【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「こんにちは」
「?」
「私、四門美月って言います」
「――よっ!?……あ……う………きゃああ!」
受付の姉ちゃんが慌てすぎてぶっ倒れた。椅子ごとひっくり返って黒のショーツが……
「むー!」
「ぐげっ」
黒のショーツだなあって思っただけなのに顔の向きを無理やり捻じ曲げられた。おかげで鞭打ちの様な痛みが首筋に鈍く………すぐ治ったけど。
「あの……なんかみんなザワザワしてるような……」
アリサはおっかなびっくりと、自分(の隣)に集まる視線を気にしていた。仕方あるまい。高位探索者達も揃って品定めする様にこちらを見ているのだから。
「――お久しぶりでございます、ミツキ様」
「こんにちは」
受付の取りまとめ役――支部で言えば局長補佐クラスの人間が出てきた。歳の差もあるだろうに、ミツキに対して遜っている。これが権力、四門光輝が一代にして築いた土台に乗った一人娘だ。
「こちらへどうぞ」
「はい」
応接室に通された俺たちはソファーに腰を下ろした。相手方は困惑しているし、アリサは不安げにしているし、俺も状況が飲み込めていない。
全てを織り込み済みでの行動だろうミツキは、らしくもなく背筋を立てていた。
「今日はどういったご用件で?」
「外にいる子供達はあのまま放置なんですか?」
「……ふむ」
「皆お腹を空かせてるのに、商工会は見ないフリで終わらせるつもりですか?援助などは?」
駆け引きも何もないストレートな語り口。挑発的とすら取れる言種を偉い人にガッツリとぶつけている。ヒヤヒヤするね、こりゃ。
しかし、それを聞いた男は少し考え込む様子を見せるとニコリと返す。
「申し訳ないのですが、どうやら私の担当では無さそうですね」
そういうとすぐさま後ろに引っ込み、今度は別の職員が来た。
「現状、職員の派遣は行えません」
「どうしてですか?」
「申し訳ないのですが、それをお伝えすることはできません」
「リヴァイアサンの痕跡を探るのに人員を割いているからですか?」
「――」
「瓦礫を片付けて欲しいとか、壊れたお家を退けて人を救い出して欲しいなんて話はしません。それは……探索者でなければ足りないでしょうから。でも――」
ミツキはアリサの膝に手を置くと、一瞬だけ目を合わせた。
「せめて、ご飯を食べさせてあげることはできませんか?」
「ご飯、ですか」
「家が壊れていても、ご飯が食べられれば命はつなげます。きっとまた明日があります。それくらいは、商工会としてやってくれても何も悪くないと思うんです」
「……それは、四門家としての意思ですか?」
「はい。これは四門光輝、私の父親の意思とも合致しています」
「……………」
苦悶に満ちた表情だった。
人間というのは、扱いきれぬ情報をもたらされた時にこのような表情を浮かべる。一級探索者というのは、それだけ重いのだ。
言うなれば、株式会社における大株主のような存在。ただ1人でありながら、商工会の決定にすら介入することができる彼らはさぞ厄介なことだろう。
だけど、光輝さんと何時の段階でそんな話をしたんだか。少なくとも俺はそういう覚えはなかった。俺とアリサが四門家に行く前の話なのは間違いない。あの後は俺んちに戻ってミツキと合流して、そのままこっち来たんだから。
「少し……中で話させてください」
「はい」
それにしても堂々とした姿。あの泣き虫だった女の子も、成長すればこうやって偉い人と対等に――父親の威厳ありきとはいえ――話すことができるのだ。
目尻に浮かぶものを堪えることはできなかった。
感慨深さも、ここまで極まると清々しい気持ちに転じるというものだ。
「……行ったかな?」
職員が出て行った後、ミツキは何度も廊下と部屋を繋ぐ扉を開けて覗いて、閉めて待って開けて覗いてを繰り返した。
奇行だ。
「ほっ……」
なぜか胸を撫で下ろすと、ちょこちょこと駆け寄ってきた。そこからの衝撃は慣れたものだけど、先ほどの堂々とした姿は見る影もない。
「はぁぁぁ……き、きんちょうしたあ……!」
胸元から聞こえるくぐもった声は、もはや震えていた。
「カッコよかったぞ」
「あ、アキが情けない時は私が……ね!」
「震えてんぞ」
「お父さん抜きでこういうの初めてなんだもん!しょうがないじゃん!」
「それにしても……随分と用意周到だったな」
「ほえ?」
「俺たちが――お?」
何時の間にコウキさんと話したのかを尋ねようとしたら、アリサが割り込んできた。
「――ミツキさん」
「な、なに?………ちょっとだけ怖いよ……圧が……」
「ミツキさん」
「……その……なんでしょう……」
「ありがとうございます」
「え?」
「ありがとうございます」
「……あはは、ちょっと露骨すぎたかな――っと?」
抱きついてきたアリサをいなすことなく受け止めたミツキは、困ったようにコチラを見た。ジェスチャーを送ると、その通りに手をアリサの髪に這わせる。
「こ、こうかな……?」
最近色が落ちて地の茶が出始めているが、毛先は未だ金髪のままなアリサの髪をおっかなびっくりと撫でた。
「……」
身を委ねていたアリサが顔を上げると、そこには純粋な尊敬の色が浮かんでいた。
「やっぱり凄いんですね――ミツキさんのお父さん!」
「……私じゃなくて!?」
「だって、ただの家族でしかないミツキさんが名前を出しただけで要求が通りそうだし……」
「そうなんだけどさ……そうなんだけどさあ……!」
側から見ているとどう見ても照れ隠しでしかないにも関わらず、ミツキは困惑と失望で露骨に涙目になっていた。
「が、頑張ったのに……」
「ミツキ」
「アキィ……」
「アリサは照れてるだけだよ。ちゃんと感謝してる」
「えっ」
ミツキが視線を勢いよく向けると、アリサは気まずそうに離れて俺の方にやって来た。その間もミツキはアリサの顔を穴が開かんばかりに見つめていたけど、それから顔を背けて俺の後ろへ隠れる。
そんな天邪鬼なアリサを見たミツキは、様子がおかしかった。
「っ………か……」
ブルっと身震いをすると、大きく口を開く。
「ん?」
「可愛い〜!」
「うるさ」
いや、うるさいな。
「後にしろ」
足音が近付いてきていた。
――――――
「――キミが、彼の娘だったね?」
「は、はい」
「まさかこんな用事で娘を寄越すとは全く思って予想がつかないことだ。育成の協力に同意してくれた事もあるが、なかなか情に熱い一族のようだな」
「どうでしょう……」
「いやいや、良いことだよ。この時代、強大な力を持つものが牽引していくことが不可欠なのにも関わらず、他の一級探索者達は気ままに過ごすばかりだからね。あの怪物が現れた時はともかく、世が求めるような救いの手として機能しているわけではない。まさに私が求めた人材だ」
「そう……ですか」
それを聞いても、実の娘はあまり嬉しそうではなかった。
「炊き出しの話は聞いている。私の方で手配しておいたから、数時間も経てば飯の匂いに釣られて皆が集まるだろうな」
「ありがとうございます」
「礼には及ばない。本来ならば私がそういった命令もすぐに下せれば良いのだが、いかんせんやる事が多いのは事実でなかなか手が回らない。こうして誰かがケツを蹴ってくれるくらいでなければ始まらないのだよ」
「そ、そうなんですね」
圧。
強い眼差しと、息せききるような勢いで押し出される言葉がミツキを引かせていた。
「何事も商工会で完結するほどに回っていなければならない。そうでなければ、統治しているなどと胸を張って言えないからな。そういう意味では、今回の件もまた良い刺激になってくれただろう」
ミツキの来訪ではなく、リヴァイアサンの襲来のことだろう。それを良い刺激と表現するのはあまりにも大局的過ぎる。感情の薄い、人を数字としか考えていない発言だ。
アリサもそれを聞いて目つきを鋭く変えた。
「人が死んだのが……そんなに良いんですか」
それどころか。
低く、唸るように言葉を絞り出した。
しかし糾弾に対して、責任ある立場である男は一歩も引かずに口を開く。
「そうではない。だが、変革のためには時として許容しなければならないものがある。良い悪いの尺度で測れることではないんだよ。ところでキミは彼女の友達かな?」
「私は……関根有紗って言います」
「セキネアリサ……知らないな。以前どこかで会っていたらすまない」
「初対面です」
「そうだろうな。それで――キミが?」
アリサへの興味はもう失われたのか、視線が辿り着いたのは俺だった。蚊帳の外だなーと思っていたところだったのでちょうど良い。
「俺は美月の幼馴染の加賀美明弘です」
「ふむ……」
何故か。
男はは、さらに目を細めると手を差し出して来た。
「初めまして加賀美明弘くん。私は田辺長元。商工会の現会長にして、いずれ王になる男だ」
インパクト重視で生きるタイプの人間なのだろうか。王様になるなどと本気で言う人間がこの世に――もしかしたらジョークかもしれないので、乗っかっておくことにした。
「良い国にしてくれると助かります。牛肉をたくさん食べられるようにしてくれるとなお助かります」
「はっはっは!面白いな!実に……面白い」
「名前を知っているのは、光輝さんから聞いたということですかね」
「いいや、もちろん違うとも。有望な探索者の情報は常に私のもとに集まってくる。その中でも筆頭がキミというだけだ」
「実感は無いですね」
ついでに実力もない。
「実に不思議だ。探索者ではない私がそのプロセスの苦しさとやらを真に共感することはできないが、レベル50になるのが容易でないというのは理解ができる。通常言われている障害であるモンスター、1人探索者、レベルの壁――そのどれをも一顧だにせずらキミはそこに到達した」
「さあ、一顧だにしなかったかと言われると……」
「多少の山はあったのだろう。だが、そうではない。最も重要なのは、20にしてレベル50に到達する方法だよ」
どうやら、コウキさんの話は本当だったようだ。
視線や語り口からして目を付けられているということは理解できた。
「どうやって到達したんだ?その若さで」
「報告書の通りですよ」
「覚えてない……とはあるが、実際のところはどうなんだ?」
「何も覚えてないんで、実際のところしかないですね。可能性としては――」
「魔素だまりの可能性はもちろんコチラも認識している。だが、レベルが30も上がるほどの濃度に晒されて人間が生きていられると思うか?仮に生き残ったとて、まともな人の形のままでいられるわけがない。精神も人のそれとはかけ離れ、文字通りモンスターになるだろう。そんなこと……キミだって分かっているんだろう?」
「ええ。だからこそお伝えできることは何もないといつもお返事させていただいているというわけです」
育成に重要なのは速度と安全性、そして方向性だ。
コウキさんがいるということは、その三つともが保証されていると言える。しかし、さらに速度を上げたいと考えているのだ、この男は。
「ところでひとつ、私からも聞きたいことが」
「そんなに畏まらなくても良いんだが……なんだね?」
「知っていたらで良いんですけど……永井文俊准教授の残した資料は今、どうなっているんですか?」
「………」
「失踪後、商工会が差し押さえて回収したという話は聞きました。それ以降はどうなったか――死蔵されているのか、どこかの部門で資料として活用されているのか、弟子としてそこらへんが気になりまして」
一番上の人間には2タイプいて、配下がやっていることを細かく観察・コントロールするタイプと大筋のシナリオを自分で考えて細部は丸投げするタイプがいる。
彼がどちらのタイプであるかによって、永井先生の資料を知っているかどうかが変わる。
「永井………文俊……」
「!」
纏った空気が変わった。可視化できるわけでもないそれを、はっきりと感じ取った。
「知っているさ。ああ……知っているとも。知らないわけがない。商工会にいる古株の人間で、彼の存在を知らない人間などいるわけがない」
「それは……」
「彼の弟子だというなら知っているのかな?かつての厄災を」
「いえ、あくまでかすめ聞いた程度です」
「そうか……」
永井さんが商工会と袂を根本的に分かった原因である魔素災害。神すら関わったという、恐ろしいそれのことだろう。
「ならば、教えるわけにはいかないか……だが、そうだな。彼の残したものに関しては今、我々が活用している」
「それは……神への対策としてですか?」
「いいや、もっと大きなものだ」
「………魔素そのものですか」
「どこまでいっても探索者や研究者は個人だ。だが我々がその知識を集め、強固に連結させることができたなら――強大な力となる」
その眼差しは、窓から飛び出して空の遥か彼方まで届くような力強さだった。
「だから、たとえキミが弟子だとしてもアレを返すわけにはいかんよ」
「いえ、構いません」
「?」
「研究しているのならご自由に」
「………どういうことだ?取り返しに来たのではないのか?」
「違います」
「ふむ……」
「どうか、人類の繁栄に役立ててください」
「……言われなくてもそのつもりだ」
「安心しました」
王を目指すと、傲岸不遜に言い放った男を後にした。
――去り際の言葉が思い出される。
『キミは……商工会に属する気はないか?なんとなく、我々は気が合うと思うんだ』
「……アキ?」
いつの間にか止めていた足を再度動かして、不安げにこちらを見つめる幼馴染に追いついた。
田辺長元。
どんな厄者かと思えば……繋がりを持っておいて損はなさそうだった。
少なくとも今は。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない