【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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175_いざ往かん、果ての地へ

 

「──なんだ?」

 

 霧に包まれた世界。

 四門光輝は強烈な悪寒を感じた。家の中、リビングを見回しても気になることは何一つない。強いて言えば、嫁が微笑んでこちらを見ていることだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「…………」

 

 保有する異能の一つ、危機感知によるものだと即座に看破する。ダンジョンでは大いに役立ったこの異能は、引退から今に至るまで数度にわたって発動してきた。逆に言えば数年経っても数回しか発動されないほどに安寧とした生活を送っているということではあるが、そういう時は碌でもないことが起きるものだ。

 

「まさか、また?」

 

「ああ……何かが来る」

 

 危機感知は当初、単に嫌な予感を知らせるだけの異能でしかなかった。しかしレベルが上がり、異能自体も進化したのだ。

 共感覚の一種とでもいうべきか。

 それがどのような危機かという差異を、色付けしているかのように彼に感じさせる。

 

「何が来るの?」

 

「分かんねえ……こんなのは初めてだ」

 

 これまでに感じたどの危機とも違う感覚だった。リヴァイアサンでも、ダンジョン化でも、モンスターでもない。

 立ち上がった光輝は、武具を立てかけている棚に手を伸ばした。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 飾られているもののうち、最も使用してきた愛具である籠手を手に取った。一級探索者が用いる武器は生半可ではない──というと小学生並みの感想に聞こえるが、深海でも空の上でも溶岩のそばでも活動し続け、多くの魔素に晒された物体が元の姿のままでいられるわけもない。

 鋼製の本体に毛を編んだ仕上げを被せて作った籠手。数多のモンスターの血が浴びせられることで赤黒く変色し、肉体に接触するとモンスターの体液を吸い出すように進化した。

 

「それ……現役の時のやつ」

 

 戦闘中、吸えば吸うほどに色は鮮やかな赤へ遷移し、限界まで溜まるとと真紅の螺旋が敵を突き貫く。至近距離で放てば、格上でも大打撃となる。

 ちなみに光輝クラスにもなると、格上というのは基本的にダンジョンの奥に座するダンジョンの主のみとなる。彼が全力で倒せない相手というのは数えるほどしかいないという自信があった。

 そんなものを持ち出して、一体なんだというのか。

 

「使うの?」

 

「いや、分かんねえ。分かんねえけどなんとなく持っておこうかなって思ったんだよ」

 

 しかし、すぐに棚に戻す。何故手に取ろうと思ったのか、全く自分でも説明がつかない行動だった。

 

「…………何が起きるのかしら」

 

「さあな」

 

 戦うとなったらコウキは郊外に離れなければならない。万が一、何かの間違いで街中での全力戦闘など行ってしまえばセクターは跡形もなく消滅するからだ。

 

「あなた……」

 

「心配すんなって! 気のせいかもしれねえしな!」

 

「…………」

 

「だからさ、そんな顔すんなよ」

 

 脇から腕を差し込み、身体を引き寄せる。

 

「ミナ、大丈夫だから」

 

「…………」

 

 彼女の水気を帯びた瞳は水面のように揺れていた。

 良い母であり、周囲からも良き女性として映っている彼女の弱いところを光輝は理解していた。

 

「ん────ミツキは大丈夫よね?」

 

 2人の見た目は、年齢から考えると信じられないほどにみずみずしさを保っている。どちらも20代前半の見た目で、並んで歩いていればミツキの姉兄と呼ばれてもおかしくない。

 しかし注射を打ったり、化粧をしたりしてアンチエイジングをしているわけではない。

 コウキのレベルもさながら、ミナも実は探索者として登録していた。コウキと一緒に歩みたいと、自らの意思で探索者として活動していたこともあるのだ。その過程で戦うことの恐ろしさに触れ、愛する人がどれだけ危険なことをしているのかということを思い知った。

 故に、家族が危険なことに巻き込まれることに対して殊更に忌避感があったのだ。

 

「ミツキのことはアイツが守る」

 

「…………」

 

 光輝の信頼の先。

 アイツ──夢の放浪者、加賀美明宏。

 彼の口から語られた、もう1人の男の人生。仔細については全く話してもらえなかったが……不思議な夢を経て、彼が既に人生を一度終わらせているということだけはなんとか飲み込むことができた。

 彼の立ち振る舞いも、揺るがぬ在り方も、そういう事なのであれば理解できた。何の理由もなく、子供が、光輝から放たれる圧力や腕力の凄みを受け止められるはずないのだから。

 

「明宏の事が信じられないか?」

 

「そんな事ないわ。ないけど……」

 

「何が心配なんだよ」

 

「アキヒロって、何でもわかってますみたいな顔して女の子のこと全然わかってないから……」

 

「…………確かに」

 

 人間性については文句なし。探索者のトップであるコウキは、それはもう多くの探索者とゴリゴリに関わっているし、パーティーメンバーだって当たり前に存在した。

 そんな彼からしてみれば、明宏は清廉潔白と言って良いほどにマトモだ。

 

 だが! 

 しかし! 

 こと娘のことに関して言えば、何度も煮湯を飲まされている。

 

 あまり父親としてはなっていないと自覚している自分の代わりに、小学生の頃から色々とミツキの面倒を見てもらっていた。そもそもの出会いからしてそうだし、誘拐未遂事件や進学後も色々とやってもらっていたのは事実。弱くて、それでも愛しい自らの分け身に対してどう触れ合うかを教えてくれたのは明宏だった。

 

 しかし、分かるだろう。

 あんなに可愛い女の子と一緒にいて、わがままを聞いてあげて、時には叱って……そんな事をしていたらどうなるかなんて、分からないわけがないだろう。

 

『コウキさん、すいません……』

 

 案の定、ミツキは飛び出した。

 何故そんなことになったのか──あんなに気遣いができるのに、どうして頑なにミツキに手を出さないのか。この世界においては、すでに結婚して子供がいたっておかしくないのに。

 

『俺は既婚者なんだ』

 

 そんなことを、今更言われてこっちはどうすりゃいいんだ……! 

 

 それが、2人の素直な感想だった。

 昔から一緒にいた2人が、そのまま同じ家に入る。それは最早自然の摂理に等しく、そこからブレるルートなんて本来はないのだ。

 既婚者なんて言われても、困る。

 そもそも、ミナとコウキだって自分達なりに娘達の事はしっかりと注視してきた。明宏が結婚しているなんて見たこともなければ、そんな素振りもない。彼の実親であるエリックや明美からも聞いたことはなかった。

 

『嫁を……アイツを……自分の心を裏切るわけにはいかなかった……』

 

 ──あまり人を舐めるなよ。

 

 そんな感想を抱くのもやむなしだろう。すでにミツキを泣かしている。ここからミツキを捨てるなんてことになったらどんな酷い目に合わせてやろうか。

 コウキは本気だった。

 

 だがアキヒロは頭を抱えていた。四門家の三人が揃った場で、飛び出してきたミツキを追いかけてきたにも関わらず、その話の矛先は夫婦だった。

 

『君たちにも分かるだろう……隣にいるパートナーと遠く離れた場所に隔離され、2度と出会うことは許されず、愛した証をその目に拝む機会は永久に失われるんだ』

 

 手を広げ、その傷だらけの手を見せつけた。

 

『肉体は若返り、心はその若さに引っ張られて情熱を取り戻す。あらゆる欲と、それを満たすための体力が身に宿る──俺は宿った。…………だからなんだ? 遠くに離れたから、もう前の女はいらないって? ──そんな程度なら、最期まで結婚生活なんて続いてないんだよ』

 

 そこまで言った上で、改めてミツキを見た。

 

『たとえそれが夢だとしても、俺にとっては現実だったんだ』

 

 複雑そうに、それでも愛おしげに柔らかい視線を送っていた。

 

 ──とんでもないバカというのはいるものだ。

 

 コウキが最終的にアキヒロに対して抱いた感情はそういうものだった。

 

 アキヒロは、自分自身に性欲があると認めている。

 だったら、それに身を任せればいいだけだ。お互いに好き合っているならば──方向性の違う好意だとしても──抱けばいいのだ。聞けばすでに子供もいるという。

 とんでもない野郎だが、これまでの行いが無くなるわけじゃない。良い意味で。

 前がどうとか、夢がどうとか、訳のわからない理屈を捏ねて目の前の女を放置するなんてのは言語道断。相手に寄り添うだけ寄り添って、だけど心は明け渡さないというのは相手の心を全く考慮していなかった。

 

 ──最終的にくっついたから、とりあえずはよしとしよう。

 

「うーん……思い返すとあいつって、やりたいことやってるだけなんだよな……」

 

「でしょ? だから頼れるけど頼れないというか……いざという時以外はあんまり当てにできない……」

 

「じゃあいいんじゃね? いざって時は頼れるんだから」

 

「でも、そうするとあの子……人……アキヒロは自分が傷つくのを気にしなくなるじゃない」

 

「いいだろ男なんだから。レイトだって腕無くしてるけど頑張ってるぞ」

 

「そういう問題じゃないでしょ」

 

 四門家にとって、明宏はすでに家族も同然の存在だ。それ故にコウキは男らしさを求めるし、ミナは彼の行動とその原理についていつも心配している。

 

「俺たちがなんか言ったって聞きやしねえだろ」

 

「そんな偏屈じゃないでしょ」

 

「偏屈じゃないことはないだろ」

 

「…………そうね、フフフ」

 

 口調は穏やかそのものだ。

 腕の中にある温もりに向けて、極めて落ち着いた声色で声を届けている。彼女も、額の方向から聞こえる声に何ら変なものは感じていない。

 力強い腕に抱きすくめられて安心感を得てすらいる。

 

「…………」

 

 しかし、男の顔を見てみると穏やかさなどどこにもない。険しく歪んだ彼の顔が向く先は窓の外、霧を通り過ぎたどこか遠くだ。

 

「……あなた?」

 

「ん?」

 

「──」

 

 呼びかけに答えてカラッとした顔で見つめ返す。自他共に認める、最も人間性を残した一級探索者──人間を遥かに凌駕した能力を有している彼だが、嫁に隠し事はできなかった。

 

「やっぱり、大変なことになるの?」

 

「…………久々に連絡をとってみるか」

 

 光輝は端末を取り出した。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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