【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
歪みを潜り抜けると、いつもの内臓が捻じ曲がるような感覚がやってきた。視界も捩れ、正常に眼前の色を処理することができない。強烈な臭いが鼻を貫いていることだけは確かだったけど、反応はできなかった。
「……おっと」
地に足がつく感覚。
やけに赤みを帯びている世界をあらためて見ると──
「赤」
赤一色だった。
赤みを帯びているなんて次元の話じゃない。
赤そのものが世界を覆い尽くしている。
背中側には先ほどの建物がある。
ここだけが唯一赤くなくて、元通りの色をしていた。
「なんだよこいつぁ……」
「……」
「しかも、水?」
俺たちが今いるのは広大な水場の中でわずかに残された陸地。ぐちゃぐちゃとした赤い液体が世界を覆って気味が悪い。こんな場所にいたら早々に体調を崩してしまうだろう。
「ふうむ……触れても大丈夫か? ……おっ?」
飛び込んできたのは羽ばたきの音。ブリンクポイントを潜り抜けて鳥がやってきた。方向感覚を失っているのか、めちゃくちゃに翼を動かして落ちて行く。
「見させてもらうか」
間も無く落ちた鳥は、バチャンという音と共に控えめな飛沫を立てた。
「うわ、気持ち悪」
飛沫ですら何やら得体の知れない塊を含んでいる。しかも飛沫の飛び散り方からして粘つくような性質も持っているようだ。
「ぴー! ぴー!」
鳥は必死に体を動かしていたが、様子がおかしくなって行く。
「ぴぎいい! ぴいいい!」
水に落ちた痛みというより、他の原因でもがき苦しんでいるように見える。
「ぴぃ……ぴぃ……」
最終的に弱々しい動きになり、沈んでいった。
「え、沈むの?」
さっきまでは浮いていたのに。
「……大丈夫じゃなさそうだなあ」
レベル52になったから行けるだろ!
とかいう甘ったれた考えが死んだ。
なるほどこれは確かに、ドラゴンを倒せないようでは無理と言われるだろう。
しかーし!
「触っても大丈夫な可能性も……まだある」
ダメだった。
触れた途端、指先が腐った。
慌てて回復薬で治したけど、これに全身浸かったら確実な死が待っているはずだ。
赤く腐る際のあの感覚は筆舌に尽くし難い。あんなもので最後迎えるなんて、勘弁願いたいところだ。
「さてさて、どうするか」
帰るのはアリだ。
そして異能が生えない限りは2度と来ない。俺と相性のいいダンジョンとは思えないからな。
あるいは何とかして進むか。
広瀬さんから当時の地図はうろ覚えで書いてもらったから、目的地に辿り着けないこともないとは思う。
こんな場所に手紙が残されているのかということは甚だ疑問だけどな。
「この臭い……腐臭だな」
「ふがふがふがふが」
コマちゃんは先程から鼻を押さえて蹲っている。犬だからこういう激しい匂いに囲まれると厳しいよな。
後でどうなっても知らないよ……? とか言って割にコレなのは笑って欲しいのだろうか。まさか……どうなっても知らないよ(自分が)、だったりして。
「大丈夫か?」
「きゅうん」
「ダメか……鼻だけなんとかなればなあ」
「?」
「この臭いへの受容体? だけ無くなればいけそうだけど、うまい異能も無いよな」
そもそも、このタイミングで異能が生えてきたら羨ましすぎる。コマちゃんの毛をむしり取ってコマちゃんを毛ぐるみで再現してしまうかも知れない。
「──」
「え?」
「むふ〜」
「え?」
「わふふ」
「は?」
「わふぅ」
「は?」
毟ろう。
「ギャオン!?」
最近、強力な異能ってやつへの憧れが生まれ始めた。羽化しかり、コウキさんの光輝しかり。
「わうう!?」
「良いだろ、そんなでかい図体してんだからちょっとくらい」
「グルルル……!」
まあ憧れというか、実際に必要な力なんだけど……代用できるようなアイテムは無い上に、異能が生える見込みもない。ここにしたって、おそらくは水上移動系の異能が前提に考えられているのだろう。あるいはフロストの異能ならば行けるだろう。
なんなら、おあつらえ向きだ。
「わうっ、わうっ」
「ほれほれ」
タシタシと強めのお手を繰り出して俺を地面に叩き伏せようとしてくる悪い犬をいなしつつ、先行きを考える。泳ぐのは無理。船は無い。飛行能力も無い。海を割るほどの力を持ってもいない。
──しかしコマちゃんはいる。
──────
「わぅわぅわぅわぅ……」
「ふん、俺はライオンキングだ」
「わふ……」
コマちゃんの背中は乗り心地が悪くて最高だあ! 本当に作っといてよかった! 鞍!
出来るだろうなあって思ったら案の定、コマちゃんは腐った水面を全く揺らさずに歩くことができる。
「ありがとなコマちゃん、今度いっぱい撫でてあげるから」
「…………わふ」
ドラゴンの鱗で燻したジャーキーをご所望らしい。アレってそういう使い方もできるのか!
「でも……何でそんな使い方知ってるんだ?」
「……」
そういうことだよね、それって。
「一旦それは置いといて……酷いなここは」
「わふ」
腐り果てている。
水も、空も、大地も、ありとあらゆる要素が醜い赤に侵されている。
立ち並ぶ建物はきっと、かつて村に存在したものなのだろう。それがダンジョン化に巻き込まれてこうなった。迷い込んだ生物はことごとく腐敗に侵食され、痛みと苦しみの絶望に巻かれながら沈んでいくしかできない。
これが──広瀬風香の求めた光景。
「信じられないな……つい最近まで人がここで生活していたんだ」
「…………」
「放射能なんか遥かに凌ぐ脅威だぞ。これが外に漏れれば、世界は……元の姿なんて1ミリも残さずに消滅する」
化学汚染なんかとはレベルの違う破滅というものがこの空間を覆っていた。俺が知る最も脅威的な科学の結果であってもココには劣る。俺の知識不足なだけかもしれないけど、少なくともそれだけの醜悪さが漂っているのは事実だった。
「魔素が世界を覆ったのもきっと、こんな感じだったんだろうな」
犬どころか人間に対してだって、こんなことを言ってわかるわけがない。だけど、言わずにはいられなかった。
「クソだ」
彼女のおばあさんが残そうとしたものがここにあった。俺の過去にすら繋がるかもしれないものを持っていた人間たちが、確かにここにいた。
もはや見る影もない。
「本当に……ん?」
「──!」
急激な浮遊感。
唐突に立ち上った気配に対して、コマちゃんが建物上への避難を選択したからだ。
すなわち空からの奇襲ではない。
角待ちの盗賊でもない。
水面から腐り切った赤い腕を出し、うじゅるうじゅると液体を噴出させる得体の知れない存在が現れた。
「なんだ……?」
「…………」
黙って見ていると、出てきたのは人型の何か。モンスターなのは間違いない。アレで人間ということはないだろう。
『セ……イア……』
「!」
明らかに口の動かし方が人間と同じだった。
口から漏れた音に意味があるのかは不明。しかし、その顔は左右に振られ何かを探しているようにも思える。
『ニエエ……』
体表からは時折ガスが噴出し、赤く崩れた肉が下に落ちて沈む。不規則な腕の振り方は歩き方にすら影響を与えて、違和感を覚えるほど不自然な体勢で歩行するに至っていた。
ベチャ。
ベチャ。
ヌチャ。
ヌチャ。
見た目が不快ならば立てる音すらも不快だ。
下品とすら言っても良い。
しかし、それが霞むような特徴があった。
『ア……ア……アアアアアアア!』
「っ!?」
凄まじい音量。
空に口──と思しき穴を向けて放たれたのは音の爆弾。泣き叫んでいるのではとすら思えるような情けない叫び声がこだまし、終わった後もぐわんぐわんと耳の奥に残る。しかも、コマちゃんの耳を抑えたせいか自分の耳から血が垂れてきた。
今のを唐突にくらったら平衡感覚がやられるのは間違いない。
「っ……くそ……」
コマちゃんの爪が屋根材に食い込んで、引き摺られた跡がついている。たかが音の波に吹っ飛ばされそうになった。ということは、相当な戦闘能力を持っているということだ。
『ス、ス、ス…………スバ……』
「……見つかったか」
先んじた行動こそ活路を開く。
今の音で敵が集まってくる前にさっさとこいつだけでも処理だ。
「コマちゃん!」
「わふっ!」
『スアアアア──』
「ぬっ!」
正直、魔剣を本格活用したのは初めてだ。剣としてはともかく、武器に付与された新たな力を十全に振るうに値する敵。ドラゴンとはまともに戦闘をしていないから、ここで使わせてもらおう。
伸ばした薄刃に黒炎を纏わせて、コマちゃんの背に乗ったまま振り抜いた。
「切った!」
炎も。
『──!?』
もがき苦しんでいる。
焔を必死に振り払おうと、まるで人間のようにパッパッと身体を払っている。しかし黒炎はそういう容易い性質のものではない。染みつき、振り解こうとしてもしっかりとへばりついている。
『うがああああ!』
遂には液体の中に逃げていった。
…………え?
「マジ?」
「わんっ」
「油断はしねえ……だけどコレ、やばいだろ」
あの一体だけだとは思えない。
もしかして水面下にはあれが大量にいるってか?
「わふ?」
「いや、移動ができる以上は続ける」
「わう」
なんにせよ、まずは彼女からもらった地図を頼りに進むしかない。
「──うん?」
その前に、なにやら騒々しい出来事が起こっているようだ。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない