【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
「ハシュアー! ハシュアー! もう大丈夫だよ!」
「──?」
気が付いたら手が紫色の液体でべっちょりと濡れていた。しかも先ほどまでは真っ白な視界で1人きりだったのに、いつのまにか元の洞窟に戻ってレイトに羽交締めにされている。
「な、にが……」
加えて突然の疲労感が体を覆った。その場に座り込んだ途端に噴き出す汗が、どんな理由からなのかがわからない。
「ずっとメイスを振ってたから身体に負担がかかってんだね……」
メイスを振っていた。その言に覚えはあるものの、どれくらい振っていたのかを全く思い出せずに意気を整える。
「俺……何してたの?」
「覚えてないんだね」
「うん……」
「キミは僕のことを助けるために戦ってくれたんだよ」
「え?」
レイトは嬉しそうに教えてくれた。
だけど、戦うと言っても自分はまだレベル7の研修生だ。あのアリと戦えるような──いいや、この手についた紫色の液体は?
「──うわあっ!?」
目の前にあるのはグチャグチャに粉砕された肉塊だった。それだけでも恐ろしいのに、まだ蠢いているのがより一層の恐怖を煽る。
後退りしながらも目を離せずにいると、肉塊はやがて蠢きを止めて溶け消えた。後に残ったのは小さなアリの死骸だけ。手についていた液体もいつの間にか蒸発して、痕跡を示すものが極小化してしまった。
「なんだよこれぇ……!」
「本当に覚えてないの?」
自分が本当にあの怪物を殺し切ったのか。
震える手はそれを否定していた。
「良い動きだったよ」
「そうだね、でも覚えてないんならどうやってあんな風に動いたのかな……僕よりも動き良かったし」
「レイトも悪くはなかったよ」
2人に褒められても、何も覚えていない自分としてはそれこそ全く嬉しくない。むしろ、何をしでかしてしまったのかという得体の知れない恐怖だけが残った。
「とにかく助かったよハシュアー」
「あ…………」
笑顔で差し出された手を握って立ち上がる。覚えていることが間違っていなければ、レイトはアリに襲われていたはずだ。そこから自分が助けられたというのなら、頭真っ白で何もわからずとも少しだけ誇らしかった。
「ハシュアーは採取だけって決めてたんだけど……僕たちが弱いせいで迷惑かけちゃったね」
「そ、そんなことないよ! 俺1人じゃそもそもここに辿り着けなかっただろうし……」
「ううん、辿り着くだけなら誰だって出来る。ハシュアー…………きみは本当に凄いよ」
「っ……」
何故かレイトの眼は眩しいものを見るように細められていて、無性に気恥ずかしくて顔を逸らした。そんな眼で見られたことなんて一度も無かったから。
「さっ、キミが倒したモンスターだ。あの魔石は君のものだよ」
指差した先。ライトに照らされて光を返すのは、アリのすぐそばに転がっている琥珀色の小さな石。
しゃがみ込んで拾う。
「魔石……」
講習でも習いはした。モンスターを倒すと魔石を採取することができると。体内にあるという話だったはずだけど、先ほどのモンスターはどこに消えたのか。
「アリとかワームとかは倒すとすぐ消えるやつもいるよね」
「ふーん」
ということは、一応のところはモンスターを討伐したということに間違いはないようだった。
「あんまり嬉しくない感じ……かな?」
「うーん……」
自分が倒したという実感がまるで無い。
どうせならちゃんと意識がある時に自分の力で倒したかった。
「でも……嬉しい、かな」
自分でもモンスターを倒せるということがわかった。そして同時に、ヒューマンというのが意外に貧弱であるということも。酒場で殴られた時から力が弱いことはわかっていたけど、レベル7の自分でも倒せるようなモンスターに苦戦するほどだとは思わなかった。
「なんか俺、探索者頑張れそうかも!」
「ふふ、そうだね」
「先へ進みましょう!」
「あはは、なんで敬語なのさ」
モンスターとのファーストファイトは何が何だかわからないうちに終わってしまったけど、とにかくモンスターってのをそこまで怖がる必要はないってわかった。
この2人がダメでも、自分が倒せればいい。そもそも前を張るのが役割なので、それで十分だと思えた。
「そういえば、その湖がどこにあるかって2人はちゃんと覚えてるの?」
「全部じゃないけど、ある程度はね」
「ある程度で行けるものなの……?」
ダンジョンはとても長いという話だった。数十kmというよく分からない単位を持ち出されたけど、とにかく長いということだけは覚えている。
「一応ほら、地図はあるよ」
取り出したのは、結構な分厚さのある折り畳まれた紙。
「大きい」
「なにせ広いからね」
しかしそれを広げはしない。
「ほら、地図なんて広げてたらモンスターがやってきた時に何もできないじゃない? だから普段はこうやってしまっておくのさ」
「あー」
「大丈夫、ちゃんと近付いてる筈だから」
「なら良いんだけど……」
道のりは長い。
黒いベタベタとした液体が流れる川、モンスター達が氷に閉じ込められた岩石地帯を越え、それでも辿り着けない。
探索者と出会して、いくらでどうだのとか一晩がなんとか相手が言い出して、よく分からないうちに戦闘になりかけたり──なんてこともあったが、そこはシエルがなんとかしてくれた。
「こんなとこが……」
明らかに人為的に作られた横穴を見つけて入り込んだ。蔦に覆われて、容易には発見できないように隠蔽されていたのをシエルが看破したのだ。
「すげー! どうやってわかったの!?」
「見ればわかる」
「すげ〜」
中は3人が休むには十分な空間だった。通路部分と奥の広間に分かれているので、火を焚くこともできるだろう。
「──今日は一旦休もうか」
「まさか1日で終わらないなんて思わなかった……」
モンスターとの戦闘もあって、ハシュアーの疲労蓄積はレイト達よりも大きかった。日々の訓練から来ている部分もあるだろう。
ともかく、時間感覚を得辛い地下においては休める時に休むのが鉄則だ。
「安全って言っても、シエルちゃんが見つけたみたいに他の探索者が入ってくる可能性もあるからね。その時に全員寝てたら何もできずにどうにかされちゃうんだよ」
「うん」
言われてみればその通りだった。全員が寝ていたらとんでもないことになるかもしれない。
「まずは僕が番をするから、時間が来たらシエルちゃんね」
「わかった」
2人の話、どうやらハシュアーは抜きで不寝番を決めたらしい。
「俺やるよ? ちゃんと勉強したし」
不寝番──寝ないで火の番をすること。
地味で退屈な仕事だが、夜においては何よりも大事な仕事でもある。いるのといないのでは安全性がまるで違う。
2人よりも3人の方が、3人よりも4人の方が、不寝番においては効率よく休息を取ることができる。何故わざわざ一人分減らすのか。
「だって、ハシュアーすごい疲れてるじゃん」
「え?」
「……まさか気付いてない?」
「いつもとあんまり変わらないくらいだけど……」
「いつもと変わらないならやっぱり疲れてるよね」
「…………確かに」
言われてみればそうだった。
「ハシュアーは頑張って戦ってくれたんだし、休んでてよ」
「…………うん」
よく考えたら腕が痛いし、硬い地面を歩き通しで脚も疲れた。熔鉄の入った坩堝を長時間持っているときのようなズッシリとした疲労が肩から下に重力を伝えていく。
休めると考えた途端に、瞼も閉じたいと強く自己主張をし始めた。
「せめてご飯だけは食べてからね」
そうだ。
明日も目覚めたらダンジョンなのだから、食べておかないとスタミナが回復しない。
かきこむように食べ終えると限界で、荷物を枕にして寝落ちた。
──────
ハシュアーがサッサと夢の国へ旅立った後、シエルは寝る前にヘッドホンを取り出した。既に番をこなす体勢になったレイトの肩に頭を預け、しばし目を瞑って動かなくなる。
これが睡眠ではないことをレイトは知っていた。こうして時折、ヘッドホンという謎の道具を装着するのだ。しかし、何をしているのかは全く分からない。シエルが寝た後にコッソリと、彼女がしているのと同じように頭に着けたことがあったが何もならなかった。
『……これを着けると落ち着くから』
本人がそう言うのだから、そうなのだろう。あまり深く突っ込んでも楽しい話にはならないという直感に従って、触れないことにしている。
いまだに幼馴染達の物を捨てないことに深く突っ込まないでいてくれるからこそということもあった。
「──ん」
「終わり?」
「うん」
「そっか、じゃあ早く休んでね」
明日も道は続く。第一階層は第二階層以下に比べるとだいぶ安全で安定しているとは一般的に広まっている話ではあるものの、レイト達のような低級探索者にとっては危険で油断ならないダンジョンに他ならない。
ハシュアーが未熟ならば、シエル達も未熟だった。
「…………」
小さな火に燃料を足し入れていたレイトは、小さく丸まって眠るハシュアーを見た。
──膝を殴りつける。
「情けない……」
寝入った2人が起きぬよう、口先3cmで消えるように絞られた声。それでも仮に聞こえたならば、そこに込められた悔しさの濃度に息を呑むだろう。
横に置いている剣を見て、手を伸ばし、手の内に収めるのをやはり諦める。
「何もできなかった……!」
彼の脳裏を占めているのは、モンスターとの戦闘で自分が為したことだった。
少しはできるようになったと思っていた。アンダーで最弱のモンスターくらいなら自分でも倒せるだろうと。シエルと2人でダンジョンに行った時はモンスターに遭遇しなかったから、今回で力を証明してやろうと思っていた。しかし、実際はそんな都合の良い話はなかった。
『──』
レイトの目の前で、少年に迫っていた大顎はメイスによって砕かれた。突進を飛び越えての振り下ろしは足を根本から折り取って、続く鎌腕は盾で弾かれた。
その間、ハシュアーはずっと無言だった。まさか意識がないとは思わなかったが、アリと正面から向き合って行われる戦闘はとても研修生の立ち回りとは思えなかった。
初戦であるにも関わらずコレ。
ありありと敗北感が刻まれた。
「このままじゃ……」
アキヒロに対してはこんな感情を抱いたことはなかった。最初から遥か上にいる人で、それがもっと上に行ったからといって向けるべき感情は変わらない。
しかしハシュアーに向いているのは──
「ダメだよ、こんなの」
仲間に対して抱く感情じゃない。だけど、その感情とどうやって向き合えば良いのかレイトには分からなかった。
自分がしてきた数ヶ月の努力を否定されたように感じてしまったからだ。
「…………」
こんな感情があったということを初めて知った。これほど醜く浅ましい思いを人が内に抱くということを初めて実感した。
粘性の高い感情を持て余しつつも、2人に対して迷惑はかけられないという頑とした決意でシエルが起きるまでを耐え忍んだ。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない