【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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53_ノコサレタモノ

「ここら辺のはず……あ」

 

 あった。

 ひいおばあちゃんち。

 茅葺の屋根が特徴的なとんがり帽子。

 窓は突っ立て棒付きの木製、ガラスが安定して作れるような時代じゃなかったのだろう。100年という短い期間で成長してきたこの世界では、5年や10年も立てば過去とは全く違う段階の文明に達している。

 第一期の力を従前に振るえるだけの基盤ができているかどうかということが大きい。

 

 たまたまか、この家に周りはまだ陸地として活用できるので背から降りた。地面が抜けることもない。オオオニバスみたいなトラップではないようだ。

 

「形もそっくりだ……」

 

 何度見比べても、彼女が描いた絵にそっくりだ。本当に、あの子のひいおばあちゃんがここに住んでいたのか。

 いや、それはもう確定だ。

 ──手紙は残っているのか? 

 赤い腐敗に飲み込まれて、ボロボロに崩れ去っていてもおかしくは無い。ただでさえ紙というものは適切ケアをしなければすぐだめになってしまう。

 こんな環境に晒されてどうなっているのか。

 

「お邪魔しま──っ!?」

 

 扉に手をかけて中を確認しようとした時、中からざわつく気配を感じた。

 

「今のは……」

 

 音も熱もない。

 ただ、何かを感じた。

 扉を開け損なって空を彷徨く右手を下ろし、他の場所から中を覗けないかと思考錯誤するも空いている箇所はない。やはり入るしかないのだ。

 

「仕方ない」

 

 何があろうとも仕方ない。いきなり腐人が飛び出してきても対応できるように、既に武器を手に握っている。意を決して扉を押し開けた。

 

「──」

 

 中を見て、声を失った。

 敵がくれば切り捨てる。

 物がくれば避ける。

 そう決めていた俺の身体に飛び込んできたのは、視覚的な情報だけだった。

 

『…………』

 

 赤いモンスター。

 腐人と勝手に呼んでいた奴らのうちの一体が椅子に座っていた。

 こちらを見ることすらせず、背を丸めて何かをしている。攻撃的な意図は感じない。

 ただ、ざわつくものを感じるのみだった。

 

「おえええ」

 

「コマちゃん……?」

 

 コマちゃんがえずいた。

 

「うおえええ」

 

 えずきまくってる。

 鼻のガードがなくなったのかもしれない。

 

「ゔぉええええ」

 

 えぐいえぐいえぐい。

 食ってたものが出てきてるよ。

 ネズミだとか肉とか溶けたドロドロとか。

 人の家で何してんだこいつ。

 

「外出てなさい、ばっちいから」

 

「うぉええええ」

 

 ちょっと面白かったけどやっぱり面白くなかった。

 

『……ウ』

 

「!」

 

 何かを口走った。

 モンスターのやることに意味がないとは思えないので、一応首筋に剣を突き付けながら回り込む。

 

「……なんだ?」

 

 溶けた身体で何をしているのかと思えば、棒をかちゃかちゃと動かしているだけだった。俯いた姿勢で動かす指先が何か意味をなすことはなく、音として俺の耳に入ってくるだけ。

 

「そんなわけ……ないよな?」

 

『…………』

 

「聞こえてる?」

 

『…………』

 

「おーい聞こえてますかー、聞こえてるなら返事をしてくださーい」

 

『…………』

 

「反応はナシ。意図を感じられる棒の動きは手編みの動きに酷似している」

 

 老婆が手編みをしているような姿を取っていた。

 なぜこのような存在がいるのか。

 他の個体との違いは。

 そもそも個体という概念が存在するのか。

 仮に存在するならば、彼女の祖母がいたというここにいるコイツは──

 

「憶測だな」

 

 全ては都合のいい妄想。

 いや……悪い妄想と言うべきか。そもそも理屈が通らないし、あまりにも救いがなさすぎる。おじさんは辛い現実なんて直視できないんだ。

 

「手紙は……」

 

『ア──』

 

「んぬっ!?」

 

 唐突に動き出した。

 明らかにこちらを見て腕を伸ばしている。それでも動きはゆっくりで、とても外にいた奴らと同じとは思えない。

 

「まさか擬態か? …………リスキーだけどやってみる価値はあるか」

 

『……カ……ン』

 

 赤く腐ったモンスターの前に鎮座する小ぶりなテーブル。空の皿やコップらしきものが載っているそこへ、追加で物を置いた。

 

「さあ、どう反応する」

 

『ア……ア…………』

 

「強い反応を示している……やはりコイツは……」

 

 苦々しい液体が口の中に湧き出てきたような感覚だった。表情が歪むのが自分でもわかる。少なくとも、愉快な想像が脳内を埋め尽くしているわけではなかった。

 

「広瀬さん?」

 

『──』

 

「あなたはやはり、広瀬鈴子さんなのですか」

 

『…………あ』

 

「広瀬風香のひいおばあちゃんで、第一期の世界から生きてきた俺の仲間(人類)なのですか?」

 

 年代的にはギリギリのはず。

 ありえないラインではない。

 

『あ……あ…………』

 

「答えてくれ」

 

『…………』

 

「……ふう」

 

 やはりただの妄想だったようだ。

 アホなことをした。

 

『──風香ちゃん』

 

「!」

 

『あの子の描いた絵だ…………ああ、懐かしい感覚だよ。世界に触れるっていうのは』

 

「…………」

 

 アホみたいだっただろう。

 ポカンと口を開けていることしかできなかった。

 

『赤い』

 

「……ず、随分と流暢に喋るんですね」

 

『どうかね……久しぶりでフワフワしているんだ。話すのも、見るのも』

 

「御自身の状況は理解していますか?」

 

『ふぅん……頭に来るけど、人間じゃなくなっているんだね』

 

 腐り切った腕を、目があると思しき場所に持ち上げる。興味深げな視線ではあるが、確かに不快な成分というのが含まれていた。

 

『ここはヘチマ村だね』

 

「ヘチマですか」

 

 随分と可愛らしい名前の村だこと。

 

『わかるかい? ヘチマ』

 

「ええ、まあ」

 

『……ヘチマぐらいならちゃんと伝わったんだね』

 

「そうですね」

 

 もちろん伝わっていない。

 

『──風香ちゃんは?』

 

「ここにはいません」

 

『そうじゃないよ、鈍い男だね……分かるだろ?』

 

「元気です。大学に通って、お餅サークルを作って活動していますから」

 

『お餅サークル! なんだいそりゃ、餅つきでも楽しむのかい?』

 

「あなたの残した鏡餅が彼女を捉えて離さないようで」

 

『何言ってるかよくわからないね』

 

 とかく彼女はよく喋った。

 久しぶりに人間としての意識を取り戻したと自分で言っていたこともある。人との交流に飢えているのかもしれない。

 

『あんたの格好、あれかい? 探索者ってやつ──にしては随分刺々しい格好だけど……モンスターの皮とかを使ってるのかな?』

 

「そうですね」

 

『そうかいそうかい、人は今も生きているんだね……ところで、今はどれぐらい経ったのかな?』

 

「この村がダンジョン化してから……確か12年だったかな」

 

『12年って、中途半端に短いねえ』

 

「2000年くらい経ってたほうが良かったですかね?」

 

『まさか』

 

 内心から溢れそうな興奮を必死に抑えた。

 モンスターが喋っているということはもちろん一大事だが、最近そういうのについては身近な……身近ではないが例が出てきたので、そこには興奮してない。

 

 この先、時間が経てば経つほど得難い経験になるものを俺は体験していた。

 

『なんであんたはこんなところに来たんだい?』

 

「風香さんに頼まれて、あなたの手紙を取りにきました」

 

『手紙? …………ああ、書いたね』

 

「風香さんは鏡餅に関しての情報──デリカシーもなく言わせてもらうと、あなたとのつながりが欲しいのです」

 

『本当にデリカシーがないね』

 

 表情なんてわからないのに、露骨に嫌な顔されてるんだろうなあというのが雰囲気で伝わってきた。

 なぜ正気に戻ったのかは問うまい。そんなこと聞いたって彼女にも分からないだろう。

 

『それにしても……』

 

 ジロジロと、俺の体を舐め回すように見る。

 鈴子さんは頭部を近づけてきた。万が一これに触れればそこから腐敗が広がるやもしれないので、若干緊張した。

 

『アンタ、うちの孫に手なんか出してないだろうね』

 

「ないです」

 

『なんで出してないんだよ! ウチの孫が可愛くないってのかい!』

 

 なんだこのモンスターババア。

 テンプレみたいなキレ方しやがって……

 

「手を出すも何も、付き合ってないです」

 

『ああん!?』

 

「何にキレてるんですか……」

 

『こんな場所まで風香ちゃんのためにノコノコやってきといて、惚れてないなんてことがあるわけないだろうが! わたしのこと舐めてんのかい!』

 

 子供が見たら泣くぞ。

 全身赤い肉片に覆われた化け物がブチギレて喋りかけてくるんだから。

 なんならアンタの孫でも泣くぞ。

 

「すいません、彼女いるんで」

 

『……アータシには分かる。あんたはロクデナシだね』

 

 そこは常々自省しております。

 

『名前は?』

 

「加賀美明弘です」

 

『ううん……変な名前じゃないね』

 

「キラキラネームの心配とかしてる場合かよ……」

 

『おや、そのネーミングはまだあるんだね』

 

「……ちなみに手紙の場所を教えて欲しいんですけど」

 

『せっかちだねえ……そこの棚に入ってる筈だよ』

 

 棚を漁ると、あらゆるものがボロボロになっていた。手に取った瞬間に風化して崩れていく。

 

「ダメですねこれ」

 

『そりゃあそうだね、こんなところでマトモに物が保つわけないんだから』

 

「……ここはなんなんですか?」

 

『肥溜めさ』

 

「肥溜め?」

 

 まさか肥溜めがダンジョン化したのか? 

 

『連中は実験に失敗したんだよ』

 

「…………実験? 連中?」

 

 冷や汗が背中を垂れていくのがありありと感じられた。

 

『商工会さ』

 

「──」

 

『魔素の実験を色々とやっていたんだよ。工場を作ってね』

 

 それは知らなかった。

 

『世界を変革させようとガムシャラに…………でも、ダメだったんだ』

 

「じゃあここは……」

 

『魔素とかいうやつに全部ダメにされちゃったんだよ』

 

 人間ごとダンジョンに飲み込まれるとどうなるか。

 なんとも残酷な結末が彼女達を待ち受けていた。

 

『私だって最初は生きてたよ?』

 

「なら、すぐに逃げれば……」

 

『そんなの誰だって思いつくさ』

 

 なぜ実行に移さなかったのか。

 

『逃げることは許されなかった。私たちはここに閉じ込められたんだ』

 

「…………」

 

『口封じ──ってやつなのかねえ』

 

 そんな軽げに言うことではない。

 

『苦しかったよ、あの時は。時間が経つにつれて身体がグズグズに溶けてったんだから』

 

「……世界が変わる前……第一期の世界をあなたは知っているんですか」

 

 栄養事情や医療技術の衰退によって、人類の平均寿命そのものは大きく下がっている。90年近くもこの世界で生き続けるのは相当に難しい筈だ。

 

『分かってるんだろう? 私は旧い人間じゃないよ』

 

「やっぱり、そうですか……」

 

『そうだったのは私のお母さんまで』

 

「……つまり、色々と聞いていたというわけですか?」

 

『そうだね。お母さんは本当にいろいろ教えてくれたよ……本当に物知りで、綺麗でこんな大人に私もなるんだって……ずっとそう思ってた』

 

 身近な憧れ。

 生まれた時からそばにいる女性が素晴らしい存在であったなら、それはなんと幸運なことか。

 

『月が空を浮かぶ理由。世界に色が満ちている理由。どうしてモンスターなんて奴らがいて、どうして世界はこんなにも厳しいのか。かつての世界がどれだけ素晴らしくて、どれだけ愚かしかったか』

 

 やはり。

 

 やはり。

 

 やはり。

 

『いろいろ教わったけど、覚えてられないものもいっぱいあった。もっと色々聞いたのに……モヤがかって思い出せないんだよ──歳なのかねえ』

 

「…………」

 

『……なんでそんなに泣きそうなんだい?』

 

「いや……ビックリしただけです」

 

『そうかい…………そうしたら、一つ頼まれごとをしておくれ』

 

「ええ」

 

 ペンを手に持った。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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