【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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166_娘の悩み

 

 水浴び終了。

 庵へと戻る。

 コマちゃんは起き、怪訝な目をして俺を見ていた。まだ立ち上がるつもりはないようで、すぐに顔を伏せた。

 

『人間と食事をするなんて、私が初めて!』

 

 ご飯の準備をしようと生肉をちぎり始めた彼女の背中へ。

 

「──なあ、君はなんで俺のことを呼んだんだ?」

 

『…………』

 

 それは、彼女と出会った瞬間から感じていたことだった。最初はなんとなしに蓋をしていたが、話をするうちに思いが固まり、言葉として口から溢れた。

 本当は、もっと話をしてからでも良かったのかもしれない。何が好きとか、普段は何をしているのかとか、どうでも良いことをたくさん話す方が、きっと長く話せただろう。

 だけど、始まりは彼方からの呼び声だ。

 俺は人間。

 彼女はドラゴニア。

 見た目は俺と似ていても完全に違う生命である。

 習性も、肉体も、確認はできていないが根っこの価値観すらも恐らくは。天と地ほども離れた俺を呼び寄せて、なんだというのか。

 

「これは今更な忠告だけど……知ってしまうと辛くなることだってある」

 

 俺が今回ここにきた目的はドラゴンの討伐だ。討伐とは殺害、生命を無に帰すことに他ならない。それは彼女の知り合いを、あるいは家族をすら奪うかもしれないことだった。

 俺はサイコパスではない。

 さようならしたからもう知り合いじゃなくて、どうなっても良い──なんて、破滅的な社会性を有してはいない。関わってしまったなら、それはある意味では約束をしたも同然なのだ。

 

 傷付けるのではなく、対話を。

 語らいは魂を露出に導き──想いを、お互いの心を交錯させるに至る。裸の付き合い(ガチ)をいきなりすることになるとは思わなかったけど、彼女が悪性の存在でないことはこの短時間でもよく理解できた。

 

「どうしてなんだ?」

 

 故に、俺をここまで呼び寄せた意味というのはとても大事なことだった。

 俺にとって、そして彼女にとっても。

 

『──良いなあって、思ってたんです』

 

「なにが?」

 

『同じような姿をした相手と語り合うのは楽しいんだろうなあって、ずっと想像してました』

 

 軽く顔を上げた彼女の表情は見えない。背中を向けているのだからそれも当然だが、彼女の胸中はよくわかった。

 

『お爺様達のことは大好きです。優しいし、賢いし、何より偉大なドラゴニアにふさわしい振る舞いをしているので…………誇らしく思っています』

 

 ドラゴンらしい価値観だと思った。

 ドラゴン、あるいはモンスターに価値観というものが存在することを知ったのはこの瞬間が初めてだけど、彼らに価値観があるとしたらこういう感じなんだろうと容易に納得することができた。

 

『空を飛び、同じ景色を見ることができたらどれだけ素晴らしいんでしょう』

 

「…………」

 

 掌をじっと見つめる。その身体に流れる血はドラゴンにふさわしく火を噴く力を授け、生まれた時から絶対強者としてあるにふさわしい力を得ていただろう。

 それでも、彼女がそう言わずとも、他のドラゴンと彼女の間には明確な差があった。

 

『翼も、牙も、爪も、炎も……あらゆるものが小さくて弱い私は、みんなみたいに戦うことができません。お爺様達みたいに、絶対になれないんです』

 

 庵を立てても、置物を作ったりしても、彼女は満たされなかった。器用にモノを作れる才能なんてものは、そもそもドラゴンには求められていない。彼女もそれは同じで、強さこそ求めるものなのだろう。

 

『寂しいんですよ、1人だけ違うって』

 

 …………

 

『だから、人間の話をお爺様に聞いた時からずっと気になってて……だからですかね? 私がこの力を手に入れたのは。遠くから見てみるといろいろな人間がいて……まあ、あまり遠くは見れませんし、ぼんやりとしか見えないんですけど』

 

 自嘲気味な笑顔は不恰好な歪み方で、無理をしているのが丸わかりだった。

 

『あのセクターや荒れ谷には、いろいろな人間が来ました。みんな武器を持ってて、どこかワクワクしてて……ドラゴニアや他の雑魚達と戦って勝ったり負けたり』

 

 遠見の異能、まさに探索者ならば垂涎ものの能力だ。あらゆる分野で応用が効く、最高の異能の一つとして数えても良いだろう。それを使ってしているのが野球観戦の亜種なのは、彼女がそれだけ同形の存在に憧れていたことを指し示していた。

 俺が持てば、おそらくは異能のみを徹底的に伸ばしていただろう。あらゆることを見通す力があれば、全てを見通すことができたなら、掌の上に世界を乗せたも同然なのだから。

 

『でも……みんな怖いんです。全員ってわけじゃないけど、ドラゴニアを倒した後になんでかいきなり仲間を後ろから刺したり……特別な力を使って互いを傷つけ合って、口から出るのは怖い言葉ばかりでした』

 

「そうか……」

 

『なんで仲間を傷付けるのかわからなくて、話そうとは思えなかったんです……会ったら、私もあんな酷いことをされるのかなって』

 

 俺は出会したことがないけど、噂レベルでは存在していた。強大なモンスターを倒した後の仲間割れ──帰還したもの達の口から紡がれる、死闘の中で倒れたパーティーメンバーの最期はフェイクであり、富を独占するために後ろから刺したのではという話。

 根も葉も無い誹謗中傷と紙一重のそれは、証明できるものが無いために明確な糾弾を行うことができなかったが、確かに実在したのだ。

 

『でも、あなたは違いましたよね』

 

「…………ん?」

 

 俺には仲間がいないので、普通に勘違いだと思う。後ろから刺してきたやつは既に全員いなくなった後だ。コマちゃんが後ろから攻撃してくるわけはないし、亡霊として付いてきているのなら今度ロイスにお祓いを頼もう。

 

『あの3人、一瞬で殺せましたよね?』

 

「……斧使いたちのこと?」

 

『あなたの家を乗っ取った人間達です』

 

「ああ……いやでもほら、人を殺すのは良くないじゃん」

 

 洞窟でいきなり周りを囲むような奴らなら仕方ないけど、あの3人は直前までは真面目にドラゴンと戦ってたしな。そういう意味でも情状酌量の余地はあった。斧使いはアホすぎて話進まなかったけど、縄使いが理解の早いやつで助かったよ。

 

『…………私は、だから、話してみたかったんです。そちらの方も併せて』

 

「……コマちゃん?」

 

 コマちゃんはもはや涅槃中のブッダぐらい偉そうにベッドを占めている。彼女が寝ていたあそこだ。

 正直、ダニとか沢山いそうで忌避です。

 

『私が声を届けられたのは、その方のおかげですから』

 

「……ふーん?」

 

「…………」

 

「どういうことかなコマちゃん」

 

 それはちょっと予想外も予想外だ。

 ──さっき、コマちゃんに後ろから攻撃されることはないと言ったな、あれは嘘だ。コマちゃんが一番後ろから貫いてくるタイプだったようだ。

 

『私は見るのはできるんですけど、相手に伝えるのはものすごく難しくて……そもそもやったことないですし。でも、その方がやり方とかを教えてくれたんです』

 

「わ、わふっ!?」

 

 この犬、大慌てすぎる。

 なんで全部言っちゃうの!? みたいな雰囲気を感じたぞ。その慌てようは彼女の発言に真実味を増す結果に繋がったな。

 

『その…………あなたと話せて、とても楽しかったです。勝手に呼んで、迷惑だったかもしれないですけど──』

 

「俺もだ」

 

『!』

 

「人と、人ならざるもの。そして……ドラゴニアと、ドラゴニアならざるもの。本来なら出会えなかったよな、俺たち」

 

『……はい』

 

「でも、君は俺のことを呼んでくれた。正直、道のりはクソだったしそれを笑って見てるのはどうかと思うけど……」

 

『ごめんなさい……』

 

「でもまあ……理解はできる。人は同じ日を過ごすことはできないからな。趣味や性格、多少のあれそれも含めて君は健全なヒトだってことだ」

 

『私はヒト、なんでしょうか……』

 

「言葉の綾ってやつ」

 

 狸寝入りをしているお爺様は、しっかりとこの会話を聞いて理解しているのだろう。モニョモニョと片瞼を動かしている彼は、いかな理由があれば俺たちがこの地に踏み入ることを許せるのか。大事な孫娘が知らん種族のオスを招き入れるということに対して、彼はそこまで隔意を抱いていないようだ。実際、俺たちを運んでくれた時も紳士的だった。

 

『…………』

 

「君の望みなら、きっとお爺様は応援してくれるんじゃないか?」

 

『……お母様はこの地を愛していました。私もまた、この地に深く根差したドラゴニアとして誇りを持っています。たとえ姿形が異なろうとも、私はドラゴニアの一族なんです』

 

「人間の親は子供の夢を応援するんだよ。それが君たちに当てはまるかはわからないし余計なお世話かもしれないけど、願うことは悪じゃないんだ」

 

『でも、私はただ話してみたかっただけで……』

 

 知ってしまった蜜の味。

 二度とは味わえぬと分かってしまったなら。

 何故味わったのかと己が過去を恨むばかりだ。

 もとより諦めていれば、耐え難い飢えを感じる事もなかっただろうに。

 

 しかし、選択は自分だけのものだ。

 

「それならそれでもいいさ」

 

『あ……』

 

 外に出ると、のっしりと黄金竜が座り込んでいた。

 

『ブン』

 

 その顔には感情が表層に現れたらしき様子は見られず、あくまで監視以外の意味はないようにも思えた。彼女の家から繋がる道は一直線に続き、途中でいくつも枝分かれして崖地の洞穴へと繋がっている。洞穴からは大小のドラゴンが出たり入ったりをして、中にはモンスターを口に咥えている個体も。

 驚くべきことに、ここはドラゴンの村のようだ。来たばかりの時は気付かなかったが、こうしてみると彼らがしっかりとした社会を築いているということがわかる。

 人の介入がないと、モンスターの社会はこれほどに発展するのか。

 

『ビェェェェエエ!』

 

 泣き声。

 赤子のそれのような音の源を辿ると、まさに赤ん坊が鳴いていた。洞穴の入り口近くで地面に伏して鳴いている。こっそりと見ていたら、母親であろう竜が駆け寄ってきて口に咥え、奥に運んでいった。

 

「入るわけには……いかないか」

 

 モンスターとはいえ、相手は社会生物であることが確定している。そして家に忍び込むなんてのは余計な諍いを生む行為でしかない。気になるからと言って、なんでもしていいわけではないのだ。

 

「あれは……」

 

 また別の方を見ると、砂地で若いドラゴンが戦っていた。リング状に仕切られたそこで2頭、向かい合って火をお互いに向けて吐いているのは一体どういうことなのか。

 

「あっちも」

 

 庵からの道は奥へ奥へと向かっていく。ゆるい上り坂が続き、やがてドラゴン──ドラゴニア達は俺のことに気付いた。

 部外者が堂々と道を歩いている光景に、若干の恐怖を抱いているのだろう。子供達を翼の下に隠しながら遠目に見るその姿は、人間のしぐさと全く同じ性質だった。

 

「俺の知らないものが、まだこんなにも……」

 

 彼らはドラゴニア。

 ドワーフと同じく、この世界に現れた新たな人類の一種なのだろう。

 知性を携え、孤独を恐れ、社会を作って生活する。この短期間でどれだけ未知に出会ったことか。本を読んでいては決して辿りつかなかった結果がここにある。

 

「隠さないと」

 

 これを、人の目に触れさせてはならない。

 彼らを、人と交わらせてはならない。

 彼女を苦しめる結果になってはならない。

 俺は、この現実を外に持ち出してはならない。

 

 お蔵入りだ。

 報告書からは削除して、俺だけが読めるようにしなければ。

 

『リー』

 

「?」

 

『リー』

 

 足元にいたのは、蛇のようなドラゴンだった。首が長く、全体的に体が細い。脚が短く、移動は胴体を引き摺るようにしてだ。しかし翼は大きく、動かせば揚力は相当に得られるだろう。

 

「どうしたんだ?」

 

『リー?』

 

『──シャアアア!』

 

「……」

 

 親がやってきて、めっ! とでも言うように一度叱った後に子ドラゴンを連れて行ってしまった。それはまさに、人間の母親が赤子にするような仕草。

 少し警戒されてしまったかな。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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