【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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80_銀細工のネックレス

 

 軋みながら閉まる扉。

 巨大生物の一撃によって建物全体が歪んでしまったせいで、どの扉を開閉する時でも不快な音が掻き鳴らされる。美人は3日で慣れるが、不快なものには3日経っても慣れないのが人間の厄介な性質というものだ。

 建物がそもそも崩れそうという事がなければ、皆不満たらたらだっただろう。

 しかし男は表情ひとつ動かさず、上司に対して恭しく尋ねた。

 

「加賀美明弘……会ってみた感想はいかがですか?」

 

「ああ、理解が及ばなかった」

 

「それは──そんなことが?」

 

「やはり、急速なレベルアップの裏には何某かのカラクリがあるのだろうな」

 

「そうなのでしょうか」

 

「逆に聞くが、何もない本当の凡人がそもそもレベル50に到達できると思うか?」

 

「それは……違いますね。ですが、彼自身に理由があると決め付けるのは早計では? 他の者の助力を得ている可能性も十分に──」

 

「はぁ……」

 

「っ!」

 

「お前は、自分の周りで起きる出来事に対して全て自分の力で立ち向かわなければならないと考える愚か者か?」

 

「申し訳……ありません」

 

「助力している者がいるならソイツもまとめて引っ張ってくる。あるいは、ソイツだけを引っ張ってくる。それだけの話だ」

 

「はい、おっしゃる通りです」

 

「それにしても……」

 

 顎に手をやると、先ほどのやりとりを思い出す。

 

「何故、深入りしてこなかった?」

 

「深入り?」

 

「彼は永井文俊の資料の所在を私に尋ねてきた」

 

「…………ああ、彼ですか」

 

 チームリーダーよりも多くのタスクが実務的に降りかかる副官、あるいは補佐にとって、一つ一つの要素というのは軽くなる。こんな反応も当然のものだ。

 

「今は確か解析室に任せていましたね」

 

「そうだ」

 

「霊領は手に入れ、今は確か誰かを派遣させていたはず……何故あれを?」

 

「忘れたか? 彼は永井の大学で学生をしていた。彼に弟子入りしていたという話でもある。永井と共に失われた資料に対して何らかの執着を抱いていてもおかしくは…………ないはずだ」

 

「?」

 

 妙な反応を見せた会長に対して、持って来た報告書をとりあえず手渡してからコーヒーを淹れる。

 

「何かあったのですか」

 

「……執着を抱いているはずだ」

 

「はい」

 

「だが……何故、手を伸ばすことをやめた?」

 

「やめたというのは資料への話ですか」

 

「そう、やめた。間違いなくあの時の瞳には執着が宿っていたのに……それを一瞬で捨て去った。理解し難いことだ」

 

「…………」

 

「我々が研究していると伝えた途端にだ。何故? 何があの変容をもたらした?」

 

「しっかりと管理されているならば、手を伸ばしても意味がないと悟ったのでは?」

 

 その返答に対して、2度目のため息が生じた。

 

「やはり素人だな」

 

 田辺長元は腰を持ち上げると、ドアノブに手をかけた。

 

「どちらへ?」

 

「調査室だ」

 

「……なるほど」

 

 

 ──────

 

 

「手鞠、働きすぎだ」

 

「…………」

 

「昨日も寝てないだろう」

 

 調査室 室長室。

 仕事場であるにも関わらず男が女を呼び捨てにするのはあまり健全ではないが、女の顔はひどく青ざめている。これならば誰だって心配するだろう。

 

「手鞠……」

 

 しかし、女はあくまで向き合わない。目の前の仕事にひたすらペンを走らせ、彼の言葉など無いものとして扱おうとしていた。

 

「みんな心配してるんだぞ」

 

「…………」

 

 手を止め、落ち窪んだようにすら見える目を前に向けた。美しかった容貌は、ここ数日で一気に下落している。素の美しさでは誤魔化せないほどの疲労が彼女の肉体を蝕んでいた。

 

「う……」

 

「手鞠!」

 

 言わんこっちゃない、と椅子から立ち上がった途端にバランスを崩した女を抱き止めたのレオ。軽い身体を見下ろすが視線は返ってこない。

 

「こんな事しちゃダメだ」

 

「だって……だって……!」

 

 掠れるように、消え入るように同じ言葉を繰り返す彼女の瞳には、やり切れない思いがありありと現れていた。浮かんだものを指で拭い、やさしく言い含める。

 

「休まなきゃダメだ、室長がこんなんじゃ下の人間は安心して休めない」

 

「でも……!」

 

「それに、このままじゃお前だって死んじゃうんだぞ。テマリ、お前は……俺に大切な友人をこんな短期間で2人も失わせる気なのか?」

 

「っ…………!」

 

 一撃が及ぼした破壊。

 それは商工会の内部にすら影響を波及させていた。

 

 静かに泣き出した彼女を抱きしめて、応接スペースのソファーに寝かせる。元は探索者だった彼女ですら限界に陥るほどの疲労は、横たえた身体をすぐに夢の国へ送り込んだ。

 

「…………」

 

 仕事中ではあるが、誰も入ってこない。

 レオはテマリのデスクに近寄って、こなしていた仕事を確認した。

 

「──グチャグチャじゃないか」

 

 ヨレて体裁をなしていない字ばかり。これではまともに仕事をこなしているとは言えない。

 

「ふぅ……」

 

 眉間を押さえ、窓際に寄る。

 外では今も復興のために探索者達が身体を動かしているが、圧倒的な破壊範囲を前にしては未だ微々たる影響しか及ぼせていなかった。

 

「……辛いな」

 

 呟いた言葉は、何に向けてか。

 

「多くが失われた……これが……こんなのが俺の望んでいたものなのか?」

 

