【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「――」
それは、この地に現れた二人目のヒューマン。
一人目はすでに役目を終え、この地を去った。
今後、ヒューマンがこの地を訪れることは天変地異でも起きない限りはないだろうと誰もが考えていた。
しかしやってきた。
聞けば、牛を養殖する方法を求めているのだとか。
そんな奇特な人間が神器――それも武器に類するものを所有する。これは皮肉という他ならない。
そして、僥倖だった。
『ようこそ、加賀美の明宏』
「お招きいただき感謝いたします」
『私は牙のアルスだ」
二人は長机の短辺を挟み込んで――最も遠い距離を維持しながら話し始めた。
長にふさわしい椅子に腰かけたままの『牙』と、立ったままのヒューマン。
客人を迎えるにしては失礼にもあたる行為だが、彼はそんなこと気にも留めていなかった。
『我らが居城、驚いてくれたか?』
「技術の粋を尽くした都市でした。蒼連郷との差を痛感しております」
『………』
鍛冶師たちは、少々の驚きに目を開いていた。
彼らとて探索者と関わってきた。その過程において、探索者というのがどんな人種かは理解しているつもりだった。
戦う人間にふさわしい気質。
金を投げて寄越す。
言葉遣い。
彼も例に漏れないと考えていた。
しかし、予想に反していた。
探索者としては珍しい人間だ。
同時に納得する。
神器を所有するような人間がマトモな探索者であるはずがないのだから。
『……順序が逆だった。まずは、足を運んでいただいたこと、感謝せねばな』
「とんでもない。この地に呼んでいただいたことにこそ感謝しております」
『――手荒な真似をしたことはすまなかった』
「ハハハ……穏便に済んでホッとしているくらいです」
お互いに――と、視線が交わされる。
鍛冶師とて探索者の戦力は理解している。
目の前の男はまだ若いが、それでもヴォルフガングが聴いたところによればレベルは50を超えている。
殺傷能力だけで言えば、単騎でココを壊滅させられるだろう。
そう単純には済まないのがこの世界でもあるが。
『今回、ここに呼んだのは――』
「――お互いに利益があるからだと、信じております」
アキヒロは視線を巡らせる。
アルスと名乗った彼女以外の面々、長手方向に配置された椅子に座ったドワーフ達。
20名余りの彼ら彼女らに見覚えはないが、三人だけは一度会っていた。
『シキルス、ブレイク、レイフィニアとは一度会っているのだろう』
「ええ、その節はお世話になりました」
『ならない方がいい手合いだがな』
唐突な切り離し。
「!?」
くつくつと笑う長にショックを受けた三名は、しかし真面目な場ということでかろうじて飲み込んだ。愚痴はいつでも言えるのだから。
しかし、彼らとは関係なく我慢の限界を迎えた者たちもいる。
「アルス様、この者が本当に神器を持っているのか――すぐに確かめる必要があるのではないですかな?」
それは、彼女に最も近い席に座っていたドワーフ二人のうちの一。
最初から顰めていた顔。
深く刻まれた眉間のシワ。
開かぬ左目。
どのような人生を送ってきたかが顔に刻まれていた。
『……ルーデンス、抑えろ』
「今、こうしている間にもこの場所を突き止めようと動いているかもしれないのですから。抑えるわけにはいきませぬ」
それは、露悪的が過ぎる物言いだった。
この場で唯一重武装をしている彼は、明宏のことを敵であると言いたげに睨む。
「二人でこの地に足を踏み入れた……当初の話とすでに違うのです。何をもって信じるのですか」
『…………』
「カガミといったな」
「はい」
「神器を見せてみろ
「――」
反論はなかった。
躊躇もなかった。
唐突だった。
多少は揉めるだろうと思っていたドワーフ達の予想を裏切って、ミツキや『姫』のハラハラと見つめる目を無視して――アキヒロはナイフを抜き放ち、テーブルの上を滑らせてアルスの手前に届かせた。
『!』
「それが、あなたたちが神器と呼んだものです」
『……』
「どうぞ、持ってください」
アルスはナイフをそっと取り上げた。
そして彼女の眼にありありと映し出される、ナイフに関する情報。
ドワーフが与えられる加護。
ヒューマンと違った彼らに与えられたそれは、鑑定の加護。
武器でも防具でも、鍛冶に関するものであれば一目で状態を確かめることができる。
しかし、神器は鑑定できない。あくまで映し出されるのはただのナイフとしての情報のみ。性能は、黒塗りされたように情報として認識することができない。
そして彼女が持つ槌に対しても同様の現象が起きることが知られている。
『――確かに』
アルスの呟きに呼応するように、鍛冶師達ががやがやと話し出した。
「なぜあのような若造が――」
「それもヒューマンの――」
「――どうやってあれを……」
アキヒロがどのようにして神器を得たのか。
盗んだのではないか。
概ねの反応は、負の感情に統一されていた。
その中で肩身が狭そうにしているのは、あの三人だ。
『彼らに見せても?』
「ええ」
若いアルスの元を離れ、老人たちの手に渡る。
「おお……」
感嘆の声が漏れ、夢中でナイフを見つめる姿はまるで彼らが若返ったかのようだった。
声に張りが、手に力が入る。
今の今まで彼を悪し様にののしっていたのと同一人物とは思えない姿を見せる鍛冶師達。
その最中、アルスが口を開いた。
『どのようにしてこれを手に入れたか、聞いてもよいだろうか』
「――」
問われたアキヒロは一瞬、驚きに目を見開いた。しかし自嘲気味に笑みを浮かべると、ヴォルフガングのことを見る。
「ピュ、ピュ~……」
口笛を吹くこのドワーフは、細かい事情を聴かれるのが嫌でこのことを報告していなかったのだ。そしてアキヒロの行動につられて、この場にいる誰もがヴォルフガングに怪訝な視線を向ける。しかし、彼の笑みとヴォルフガングの口笛からだけでは事情のすべてを理解することはできない。
こうしていても埒が明かないとあきらめた明宏は、事情を説明した。
『――なるほど』
「ええ、そういうわけでこの神器を所有するに至った経緯というのは、私自身も知らないのです」
『少々残念だが……覚えていないものは仕方あるまい』
「そう仰っていただけると助かります」
しかし、彼が話している間も鍛冶師たちの厳しい視線というのは変わらず降り注いでいる。その刺々しさたるや、ミツキが矢面に立っていれば涙目敗走確実だっただろう。
しかもずっと立っているものだから、この中で特に貧弱な二人――アリアとミツキはげんなりとした顔をしていた。
『ニールセン』
「なんでしょうか」
『――』
「……すぐに」
後から加わったニールセンは、その意図を察して廊下に顔を出した。室内には聞こえてこない声量でやり取りをし、少し経つと椅子が運ばれてくる。
人数分の椅子が用意され――ミツキとアキヒロには適したサイズ――やっとこさ席に着いた。ボフンという音がしそうなほど雑に座り込み、やや項垂れるミツキ。
疲れながらも背筋を伸ばしたアリアとは大違いだ。
『――カガミ』
「はい」
『何故、我々が神器を求めるか分かるか?』
「…………私の頭では何も思いつくことがございません」
『そういうのはいい、素直に予想を教えてくれ』
「――」
瞑目した男は、やがてゆっくりと瞼を開いた。
鍛冶師達を見る。
そして思いをこぼす。
「――インスピレーションを得るためかと」
『その意は?』
「…………鍛冶師とは、よりよい武具を作れるようになることを目標としていると聞きました。であるならば、最上の品を持つこと自体はなんのステータスにもならないでしょう」
『……』
「シル……スル……」
『シキルスか』
「申し訳ない――それでシキルス氏らは神器について何もわからないと仰っていました。そこにいるヴォルフガング氏もフィアステラ氏も同じようにです」
笑みを浮かべている。
シキルスの名前を思い出せなかったことが自分でおかしかったのもそうだが、考えを話すことが楽しくて仕方ないようだ。
『牙』たる彼女に向けて、獣のように歯をむき出しにした口元を見せている。
「何もわからないものを手に入れたところで、何の参考にもならないでしょう。それなのに何故、そんなものを求める?何の意味がある?」
「そんなものだと……?」
「貴様――」
『よせ』
熱くなりかけた鍛冶師達を『牙』が抑える。男はあくまで冷静に、自らの眼で見たものを語っているだけだった。
一度は抑えたものを語れと彼女が言い、彼はそれに応えた。
それならば、彼らは最後まで待たなければならない。
一瞬のざわつきが完全に収まるのを待って口を開く。
「生涯をかけてもたどり着かぬかもしれぬものを、それでもと追いかける……なんと素晴らしいことか!」
それは、賛辞だった。
「!」
ミツキは、半分開けていた口を結ぶ。
彼を思う。
彼がどんな人間かを思い出す。
無意味な事柄に固執する人間の、何と楽しそうに生きていることか。
例え何を言われようとも変わらない彼が何を感じたか。
それを理解した。
「あなた方は国全体が同じ方向を向いている。数をそろえ、一つの目標を達成するために注力している。それならばいつかはたどり着く。人が想像したことは、人が実現できることなのだから。だが――」
挑発のような笑みは鳴りを潜め、悲しげに眉を下げる。
憐れみとは違う表情だ。
「人は倦むものだ。たとえ情熱を持っていても、何かに魅入られていても、永遠にその熱を保持することなどできはしない」
『……』
「そうでしょう――鍛冶師の皆様方」
それは、違った。
誰もが――ミツキ以外のだれもが――彼の言葉はアルスに対して向けられているものだと思っていた。
アルスでさえも、自分に向いていると思っていた。
若く、美しく、威厳ある彼女に吸い寄せられての言葉だと思っていた。
当然だ。
主賓と、一帯を治める王が相対して、その二者が言葉を交わさぬわけがない。
だが彼は、最初から彼らに語っていたのだ。
年老いて、槌をふるう力のを失った彼らへ。
自らの姿を重ねていた。
「……」
「年を食うと、腕を上げることすら億劫になる。昨日はできていたことができなくなる。腰が曲がって、前を見ることすら難しい」
それは、彼のことを真に知らぬ者が聴けば老人蔑視ととられても仕方のない発言だった。
「飯を食う、水を飲む、トイレに行く。寝るのさえ――恐怖だ」
『なにを……』
「それでも、神器を求めた。失った火を取り戻すために」
アキヒロは自らの手を開いた。
映るのは筋骨のたくましい今ではなく、老いぼれてかすんだ目に入った骨ばかりの過去。
あの時の自分に、そんな勇気があっただろうか。
一度きりの人生で、またやり直そうと思えただろうか。
「――そうだな」
一つ頷いた。
言葉を口に出すことは、未来を決めることに等しい。
だからこそ。
「私は、その神器をいずれはあなた方に譲ってもいいと思っています」
『!』
「「「!」」」
「アキ!?」
とんでもないことを口にした。
『何を言っているか理解しているのか?神器とは……人が手に入れることがどれほど難しいか……』
「少なくとも、私は惜しいとは思いません」
『何を馬鹿なことを……』
「私の目的は――」
『牛、だろう?知っているとも……だが、理解できない。なぜそんなもののために――』
「――フハッ」
『……』
「どうやら、文明を抜きにしての理解速度では俺の方が上のようだな」
あっけに取られた場のだれもを置き去りにして。
男は一人、勝ち誇った。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない