【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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172_エリュシオン

「アイツらって…………アイツらか」

 

 セクターから出たところで、あの酔っぱらいが言っていたことの意味が何となくわかった気がした。あの女だ。フードで目元までが隠れた雰囲気美人の女。

 後ろにいる用心棒らしき存在はあいも変わらず、姿がほぼわからないように深くフードを被り、何かを言っている。

 以前聞いた時は全く聞こえなかったそれは、しかし、今日に限っては何か意味があるように聞こえた。

 

『時は近いのです。今──我々がいるこの世界はやがて、エリュシオンの元に生まれ変わります。その波に乗り遅れたものは死に絶え、屍の上には土が降り積もり、やがて忘れ去られるでしょう……ああ、なんて悲しいことか……愚かな人の身では、世界がどのように移ろいゆくかなど分からないのです』

 

 ゆっくりと広げられた腕は、世界そのものを包容するかのような魅力を纏っている。耳に届く声も、脳の奥を刺激して聞き入らせるような蠱惑的な響きだ。空を包む雲雷の中でもハッキリと聞こえる彼女の演説が、聴衆たちをその場に留め置いていた。

 隣にいる男性は熱に浮かされたようにフード女のことを見つめている。

 

「エリュシオン……」

 

「──エリュシオン?」

 

 つぶやかれたその言葉は聞き馴染みのないものだった。反唱すると、男性がコチラを見る。

 

「なんだ兄ちゃん、知らねえのか?」

 

「あ、はい……最近ここに来たので」

 

「そうか──彼女を見てみろ」

 

「……」

 

「最近──つっても数ヶ月前だけどな? いきなりやってきてよ。最初はなんだかよくわかんねえこと言うなって俺たちも思ってたんだが……これがちゃんと聞いてると、意外と筋の通ったこと言ってんだよな」

 

「と言うと?」

 

「まあそれは俺が言ってもしょうがねえだろ。ちゃんと彼女のいうことを聞いてりゃわかるさ」

 

『世界にかつて存在していたモノ──旧き力の一つである機械。使うごとに世界を蝕むそれらを信奉するということは、あなたの子らを苦しめることにもつながります。だというのに……何故! ──企業がもたらす利便性という言葉に釣られて、あなた方は知らぬ間に破壊者の1人とされているのです!』

 

「ああ……」

 

『今ならまだ間に合うのです! 魔素の奔流が世界を飲み込み、海に座する邪悪なる魔神が真の力を解き放つ前に勇気を!』

 

「っ…………すげえよな。魂が震えるっつうか……なんてーの? こう、やる気が湧いてくるっていうのかね。あれが人を束ねる才能って奴なんだな」

 

「……そう、ですね」

 

「わかるよ。俺も最初は何言ってっかよくわかんなかったもん──でも少しずつでいいんだよ。見かけた時に少しだけ話を聞くってのを繰り返すと、段々言ってることがわかるようになるんだ」

 

 目を輝かせる様は幼心を取り戻したようだ。しかも、その男だけではない。立ち止まって熱心に聞いている奴らの顔は、一様にあのフードどものいうことが真であると心の底から信じているとしか思えなかった。

 

『そして、探索者──彼らは危険なのです。イタズラに力をふるい、自らの欲望を満たすためならどんな犠牲も厭わない』

 

「ああ、その通りだよ全くもってな。探索者なんかいらねえんだ」

 

 フード女の発言の内容は分からなくても、反応から探索者に対する誹謗中傷を始めたということがわかった。

 すぐにその場を離れることにした。

 

「あ、おい! …………また今度聞けよー!」

 

「…………」

 

 自分たちを排斥する運動が起こり始めている場所にわざわざ留まるバカはいない。だから探索者たちがいなかったんだ。

 

「──おかえりっ!」

 

「ただいま、早苗ちゃん」

 

 抱きしめると、コマちゃんと同じく太陽の香りがした。前は少しだけ違ったような気がしたけど、こういう匂いも早苗ちゃんの明るい性格に似合っている。

 

「……どうしたの?」

 

「…………」

 

 世界が大きく変わろうとしている。

 それも、最も良くない形で。

 あれはただの演説じゃない。この世界から消え失せたはずだった宗教に近しいモノだ。

 

「大丈夫?」

 

「だめかも」

 

「えー!」

 

 何かを信じる気持ちは決して消えない。

 神でなくても、人は何かを信じている。

 自分自身、家族、金、力、運命。

 何かを信じていなければ。

 何かに心の拠り所を置いておかなければ。

 例えそれが他者から見れば明日の晩御飯よりもくだらないことだとしても、人は正気を保てない。

 

「あーるきーましょ。あーるきーましょ。リビングまではあーるきーましょ」

 

 俺は日本人だからだろうか。宗教と聞くとよくないことを想起してしまう。特に、何かを扇動するような動きをあからさまに見せているようなのは。

 この世界では宗教による戦争はなかったはずだ。

 仮にヘイトスピーチをしていたのなら、日本だったら速攻で晒されて炎上まで一直線だったけど、ここは生憎とSNSなんて無い世界。宗教の利点と欠点なんて誰も教えてくれない。

 

「……震えてる?」

 

 歴史から抹消されたことなんて人は知る由もないんだ。

 

「アキヒロくん……」

 

「怖いな……怖いよ……すごく」

 

「…………いいこ、いいこ」

 

 民衆の力とは流れの力に他ならない。

 川と同じく、個人が堰き止めるにはあまりにも大きいモノ。強大な力を持った者ですら、よしんば流れを生み出すことはできても止めることはできない。

 

「んんっ! あー……お前たち、ここは私の家でもあるってことを忘れられたら困る」

 

「日向……ただいま」

 

「…………うん、怪我してないな」

 

 ゴソゴソと身体をまさぐる手はこそばゆいという他なかった。だけど、これも心が近いからだと思うと嬉しい。何より、怒っていると思っていた日向が意外と穏やかに迎えてくれたのもあるだろう。

 

「それで? 何があったんだ?」

 

 

 ──────

 

 

「あいつらか……」

 

 苦々しげに頬を釣り上げると、ドサリとソファーに腰を落とした。苛立っている証に何度か髪をかく仕草を見せ、人差し指を立てる。

 

「あいつら、いつも買い物の道に立ってやがるから邪魔なんだよ。何度も何度も話しかけてきやがるし……視線も、うざってえ」

 

 どうやら、中心部に向かう時に何度も出会しているらしい。話自体は聞いているのだろうか。

 

「そりゃ聞いたけどよ……まあ、そこそこ良いこと言ってるっぽいのはわかる。でも、ああいう連中は……その……」

 

 そこで口籠る。

 何かが彼女の言葉を遮っていた。

 

「……」

 

 下唇を噛み、少し苦しげな表情を浮かべたかと思えば、そのまま苦笑にスライドする。

 

「私がフリョーやってた頃にもさ? いたんだよ、ああいうのって。良い仕事があるぞって声を掛けてきて……怪しいから私はついていかなかったけど、何人かは着いてって…………そんで、碌な最後じゃなかった」

 

 最後。

 それが意味することは明らかだった。

 

「だから、気に入らねえんだ」

 

「…………」

 

 おそらく性質的にはそれとは違うだろうが、人を誘うという方向性においては合致していた。

 

「だから姉ちゃんにも先に言っといたんだ。近寄るなってさ」

 

「そっか、ありがとな」

 

「…………お前もああいうのに出会したことあんのか?」

 

「……聞いただけだ」

 

「何があったんだ?」

 

「…………」

 

「はぁ……まあなんでも良いけどよ。あんまり抱え込むなよ?」

 

「抱え込むほどのことじゃない。ただ、怖いだけだ」

 

「…………こっちこい」

 

 招かれるまま、日向の前に立つ。

 太ももをポンポン──これは、ご褒美という奴ですか? 旅を終えたばかりでくっさいくっさい俺の頭なんて乗せたらあんたの太ももが汚染されちまうよ? 

 

「構うもんか、そんなの」

 

「やわらけえ」

 

「へ、変態か!」

 

「……ありがとう」

 

 気持ちが嬉しかった。

 やるせ無い時にこうして寄りかかれる奴がいるってのは、すげえありがたいことだ。

 しかも、日向だけじゃない。

 こりゃあ幸せ者だ。

 そして、不孝者でもある。

 

「…………お前は、本当にいろんなことを知ってるよな」

 

「なんだ突然……勉強してるんだから当たり前だろ」

 

「そうじゃねえよ。上手く言えねえけど、なんかそういうんじゃなくてだよ」

 

「何言ってっかわかんねえや」

 

 こんなこと、褒められても嬉しかねえや。口よりも手を動かして俺のことを慰めてくれ。変な意味じゃなくてな? 

 

「さっ! 臭えから早く風呂入ってこい!」

 

「そうだな、お前も手洗っとけ」

 

「自分で言うのか……」

 

「当たり前だろ。汚ねえもんは汚ねえんだから」

 

 外から帰ってきたら汚い。

 そんなのは当たり前だ。

 

「──ふぅ」

 

 湯船に浸かると、あのひと時を思い出す。

 地面を掘って(彼女が)、水を引いて(彼女が)、石を焼いて(彼女が)、それを水に入れて(彼女が)、お風呂をつくった。

 大変だったぜ。ただ風呂に入るだけなのに1時間以上もかかったからな。

 それでも、奇跡のような時間だった。

 

「ドラゴニアの里……か」

 

 俺はこの目で、新たなる人類の1人目と出会った。

 彼女の道は二つに一つだろう。

 排斥され、追いやられるか。

 リーダーとして種を導くか。

 安寧に過ごす道だけはあり得ない。

 

「ふっ……はははっ」

 

 遠き空の下、竜に囲まれた彼女はどんな風に育つのか。想像するだけで笑みが溢れる。人との関わりを得たいという願いを生かして、里を外に開くのか。それとも自ら外に行くのか。あのベッドがぶっ壊れる頃には決めているといいな。

 

「次にいつ会えるか……俺も楽しみだ」

 

 想像もつかないような因果が、きっと俺を結末に運んでくれる。俺自身は想像の範囲内だけでしか行動できないからこそ、それ以外の要素が必要だった。だから俺はコマちゃんと出会ったし、ソフィア達と出会ったし、彼女と出会った。

 俺の予想など超えて俺の役に立ってくれ。

 独りよがりでトンチキな、この誰にも理解されない願いは、俺の力だけでは叶えることなどできないのだから。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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