【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
お利口な姿だった。
窓際でお座りをし、空を覆う雷を見上げる。吠えることも、尻尾を巻いて逃げることもしない。飼い主がそうしているのを見て学んだのか──ただ空を眺めているだけで、時折尻尾が揺れると雷光に照らされて影が左右へ踊る。
「…………」
お行儀よく飼い主が戻ってくるのを待っているのか。それとも飼い主の周りにいる人間が戻ってきて夕飯を作ってくれるのを待っているのか。
そのどちらでもなかった。
なぜなら犬は口を開いたのだから。
「面白ければ良くて……楽しければ良くて……笑っていられれば良くて……」
信じられないことに、犬が犬の姿のままに声を出している。
「幸せであれば良くて、落差がなければ幸せに気付くことができない生き物だ。失って初めて気付く……うん、人は賢いね。繁栄したのも納得だよ」
傲慢なことに、人を語る犬だった。
「人とは積み上げる生き物だと言った君は正しい。この100年間、確かに彼らは積み上げてきた。現状を打破して明日を掴むために、未知と科学を中途半端に融合させたんだ」
発声器官の問題で人語を話すことはできないはずなのに、誰かが代わりに喋っているかのような流暢さの独り言。しかも誰もいないのをいいことに、酒とジャーキーを摘んでいる。
「だからこそ、人は同じことを繰り返す。自分さえ面白ければ良くて、自分さえ楽しければ良くて自分さえ笑っていられれば……それでいいんだから」
やや投げやりとも取れる言い草だが、そんな犬の口端は歪んでいる。犬の笑顔とは、基本的に飼い主が喜んでくれるものだと学習することによって習得される。だが、明らかにこの犬は愉快そうだった。
「この100年でだいぶ持ち直した──いいや、持ち直してしまったと言うべきだよね」
「月を壊した怪物は今も眠り、海を隔てる怪物は今も起きている──それでこれだ。恐竜がいたら人類はどうなるかなんて、正解を見るまでもなかったんだ。やっぱり僕たちは正しかった」
「そして……正しいからこそ、君は許せないんだろうね」
視線を下へ向けた。
広い器に注がれた透明なそれに舌をつけて、舐め取るように喉奥へ運ぶ。
コクリと飲み込むと、喉を鳴らした。
「うーん美味しい。こんな酒を隠しておくなんて相変わらず人が悪いね! いつも頑張っている僕に対するご褒美としてこれはもらってあげよう! なんなら捧げものとして無償でくれてもいいくらいじゃない? …………まあ、冗談なんだけど」
そんなことを言いながら、しっかりとおかわりを注いでいる。さらにジャーキーも齧って満足げに体毛を膨らませていた。
「世界が変わるのって…………早いんだな。知ってるだけじゃ意味ないって、こういうことなんだね」
床をガリガリと引っ掻く。
板間についた跡を照らして見れば、飼い主や眷属たちが描かれていることだろう。
「きみはどう思う?」
『……』
「誤魔化さなくてもいいよ、わかってるから。縄張りが干渉するのは良くないから基本的には出張らないことにしているんだけど……そっちからやってきちゃったんだからノーカンだよ」
『……』
とてとてと何かに近寄っていく。
「えっど」
それはミツキが駄々を捏ねて作ってもらった女神像だった。
「こんなゲロほどエロい偶像を作らせるんだから、そりゃあ信仰も集まるよね」
『!?』
意味が通じる言葉なのかはともかく、とんでもなく失礼なことを言っているのだけは確かだった。
「アイツの受け売りさ。こんな像が思春期の男の子の家にあったら信仰集まるだろうなって」
『…………失礼ですよ!』
「ばあっ!」
『うわあ!』
動き出した像は、突然視界内いっぱいに収まった犬のケツに驚き倒れた。
『な、何をするんですか!』
「犬なりの挨拶」
『むむむ……犬ならば仕方ないですね……』
「でしょ?」
『それにしても──』
「?」
『なぜ犬の姿に? もっとお手軽な姿の方が力を使わなくて済むのでは?』
「チョコクッキーとか?」
『ええと……わたしはそれを知りませんが、どんなモンスターですか?』
「こんなやつ」
その場に現れたものの形状や匂い、感触を確かめて結論付ける。
『…………食べ物ですね』
「うん」
『食べ物になるのは想定していません』
「お手軽って言ったじゃん」
『…………それはいいのです。なぜこのタイミングで?』
「あのチビ達がいるタイミングで呼んでもらいたかったわけ? 流石にそんなバカじゃないよね?」
ドアップの犬がズイズイと像を煽っていた。
『……なんですか、その珍妙な動きは』
「え、わからない? 古代より伝わりし、人を煽る時の仕草だよ」
『なぜ煽るのですか』
「楽しいからさ」
『なるほど……楽しいならば仕方ないですね』
「そうそう!」
なんとも自然体で両者は会話を続けていた。
『では、教えてくださいますか?』
「タイミングなんて、呼びたい時だったからに決まってんじゃん」
『私としてもこういう時であれば問題はありませんが……人がいるときに呼ばれると困るのでハッキリさせておきたいのです』
「心配しなくても、アキヒロとハシュアーにはバレないようにするよ」
『それは……ええ、大いに助かります』
「ハシュアーは君の姿なんて見たら発狂しちゃうだろうし」
『彼は私たちを憎んでいますからね』
困った、と像が極めて女性らしい仕草で頬に手を当てた。
「そこなんだよねえ……厳密には僕たちというか神様という総体に対する怒りなんだろうけど……」
『彼はなんなのですか?』
「夢の旅人──あり得ざる侵入者さ。君だってコッソリ聞いたんだろう?」
『それはそうですが……言っていることがあまりにも荒唐無稽すぎて信じることが難しいというか、あれを鵜呑みにして会話をするには少々私は賢すぎるのです』
「うほっ、傲慢」
『傲慢? …………そうかもしれません。ですが純然たる我々の差というものです。領域内であればほぼ全てを知覚できる我々は──』
「おや、彼のことをそんなに深く感知できるのかい?」
『…………』
「表層──肉体しか見つけることができないだろう?」
『故に、何者かと問うたのです』
「既に答えは言ったじゃないか」
『それは、だから信じられないと──』
「信じたいものだけを信じる。人がそうであるように、人の世界から生み出された僕らもまたその性質は人のそれから遠く離れているわけではない。だから仕方ないんだけど……まあ、そこら辺は個性ってやつか」
『そこまで信じる根拠はあるのですか?』
「ある」
『教えていただきたいものですね』
「いいや、教えないよ」
『なぜです?』
「君がアイツと深く関わってもアイツにメリットが無いからさ」
『…………』
「すでに土地の神として深く根付いているキミは、どう足掻いても彼のモノになることはない。それなら、キミはそこで像としてずっといればいい」
『まるで自分は違うとでも言いたげですね』
「そりゃあ、僕は分霊じゃないからね」
『そこまでして……それこそ貴方にはメリットがあるのですか?』
「あるさ。彼がそうであるように僕もグルメでね、楽しみに待っているんだ」
『神が人に願いを託すなど……』
「そんな大袈裟なものじゃない。それとも、人の上にいなければ満足できないかい?」
『私たちは人を束ね、人を導く者。満足などという低俗な話ではなく、そうでなければいけないのです』
「でもほら、ドッグフードとかご飯とか勝手に出てくるから実質的には僕の方が上じゃないかい? ──お犬様ってね」
『詭弁です』
「そうだよ、全ては言葉次第なのさ。物事なんていうのは表現の仕方でどうとでも捉えることができる。だからこそ、自分がそれをどう思っているかということが大事なんだ」
『…………それが貴方の神としてのあり方なのですね』
「いいや? これはコマちゃんとして生きる僕のあり方。神としてのあり方とはまた別の話だよ」
『なんて危険なことを……そんなことを続けたら分裂する可能性すら……』
「リスクを背負ってこそ生きていると言うことができる。無意味に永遠の命を持つものは、死んでいるのと変わらないよ」
『生命を論ずるなどそれこそ無意味です。貴方が言った通り我々は不滅にして永遠なのですから、未来永劫続くこの世界と生命を見守り続けることが我々の存在意義なのですよ』
「──」
それを聞いて、再び口元が三日月のように歪んでいく。
『何がおかしいのです』
「人は、やっぱりいいね」
脈絡がない答えだった。
今の流れでどこに人類を称賛するだけの材料があるのか。
『なんの話ですか』
「ふふふ、もしかしたら一緒にいればわかるかもね」
『……私は愛し子を見守らなければなりませんから』
「好きにし──おや」
『どうやら帰ってきたみたいですね』
少しして玄関の扉が開く音。
バタバタと慌ただしい気配に顔を出した。
家主は少女を背負っている。
「おおコマちゃん、アリサが酔っちゃってさ」
「へへ〜……あむっ」
「うはっ、とまあこんな感じでな」
アキヒロの耳をハムハムと食べるアリサは楽しそうに目を細めている。尻尾は、酔っ払ったアリサ本体とは違って元気いっぱいと動いている。今にも彼の身体に絡みつきそうだった。
「風呂入ってくるわ」
「わふっ」
脱衣所からも声は止まない。
「アリサちゃーん、お風呂入りまちゅよ〜」
「もむもむ」
「俺のお耳食べちゃダメだからね〜」
「んー!」
涎が滴るほどべっちゃべちゃにされている。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
風呂に入るからどうでもいいのだろう、止めることすらしない。よっこいしょと背中から下ろすとやっと離れた。
「まじゅーい」
「そうだろー。ほら、脱ぎ脱ぎしてー」
「やっ」
「お酒くさいんだから、早く身体洗うんだよ」
「やっ」
「…………いいから脱ぎなさい」
「やだ」
「どうすんの? そのまま寝るの?」
「やだ」
「おうち帰る?」
一般成人への対応は諦め、
「ほら、俺も脱いだから」
「…………ふひっ」
「ふひっ!?」
「ヒロさんが裸だ……ぷっ」
「なんで笑われてんだ俺……ほら、脱がすぞ」
「はーい」
お風呂場でもワチャワチャと何か言っているのを指差して、子供がおもちゃを誇るような表情で語りかける。
「わかるかい? アレが僕のご主人様だよ」
『……ドワーフはあのようなことはしません』
「そこはなんとも。ドワーフってのがイメージ通りなら、確かにしなさそうではあるけど」
『あなたはハシュアー意外のドワーフを知っているのですか?』
「そりゃあ鍛治師はドワーフなんだから。他の街でも見かけたことくらいあるよ」
『では、個人的な交友があるわけではないのですね』
「犬だよ? 僕」
『信徒ですら無い者達に身分を明かしているのに、今更では』
「そこはほら、個人の自由だから」
『自由……』
「本国で今も信仰を受けている神様にとっては自由なんてあってないようなものだ──って?」
『自由、という考え方がよくわからないだけです。力ある者には相応の責務があるので、それを果たす上でそもそも自由などというものがいるのか……』
「哲学の話はしてないんだよなあ」
呆れたように床で丸くなると、くぐもった声で最初の問いを再びを
「それで、この世界はどう?」
『あまりにも広いものは、私が見るべきではないですね。もっと見るべきものがありますから』
「目を逸らしているだけかい?」
『いいえ、決して』
2人が上がるまでの間、延々と語り続けていた。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない