【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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9_野宿、2日目

「あ……いた」

 

 帰宅したネルが見たのは、家の前でぼーっと天を見上げる少年の姿。霧を掻き分けるようにして現れた彼女の姿を視界の端にとらえた明宏も、二本指を立ててキザな挨拶をした。

 

「お疲れ様です」

 

「…………」

 

 何と返してやろうかと道すがらでシミュレーションを繰り返していた。実際に落ち着き払った顔を見て、落ち着いた言葉をかけられて、ピキリと頭にヒビが入った気がした。

 

「──疲れましたよ! ええ! そりゃあね! お仕事してますから! それで君は何してたの! まさか女の子と一日のんびり過ごしてたわけじゃないよね!? そんな事してたらもう……すごいよ! ビッタンビッタンだよ!」

 

「お、おお……」

 

「異能? 調べられるわけないじゃん! 私部署違うもん! そんな簡単に調べられるわけないじゃん! 商工会舐めないでよね!」

 

「多少は調べた感じです?」

 

「そーですよー! 何で知ってるのかなー!? まさか見てたのかなー!?」

 

「あの、隣の人が見てますよ」

 

 少年は隣人(おばさん)にペコリと頭を下げた。

 

「もう夜なんで、あまり騒ぐと迷惑が……」

 

「うんうん! そっかそっか! 私1人だけ我慢すればいいんだもんね!」

 

「……」

 

 お手上げ、と肩をすくめる。

 彼女が善人であろう事は分かっても、爆発力までは読みきれなかった。そもそも巻き込んだ事からして全て自分が悪いというのは明宏も重々承知していた。

 

「すいません調子に乗りました」

 

「──! ────!」

 

 60度のお辞儀。

 プライドなどないと下げられた頭を見て、頭の良い彼女にはそれ以上の爆発ができない程度の理性があった。ひっひっふーと呼吸を繰り返し、意識を整える。

 

「…………ふぅ…………ソフィアちゃんは?」

 

「今は中で休んでます」

 

「休んでるって……何してたの?」

 

 棘のある声。

 許したわけじゃないぞ? と表情も同じく物語っている。

 

「海に行ってから街中を回って、ダンジョンのことを調べたりしてました」

 

「……よくわかんない」

 

「まあ、色々と調べたりしてたわけですけど……細かい部分は本人から聞いた方がいいと思います」

 

 あくまで主体はソフィア・エメリッヒなのだと、変な一線を引いているようだった。中ではやはりソフィアが寒げに座っていて、ちょうどココアを入れたところだった。

 

「──お父さんが炎でお母さんが氷ねえ」

 

「あんまり覚えてはないので……すいません」

 

 仮に覚えていないのだとしたら、ソフィアが悪いのではなくて一緒にいてやらない親の責任だ──ということを内心で留めつつ、ハッキリしたこともある。

 

「じゃあ、探索者を探すのが早いかな」

 

 名簿や記録の管理自体は彼女の仕事から少々外れるが、閲覧自体はいつでもできるのだ。

 

「希少まではいかないけど、そこそこ珍しいから簡単に見つかるかも?」

 

「お願いします」

 

「……」

 

「どうしました?」

 

 呆れていた。

 この状況と、目の前の少年と、そして自分自身に。

 場の空気というか、明宏の圧に押されて平然と情報漏洩しようとしていた。

 だけど…………やーめた! と投げ出す気にはならなかった。

 

 朝、あの光景を見てしまったから。

 

「はあ……私ってちょろいのかなぁ」

 

「チョロいぐらいの方が人間魅力的ってもんですよ」

 

「知ったような口聞いて……」

 

「お硬くて、何者にも動じなくて、心が一つの方向しか向かない。そんなの人間じゃなくてロボットじゃないですか。心と身体が動いてこその人間ですよ」

 

「よくわかんないけど、励まそうとしてる?」

 

「──」

 

「っ……」

 

 ニッコリと柔らかい笑みを浮かべる少年と目を合わせるのが恥ずかしくて咄嗟に目を逸らし、またもや自分のチョロさに嘆きを覚えた。

 

「ぐぅぅ……! 誤魔化されないよ!」

 

 反骨精神旺盛だ。

 

「え?」

 

「絆そうったってそうはいかないんだから!」

 

「ほだす? …………すいません、よくわからないですね。そういうのはあまり得意じゃないんですよ」

 

「くっ……! そ、ソフィアちゃんは気を付けてね! 世の中にはこうやって人を闇に引き摺り込もうとする男が沢山いるんだから!」

 

「俺って闇に引き摺り込もうとしてたのか……」

 

 ソフィアは少しだけ微笑んでいた。

 

 

 ──────

 

 

「ほいじゃ」

 

「ええ……? また捕まるよ?」

 

「今日はカムフラージュするんで。それに、勤務表が堂々と貼り付けられてたので見ましたけど同じ担当が見回りでしたね。内部共有されてるでしょうから、そこら辺からしても今日は大丈夫です」

 

「……そうじゃなくて!」

 

「?」

 

「ほら、その……」

 

「──ありがとうございます」

 

「!」

 

「でも俺は、女の子2人の家に泊めてもらおうなんて図々しいことは思いません。既に十分迷惑をおかけしてますから」

 

 これだ。

 ふざけた言動をする癖して妙なところでイヤに律儀なのだ。16だと自己申告していたが、彼の振る舞いを見ていると歳下には思えなかった。

 

「ソフィア、今日はゆっくり休んでくれ」

 

「は、はいっ」

 

 自分が若い頃は、こんな短期間でこれほどまでに親しみを持って接することができただろうか。同年代の男の子に話しかけるだけで緊張して、手に汗を握っていたように思う。

 男女は逆だが、感心してしまうほどに慣れて見えた。

 

 アッサリと姿を消した方向へムニムニとした表情を向けていたが、意味も無いと振り返った。

 ソフィアはソファーでふぅ、とため息をついている。

 

「……疲れた?」

 

「少しだけ。でも、ネルさんはお仕事行ってきたんですから休んでてください。私はそんな激しい運動したりしてませんから、ご飯を作るぐらいなら──」

 

「──はっ!?」

 

「?」

 

「お、お部屋がすごく綺麗になってる!」

 

「……あっ」

 

「まさか……?」

 

 唇を窄めて少女の顔を伺えば、あなたの予想通りですと小さく頷く。クローゼットに丁寧にしまわれた衣服。

 台所に放置されていた食器や調理器具はきれいな状態で並んでいる。

 

「……いつまでもいていいからね?」

 

「えっ」

 

「本当に……仕事疲れて帰ってきて、また家事なんてしてたらおかしくなっちゃうの……」

 

「そ、そうですよね」

 

「うん……お風呂入ってきてもいい?」

 

「はい。服はカゴに置いといてくれれば洗っておきます」

 

 湯船に浸かって、しみじみと。

 

「泣きそう」

 

 お風呂を上がる頃にはいい匂いが漂っている。

 

「う、嘘でしょ? まさか、本当に……」

 

 控えめながら、ちゃんとした料理がそこには置かれていた。口に入れると、見た目通りの素朴な味が広がる。

 美味しい、としか言いようがない。

 

「お料理できるんだね」

 

「あはは……1人で生活してたので……」

 

「あー……」

 

「……加賀美さんは、本当に野宿しているんですか?」

 

「うん」

 

「……危ないですよね?」

 

「いや本当に、モンスターが出ない保障なんてどこにもないのにね……本人は慣れてるとか言ってたけど」

 

「…………」

 

「ソフィアちゃんは気にしなくていいと思うよ。好きでやってることなんだから──なーんて言っても気になるよね、馬鹿すぎて」

 

 自然豊かなこの世界──彼らはそう認識してはいないが──において、野宿はしようと思えばできる。森林も食べられる野草も野生動物もたくさんいるからだ。

 しかしまあ、実際のところ野宿をする人間は少数で、している人間も大抵は探索者なのが理由というものをわかりやすく語っている。

 

「死にたがりなのかな?」

 

「…………」

 

「何が目的なんだろうね、あの子」

 

 少なくとも、まともな感性を持っていないことは隠そうともしていなかった。

 

「そうだね……マトモじゃない。そこは間違いないよ」

 

「…………何で私を助けたのかな」

 

 ネルがソフィアを助けようと思ったのは、ある程度わかりやすい理由があった。明宏がゴリ押しして、押し切られて、ソフィア(苦しみの真価)を見たからだ。

 

 だが──

 

「何で路地裏に行ったんだろね? 目立つようなことしてたわけじゃないんでしょ?」

 

「…………私、路地裏の奥の奥で寒くて倒れてました」

 

 ──もう、ここで終わりなんだ。誰もいない薄暗闇の中で、寒さに包まれながら……お父さんたちに会うこともできずに私は死ぬんだ。

 

 諦観と絶望に満ちた心中で、終わりの時が来るのを苦しみながら待っていた。

 助けは来ない。

 家を追い出されてすぐに追いかけられたからこそ分かってしまった。肉体から放たれる冷気が土を、大気を、心すら凍て付かせ、白く霞んだ視界の中で見えるのはほんの僅かな空のみ。時が経てばきっと自分も氷になり、雨が降り注いで溶けて消える。

 そう思っていた。

 

 口やかましい少年が現れるまでは。

 

「あんまり覚えてないけど……必死だった気がします」

 

「……」

 

「助けてくれようとしたのは、間違いないと思うんです」

 

 今も身体の奥から溢れてくる冷たさは、自分が寒さに対する耐性というものを持っていなかったら既に死んでいただろうほどには強い。同じ部屋にいるだけでネルは寒そうにしているのに……そんな自分に近付いて、あまつさえ背負った。

 

「だから……」

 

「信じたい?」

 

「……」

 

 頷いておきながら、ソフィアは自分の心に疑心があるのを誤魔化すことができなかった。

 

「──でもまあ、私に任せてよ!」

 

「え?」

 

 そんな鬱屈した空気を振り払うように、ネルは声を張った。

 

「私、商工会の職員だから! ソフィアちゃんの異能を抑える方法だってちゃーんと見つけるよ! あんな鼻につくガキンチョ、雰囲気だけなんだからね! お姉ちゃんに任せて!」

 

「…………」

 

「ああもう……ほら、泣かないの! 昨日今日とすーぐ泣くんだからもう……」

 

 そうは言っても思春期の女の子だ。

 情緒が安定しないということは理解できた。

 優しく接するのも、本物の涙であると分かっていればこそ。

 

「ね? 今日はもう寝よう?」

 

「はいっ……!」

 

「あーもう……洒落てるなあ……」

 

 溢れる涙が氷の結晶となり、まるで星のように白く輝いて見えた。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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