 しかし、頭を振る。

 

「やるべきことを…………っ!」

 

 扉をゆっくりと開ける音。

 調査室の誰もが調査室に近寄るのを躊躇っているのに誰が──と振り向いたレオの視界に飛び込んできたのは2人。

 

「会長!? ……あ、いや、コレは──」

 

「分かっている、咎める気はない」

 

「…………」

 

 ソファーで寝転がっている手鞠について弁解しようとして、田辺は制した。

 

「彼女のことは聞いているぞ、お前のことも」

 

「そうですか……」

 

「別件で聞きたい事があって来ただけだ」

 

「ですが手鞠は──失礼、室長は今……」

 

「お前も彼女も理解度は大差ないだろう。心配ならば後で私から話は通す。とりあえず聞かせろ」

 

「……承知しました」

 

 では、どんな話か。

 室長室のすぐ外で三人は話し始めた。

 

「加賀美明弘がやってきた」

 

「!」

 

「霊領の件はお前も関わっていたな、どんな人間か知っていることを教えてくれ」

 

「何故、私に?」

 

「元探索者だったお前なら何か分かることもあるだろう」

 

 数人の職員が通り過ぎるのを待ってからレオは話し出した。ゆっくりと、記憶を確かめるように。

 

「加賀美明宏は、身内に手を出されるのをひどく嫌う人物です」

 

「ふむ」

 

「ですが、話せば分かる人物です。私は一度彼の機嫌を損ねましたが、何度も話を重ねて敵対する人間ではないと理解してもらう事ができました。永井教授とは違って」

 

「話せば分かる、か」

 

「そして……彼は異常な人間関係を有しています。秋川家、山田家、四門家、そして永井文俊。そんな繋がりを持っている彼があのダンジョン化未遂の場に居合わせていたのは、間違いなく偶然ではない──と、私は考えました」

 

「だが、記憶喪失だったと」

 

「はい。それ自体は嘘ではないと思いますが、彼の自己認識の先にはまだ何かがあるような気がします」

 

「ふむ……興味深い。数多のダンジョンを踏破した彼をして無意識に推薦させるだけのことはあるな」

 

「…………」

 

「彼が来たのは永井文俊の資料がどこにあるかを確かめるためだった。我々が研究していると知ったら満足したらしいがな」

 

「それは……何故ですか?」

 

「わからん」

 

 結局、情報の不足が激しいことを考察するのは時間の無駄でしかないということでその場は解散した。

 

「──手鞠、帰るぞ」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 探索者の肉体を持つ者は通常よりも長い時間活動する事ができるが、限界まで溜め込めば疲労もその分溜まり、睡眠もより長くなる。

 ソファーで気絶している手鞠は、おそらく丸一日眠り込むだろう。

 レオはテマリを背負って本部を出た。

 

「…………」

 

 雷に支配された天候というのは、白夜や極夜のように人から時間感覚を容易く奪い去る。特に、第一セクターのような面積あたりの人口密度が高い場所では、その影響が顕著に現れた。

 

『また強盗が──』

 

『女の子が1人で歩いちゃ──』

 

『モンスターが現れたって──』

 

「…………」

 

 道行く人々とすれ違いながら進んでいたレオの前方から、目を惹く1人の少女が近づいてくる。銀髪を棚ひかせながらスキップをする姿はやや場違いたったが、レオが直進すればぶつかるコースだ。

 自然と右に避けたレオは、何故かそのまま少女とぶつかった。

 

「……」

 

「…………」

 

 無言の笑顔。大の大人に正面からぶつかりにいったにも関わらず、少女はにこやかだった。

 しかしレオは特に反応しない。

 冷たく見下ろすのみ。

 そんな彼に尚も笑みを向ける少女は、閉じられた右手を差し出した。

 

「これを!」

 

 拳を開けると、掌には銀細工のネックレスが。

 

「…………」

 

「霧と共に」

 

「……分かった」

 

 大きく肩を落とすと、レオはネックレスをなす術なく受け取った。

 

「では!」

 

 姿が見えなくなるまでの幾ばくか、その背中を見つめる。少女は最後まで楽しそうにしていた。

 

「……」

 

 ネックレスに目を落とす。

 

「今度こそ、か……」

 

 美しい細工が施され、少女が容易に作成できるような額だとは思えないそれをしまい込んだ。

 

「ん……」

 

「呑気に寝ちゃってまあ。人がこんなに悩んでるのに……なんて、言えないな」

 

 少しだけずり落ちそうになっている身体を背負い直し、家に運び入れた。

 

「手鞠? …………まあ、起きるわけもないか」

 

 脱力している人間を思い通りに動かすのは想像以上に難しい。それてもどうにか服を剥ぎ取り、身体をキレイにしてからベッドに放り投げた。

 

「ったく……」

 

 しょうがないとでも言いたげな優しい眼差しで手鞠を見つめる。どこまでも親愛に満ちたそれは、しかしネックレスに指先が触れたことで鳴りを潜めた。

 

「……クズが」

 

 吐き捨てた言葉が反響する。

 深い眠りに落ちている彼女はそれでも起きないが、男は黒々とした嫌悪に満ちた顔で繰り返した。

 

「クズが……救いようのないクズがどの面下げてるんだ……!」

 

 しかし、雷が落ちると同時に再び表情が翻る。

 

「………」

 

 冷静な目付きで窓から覗く本部を見ると、まだ働いている人間がいるのか光が見えた。だが、そんな明かりも少しずつ消えていく。夜も時間ということだ。

 自らの職場に何を思ってか、レオは口を開いた。

 

「それでも……コレが俺の価値だ」

 

 そう言うと同時、最後の明かりが消えた。

 

 

 

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