひと足先に眠りについた。

 風呂なんかないからそれは置いておくとしても、ご飯すら食べずに。それだけ疲れていたのだ。

 

「──加賀美さん」

 

 寝息を立てる幼馴染のそばに座って顔を見つめていた明宏の元へフィアステラがやってきた。

 

「その……ちょっと良いですか?」

 

 何やら秘密の話があるらしい。

 

「……なんですか?」

 

「あ、いえヴォルフは関係無いです」

 

 どこか気まずげな顔。お身内のヴォルフガングと関係のある話かと推測した明宏だったが、フィアステラは視線の色から察したのかその洞察を否定する。

 ではなんだ。

 顔を合わせて2日目の間柄。昼休憩中などは話をしたりしたが、秘密の話をするにはまだ少しばかり距離が離れているような気もした。

 

「実は……」

 

 何を言い出すのかと待っていると、頬を染めて口を開いた。

 

「じ、神器を……」

 

「ん?」

 

「神器を……見させていただければ……」

 

「あー……」

 

 女性であっても鍛治師。神器を前にして黙っていられるほど正気ではないらしい。さりとて、仲間の前でそれをさらけ出せるほどには狂気に飲み込まれてもいない。

 明宏は、このフィアステラという女性がなかなかに面倒臭い性格をしていると理解した。

 

「む、向こうに着いたら多くの鍛治師が待ち構えているので中々ゆっくり見られる機会というのもなくてですね……一応鍛治師として資料はこの目に収めておかなければ、後ために繋がらないと言いますか……」

 

 なんの言い訳にもなってないし、本当にただ理由を述べているだけでしかない。しかし、明宏は鍛治師というのが完全に自分たち人間とは別の価値基準で生きているのだということを改めて深く実感した。

 その感想が溢れる。

 

「あなた達は火に魅入られているんですね」

 

「あ…………」

 

「どうやら文化の隔絶も俺の想定していたものより大きいようで」

 

「……どれくらいを想定していたんですか?」

 

 まず、彫金技術が卓越しているのは明らかだった。つまり採掘の為の技術も有しているということです。レベルに依存しないのであれば機械技術が、依存するのであればアリの巣の様に張り巡らされた洞窟が存在することになるだろうと考えていた。

 しかし、その中で新たな選択肢が芽生えていた。

 

「少なくとも、魔法陣なんていうシロモノを見せられては何の意味も為さない程度の想定ですね」

 

「あれはまあ……そうですか」

 

「ほら」

 

「!」

 

 差し出されたナイフ。

 先の欠けたそれを見てフィアステラの髪が逆立った。

 震える手で受け取り、握りを確かめる。

 

「普通のナイフでしかない……重さも……」

 

「まあね」

 

「だけど、この白い脈は……?」

 

 ヴォルフガングが言っていた通り、何も分からないのだろう。白く走った脈を間近で見つめるも悔しそうに顔を歪める。

 

「ダメ、わからない」

 

「そう言えばあれは見せたこと無かったな」

 

「はい?」

 

「ちょっと貸してください」

 

「あ、はい……返します」

 

「…………!」

 

 手元に戻った刀身。

 戦意を漲らせると、薄刃が現れる。試しに振るうと地面を豆腐の様に切り崩す。

 そして纏う黒い光。何も見通せぬ闇の中から現れた様な、悍ましい光だ。

 

「!? ──っ!」

 

 硬直した身体をねじ伏せて、明宏の手元へ勢いよく寄る。今度は許可すら得ずに薄刃へと触れた。

 

「なんですかコレは……」

 

「戦闘時は基本はこっちなんですよね」

 

「そんなのわかってる! 光の方!」

 

「あんま大きな声は……」

 

「…………!」

 

「俺にもわかんないですねえ。気絶から目覚めたらいつのまにかこうなっていたんですよ」

 

 結局、彼女もそれに対して結論を出すことは不可能だった。

 もしかしたら鍛治師とは、武器同好会をカッコつけて言っているだけなのかもしれない。明宏の内心にそんな失礼な思いが発生しているとはつゆ知らず、機嫌良しでお湯を沸かすフィアステラ。

 お礼に鍛治師が集中する時に飲むものを作ってくれるらしい。何かの植物の根を取り出すと、煮出す。

 

「それは?」

 

「グロウツリーの根です」

 

 茶色くなった液体を手に取ると渡す。明宏は一瞬中身を見ると一口、喉を通した。

 

「ほお……ショウガみたいだ」

 

 喉をすぎて胃まで到達したそれは、ジワジワと明宏の身体を内側から温めてくれる。顔が思わずほころんだ。

 声も漏れる。

 

「……ふっ」

 

「どうしたのですか?」

 

「いや……今から集中しても何もする事がないなと思って」

 

「…………あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 夜です。

 洞窟の中です。

 モンスター襲ってきません。

 風雪入ってきません。

 これで集中する必要、ありゅ? 

 

「でも、いただきます」

 

「すみません……」

 

「好きなものを前にして正常でいられる人は少ないですから。それに美味しいですよ」

 

「……それはよかったです」

 

 朝までは好きに見ていいと、フィアステラにナイフを預けて横になる。何があるかわからぬ旅、休める時は休むことにした。

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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