【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
ガサゴソと聞こえる物音。静けさの中で三船宅に響くソレは、家の主人を深い眠りから覚ました。上体を起こすと、静電気でボサボサの髪が浮き立っている。
「ふぉあ……」
寝ぼけた脳みそでシエルが夜食でも漁っているのかと考えたが、同居人はしっかりと同じ部屋にいる。じゃあ誰がソレをしているのかと言えば、残りは1人だけだった。
──廊下に顔を出す。
そこには丁度、出かける装いのハシュアーが。相変わらず背は小さいが、その顔に眠さは一つも見られない。顔を出したところで心が折れて気絶しかけているレイトとはまるで正反対だった。
「あ、行ってきまーす」
「ゃぃ……」
外に足を踏み出しハシュアーは、ザクザクと霜柱を踏み抜きながら歩みを進める。何のためにこんな朝早くから出かけるのかといえば、教官の指示だ。
『お前は腕力はあるけど、体力はまだまだだ! だから、朝は打ち込み。昼は走り込みにしよう! 幸いこの時期なら走っても走っても熱で倒れることはない!』
ハシュアーは地下世界で生活していた為、朝という概念をあまり理解していない。しかし地上にきて間もないながらも、朝と夜というのが世界の明るさが切り替わるタイミング──地下と変わらないものだということは何となしに理解していた。
路を歩くのは彼1人。
地下では味わったことのない足元からの感覚。
そして寒さ。
一定に保たれた安全な環境で育ってきたハシュアーにとって、見るもの全てが新鮮で、出てきて良かったと毎日起きるたびに思っていた。
「寒い〜」
そう1人ゴチる顔もニヤニヤと崩れた表情が露わだ。
商工会まで来ると、中からは嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。ドワーフならば誰もが嗜むアルコールの匂いだ。
それにしても随分と質の悪い匂いだと顔を顰めて扉を潜ると、夜遅くまで飲んで潰れたた探索者達が床や机に突っ伏していた。
「…………あ!」
こんな寒さの中でもグウスカ眠れる脅威の耐久には目もくれず、ハシュアーがその眼に映していたのは探索者達が所持している武具類。
「だいぶ摩耗してるな……こっちのは新品だけどエンチャントがついてる。それにしても手入れが雑だよどいつもこいつも……」
一つ一つ手に取り、眠っている所有者を起こさないように小さな声で観察した答えを口に出す。
最後まで身終えると首を捻った。
「この程度ならすぐに作れるのになあ……金が無いのかな、ヒューマンって」
「と、盗っちゃダメだよ……?」
「ふぉっ!?」
おずおずとした声が突然すぐ背後から聞こえ、驚いてバランスを崩す。
「おわわわ……!」
探索者の顔面を踏みそうになっ。咄嗟に腕を突き出していなければ、こわーい探索者が彼の目の前でその意識を覚醒させるところだ。
「な、なんっ、なんだよお……!」
「ご、ごめんね……まさかそんな驚くとは思わなくて……」
「……ていうか、誰?」
「あ、うん。私はここで受付をやってる角田葵って言うんだけど……君は?」
「俺はハシュアーだ」
「ハシュアー? 苗字は?」
「無いよ、そんなの」
「ええっ」
「なっ、なんだよ……」
「あ、いや、なんでもないよ? 珍しいなあって、それだけ! ──それよりも、ハシュアー君は何でこんな朝早くから商工会に来たの? お母さんはどこか行っちゃったの?」
「…………!?」
ソレを聞いてハシュアーはパッと顔を赤らめた。今、自分は目の前の女の子に迷子の可哀想な男の子として見られている──そう、自覚してしまったからだ。
声色も表情も話の内容も、全てがそう表している。
「ち、ちがう! 迷子じゃねえよ!」
「?」
「訓練場に来たんだよ! 教官に朝から練習って言われたから!」
「…………でも、訓練場誰もいないよ?」
「!?」
割と暗闇の建物内て、アオイの背中についていく。誰もいないどころか、鍵が閉まっていた。夜間は戸締りがされ、誰かが勝手に中に入ることができないようになっているのだ。
訓練場に火が灯され、改めて誰も中にいないことが確認出来たところでアオイが問いかける。
「本当に教官に言われたの? というか、教官ってどの人?」
疑われている。
優しい目ではあるものの、間違いなく疑われている。
これでは本当に自分が可哀想な男の子みたいになってしまうと予感したハシュアーは即答した。
「レイジ!」
「レイジさんかあ……でも、あの人こんな時間に来るのかな……」
「え、なにが?」
「レイジさんって割とめんどくさがりで……別に悪い人じゃ無いんだけどね?」
「いや、でも昨日確かに言われたんだって! 朝来たらまずは打ち込みからって!」
「朝……今は朝っていうか早朝っていうか……深夜? 私も当番じゃ無かったらいないと思うけど……本当にこの時間で合ってる?」
「…………」
そう言われると合ってない気がしてくる。実際、彼女の言う通りレイジはいないし他に動いている人間もいない。空っぽの訓練場には武器が並べて置いてあるだけで、動く気配なんてしなかった。
「……朝って、いつだ」
「うんん?」
いきなりおかしなことを言い始めた目の前の少年──先ほどからおかしな挙動しかしていないが、それは一旦別の話として──朝がいつかなどというのは、生きていれば自然と身につくものだ。ソレを何故こんな場所で疑問に思っているのか、甚だ不思議で仕方なかった。
「朝って、いつのこと?」
「そりゃ朝は……」
予想通りの質問が飛んできたので、腰に手を当ててお姉さんぶりながら答えようとした。
しかし口を開いた刹那、はたと思いとどまる。何と説明すれば正確に伝わるのか、改めて考えると難しいということに気付いてしまったからだ。
「朝は…………うーん……」
「いつ?」
「うーん……あっ! 起きる時間! 起きる時間のことだよ!」
「俺もアオイも起きてるじゃん」
「あああ、そうだったよお…………み、みんなが起きる時間!」
「ふーん?」
「本当! 本当だから! これは本当!」
懐疑的な視線に対してゴリ押しで朝の定義を主張するアオイ。ハシュアーもヒューマンがそう言うなら……と引き下がり、メイスを手に持った。
「ふぇ? ……なにしてるの?」
「何って、打ち込みだよ」
「今から!? みんなが起きるまでまだ大分時間あるよ!?」
「だから良いんじゃん」
「ええ……」
アオイは、目の前の小さな男の子が本当に探索者になろうとしているのか疑わしくなってきたことを感じた。
探索者はこんな真面目じゃない。
「ほ、ほら、お腹とか空かない? 一旦家に帰ってご飯とか……」
「邪魔するなら出て行ってくれる?」
少年は、少しだけ不快そうに善意を切り捨てた。先ほどから子供扱いしかされておらず、腹に据えかねるところがあったのだ。
「あうう……」
思わぬ反撃を喰らい、怯む。探索者の粗暴な振る舞いにはある程度慣れてきたところだが、小さな子からこんな風に言われるのは裏切られたような気分になってしまう。
トボトボと訓練場を後にし、扉を開けて外に出たところで振り向く。既にメイスと盾を手に取った少年が的に向かって歩み始めていた。
「…………見ておかなきゃ」
表にいるのは大人の探索者達ばかり。どうせ昼頃までは倒れているし、何があっても自己責任。翻って、こちらにいるのは自分よりも小さな男の子。
若年層が探索者になるのは珍しくないとはいえ、これほどに若い、もはや幼いと言っていい子供がなるなどアオイは見たことがなかった。
だから、彼を守れるのは自分だけだとこうして見守ることにしたのだ。
「──はぁっ!」
「……!」
高く木の鳴る音、少年はメイスを軽々と振り回していた。右手のみであんな重いものを扱うなんて……と、驚きはしない。寝転んでいる呑兵衛どもの中にはもっと大きくて重い武器を持っているものもいる。ハシュアーより小さな武器を持っているものも同じくらいいるが、探索者ならこれくらいやるだろうなあ……と呑気に考えていた。
「っ! ぞっ! あっ!」
踏ん張る声が妙に面白くて微笑みながら見守る彼女の目の前で、ハシュアーは唐突に腕を止めた。
「……どうしたのかな」
やっぱりお腹が空いてしまったのか、それとも怪我をしたのか。扉を開けて声を掛けようとしたが、ハシュアーは難しい顔で口を開いた。
「盾はどうやって練習すりゃいいんだ……?」
「確かに……」
盾を練習するということは、攻撃してくる何かがいなければ成立しないのは自明だ。仲間がここにいれば模擬的に戦闘を行えばいいし、仕事を受注してダンジョンで練習するというのも一つの手ではある。
しかし今は早朝。
依頼の受注すら不可能だ。
「あの子、仲間とかいるのかな……」
日々を忙しく過ごしているアオイはまだまだ新入りの域を出ず、本当に仕事ができているのか不安になりながらの毎日だ。
ハシュアーがいつから登録しているなんて知らないし、なんなら個別の探索者に関する情報を閲覧した事すらない。
それ故の発言だった。
「こうかな……っ!」
ハシュアーは踏み込み、盾をまっすぐに的へ打ち付けた。当然、反作用により生じた衝撃が腕を通して伝わりくる。しかも、衝撃の割には的に全くダメージは入っていない。指先で触れてようやく何かちょっと傷がついたような痕が感じ取れるくらいだ。
「っ! ……っ!」
ガツンガツンと荒い動きで腕を動かす。メイスを振るのに比べてお粗末がすぎる動きは、無駄にスタミナを消費させるだけだった。
しかし、側から見ると何の意味も無さそうなことがなんとなくわかっても、実際にやっている本人にしてみれば一生懸命体内の酸素を使っている最中なので判断がつかない。
ひたすら盾を構えた腕を前後に動かして窓にぶつけるだけの時間がしばらく続いた。
「──はぁ」
カラン、と盾を落とす。
腕は強い衝撃を幾度も受けたことで青く変色していた。強い衝撃と言ってもタカが知れているので内部の奥深くまで負傷が及んでいるわけではないが、本人はかなりきつそうな顔をしている。
「ってえ……」
素人が好きなようになるとこうなります、のお手本のような失敗を見せていた。
「回復薬……だったっけ」
イルヴァの牙にいた頃は、そんなもの使ったことはなかった。しかし昨日の教導において使用されたことを通して、怪我を治す効果があることは分かっていた。
ソレがしまっている場所はないかと、置かれている収納を勝手に漁りだす。
「あ──だ、ダメだよ? 勝手に使ったら」
「は? …………え、なんでいんの」
「あ…………そ、そんなことはどうでもいいの! とにかく、回復薬を使うならちゃんと使用表に書いてね!」
「使用表? なんだそりゃ」
「えっと……使ったら書くやつ」
「はあ?」
「回復薬とか、包帯とか、そこに置いてあるものを使ったら書くの」
「ふーん…………めんどくさっ」
使っていけないというわけではないので、アオイも一緒に探し始める。回復薬はハシュアーの身長だと微妙に取りづらいところにあったのもあり、少し時間はかかったが取り出すことができた。
「それで、そう、そこに日付と名前と──」
「………………ひづ……け…………?」
最初の書き出しでフリーズ。
地上世界の暦のことなど知るはずもなかった。
「……日付、わかる?」
「…………」
「じゃ私書くね?」
「お願い……します……」
「大丈夫だよ」
ますますかわいそうなものを見る目を向けられるようになったハシュアーは、帰ったら暦のことを勉強しようと心に誓った。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない