【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
目的はグロウルートの採取。
水を与えれば光る植物で、主にダンジョンの天井に生えている。
「暗いなあ」
「僕たちはまだレベルが低いからね。もっとレベルが上がれば普通に見えるらしいよ」
予想通り。
同じ地下であっても、イルヴァの牙とダンジョンとではまるで違った。入り口の雰囲気からして既にハシュアーの知る洞窟とは違ったので、さもありなんといったところだ。
それでも、常に暗闇と光の同居した世界にいたハシュアーにとってダンジョンの環境はすぐさま恐怖を呼び覚まさせるような環境ではなかった。
「ライトか……松明で十分じゃないの?」
「狭いところをちゃんと照らしてくれるから、場合によって使い分ける感じかな」
松明で照らしながらダンジョン内を進む彼らの目指す先は第一階層の半ばほどにある地底湖の近辺。今いるのは入り口にほど近い地帯で、地面は乾いている。
「さっき入ってった人たちはどこ行ったの?」
わずか数分程度の差で、既に他の探索者達を見失っていたことが不思議で仕方なかった。
「ほら、途中で枝分かれしてたじゃない? あそこできっと別の道に行ったんだよ」
「そうなのかな」
ただ歩くだけでは退屈過ぎたのかハシュアーは話し続けていたが、シエルが肩を掴む。
「静かに」
「え」
「先に敵から感知されるかもしれないでしょ」
奇襲をかけられて、それを無傷で切り抜けられるほど今の3人の力量は高くない。ハシュアーなどはレベルも低いので、引っ掛けられただけで即死というのが想定するべきことだ。
「レイトも気を抜き過ぎ、本当に死ぬよ」
「はい……」
「分かったらいい」
いつもの嫌味な感じの突っかかり方とは違い、真面目な忠告。ハシュアーも自分の未熟さはレイジに嫌というほど叩き込まれているものの、実際にやってくるとモンスターはいないし暗闇自体も慣れたものなので舐めてしまっていた。
しかし驚いたのは、いつもと違ってシエルがシッカリしていることだ。
誤解がないように言うと、普段は天然とか抜けているとかそういうわけではなくて単純にやる気が見られない。暇な時はソファーでくつろいで、暇が過ぎるとレイトの後ろにくっついて、ときたまヘッドホンを取り出して1人になる。
こうしてダンジョンにいる時は強い眼差しで周囲の警戒をするということを、ハシュアーは知らぬ側面を見たと思った。ただ、反駁の言葉が口を突く。
「死ぬって、大袈裟じゃ……」
「──音」
微細な音の変化、ハシュアーには捉えることができなかったそれにシエルが気付いた。大慌てで横穴に隠れると、目の前を巨大な四足歩行の怪物が通り過ぎていった。黒く帷子のような殻に覆われた腕部に握られた何かが引きずられ、その跡は赤い。
鼻を貫く鉄臭さ。
「っ……!」
信じられない。
心臓が口から飛び出そうだ。
激しく打ち鳴らされる鼓動は、あの怪物に近付くなとという肉体からのサイレンだ。
あまりにも突然に、死がすぐそこまでやってきた。
目を閉じて、姿を記憶から追いやる。恐怖でパニックにならなかったのは、少なくともレイトも同じくらい恐怖していたからだ。
「…………」
持ってきたメイスを見る。
安売りしているものの中ではマシだったものだが、こんなものでどうにかなる気がしなかった。
通り過ぎ、足音が聞こえなくなったところで姿を晒し──
「ひっ……!?」
残忍なレッドカーペット。
原材料から零れ落ちたであろうカケラが足元に。一つや二つじゃない、暗闇の奥まで続いている。
急激に気分が悪くなるのを感じた。
「で、出会してたら、死んでた」
やや吃りながら事実を告げるシエル。
ダンジョンでは言うことを聞こう──ハシュアーは心に決めた。
「さっきのやつが進んだ先には行きたくない」
「と、当然だろ……」
「でも、この先を進んでも血の匂いでモンスターが寄ってきてるかもしれない」
「あ……」
確かに、この濃厚な血の匂いは人間異常に嗅覚が優れたハンター達にとっては場所をはっきりと示すマーカーのような役割を果たしてしまうだろう。
「──先へ、進もう」
レイトは、身を震わせながらそう判断した。
リーダーとしてするべきこととはいえ、そんな震えてるのに……とハシュアーは困惑したが、シエルはそれに頷いた。
「じゃあ、行こう」
武器は既に抜いている。松明が照らすのは精々10m程度で、それ以上先は明度が足りずに全く見えない。しかし、松明が暗闇の中に浮かんでいれば100m先からでも見えるだろう。
誘蛾灯ならぬ、誘怪灯としての役割を果たしてしまうのだ。だからといって使わないわけにはいかないのが彼ら低レベル探索者の痛いところであり、乗り越えるべき最初の関門だ。ライトと松明をうまく使うことで、先んじて発見されることを避けなければならない。
「戦うなんて無理じゃん……」
自らの戦闘力と先ほどのモンスターを比較して、とてもじゃないがダンジョンでやっていけるとは思えなかった。
「レベルが10を超えるまでは避けろって、教えてもらったでしょ」
「……講習の時、いたの?」
「当たり前のことだから」
確かにレイジから、そして講習でも似たようなことは言われた。だけど、それをシエルがきちんと学んでいたとは信じられなかった。何せ彼女ときたら──
「余計なこと考える暇があったらちゃんと索敵して」
「……はい」
その通りだった。
さっきの化け物がまた現れないとも限らない。血のカーペットか、それともあの威容か、どちらかのせいでレイトは調子が悪そうにしている。レイトの分も働かなければと意気を新たにした。
「レイト、大丈夫?」
それにしても、レイトにかける声のなんと優しいことか。
「……大丈夫」
「休みたいならすぐ休ませるからね」
「ありがとう、でも本当に大丈夫だよ。どこも怪我はしてないから……」
「そう」
さっきとは違う意味で気分が悪くなってきた。
──────
「来る」
「え、な、何が……」
「前から来る」
シエルは弓を番えた。
「構えて」
「っ!」
時間が経って顔色もだいぶマシになっていたレイトも剣を構え、シエルの前に立つ。後ろから射抜かれるリスクなどまるで考えていない振る舞いで、ハシュアーが習ったこととは真逆のことをしていた。
「──」
弦が張り詰める音は、モンスターが飛び出してきそうな今を暗喩しているようだった。
果たして闇を掻き分けて現れた姿は──
「アリだ!」
ギチギチと関節を鳴らしながら3mにも及ぶ体を蠢かしているのは、このアンダーにおいてワームと並んで最弱の名を欲しいままにするアリだった。しかし、人間から見れば体長3mの生物というのはライオンよりも大きな猛獣に他ならない。ほぼクマだ。
そしてこの個体は一匹で行動している。
変異の予兆だ。
「ふっ……!」
放たれた矢はまっすぐに飛び、甲殻を貫いて刺さった。しかし、紫の体液が少々垂れるだけで動きの鈍りは見られない。
『ギチチッ』
「!」
次いで放たれた矢は壁を登って回避された。翼のある生物ほどではないが、洞窟内においてはこうして擬似的な3次元機動を行えるというのもアリの強みだ。
そして、アンダーに生息するアリの特徴は他にも。
『──ギチッ』
高速で壁面を動き回ったかと思ったら、シエルめがけて突っ込んできた。前脚をもたげ、レイトが持つ剣のように鋭く形成された鎌で叩っ斬ろうという魂胆が丸見えの動き。顎も巨大で、挟まれればなすすべなく切断されてしまう未来が見える。
「──くっ!」
なんのために役割を分担しているか。レイトはシエルとアリの間に肉体を無理やり挟み込み、剣を盾として用いた。
──火花が迸る。
「レイト!」
「お……も……い……っ!」
拮抗。
かたや6本の足のうちのたった1本、かたや全身を使っている状況を拮抗と本当に呼んでいいかはともかく、アリとレイトは鍔迫り合いの状況になった。
『……』
無機質な頭部と複眼で見られているレイトは、いつ強靭な顎に噛み付かれるのかと冷や汗を垂らしながら耐えた。離れていく足音──シエルが良い位置に着くまではせめて、引き付けておかなければならない。
「…………っ!」
一瞬で緩めた力。緩急をつけるという考えがないアリの足はそのまま地面に突き刺さり、弾かれたレイトは後ろへ数歩下がった。
しかし間合いから出てはいない。
即座に次の行動を決めると、前のめりに加速した。
「はあっ!」
逆袈裟に振り上げた刃は触角を切り落した。アリの極めて重要な器官を破壊したことにより、即座に無力化──とはいかないようだ。
『ギチチッ』
関節が軋む音。
溜められた力が解放され、頭を大きく一振り。
「う゛っ」
恐怖で息が詰まる。身を屈めて回避したレイトの頭上を、裁ち鋏のようなアゴが通り過ぎた。
しかし、またチャンスがやってきた。顎下に入ったせいでレイトのことを見失ったようだ。
「……」
静かにアリの腹部へ移動し、突く。
『!』
比較的柔らかい部位だった為、数度切りつけた甲殻は切り裂かれて筋肉を露出させた。
「うわっと! ──うわっ、わっ、うっ!」
再び前脚を回避するも、今度は標的をレイトに変えたのか執拗に追いかけ回す。以前だったら腰を抜かして一瞬でお陀仏だったろうが、きちんと逃げているあたり成長が見てとれた。
「っ……ハシュアー!」
普段は出さないような声量を出すシエル。激しく動くアリとレイトに、矢を放つタイミングを図りかねていた。本来ならば戦わせないはずのハシュアー、近接戦闘職の力が必要だった。
対するハシュアーは何をしているか──シエルのさらに後ろでオロオロと立ちすくんでいる。
メイスと盾を構えてはいるものの自分が何をすればいいか全く分かっていない、ただ眼前の光景を見るだけで、役立たずという他に表現ののしようがない有様だ。
「…………」
その胸中を占めるのは、圧倒的な無力感。生まれてからこのかた、神の加護のもとで育っていたハシュアーはこれほど近くでモンスターを見た経験というのがなかった。
大きくて、速くて、レイトの一撃でも仕留められないほどに堅い。鎌脚が振り抜かれると壁面に一筋の線が刻まれ、その度に身体がびくつく。
とても自分が戦えるなどとは思えなかった。
「──うわあっ!?」
また一度、レイトの頬を掠めた。
赤いものが飛び散り、顔が慄きで歪む。シエルの放った矢も攻撃一辺倒の相手の気を引く効果などは無かった。必死の顔で少女が叫ぶ。
「──ハシュアー! 動いて!」
「あ…………」
手元とアリを交互に見る。こうしている間にもレイトを食い尽くさんとモンスターは猛攻を継続しており、状況が一歩でも変われば命が危ぶまれた。
そして、シエルにはそれを変えられるだけの攻撃力はなかった。細く軽い矢は、貫通力はあっても威力は低いのだ。
だけど……自分に何ができるだろう。レイジに教わったことが全て身についているとも言えない。スタミナだって足りない。武器の振り方だってメチャクチャだと言われた。
そんな自分があそこに入り込んだところで──
「ハシュアー!」
「あ、おっ…………俺が…………俺が……俺は……!」
半分以上パニックで、無意識だった。どちらの足から踏み出したのかすら定かではなく、何を思って突っ込んだのかも後からでは思い出せない。
振り上げた腕の感覚だけに従い、白くなった空間の中で空気を押しつぶしながらメイスを振り下ろした。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない